13
十七騎が集結することを避け、ラクティメシッスはレンレンホの待ち合わせ時刻を部下ごとに少しずつずらしていた。単騎から三騎、全部で十二騎が行った後、ピエッチェたちはレンレンホで買い物を済ませてから出発する予定だ。
次の集合場所、サースレンからはピエッチェたちが先に行く。と言っても道があるわけではない。サースレン村の手前から山に入るが、その場所に目印をつける。そこからは次の目印に向かうのだが、ラクティメシッスの部下たちはいったんサースレンに行き、食料などを調達してから戻ることになっている。
目印はリボン、短く切って枝に結び付ける。さらに魔法をかけて他者には見えない工夫もした。が、万が一、魔法を見破られてもいいように山に入る順番も決め、最後尾の部下には目印を外すよう命じた。
リボンを提供したのはマデル、
「本当は切りたくないんだけど……使い終わったら必ず返して」
くたびれた古い物を出してきた。
「こんなボロ、捨てればいいのに――でも、木に引っ掛かってても誰も不審に思わないでしょうからちょうどいい」
ラクティメシッスの言葉に『あんたから貰ったものよ』と零すマデル、ギョッとしたのはラクティメシッス、
「マデルにリボンをあげたことなんか、あったっけ?」
つい言ってしまい、マデルを怒らせてしまった――
予定通りサースレン山中で集合した。飲食料を分配し終えた後、最終で合流した者への配慮から休憩することにした。が、ここでラクティメシッスが、とうとうマデルを本格的に怒らせてしまった。
「なんで怒るのか理解できません」
最終組から回収した目印を受け取るとラクティメシッスは、魔法でリボンを繋いでマデルに返した。
「なんてことしてくれるのよ!?」
返されたリボンは新品同様、それがマデルの怒りを買ったらしい。ラクティメシッスが言い訳する前にワッと泣き出したマデル、フワッキャスたち女魔法使いのところに行ってしまった。クルテが何を思ったかついていく。
「どうしたって言うんでしょう?」
お手上げとばかり肩を竦めるラクティメシッス、
「さぁなぁ?」
なんとなく判っているがすっとぼけるピエッチェ、カッチーは
「ラスティンさん、あんがい判ってないんですね」
と呆れた。
「判ってないって何を?」
「えっと……女心?」
カッチーの答えにニヤッとピエッチェが笑う。
「宝物についてって言ったほうが良くないか?」
「宝物って……あのボロいリボンが?」
「古くなっても持っていたのはなぜかって考えればすぐに判るだろう?」
「わたしから貰った? それを新しくして、また使えるようにしたんだから喜んだって良さそうですよ?」
しくしくと泣くばかりで理由を言わないマデル、女魔法使いたちもどうしたものかとオロオロしていた。そんな魔法使いたちに暴露するのはクルテ、
「王子さまがマデルを虐めた」
女たちがサッと一斉にラクティメシッスを睨みつける。が、すぐに視線を戻しクルテに訊いた。
「ラクティメシッスさまがマデリエンテを虐めるなんて、どういうこと?」
「マデルのリボンを切っちゃった」
「リボンって、目印に使ったリボン?」
「そう……あれ、マデルが王子さまに貰ったもの」
「そうだったの?」
フワッキャスが『ごめんね』とマデルを抱き締める。
「でもね、それだけじゃない」
クルテがさらに告げ口する。
「切ったリボンを繋げて元に戻して新品にしちゃった」
「替わりの物をくれたってこと? それって虐めたことになるの?」
フワッキャスとは別の魔法使いが訊いた。
「でも、それを見てマデル、相当ショックだったみたいだよ?」
顔を見交わす魔法使いたち、そのうち一人がハッとしてマデルに訊いた。
「マデリエンテ……そのリボン、ひょっとして初めてのプレゼントって言ってたあのリボン?」
するとマデルの泣き声が大きくなった。
大きくなったマデルの泣き声を、さすがに他の魔法使いも気にし始めた。ラクティメシッスがチッと舌打ちする。
「まったく……任務中だって忘れてるのか?」
もちろんマデルのことだ。カッチーが、
「謝ってきたほうがいいんじゃないですか?」
と言うが、
「なんでわたしが? 謝る理由が判りませんね――そろそろ休憩も充分でしょう」
ラクティメシッスは部下たちに出立の準備をするよう指示を出す。
ふむ、と唸ったのはピエッチェだ。
「マデルと仲直りしなくていいのか?」
ところがラクティメシッスは取り合わない。
「何を怒っているのか知らないけど、どうせそのうち機嫌を直します」
「でもさ、怒っている理由くらい聞いたほうがいいと思うぞ」
「心配してくれるのはありがたいが、大丈夫です。マデルはそんな子どもじゃありません」
「おや? 俺にはラスティンのほうが子どもに思えるが?」
「わたしが? フン! 自分がお嬢さんに甘々だからって、わたしにまでそれを押し付けて貰いたくありませんね」
「おい……」
そこにクルテが戻ってきて笑う。
「今度はラスティンとピエッチェが喧嘩?」
「喧嘩なんかしていませんよ」
そう言いながら刺々しいラクティメシッスだ。
「お嬢さんも早く支度してください。出立します」
ピエッチェがムッとして何か言おうとするが、それをクルテが止める。
「マデルね、怪我したみたい」
「えっ?」
驚いてマデルを見るラクティメシッスとピエッチェ・カッチー、マデルはまだ女魔法使いたちに囲まれて泣いている。
「わたしを騙すならもっと上手な嘘を」
馬に乗ろうとするラクティメシッス、クルテが
「嘘じゃない。マデルはね、心に怪我をして痛がってる」
と真面目に答えた。
「あのリボン、ラスティンから初めて貰ったプレゼントだって――十一の時に貰ったんだから忘れてても仕方ない。勿体なくって使えなくって、手鏡に結んで大事にしてんだけど、どんどん色褪せてボロボロになってって……だけど二人の歴史をずっと見守ってくれてるんだって思った」
クルテの言葉にラクティメシッスの動きが止まる。
「……そんなに大事なら、切るって判ってるんだから出さなきゃいいのに」
「そうだよね。だけど他のリボンはわたしとリュネとお揃い、わたしやリュネとのつながりを切るようで出せなかった――あのリボン、縫い合わせてまた鏡に結ぶつもりだったんだって。縫うことで、ラスティンとのつながりも強くなる。そう考えたんだって」
ラクティメシッスがチラリとマデルを見た。女魔法使いたちはやっとマデルを宥めるのに成功したようだ。目をこすりながら、マデルも馬に乗ろうとしていた――
ピエッチェが馬を止めるよう指示を出したのは夕暮れだった。途中、弱小魔物を九体ほど退治している。十五人も魔法使いが居るのだからなんと言うこともない。が、それでも思ったよりも時間がかかってしまった。山頂まで、まだまだ遠い。
「野営の準備を始めたほうがいい。この分だと、コッテチカ〝襲撃〟は早くて明日の夕刻ってところだ」
「下手をすると明日も野営ですかね」
ピエッチェ盗賊団の目撃者を作るための襲撃なのだから、人の通りの少ない夜間帯では意味がない。
「飲食料が足りなさそうなら、数人でコッテチカかキャルティレンぺスまで買いに行くしかないな」
「もし明日も野営となったら、コッテチカまで歩いて行ける範囲で?」
「うん。馬は魔法で隠して貰えるかな? で、結界を張って向こうからは見えない状態で――あっ! そうか!」
「うん? 何か閃きましたか?」
ラクティメシッスがニヤニヤとピエッチェを見た――
そして日が暮れる――ラクティメシッスと数人の魔法使いが共同で張った結界は広く、十七人はそれぞれ思い思いの場所で身体を休めていた。食事は大きな鍋三個に作ったシチューだったがすでに食べ尽くされ、片付けも終わっていた。
もちろん結界内部は外部からは見えず聞こえず、魔物に襲われる心配もない。馬たちも一箇所に集められのんびりと過ごしている。リュネもその中に居るが、時おりピエッチェたちの姿を確認している。が、馬の群れから『はみ出す』気もなさそうだ。
ピエッチェたち五人の中で、最初に眠りについたのはカッチーだった。いつものように盛大な鼾が始まる。が、すぐに聞こえなくなった。コッテチカに配置した部下と連絡を取っていたラクティメシッスがカッチーを包み込んで二重結界を張ったからだ。
「カッチーが目を覚ませば解除されます」
自分に掛けていた二重結界を解除して、ラクティメシッスがニヤリと言った。
「コッテチカとの連絡は?」
ピエッチェがラクティメシッスに訊ねた。
「もう少しで終わります――ジジョネテスキのほうはどうです?」
「ちょうど済んだところだ。アイツ、きっとゲラゲラ笑ってる」
「日誌をつけながら大笑い? 周囲に怪しまれませんか?」
「なに、アイツなら巧くやるだろうさ」
ピエッチェの左にはクルテ、さっきからウトウトしている。
「お嬢さん、眠そうですね。遠慮しないで先に休んでください」
「いや――」
「うん、判った!」
まだやることがあるとでも言おうと思っていたピエッチェを遮って、クルテが元気よく立ち上がる。おい、おまえ。眠そうには見えないぞ?
「あの木の下がいい。行くよ」
腕をぐいぐい引っ張られ、面倒なと思いつつクルテに従うピエッチェだ。でも、まぁ、いいか……ラクティメシッスだけに仕事をさせるのが心苦しかっただけだ。
クルテに引っ張られながらマデルを探す。でも見つけられない。ほとんどの魔法使いが毛布や寝袋に入って横になっているから顔が見えない。焚火の明かりでは栗色の髪は見分けられなかった。まさか、いない?――いいや、そんなはずはない。マデルは王室魔法使いだ。
クルテの言った木の根元は他からは死角になっていた。
「ここなら抱き合って眠っても大丈夫だね」
クルテがニマッと笑う。こんな時ぐらい考えろよ。そう言おうとするピエッチェ、だけどクルテが言わせなかった。
「大丈夫――結界の中には十七人」
一瞬呆気にとられるが、
「マデルが心配か?」
毛布で自分とクルテを包み込んでピエッチェが訊く。嬉しそうな顔でクルテがしがみ付いてくる。
「マデルを心配してたのはピエッチェ」
クルテが小さな声で言った。
「だから早く寝よう。ラスティンが動けない」
なるほどね。そう言うことか。
「アイツ、ちゃんとマデルの気持ち、判ってやれるかな?」
ピエッチェの疑問をクルテが鼻で笑う。
「カティ、他人のこと、言えるの?――ほら、早く寝るよ」
おまえに言われたくない……
ピエッチェが深夜、気配を感じて目を覚ます。いつの間にか眠ってしまった。目の前にクルテ、無意識のうちに抱き合ってる。そのまま眠ったふりを続けた。
感じた気配は焚火の前の二人、ラクティメシッスの微かな声が聞こえた――ごめんよ、マデル……




