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しかし……とピエッチェが難しい顔をする。
「ここからコッテチカに行くのなら、いったんレンレンホに戻るか」
「それじゃあ昨日、レンレンホで待ち合わせた場所で落ち合いますか?」
ワッテンハイゼとの連絡を終えて、戻ってきていたラクティメシッスが提案する。ピエッチェ盗賊団として同行している部下十二人との合流を言っている。
すぐには答えず考え込むピエッチェ、焦れたラクティメシッスが
「何か問題でも?」
と返答を促した。考えを中断させたピエッチェ、説明するが歯切れが悪い。
「いやさ、レンレンホからコッテチカってのは山で隔てられているだけでそれほど遠くない――でも道らしい道がなくて、馬で行けるかなぁって考えてた」
「つまり最短ルートだけどって話ですね。他のルートは?」
「普通ならカッテンクリュードに出てコッテチカ街道。だけど、その場合、カッテンクリュード内を通過することになる。全ての街道出入り口は監視が強化され、コッテチカ街道には宿場ごとに伝令兵、さらに警備隊も増強されていると思ったほうがいい」
「通常ルートは障害だらけってことですか。しかも相手が警備兵なら、魔物のように斬り捨てるわけにも行きません」
さすがのラクティメシッスも笑みを消して考え込んだ。カッチーがポツリと『リュネなら……』と呟いたが、その先を言うことはなかった。
確かにリュネなら一っ飛び、すぐにコッテチカに着くだろう。六人乗りの馬車を用意すれば三往復で十七人運べる。だがそれもできない。ラクティメシッスの部下たちが魔物であるリュネを信用してくれるかどうか? それ以上に、その方法では馬を置き去りにすることになる。
コッテチカに行く目的はピエッチェ盗賊団の存在をひけらかすことだ。そのためには馬が必要――騎乗した十七人はそれだけで目立つ。街を走り抜けるだけでも効果がある。ラクティメシッスが潜り込ませた魔法使いが『ピエッチェ盗賊団だ!』とでも叫んでくれれば、あっという間に街はその話題でもちきりになるだろう。
「わたしの部下がピエッチェ盗賊団の噂をコッテチカでも流しているはずです。それでは不十分ですか?」
遠慮がちに言うラクティメシッスにピエッチェが答えた。
「複数の場所で盗賊団を目撃したと噂を流す? それでも一定の効果は得られるだろうが、実際には誰も見ていない。国内を移動する者がいないわけではない。だからデマだとすぐにバレるのがオチだ。それに……」
「それに?」
「コイツは最低でもコッテチカに行きたいと言った」
自分に寄り掛かって居眠りしているクルテを顎で指してピエッチェが続けた。
「それはなぜかと考えてみた――やはりジジョネテスキ関連だ。ヤツに助力したいんだと思う」
「ふむ……」
ラクティメシッスもクルテを見る。そしてフッと息を吐く。
「なるほど。国軍が大挙しているコッテチカに盗賊団が出れば、それを放置してゼンゼンブに向けて進軍なんかできないってことですね」
ピエッチェは頷いただけで何も言わなかった。
「取り敢えず、行ってみたらどうですか?」
そう言ったのはカッチーだ。
「リュネは道なんかなくたって、山の中をどんどん進んでいくと思います」
ラクティメシッスが微笑んで尋ねる。
「ほかの馬はどうするつもりですか?」
「ラスティンさん! 俺、思うんですけど、リュネって馬たちに命令できるんじゃないでしょうか? どこの厩舎でもほかの馬を従えているように見えます。ミテスクの山でもそうでした――きっと、リュネが他の馬たちを連れて行きます!」
ピエッチェとラクティメシッスが顔を見交わす。
「まぁ、確かにリュネの優位性は認めますけど……」
不安を隠せないラクティメシッス、考え込むピエッチェ、するとピエッチェに寄り掛かっていたクルテが身体を起こした。
「話は決まったね――ラスティン、明日の待ち合わせの連絡しといたら? そろそろ寝るよ、ピエッチェ。オヤスミ、マデル、カッチー」
スクッと立ち上がり、ピエッチェの腕を引く。
「いや、だって、おまえ……」
戸惑うピエッチェに有無を言わせる気はないらしい。クスッと笑ったマデルが、
「おやすみ、クルテ、ピエッチェ」
引導を渡した――
場合によっては山中で一泊……それを考えての準備を命じたと、翌日の朝食時にラクティメシッスが言った。
「一日分の食料と飲料、それに寝袋一つくらいなら馬に背負わせてもそれほど負担にならないでしょう」
ピエッチェはピエッチェで、寝室に引っ込んでからジジョネテスキと連絡を取っている。
「コッテチカに行くためにはレンレンホを出てすぐの村サースレンから山に入るんだが、コッテチカが騒がしいせいかこのところ魔物も落ち着きを失くしているらしい」
「コッテチカに魔物が出没すると?」
「いいや、山だ――今のところ、コッテチカにもサースレンにも出てこないが、山中で魔物の気配が強まっているのをひしひしと感じるって話だ。行軍を遅らせるいい口実になるってジジョネテスキのヤツ、笑っていたけどな」
「そんな山を国王が越えようとしているのに止めなかった?」
「もちろん止められた――通信手段が文字で良かったよ。怒鳴られずに済んだ。アイツ、なに考えてるとか書いてたのに、書き終わる前に『どうせ止めたって来るんでしょう?』って書き直した」
「どの程度の魔物か言って……書いてきましたか?」
「気配を感じるとだけだから、探ってないんだと思う。でも、ジジョネテスキでさえ察せるんだから、強い魔力を持っているか、大量に居るかのどちらかだな」
「大量ってのは、他の山から来たってことでしょうか?」
「ほとんどの山が尾根続きだからね、有り得る話だよ」
「飲食物の用意、増やしたほうがいいんでしょうか?」
「そうだなぁ……二日分がいいかもしれない。が、それはサースレンでも買える。俺たちはレンレンホで二日分用意しよう」
「二日で足りますか?」
「俺は一日分でいいと考えてた。だけどよく考えると、コッテチカでは補給できないんだから、それで二日って言った」
「サースレンってどんな村ですか?」
「ミテスクと同じ感じかな。通り抜けた先に、あと二つ村がある。一番奥の村は狩猟の村でそれなりに賑わっているから、そこに行く商人相手の商店はあるが、宿はない。レンレンホで職を得て、通う者が多く住む村だ」
「十二人分も一度に買って大丈夫ですか?」
「心配なら、俺たちは三日分にしよう。そうしたらサースレンでは七人分だ」
「コッテチカでの行動はどうするんです?」
「走り抜けるだけでいい――部下を潜入させてるんだろう?」
「えぇ、三人ほど。軍の動きを監視させています」
「街に入る目途が付いたらどこに居るのか確認して欲しい。ラスティンの部下がいるところを走り抜ける」
「ピエッチェ盗賊団だって叫ばせるつもりですね。その時はなるべく軍兵のいないところを選ばせましょう」
「いや、居たってかまわない。むしろ軍の近くがいい。たくさんの軍勢を見て、怯えて逃げたと思ってくれる」
「なるほど、何もしないで街を抜ける不自然さが消えますね――で、そのあとはどうします?」
「街道にはいかず、入った山とは別の山に入る」
「また山ですか? 食料とかは?」
「コッテチカで山から出てきた。そして山に消えた。山狩りをすることになるといいな――今度はすぐに山を出る。入る山はキャルティレンペスと呼ばれる山で、木こりや炭焼きを生業とする寒村が点在する地域だ。ラスティンの部下たちはバラけて別々の村に徒歩で出る」
「なぜ徒歩? 馬は?」
「馬は俺たちが引き受ける。俺たちって言うよりリュネか……寒村からコッテチカ街道はすぐだ。コッテチカの次の街がキャルティレンペス、そこからジャムジャンヤ街道を行ってくれ。キャルティレンペスを出たところで馬を各自に引き渡す――で、ジャムジャンヤで待ち合わせだ」
「ジャムジャンヤの位置は?」
「ここも山越えになるがレシグズームに行ける。詳しくはジャムジャンヤで打ち合わせよう」
「わたしたちはキャルティレンペスの街に山から出ると?」
「キャルティレンペスの街に十七頭の馬は目立ち過ぎる。馬の引き渡し場所の山中に隠れるしかない。飲食物はキャルティレンペスに行って調達しよう」
「話を聞く限り、コッテチカとキャルティレンペスは至近距離のようですが? それと本当に山狩りをされたらどうします?」
「うん、すぐそこって感じだね。コッテチカを出て、角を曲がれば見えてくる。コッテチカに併合するって意見もあったけど、キャルティレンペスの名を残すために併合していない」
「名を残す?」
「キャルティレンペスってのは――」
不意にピエッチェが黙り込む。そうだ、キャルティレンペスは……カテルクルストが名付けた。
「どうかしましたか?」
訝るラクティメシッスに
「いや、確かにそうだったかなって、ちょっと自分の記憶を危ぶんだ……キャルティレンペスってのは建国の王が名をつけたんだ。だから残したいってことだね」
ピエッチェが言い繕った。
「あぁ、たまに『あれっ?』って思うこともありますよね」
ラクティメシッスに疑う様子はない。
キャルティレンぺス……なぜカテルクルストはあの山にその名をつけた? そう感じて言葉が止まった。カテルクルストの遺言に『キャルティレンぺスを守れ。名を変えてはならない』とあったことは知っている。それに、別のところでもキャルティレンぺスか、それに似た名を聞いたような気がする。
「ピエッチェ?」
ラクティメシッスの声に、ピエッチェがハッとする。
「えっと……あとなんだったかなと」
疲れましたか? とラクティメシッスが笑う。
「いいや、朝から疲れてなんかいられない――そうそう、山狩りされないかって話だった」
打ち合わせ中に別のことを考えてどうする? 自分を諫めるピエッチェだ。地名もカテルクルストの遺言も、どうだっていいことだ。
「コッテチカからキャルティレンペス山に入る時、なるべく街道から離れた場所、コッテチカのローシェッタ寄りの部分から入る。で、いったんローシェッタに向かったように見せかける。山狩りはキャルティレンぺスのローシェッタ側の山だけだ。だけど俺たちが向かうのはキャルティレンぺスの街、見つかりっこない」
「なぜそう言い切れるんですか?」
「ジジョネテスキにそうさせるからさ」
ニヤリと笑うピエッチェ、
「そうでした。軍の総帥が味方だってのを忘れてました」
ラクティメシッスが苦笑する。
「それにしてもお嬢さん、また居眠りですか?」
ピエッチェに凭れて、目を閉じているクルテを見てラクティメシッスが言った。
「居眠りしてるふりかもしれないぞ」
笑うピエッチェ、クルテが眠ってなどいないと知っていた――




