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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
18章 ピエッチェ盗賊団

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 バスルームの右手の壁に設えられた棚にタオルが詰め込まれている。その奥にある木のドアはトイレだろう。左手の壁は半透明の樹脂張りでドアも枠以外は樹脂、浴室だとすぐ判った。そしてドアの正面奥には洗面台が三台並べられ……


「クルテ!」

バスルームに駆け込んでいくピエッチェ、後ろにいたマデルが中を見て

「クルテ!?」

と叫び、マデルを押し退けたラクティメシッスが慌ててピエッチェに走り寄る。


「お嬢さんは?」

「大丈夫。失神してるだけだ」

洗面台の前に倒れていたクルテがピエッチェに抱き上げられた。


――薄切り肉のソテーを咀嚼しながらラクティメシッスが言った。

「大丈夫って言った割には寝室に行ったきり、出てきませんね」

するとマデルがムッと答えた。

「気になるなら行ってみたら?」


「ご冗談を――二人がどう過ごしているか判らないのに、行けやしません」

「だからって、ここでブツブツ言わないで」


 バスルームで倒れていたクルテを抱き上げたピエッチェは、そのまま寝室に行った。すぐに行くから先に食べ始めてろと言われたが、それももう終わる。カッチーはとっくに食べ終わっていてチラチラとピエッチェたちの寝室のドアを盗み見ていた。


 クルテを心配するものの、ピエッチェが付いてるんだから大丈夫だろうと食事を始めた三人だ。が、いつまで経ってもクルテはともかく、ピエッチェさえも出てこない。そのうちグジグジ言い始めたラクティメシッスにマデルが呆れていた。


「それにしても、どうして気配を感知できないんだろう?」

とうとう最後の一口を飲み込んだラクティメシッスが懲りずに愚痴る。検知術が得意のラクティメシッスでさえも、ピエッチェと靴手の寝室からは、誰の気配も感じない。空室と同じだ。


 それにはマデルも同感だったようで、

「知り合った頃はそんなことなかったのに、今じゃさっぱり。魔力すら感じられないのよね」

と答えると、我が意を得たりとばかりラクティメシッスの声に張りが出る。

「えぇ、わたしもそうですよ。ギュリューのレストランでは、どっちの魔力かよく判らないってのはありましたけど」


「あら、それはクルテに決まってるんじゃ? ピエッチェからはあんまり魔力を感じないもの」

「そうなんですよね。まぁ、ザジリレン王家はもともとそんなに魔力が強いほうじゃないですし」


 するとカッチーが、

「不思議ですよね。()()(リレ)()()(国の)()は絶大な魔力を有してたって話なのに子孫はそうでもないなんて、ちょっと意外です」

不思議そうに言った。


「強い魔力を持った親から生まれたからって、必ずしも子どもも魔力があるってわけじゃないし、何世代も経つうちに血も薄まったってことかも知れませんね」

「でも、ローシェッタ王家は変わらぬ魔力を有してるんですよね?」

「ザジリレン王家もそうだけど、ローシェッタ王家にだって個人差はあります――魔法使いの国って言われてるローシェッタですからね。魔力の維持や強化に対する研究も盛んで、鍛錬方法も確立されてます。そのあたりの差が出たんでしょうね」


「それにしても、お二人の検知術って凄いですよね。中で何をしてるかまで判るんでしょう?」

「まぁ、だいたいはね」

ちょっと嫌そうな顔をするラクティメシッス、マデルは何も気にすることなく、

「だからって、意味もなく探ったりしないわよ」

と笑う。

「だからカッチー。検知されるんじゃないかって、自分の部屋でまでお行儀よくしてなくっていいのよ」


 マデルの冗談にカッチーが軽く笑う。

「もちろん! 自分の部屋では好き勝手してます――ピエッチェさんとクルテさんを検知できないのって、クルテさんが妨害魔法を使ってるんですよね?」


「たぶんそうね――カッチー、自分も使ってみたくなった?」

「えっ!? 使ってみたくなるって魔法をですか? 俺になんか無理です」

「そんなことないと思うけど? ねぇ、ラスティン」


 嫌そうな顔をしてから黙り込んでいたラクティメシッス、ギョッとしたがすぐに取り繕う。

「えぇ、まぁ、そうですね。マデルの言う通りですよ……カッチーはこのところ魔力が強くなってる傾向があるし、魔法の使い方を覚えてもいいかもしれませんね」

これには当の本人カッチーが驚いた。


「俺に魔力?」

「なんだ、自覚がなかったんですか?」

「あるはずありません。どう自覚すればいいんですか?」

カッチーの反応に、ラクティメシッスがマデルを見た。

「どう思いますか?」


「どうって言われても……」

困惑するマデルに、ムッとした顔をするのはラクティメシッス、

「お嬢さんとピエッチェが付いていて、カッチーに何も教えないなんて()せませんね」

明らかに怒っている。


「わたしに怒んないでよ――ザジリレンの魔法教育ってどんな感じなのか、あとでピエッチェに訊いてみたら?」

「だってマデル。ピエッチェだって基礎魔法くらいはクリアしてるんだから、せめてそれくらいカッチーに教えてたっていいじゃないですか」

「それはそうだけど、ピエッチェはめったに基礎魔法だって使わないし」

「自分が苦手なら、お嬢さんに頼めばいいと思います」

「だから! わたしに言わないで」


 怒り出しそうなマデル、カッチーが

「俺のせいで喧嘩しないでください」

消え入りそうな声で言えばラクティメシッスも引っ込まざるを得ない。

「そうですね。ピエッチェに訊いておきます――カッチー、あなたのせいじゃありません。済まなかった。気にしてはダメですよ」


 いっぽうこちらはピエッチェ、クルテをベッドに運んだら自分はダイニングに戻るつもりでいたのに、クルテの手を握り締めて動けずにいた。さっきまで感じていた空腹も、どこかに消えてしまっている。


 ベッドに寝かされた時、クルテはフッと目を開けた。確かにピエッチェを見たと思ったのに何も言わずにすぐに目を閉じて、そのあとは声をかけても反応しない。


 少し身体を冷やしただけで高熱を出したクルテ、虚弱ではないけれど、けっして丈夫とは言えないと判っていた。時どき、疲れたとは言うものの、辛いとか苦しいとか、そんな愚痴を言わないヤツだ。それが判っているのに無理をさせた。どうしてもっと気を遣ってやれなかったのか?


 おまえは痩せ過ぎだから体力がないんだ。だからもっと食えと言った。でも、そう簡単に太れるわけでも体力が付くわけでもない。そもそも太れば体力が付くってもんでもない。


 目を開けたのに何も言わなかった。お(なか)すいた、とでも言うかと思ったのに、なんにも言わずに目を閉じた。それがピエッチェの心配を煽っていた。これまでの体調不良より、ずっと悪いんだと感じた。だから動けなくなった。


 どうしたらいい? クルテが人間だったら呼べる医者も、今は呼ぶわけにはいかない。なんで俺は未だにクルテを人間にできていないんだ? 王都に帰って、悪巧みしている魔物を退治することに気を取られていた。クルテを人間にする努力を忘れてしまっている。


 それなのにクルテは俺を助けることばかり考えている。俺がどうしたがっているかを感じ取り、どうしたら実現できるかを考えてばかりいる……


「ピエッチェ?」

ノックの音とともにマデルの声が聞こえた。

「ドアを開けても?」


 あぁ、そうか。クルテを心配するのは俺だけじゃなかった。立ち上がり、ドアを開けたピエッチェだ。

「クルテの具合は?」

マデルの問いに答えず、ドアを開けたままクルテの元に戻った。恐る恐る寝室にマデルが入ってくる。ドアの向こうに、ラクティメシッスとカッチーがこちらを探る気配を痛いほど感じた。


「ベッドに寝かせた時、目を開けたんだけど……それっきりだ」

説明するピエッチェの横からマデルがクルテを覗き込む。

「そっかぁ……なんで倒れちゃったのかも判らないのね?」


「うん……」

「貧血なのかな? ねぇ、顔色はどうだった? 今はそこまで悪い感じはしないんだけど」


 ピエッチェがバスルームで抱き上げた時はどうだったのか、考えてみるが思い出せない。

「いや、判らない」


「判らないってことは、真っ青だとかって思わなかったってことよね――だったら貧血ではないのかも」

「そうだな、俺は『コイツ、腹ぺこでひっくり返った』って思った」

「だったら、スープでも飲ませてみようか?」

「ちゃんと飲めるかな?」

「ものは試しよ――待ってて、すぐに持ってくる」


 いったん居間に戻ったマデルは、スープをカップに入れ替えていた。

「クルテ、スープ持ってきた。少し飲みなさいよ――ピエッチェ、寝かせたままじゃ無理、抱き上げて座らせて」

慌ててベッドに座り直したピエッチェ、抱き起したクルテを座らせて支える。スープをサイドテーブルに置くと、マデルがクルテを揺さぶった。


「クルテ、目を開けて。起きてってば」

クルテに目を開ける様子はない。それでも気にする様子もなく、テーブルに置いたカップを持ったマデル、スープをスプーンで掬ってクルテの口もとに運んだ。

「はーい、口()けて。スープよ、クルテ」

やや強引に口の中にスプーンを突っ込んだ。


「おい、マデル!?」

いくらなんでも無茶し過ぎだ! 慌てて止めようとするが、クルテを支えているから動けない。クルテを後ろから覗き込むと、苦し気に顔を(しか)めた。あ、でも、表情を変えたってことは、意識が戻った?


 パチッとクルテが目を開ける。そしてパッと動き出す。ピエッチェの支えを振り切るように腕を伸ばしてマデルに掴み掛った――わけではなく、カップを引っ()る。

「クルテ!?」

呆気にとられるピエッチェ、マデルがニンマリ笑う。グッとスープを飲み干したクルテが

「お替り!」

カップをマデルに差し出した――


 ラクティメシッスがクスクス笑う。横ではカッチーが笑いを堪えている。そしてマデルはニコニコだ。

「ピエッチェはね、甘やかしすぎなのよ」

と決めつける。


 しっかり椅子に腰かけて、嬉しそうに薄切り肉のソテーを食べるクルテ、それを眺めて顔を顰めるピエッチェは既に食べ終えている。


 でも、まぁいいか……やっぱり原因は空腹だけど、一緒に食事しててそこまで空腹になるものか? そのあたり納得いかないピエッチェだ。


「いいか、二度とこんな騒ぎは御免だ。しっかり食え」

小言の一つや二つ、いいやたくさん言いたいピエッチェ、クルテは『うん、そうする』といつものようにニッコリする。


「これで明日は予定通り、出立できますね」

クスクス笑いが納まったラクティメシッスがピエッチェに言った。

「二・三日、休養を取るしかないかと思ってました」


「あぁ、心配かけて済まなかった」

「いえいえ、こう言うのはお互い様ですから」

ラクティメシッスの穏やかさに救われた気分がする。それなのに……


「予定、変更するよ」

食べ終わってもいないのに、クルテが言った。

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