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レンレンホで待ち合わせよう――ラクティメシッスの部下たちは来た順番に出発させた。十七騎は目立ち過ぎる。
ラクティメシッスとマデルは約束の集合場所に居て指示を出したが、ピエッチェとクルテ・カッチーはギスパを出てトロンパ街道で立ち話を装い、魔法使いが来ると馬を引き渡した。馬はクルテの魔法を解除せずここまで連れてきて木立に隠したが、使用者が来ると魔法の効果が消えた。
十二人の魔法使いがレンレンホに向けて出立すると、程なくラクティメシッスとマデルも姿を現した。二人の馬は集合場所でラクティメシッスが見えず聞こえず魔法をかけていた。そしてギスパを出るまでは徒歩、出たところで魔法を解除して騎乗している。ギスパの街に居ないはずの馬を見られるのを回避した。
谷あいを縫うように続くトロンパ街道を疾走し、途中の街や村もでき得る限り速度を落とさず走り抜ける予定だ。ギスパの役人が関わる集落で馬が目撃されれば、どんなトラブルになるか判らない。ラクティメシッスの部下たちにもそう指示が出ている。
ギスパから五つ目の集落ウォクチャズに入ったところで先頭を行っていたピエッチェが馬を止めた。
「やはりな……」
ピエッチェの視線の先には荷馬車が居た。
「ここからはジジョネテスキが統括責任者を任されていたセーレム地区、どうやら馬が徴用されたってことはなさそうだ」
横に着けて馬を止めたラクティメシッスにピエッチェが小声で言った。
「ってことは、こっから先は少しは警戒を解いていいってことですね――サロンにでも入って休憩しますか?」
なんの相談もなしにすぐそこのサロンの前で馬を降りたクルテを見て、ラクティメシッスが苦笑した――
「レンレンホで一泊しますか?」
ラクティメシッスの問いに、
「できればその先、キャッテクがいいな……トロンパ街道より二日ばかり遠回りになるけど、キャッテクからジョネルテ街道に入る。少しでも先に行っておこう」
とピエッチェが答えると、
「キャッテクって聞いたことあるような?}
首を傾げるラクティメシッス、クルテが
「キャッテクからトロンパ街道を真っ直ぐ行くとジョーンキ、で、ジョーンキまではトロンパ街道最大の難所と言われるケピンネの森を抜ける。難所ってのは、魔物が森にうじゃうじゃ住んでたから――頭が八つの大ヘビを忘れた? 夜になるとジョーンキの森に狩りに来てた」
と笑う。あぁ、とラクティメシッスも思い出したようだ。
「ってことは、もう魔物はいなくなった?」
サロンは空いていて、内緒話をするのに問題なかった。空いているどころか、ほかに客がないない。注文を取りに来た店員に訊ねると、中途半端な時刻だからだと笑った。朝や午後のティータイムにはけっこう賑わうらしい。遅めの朝食に来る客が途切れたところだと言った。
もう魔物はいないのなら少しでも早いほうがいいんじゃないのかと言うラクティメシッスに、
「大物はいなくなっただろうけど、小物がうじゃうじゃなはずだ」
クルテは不承知らしい。
「それにキャッテクからジョーンキまで徒歩で三日はかかる。馬でも一日じゃいけない。で、集落がないし道も悪い。ジョネルテ街道を選ぶのが正解だと思う」
「小物なら大した手間もかからないのでは? さてはお嬢さん、野営は嫌い?」
「食料や毛布がなくて野営する気?」
「それじゃあ、レンレンホで馬車が買えたらってことでどうです? いろいろ買い込んでいきましょう」
するとクルテがジロリとラクティメシッスを見た。
「急がば回れって知ってる? 魔物がいるかもしれない森を抜けるより、居ないと判っている街中を行ったほうがいい。どうせ縮められるのは二日程度、魔物に関わることになったら二日じゃすまなくなるかもよ?」
「クルテの言うとおりだと思うわ」
マデルがクルテの肩を持つ。さらにピエッチェが、
「機動力を考えると、馬車を買い込むのはもっと先にするかな……ジョネルテ街道は小さい村や街が点在している。宿や飲食店に困ることはない。だったらそっちを利用して荷物は減らそう」
と断を下した。ジョーンキ行きは話題にすらしなかった。ザジリレンについては地図を見るしかないラクティメシッスに、ジョーンキに拘る理由もない。
「それより、トロンパに残った連中は?」
他に人がいないのが判っていながらつい小声になるピエッチェ、トロンパに置いてきた『同志』の動きを訊いている。
「明日、トロンパを出ると報告がありました。早朝に第一隊、昼に第二隊、第三隊は明後日の朝早く、それが最後です」
つられてラクティメシッスも小声になる。
「一隊を三十人前後に分けたんだな。宿泊予定は?」
「ワッテンハイゼでと考えています」
「あの街の警備隊の面目は?」
「ワッテンハイゼに残っている警備隊員は七名だと判りました。こちらは二隊で総勢七十、手出しできなかったと言い訳が立ちます」
「宿は取れそうか?」
「ワッテンハイゼには野営に適した場所があるそうです。そこに二隊を集めて野営をさせます。必要な装備は今日中に揃うと言ってました」
「第一・第二はワッテンハイゼでいいとして、第三隊はどうするんだ? 三十対七だと、警備隊も何もしないわけにいかなくならないか?」
「第一・第二は第三をワッテンハイゼで待ちます。三隊で隊列を生してシャンシャン峠を越え、ギスパと考えていたんですが……」
「ふむ……」
ピエッチェが考え込む。
「馬を見逃してくれそうもないな」
「ギスパを避けるルートは?」
ラクティメシッスの質問にピエッチェはすぐには答えず、
「明日の朝まで待って欲しい。ちょっとトロンペセスに確認してみる」
と、難しい顔だ。
「ないわけではないけど、問題がありそうですね?」
「いやね、トロンパ以外にも同志を隠しているんじゃないかな、と思ってね――百そこそこの兵力で王都を攻めるとは考えずらい」
「兵数を確認しなかったのは迂闊でした。ピエッチェはトロンパ以外にも居ると踏んでいるんですね?」
「それをトロンペセスに確認する――あの親爺、変なところでそっそっかしい。下手に動かれるより聞き出して、こちらから指示したほうが安全だ」
「聞き出したらどうするつもりで?」
「ワッテンハイゼの同志たちに迎えに行って貰うのはどうかな?――あちこち回って合流し、王都に着く頃には大軍になってるって筋書きで」
「なるほど。我らが集める必要はないってことですね」
「うん。俺たちは各地の現状を視察しつつ王都を目指す。先にカッテンクリュードに到着するようなら、王都の実情も探っておく」
「そこでいったん王都から出て、大軍になった同志たちと合流、彼らを率いて王都に再入場――王の名乗りはいつ?」
「再入場の際に……ラスティン、その際は身分を明かしても大丈夫か?」
「身分ってわたしの? えぇ、わたしも本名で行きましょう」
「ねぇねぇ」
話に割って入ったのはクルテだ。
「馬車を買わないなら、お花を買っていい?」
「あれ? お嬢さん、また花を何かに使う気ですか?」
ニヤッとしたラクティメシッスに答えるクルテ、
「ううん、あそこ……八百屋の店先に『食べられる花』って札が立ってる」
見てみるとクルテの言うとおりだ。
「食べてみたいのか?」
ピエッチェが訊くとクルテがニマッと笑った。
「うん、わたし、虫とヘビと――」
「判った! 買ってやる。好きなだけ買って食え」
言い切る前にピエッチェがクルテを遮る。虫とヘビとネズミは食べない、なんて言うな。言い訳に困るだろうが!
そこに店員が追加の注文はないかと訊きに来た。
「いいや、そろそろ出るよ」
店員の気配に気づいたクルテが、ラクティメシッスとの話を中断させた……そう感じたピエッチェだった。
サロンを出るとトロンパ街道をレンレンホに向かった。途中、馬の疲労を考えてもう一度休憩を取ったが、それ以外は走り続けた。集合は街に入る直前のトロンパ街道、歩みを止めると木立に隠れていた魔法使いたちがそれとなく姿を現した。
と、急にラクティメシッスが馬ごと姿を消した。魔法の連絡具を使うのだろう。程なく姿を現すと、
「キャッテクに行きましょう」
と言った。
「宿屋を押さえました。三軒に別れることになりますが、我ら五人は同室を確保してあります」
だったらそれをここに居る部下にも言わなきゃと思ったピエッチェが周囲の木立を見るが、魔法使いは一人もいない。
「ご心配なく。宿の手配をした魔法使いに連絡しろと二枚貝で伝えましたから――わたしたちも向かいましょう」
レンレンホに入り、休むことなく通り抜ける。が、出口はトロンパ街道ではなくジョネルテ街道だ。街中をそれなりの距離を走ることになる。
先頭を行くピエッチェに四騎が続く。じきに日没、傾いた日が影を伸ばす。ラクティメシッスの金髪が光を受けて輝けば、誰も先頭の馬に騎乗している人物に注意を向けることもない。
ピエッチェが頬当て付きの兜をつけていたのはトロンパ村でのみ、ピエッチェ盗賊団を印象付ける必要のない、むしろ知られたくないギスパに入る直前で黒髪のウイッグに戻している。もちろんウイッグが取れることはなかったが、それでも衆目がラクティメシッスに向けられたほうが都合がいい。
いずれカティングリュートでラクティメシッスが、自分はローシェッタの王太子なのだと明かしたら、ピエッチェたちが通り抜けた集落の人々は噂するだろう。ラクティメシッスさまがこの地をお通りになった。あの五騎のいずれかにカテロヘブ王もいらしたに違いない――体型から言って、先頭で駆けて行ったのがカテロヘブ王だ。
その時、人々は先頭を行った男の髪色など覚えていないだろう。なんでカテロヘブ王だと気づかなかったんだと残念がりそうだ。
キャッテクに入ったのは完全に日が暮れてから、店のほとんどがとうに閉まり、道を行き交う人影も見当たらない。
「居酒屋や飲食店もないようです」
ラクティメシッスの呟きにピエッチェが問う。
「宿で食事は?」
「食事と厩舎がある宿と指定しました」
「で、場所はどこなんだろう?」
「西のはずれ、モーモターマと言う宿です」
「西ならこっちだね」
クルテが勝手に動き始める。街灯に照らされたクルテの唇がやけに赤い。さては馬を走らせながら食用花を齧ったな? ウォクチャズのサロンの向かいの八百屋で赤ばかり選んで買った花は、見るも無残にボロボロだ。
マデルが馬をクルテに寄せて『あんた、唇が真っ赤だよ』と笑っている。クルテが手で拭うと余計に赤い色が広がった――そのまま宿に入ったら、人を食ってきたかと誤解される……なんてことはないな。クスッと笑うピエッチェを、ラクティメシッスが不思議そうに見ていた。




