7
クルテを引っ張り上げて自分の前に跨らせ、手綱を握る。が、ピエッチェの指示とは関係なくリュネが歩き出す。クルテから行き先を教えられているらしい。
厩舎を出ると宿から遠ざかっていく。歩みはゆっくりだ。おまけに他の馬、ラクティメシッスの馬たちが後ろからついてくる。犬の散歩みたいだなと笑みが漏れるが、『昼間あれほど走らせたんだ。散歩なんか必要ないし、どうせなら休ませればいいものを』と思う。
リュネの足が止まったのはピエッチェたちが泊まっている宿とは別の宿の厩舎の前だった。どうするんだろうと思っていると、厩舎から馬が二頭出てきた。それを見て再び歩き始めたリュネ、二頭の馬は後ろに続く馬の列に加わった。
次に止まったのはやはり別の宿、ここでは一頭、その次の宿では三頭と、馬の列が長くなっていく。最終的に馬はリュネを含めて全部で十七頭、ピエッチェ盗賊団の馬を集めて回ったってことか。
そのままリュネは歩き続け、クルテが
「さて、帰ろう」
と言ったのは、ギスパのはずれ、明朝の集合場所だ。
リュネがゆっくり宿へと向かう。ところが列をなしていた馬はついて来ない。それどころか一頭、また一頭と見えなくなっていく。クルテの魔法だ。そう思ったがわざわざ訊きもしなかった。
「あれ?」
だんまりだったピエッチェが声を発したのは、宿泊している宿の厩舎に入った時だった。リュネ以外の馬たちがそこに揃っていた。
「待ち合わせ場所に置いてきたんじゃなかったのか?」
消えてここに現れた? そう思ったピエッチェだ。だが、そんなことをしてなんになる?
ピエッチェの問いに答えないクルテ、ピエッチェを見上げて不貞腐れる。
「もう、お花がなくなった」
そんなこと訊いちゃいないぞと思いながら、クルテの花束を見ると、確かに花はなくなっていて、茎や葉だけが残っている。
「食ったのか?」
ピエッチェに今度もクルテは答えない。
「花屋に十六輪あって良かったよ。失敗もしなかったしね……部屋に戻って早く寝よう。もう眠くてフラフラ」
立ったまま眠ってしまいそうなクルテ、ピエッチェが慌てて抱き寄せた――
明け方近く、ラクティメシッスが起きだした気配にピエッチェが緊張する。クルテも気が付いているようだ。すぐに寝室のドアがノックされた。クルテがニヤリと笑んだ。
「宿の従業員が騒いでいます」
居間の窓から外の様子を窺うと、確かになにやら揉めている。
「ん? あれは警備隊の制服では?」
ラクティメシッスの言葉に、ピエッチェが後ろから覗き込む。
「そうだな、警備隊だ。まさか俺たちが盗賊団だとバレたか?」
「そんな感じではないですね。それなら宿に突入しそうですが、裏の方に行こうとしてますね」
「厩舎か?」
フフンとラクティメシッスが鼻を鳴らす。
「さては馬を奪いに来たと?」
その言葉にチラッとクルテを見るピエッチェ、外の動きを注視していたラクティメシッスは気付く様子もなく、
「あぁ、やっぱり。馬が引き出されてきました」
と呟いたが、
「馬鹿な! アイツら!! すぐに行きましょう」
とドアに向かう。
「行っても無駄だよ」
ラクティメシッスの袖を引っ張って止めたのはクルテだ。
「なんて言うつもり? 人の馬をどこに連れて行くんだとでも? 警備隊は『所有者に関係なく〝馬は〟全部引き渡せ』って言うに決まってる。それに身元を訊かれたらどうするの?」
「でも、わたしの黒駒も引き出されました。こんなことになるなら別の馬にすればよかった……」
「あれ?」
クルテの指摘に項垂れるラクティメシッス、首を傾げるのはクルテだ。すぐにピエッチェの隣に来て窓の外を見る。そしてニマッと笑んだ。
「大丈夫。あれはラスティンの黒駒じゃない」
「えっ?」
「わたしたちの馬は全部、集合場所に集めて隠しておいた。誰にも見つけられないよ」
「えぇえっ?」
驚いて自分を見るラクティメシッスにピエッチェが頷く。
「さっき、クルテと一緒にリュネに乗って馬を集めて連れて行った――クルテ、あれは魔法なんだろう?」
「うん、馬の幻覚を見る魔法。ラスティンの見えず聞こえず魔法を応用してみた」
「わたしの魔法の応用?」
「そうだよ。何度も見せられている。いい加減覚えた」
「どう応用したんです?」
「見える聞こえるにしただけ。だから馬や嘶き、蹄音が見えて聞こえる――でも、まさかラスティンにまで通用するとは思ってなかったからびっくりした」
窓際に戻ってきたラクティメシッスにピエッチェが場を譲る。暫く凝視していたが
「あれは……花?」
と呟いた。
「お嬢さんが持っていた花束?」
「そう、茎や葉っぱはブレやすいから、花だけを形代に使った。手綱を牽けば花が引っ張られる。花の上に現れる馬の幻影を彼ら、見ているってわけさ」
ラクティメシッスが振り向いて、マジマジとクルテを見た。
「それで本物のほうには、通常の見えず聞こえず魔法を?」
「そ、そゆこと……そっちのほうはわたしが行けばすぐに解除されるけど、下のお花は明日の昼頃までは持つんじゃないかな? ラスティンまで騙せたんだから、気が付く魔法使いがこの街に居るとは思えないからね」
お嬢さんには驚かされてばっかりだ……ラクティメシッスのボヤキにクルテがニマッと笑む。
「黒駒、なんて名前?」
「わたしの愛馬の名ですか? ピエルグリフトですよ」
「雄々しい名前だね――連れて行くのに苦労したよ。王子さまにしか従わないって言い張ってた。しかも牝馬。マデルを乗せたくないはずだよね」
「えっ? いや、それって?」
ラクティメシッスがギョッとするのを無視してクルテが笑う。そして『寝直すよ』とピエッチェを引っ張って寝室に入ってしまった。
残されたラクティメシッスは暫くポカンとしていたがとうとう吹き出し、暫く笑ってから自分の寝室に戻って行った――
翌朝、ラクティメシッスはまず部下たちに……と言っても盗賊団として連れてきた十二人への連絡から始めていた。馬は警備隊に没収された。だから徒歩で集合場所に来い。もし厩舎に馬がいたとしても、それは『もぎ取られた』花だ。そのままにしておいてもなんの問題もない。
ルームサービスを運んできた宿の従業員に
「困ったな……」
と、苦い顔を見せたのはピエッチェだ。
「宿を信用して馬を預けたのに、連れて行かれた?」
一番声を荒げたのはカッチー、実は夜中に警備隊が全ての馬を徴用して行ったと聞くと立ち上がり
「何してるんだ!」
従業員に掴み掛りそうな勢いだった。それを抑えたのはピエッチェ、まずは詳しい話を聞こう……
替わりの馬を用意しようにも、街の馬は全部警備隊が持って行ったのでどうにもできない。金銭で済まそうにも、他のお客さんの馬もあるので払いきれるものではない。どうか勘弁して貰えないか。
「恨むなら警備隊、いや、そのずっと上、王宮……国王ってことだな」
ピエッチェの呟きに、宿の従業員が怒りを見せた。
「何を言うか! 王宮までは同意できても、カテロヘブさまを罵倒するのは許せません」
黙って見ていたマデルが、
「こら! 滅多なことを言うもんじゃない。不敬だわ」
ピエッチェを窘め、従業員に謝罪する。
「馬を失くして気が立っているの。弟を許してちょうだい――今の失言、忘れてくれるよね? そうしてくれたら、わたしたちも馬を諦める」
驚いた従業員が
「でも、だって、五頭ですよ?」
戸惑うが、
「今のセリフが警備隊に知られたら、わたしたちの首が危ないじゃないの――誰にも言わず黙っていてくれるよね? もちろん宿の他の人にも」
そっと従業員に硬貨を握らせる。握らされた硬貨を見ることなく、自分を見詰めて目を潤ませるマデルを見詰め、従業員が頬を染める。そしてコクリと頷いた――
納まらないのはカッチーだ。
「警備隊に行って、リュネを取り返すんですよね!?」
と、息まいている。それはマデルも同じで、
「だったら早いほうがいいわ。朝食を摂ってる場合じゃないわ」
と言いながら、もくもくと料理を食べる。さっさと食べ終わりたいってことだ。
二人にはまだ昨夜のことを話していない。部下と連絡を取っているラクティメシッスは作業で忙しく、マデルと話す余裕もないらしい。ピエッチェとクルテは従業員が食事を運んで来るまで眠っていた。
カッチーの剣幕に『いいからさっさと食っちまえ』としか言えないピエッチェ、クルテは例によって料理をじっと観察しているし、ラクティメシッスはまだ寝室から出てこない。興奮状態のカッチーに、下手に種明かしなんかしたら、余計に怒らせそうだ。
と、クルテがピエッチェを見上げた。
「どうした?」
こうなると条件反射かもしれない。
「リュネは自分で判断できる賢い子」
ほほう、リュネは無事だとカッチーに報せる気か。
「だから危険を察知すれば姿を消して回避する」
カッチーの呼吸が少し穏やかになったのを感じる。
「で、これはなに?」
クルテが疑問に思った料理、今朝は人参を細く切って炒めたところに、解きほぐした鶏卵を加えてさらに炒めたものだ。
そう教えると不思議そうな顔でまた訊いた。
「人参は知ってる。鶏卵も知ってる。なんで二つを一緒の料理に?」
知るか、そんなこと!
マデルがクスッと笑い、カッチーも吹き出した。クルテがニマッとし、フォークで掬った人参と卵の炒め物を口に運んだ。なるほどね……苦笑したピエッチェも食事を再開した――
ラクティメシッスが食事の席に来たのは、ピエッチェとカッチーはとっくに食べ終わり、マデルがそろそろ終わる頃だ。クルテは人参の炒め物を一本一本食べていたのでまだまだ終わりそうもない。
「やっと終わりました……みんな、馬が居なくなったって慌ててるんで、なかなか捕まえられなくて」
「あたりを探していたとか?」
最後の一口……デザートのオレンジムースを食べ終えたマデルが訊いた。
「宿に怒鳴り込んだりね」
やれやれと、ラクティメシッスが肩を竦める。
すぐに立ち上がったカッチーがラクティメシッスにお茶を淹れ、ついでに空いたカップにも注ぎ足しながら言った。
「しかし……馬が居なくちゃ身動き取れませんよ? 駅馬車もないって話です」
駅馬車がないのは、料理を運んできた宿の従業員から聞いたことだ。
「あれ? まだ言ってなかったんですか?」
ピエッチェを見るラクティメシッス、
「ピエッチェとお嬢さんが、馬は集合場所に隠したって言ってましたよ?」
事も無げに言った。
「本当なんですか?」
勢い込んでピエッチェに迫るカッチー、
「さっきは言いそびれた。おまえの剣幕に気圧されちまったよ」
ムスッとピエッチェが言えば、顔を赤くして
「すみません……」
と小さくなった。リュネは自分で自分の身を守るとクルテに言われてから、カッチーは落ち着きを取り戻していた。
「よかったわ。これで次の街に行けるね」
マデルが微笑んだ。




