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判りませんか? とラクティメシッスがうっすら笑む。
「マデルとカッチーが言うとおり、ピエッチェはギスパを離れるのを心苦しく感じていることでしょう……でも王都に行くことを選択した。それはなぜかな?」
「王都にはやるべきことがあって、そっちを優先させなければって思ったからでしょう?」
「えぇ、わたしもそう思いますよ。ではなぜ、それが最優先だと考えた?」
「それは……彼がこの国の王だからよ」
「うーーん、惜しいなぁ。それが判っていて、なんで正解が出せないのかなぁ」
「何よ、違うって言うのね。だいたいラスティン、わたしの質問に答えないで、なぜなぜってこっちに訊いてばかり。狡いわ」
狡いと言われてしまいました……肩を竦めてカッチーを見るラクティメシッスから、カッチーが目を逸らす。面白そうにラクティメシッスが笑う。
「まぁ、違うとは言いませんよ――マデルは『彼はこの国の王』と言いましたが、あの性格や考え方なら、たとえ王でなくても彼は不正を許せないと思います。このあたり、どうでしょう?」
「そりゃあねぇ……」
マデルとカッチーが見交わして頷き合う。
「だから今までも、どこかでそんなことに出くわすと放っておけなかったんだわ」
デレドケのセンシリケ、ギュリューではシャインことレムシャン、シスール周回道で待ち伏せしていたドンク、嫌がらせに困っていたレストランの夫婦、ジェンガテク湖の大アリジゴクやコゲゼリテ大浴場を徘徊する女神の娘像……旅の途中で関わり合った様々なトラブル・人々を困らせている魔物をピエッチェは放置できなかったことをマデルは思い出していた。
「今回は王権を取り返すほうが先だって考えたのよ。でないと戦争が始まるかもしれない。戦争を回避するのが王として先決だって思ったのよ」
マデルの訴えをラクティメシッスはやはり穏やかな微笑みで聞いていた。そして言った。
「それを否定はしませんよ。でもね、わたしはピエッチェが責任を感じているように思えました」
「責任?」
「トロンパの不正は五年前から行われていたらしいから、良くはないけどヨシとして、ギスパの不正は自分が王都を離れた……所在不明になったのが原因だと考えているんじゃないかな?」
「それは違う!」
カッチーが叫んだ。
「いくらラスティンさんでもそん――」
「落ち着きなさい、カッチー。わたしがいつ、そうだと言いましたか?」
「でも、だって。そうしようと思ってそうなったわけじゃない。誰かに殺されそうになったんだ」
「そうよ、それをクルテが助けたの。ピエッチェに責任を問うなんて可怪しいわ」
「まったく、マデルまで――よく聞きなさい。ピエッチェがそう考えているって話です」
軽く溜息を吐くラクティメシッス、
「わたしも王太子でありながら病床の父王を置き去りにして自国を離れています。まぁ、わたしは自らの意思でそうしたんですけどね」
そう言って苦笑する。
「わたしが不在でも困らないよう様々な手を打ってあります。それでも今、ローシェッタに何かあったらと思うと居ても立ってもいられません。そして何かあれば自分の責任だと感じると思います」
「あんたの場合は自分の意思で出てきたんだから、当たり前だわ」
これは手厳しい、とボヤくラクティメシッス、
「ま、その通りなんですけどね」
軽く笑う。
「まぁ、ピエッチェから『自分の責任だ』なんて言葉を聞いたわけじゃない。勝手にわたしがそう感じただけです。でも、もしそう感じているのなら、わたしだって『そうじゃない』って言ってあげたっかったんです。訊かれもしないのに言えないでしょ?」
「ラスティン……」
マデルが怒りを納め、ラクティメシッスを見る。
「頼ってくれればってそういう意味だったの?」
ラクティメシッスがフッと苦笑する。
「端的に言えば、そうですね――ピエッチェはね、きっと不正が行われているのはギスパだけじゃないって考えていると思いますよ。中央の政治が乱れれば、あちらこちらで不正が起きる、そんなものですからね。だから、まずは王宮に戻り、体制を立て直さなければ意味がない、そう考えたんだと思います」
「でもラスティンさん。ピエッチェさんはそんな愚痴を言う人じゃありません」
これはカッチーだ。
「それにもし、ピエッチェさんがラステインさんの感じたように、自分の責任だと思っているなら『そうじゃない』って言われても納得しないと思います」
これはラクティメシッスも否定しなかった。
「そうなんですよねぇ。だから余計に頼って欲しいのかもしれません――でもね、ギスパが気になるが、ここは放置して王都に行くべきだよな? って、相談くらいしてくれてもいいと思いませんか?」
するとマデルが、
「それこそ無理よ。トロンパの時だってピエッチェはスルーするつもりだったわ。スズマリアネの正体を知っていながらさっさとトロンパを出ることを考えてた。自分の正体がバレるってのもあったかもしれないけどね」
あっさり否定する。
「おや、マデルも気が付いていた?」
ラクティメシッスがニヤッとする。
「わたしもあの時はヘンだと思ってたんですよ。ピエッチェならスズマリアネを見逃さない。結果的には向こうから接触してきたんであんなことになりましたが」
「そのおかげでトロンペセスとも繋がれたし、ジジョネテスキとも接触できた。あの一件で、随分前進したように思えるし、まぁ良かったんじゃない?」
「そうですよねぇ……」
考え込んだラクティメシッス、マデルが
「まさかギスパにも何かあるとか思ってる?」
と不安そうに言った。
「ピエッチェが放置するって決めたのよ? ラスティンが何かしていいわけないじゃないの。それともピエッチェを説得する気?」
「いえ、そんなこと考えていませんって――ただちょっと、魔法使いを何人かおいて探らせようかな、とは思いました」
「それはまずいでしょう? ピエッチェが知ったら怒るわよ」
「でしょうね、内政干渉だと言われかねない。でもね、マデル……いや、やっぱりやめておきますか」
「なによ、それ?」
「うん……魔法使いからの報告はピエッチェの役に立つだろうなと思ったんです。が、それじゃあまるでザジリレンには優秀な人材が居ないでしょうって言ってるのと同じだなって気づきました」
はぁっと伸びをするラクティメシッス、
「なんかスッキリしました――頼って欲しい一番は、実はこれだったんです。ギスパが気になるから部下に探らせろって言ってくれればって思ってました。喜んで協力するのにって。でも、何か引っかかって言えなかった。それってこういうことだったんですねぇ」
笑いながら立ち上がる。
「さて、すっきりしたところでわたしたちも休みましょうか」
「まったく、呆れちゃうわ」
そう言って笑いながらマデルも立ち上がる。
「なんだかんだ言って、ラスティンの話に付き合わされただけね。カッチー、気を悪くしないで」
「いえ、気を悪くするなんて――俺、いろいろ勉強させていただきました」
「勉強って?」
「はい。ピエッチェさんがよく、遠慮するなって言うんですけど、その本当の意味が判ったような気がします」
「そうなんだ? よく判らないけど、カッチーがそう思うならそうなのね」
マデルはきょとんとしたが、ラスティンは優しい眼差しをカッチーに向けた――
いっぽう、早々に寝室に入ったピエッチェとクルテ、眠いと言ったくせに、いつまで経ってもベッドに入ろうとしないクルテに、ピエッチェが呆れていた。椅子に腰かけ花束を眺めてニマニマしているだけだ。ピエッチェが話しかけてもチラッと見るだけで返事もしない。
そんなクルテを眺めているしかないピエッチェ、だったらさっさと寝てしまおうかとベッドに入ろうとすると、
「寝ちゃダメ」
とクルテが言う。
「寝るなって、これから何か起きるのか?」
「これから起きるんじゃなくって起きてて欲しいだけ」
「なんだよ、それ?」
「だって、一人で起きてるのは寂しい」
グッと言葉に詰まるピエッチェ、
「だったら一緒に寝よう。おまえ、疲れてるだろ? 明日も一日移動だし、俺だって疲れてる」
だけどクルテに動く気配はない。どうしたものかと思うものの、ピエッチェも動けない。
そのうちウトウトし始め、ガクンと舟を漕ぎ、ハッと目覚める。あい変わらすクルテは花を眺めてニマニマしている。でも……
(花が生き生きしている)
クルテは疲れていないのか? ならばなぜ花を欲しがった? 朝には捨てる約束の花の、生気をなぜ吸い取ろうとしない? 大して疲れていないのか?
居間に残った三人が、それぞれの寝室に入った気配がした。アイツら、まだ起きて喋ってたのか……クルテも気が付いて、少し首を傾げてから花に視線を戻してニヤッとした。
「三人が寝入ったら、出かけようか?」
唐突なクルテの提案、
「うん? 出かけるってどこに?」
戸惑うピエッチェ、
「たまには月を二人で眺めるなんてどう?」
クルテはやっぱり花束を眺めてニヤニヤしている。
「なんだよ、急に。月が見たいだなんて珍しいな。満月だとか?」
「さぁ? カティは黙ってわたしについて来ればいいよ」
ムッとしたが怒るほどのことでもないか? そしてカッチーの鼾が聞こえ始めた。
「さて、行こう」
立ち上がるクルテにピエッチェが
「ラスティンたちは何か話してるみたいだぞ?」
と言えば、
「わたしとカティの気配はラスティンとマデルには検知できない。気にするな」
クルテが笑う。
「目視されれば別だけど、物音を立てなきゃバレない。でもカッチーには気付かれる。だから眠り込むのを待ってた」
「カッチーに?」
「うん。同じ森の女神から祝福を受けたカッチーは、ピエッチェの動きが察知できるってこと」
「それって魔力も関係する?」
「カッチーの魔力が目覚めるにはもう少し時が必要――目覚めさせたい?」
やっぱりそうか。カッチーも魔力持ちか……
「いや、カッチー次第だな」
ピエッチェも立ち上がる。
「で、どこに行くんだ?」
クルテがニマッと笑って花束を手にした――
クルテが行ったのは宿の厩舎だった。リュネがヒヒンと控えめに鼻を鳴らす。
一頻りリュネに甘えるクルテ、なんだよ、俺だけじゃご不満だったかとピエッチェが思う。
「ちょっと持ってて」
花束をピエッチェに渡したクルテがピエッチェ・ラクティメシッス・マデルが使っている馬の首筋を撫で、最後に自分が乗っていた馬の首を撫でた。
花束を取り返すと
「カティ、リュネに乗って。わたしもリュネに乗る」
と言い出した。
「なんだよ、リュネに会いたかったんじゃないのか?」
「いいからさっさと乗って」
わけが判らないままピエッチェは、言われたとおりリュネの背に跨った。




