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宿に戻るとラクティメシッスがあれこれ訊いてきた。が、王宮を離れて久しいのだから何も判らないと答えた。
「確かに食料管制には早すぎる。でも、それだけでは何も判断できない」
ラクティメシッスが不審に思うのも無理のないことだ。だから『何が?』などと惚けることはできなかった。
地方の街ギスパであっても、政令の交付を行うのは地区統括責任者だとか、マリューデネストと言う人物がその地区統括責任者ではありえない、などとは言わなかった。言えばギスパに留まることになりそうだ。
気にならないわけではない。真っ先に思い浮かべたのは汚職だ。トロンパと似たようなことがギスパでも起きているんじゃないか?
だとしたら原因は俺だ。迂闊にも、国を離れてしまった俺のせいだ――レストランの店員の『カテロヘブさまが居なくなってから』と言う声が脳裏によみがえる。
何しろカッテンクリュードに一刻も早く戻ることだ。王宮に入り、何がどうなっているのかを見極めなくてはならない。とは言うものの、これは本心ではない。この不祥事、王宮は知らないと考えている。だが、マリューデネストの影に王宮の誰かがいることまで否定するものではない。
ギスパに住む人々の暮らしに心を残しつつ、優先するのは盗賊団計画、そう決めた。王宮を制圧したらすぐにでも調査する、そうするのが一番いい――
何も判断できないというピエッチェの顔をラクティメシッスが覗き込む。
「だからって納得してるわけじゃない。そんな顔ですね」
ムッとするが否定もしない。否定しても意味がない。
「そりゃあそうに決まってる。どう考えたって、必要のない統制だからな」
「ですよね。国柄の違いじゃないですよね……」
ラクティメシッスのヤツ、これがザジリレン風だとでも思ったか?
まだ何か言いたそうだったが、関心を示さないピエッチェに突っ込みどころを見いだせないラクティメシッス、しかもクルテがピエッチェに撓垂れかかって
「眠い……」
と目を擦った。ん? とピエッチェがクルテに目を向ける。
「一日中馬に乗りっ放しだったもんな」
苦笑すると、クルテの手を引いて立ち上がる。
「明日も早い。もう休ませて貰う」
そのままクルテの肩を抱き寄せると寝室に入ってしまった。
ふふんと鼻で笑うラクティメシッス、マデルが
「逃げられちゃったみたいね」
ニヤっと言った。
チラリとマデルに視線を送ってから、
「まぁ、ピエッチェが言うのももっともですよ。今の時点じゃ、何が起きてるかなんて判りっこない」
ラクティメシッスが溜息を吐く。
「あら、ここで溜息?」
「うーーん……まだまだピエッチェはわたしに気を許してくれないんだなぁと思ってね」
「もっと仲良くなりたいの?」
「なりたいですねぇ……構えてないで、わたしを頼ってくれればいいのに」
するとカッチーが、
「ラスティンさんを頼らなくちゃならないことがあったんですか?」
不思議そうな顔をする。
「王宮が、『無理な』軍需を始めたって話ですよね? で、ピエッチェさんはここでは何もできないって考えたってことなんじゃないんですか? 王都に行かなきゃ何も判らないって」
「本当にカッチーはそう感じてる?」
「だって、それ以外に何があるんです?」
真面目な顔のカッチーに、ラックティメシッスがまたもフフンと笑う。
「ピエッチェよりカッチーのほうが芝居は上手みたいですね」
「芝居だなんて……そんなんじゃありませんよ」
「でもね、カッチー。わたしを騙せると思いますか?」
ニヤニヤとカッチーを見るラクティメシッス、カッチーの真面目な顔がだんだん気まずげなものに変わっていく。
「いや、だって……ピエッチェさんが『今じゃない』って判断したら、俺はその通りだって思うしかないです」
「ふぅ~ん。まぁ、カッチーは彼に忠実ですもんねぇ。だから、『王都に行かなきゃ』ってカッチーも思った?」
「えぇ、俺もそう思いました。王都に行かなきゃ答えは出ないって」
「ところで、いつピエッチェは『王都に行かなきゃ』なんて言ったっけ?」
「あ……言いませんでしたっけ?」
カッチーがハッとして、今度こそ明らかに気まずい顔になりラクティメシッスから目を逸らした。
「すいません。ピエッチェさんの考えじゃなくって、俺の考えでした」
「素直でよろしい」
ラクティメシッスが愉快そうに笑う。
「ま、今は何もできない、ってのは正解だと思いますよ」
「ってことは『王都に行かなきゃ』ってのは不正解なんですか?」
「不正解って言うか、ピエッチェの考えは違うんじゃないのかな?」
「違うんですか?」
「どうかなぁ? 本人に訊かなきゃはっきりとは言えないけど、ピエッチェが『今は何もできない』って言った本意は、先にしなきゃならないことがあるってことだとわたしは思いました」
「それって、先にすることって王都に行くってことですよね? 同じなんじゃ?」
カッチーの疑問に、ラクティメシッスがゆったりと微笑む。
「同じに見えて、微妙に違うんじゃないかとわたしは思います」
「微妙な違いってなんですか?」
「カッチーはピエッチェが『王都が先』と考えた理由を、王都に行かなければ真相が判らないからだと考えているんじゃないですか?」
「はい。だって管制は王都からの命令ですよね」
「まぁ、本来ならね――だけど、こんな政令が施行されたとわたしは思えないし、きっとピエッチェも思っていない」
「だって実際、役人が来て言い渡されって話でしたよ?」
「その役人、本当に役人なのかな?」
「へっ?」
「ピエッチェは『統括責任者』って言葉を口にしました。つまり、ザジリレンではその役職にある者が触れを出す――わたしたちは統括責任者の一人に以前、会っていますね。ジジョネテスキです」
ジジョネテスキは王家警護隊隊長を解任されてセーレムの統括責任者になった。それをカッチーが思い出す。
「そうですよね……それに確か、統括責任者を任命するのは国王だってピエッチェさんが言っていたような?」
「マリューデネストって名を聞いて、ピエッチェが怪訝な顔をしたのに気が付いていたかい? あれは『そんなヤツは知らない、ソイツが統括責任者のはずがない』って顔でした」
「ピエッチェさんが王宮を離れてから頭角を現してきた人物ってことですか?」
「まぁ、その可能性がないとは言い切れないけどね。でもさ、ピエッチェはかなり自国の人事を掌握しているように思えます。そのピエッチェが首を捻ったんです。きっとマリューデネストは統括責任者じゃない」
「ってことは?」
「ピエッチェは汚職を疑ってるんだと思います。トロンパと同じようなことが起きているんじゃないか?」
「そうだとしたら、ギスパで調べなきゃ……王都に行っても意味がないんじゃ?」
「ですよね」
ラクティメシッスがニッコリ笑う。
少し考えてからカッチーが言った。
「それでラスティンは、ピエッチェさんの判断は間違ってると思うんですか?」
「そんなこと、言ってませんよ?」
「でも、ここで起きていることを放って王都に行くのはどうなんでしょう?」
「おや? カッチーはピエッチェが決めた優先順位を否定するんですか?」
「そんなこと! ただ……きっとピエッチェさん、本当は放っておきたくなんかないはずだと思って」
「そうですね。わたしもそう思います。あの人の性格ならそうですよね」
穏やかに自分を見ているラクティメシッスに、カッチーが真剣な目を向ける。
「ラスティンさんから言って貰えませんか? 王都に行くのは、ギスパのことを片付けてからにしましょうって」
「あいにくそれはできません」
穏やかな表情を変えることなくラクティメシッスが答えた。
「ピエッチェが、この国の王として決断したんです。わたしがどうこう言えることではありません」
「だってラスティンさん、さっき『頼ってくれればいいのに』って言ったじゃないですか。だったら、遠慮しないでギスパを解決しようって言ってください」
「カッチー、勘違いしてはいけませんよ」
苦笑するラクティメシッス、カッチーは必死だ。
「勘違いって何ですか? ラスティンさんだって、ピエッチェさんなら解決したいはずだって言ったじゃないですか? そうしないのは、盗賊団の計画があるからなんでしょう? それってラスティンさんも関係しているからで、ラスティンさんが『気にするな』って言ってくれれば、ピエッチェさんだって考え直すと思います」
「なるほど、カッチーはそれがピエッチェのためだと考えたわけですね」
ラクティメシッスは終始ニッコリとカッチーを見ている。
「それならカッチーがピエッチェに進言するといいですよ」
「進言って……俺の立場じゃ言えることじゃないです」
「それはなぜ?」
「だって、ピエッチェさんが、先に王都に行くって決めたのに、ここを先にしましょうなんて言えません」
「でも、カッチーはそのほうがいいと思っているんでしょう? ピエッチェが間違っていると思うのなら、それを指摘するのも忠臣の役目ではありませんか?」
「間違ってるなんて思ってません! 俺は、俺は……ピエッチェさんはなんでも我慢しちゃうから、それが心配なだけです」
「あぁ、確かにその傾向はありますね。もっと自分を解放したほうがいい」
黙って話を聞いていたマデルがとうとう、
「ねぇ、ラスティン。なんでカッチーを虐めるのよ?」
と眉を顰める。
「あらら、虐めてるつもりはありませんよ?」
「カッチーはね、ピエッチェが大好きなの。だから少しでも彼を楽にしてあげたいの」
「ふぅん、ギスパに留まることがピエッチェを楽にすると、マデルも思ってるんですか?」
するとマデル、少し考えた。
「それはよく判らない。ここに居たって王都に早く行きたいって焦ると思う。王都に向かったら向かったで、ギスパはどうなっただろうって心が落ち着かない」
「そうですか。マデルはそう思うんですね」
「何よ、違うって言いたそうだわ」
「いいえ、マデルの言ってることが間違っているとは思いません。でも、ピエッチェの選択肢は他にもありますよ」
「選択肢?」
「彼が王だということを、マデルもカッチーも忘れていますよね――王都に戻り王権を取り戻したら、ピエッチェはギスパをどうすると思いますか?」
「当然、誰がどんな罪を犯したが調べて断罪するはずよ」
「はい、俺もマデルさんと同意見です。できれば今すぐしたいと思っているんじゃないかって話です」
マデルとカッチーが口をそろえる。
ラクティメシッスがニヤリと笑う。
「で、それって、国王の仕事ですか? しかるべき人物をギスパに派遣するとわたしは思いますよ?」
「あ……」
気まずげなマデル、だがすぐに悔しそうに言った。
「だったらラスティン。頼ってくれていいのにって、どういう意味?」




