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気になるものの、他のメンバーがいる場所では話せない。やきもきするうち刻々と時は流れ、そろそろ夕食かと思う頃、部屋のドアが叩かれた。
「よお! あんたたち、盗賊なんだって?」
少々ろれつの回らない男の声、背後で『やめなよぉ……飲み過ぎだってば』と弱よわしく止める声も聞こえる。どうやらドアを叩いた男は酔っぱらっているらしい。
すぐ近くのドアが開き、
「うるせぇぞ!」
怒鳴り声がした。怒鳴ったのはラクティメシッスの部下だ。
「そこは俺たちの首領さまの部屋だ。静かにしねぇか!」
部下はさらに怒鳴っている。首領さま? 盗賊なら〝お頭〟とでも言いそうなのにとピエッチェが思う。
「へぇ……首領さんの部屋なんだ?」
そう言ったのは酔っ払いを止めていた声だ。
「なぁ、だったらさ、会えないかな?」
「はぁ!?」
「俺たち、盗賊団に入りたいんだ」
「なに……?」
ラクティメシッスの部下の戸惑い、酔っ払いが再び怒鳴ってドアを叩く。
「うだうだ言ってねぇで、さっさとこのドア開けろって! 酔いが醒めちまうだろうがっ!」
なるほど、酒の力を借りてここに来たか。
「おまえら、俺たちがなんだか判って言ってるのか?」
訊いたのは部下、
「ローシェッタで大暴れしてる盗賊団だって聞いた――なぁ、頼むよ。俺たち、仕事がなくって……」
弱よわしげなのは止めていた男、
「俺はな! 盗賊だろうがなんだろうが、活躍できる男なんだ!」
聞いてもいないのに喚き立てているのは酔っ払いだ。そしてまたもドアを叩き始める。
「開けてくれよ、話を聞いてくれ!」
懇願する酔っぱらい、止めていた男の声は聞こえなくなった。期待を込めてドアを見ているのかもしれない。ラクティメシッスの部下の声が聞こえなくなったのはきっと、困惑し過ぎて対処に迷っているからだ。
ラクティメシッスがクスッと笑って立ち上がり、
「そろそろドアを開けてもいい頃合いですね」
と、ドアに向かった――
数刻後、ピエッチェたちが部屋を取った宿屋の、以前はレストランとして使われていた部屋では飲めや歌えやの大騒ぎが繰り広げられていた。
レストランは宿泊客以外の客も利用できるよう一階にあった。もちろん外部から中に入ることもできる。酒屋と思しき男が重そうに酒瓶を持ち上げて元レストランに入っていったのを何人もの村人が目撃していた。酒屋だけではない、仕出しをしている飲食店も何皿もの料理を配達している。
テーブルにはさも手料理と言った料理のほかに仕出しされた料理、もちろん酒瓶やグラスが乱雑に置かれ、席を囲む男や女が手近なものから口に運んでいた。そして賑やかにしゃべくり、笑い声を立てている。時どき、雄たけびのような声も上がっていた。
「一気に賑やかになりましたね」
苦笑するのはラクティメシッスだ。ワイングラスに入った『ブドウジュース』を口元に持って行く。きっと誰もがジュースだなどと思わない。
防具を外すことなくどっしりと構え、しかも兜を被ったままなのはピエッチェ、こちらが手にしているのは『れっきとした』ビール、兜をしたまま飲むなんて器用ですねとラクティメシッスが面白がっている。
さっきドアを叩いた酔っぱらいは少し離れた席にいる。周囲から、よくやったと肩を叩かれ嬉し恥ずかしと言ったところか?――この男、先行させたラクティメシッスの部下の一人だ。もちろん止めに入った男も同じだ。
部屋のドアを開けたラクティメシッスに、懇願を続ける酔っぱらい、さらに止めに入った男も『頼みます』と言い募った。煩いと怒鳴った部下が『どうします?』とラクティメシッスを見、溜息を吐いたラクティメシッスが『仕方ないなぁ』と言ったところで、様子を見ていた間借り人たちが、我も我もと部屋から出てきて、俺も俺もと頼み込んできた。
「一階に広い部屋があるそうだから、希望者はそこに来るように」
ラクティメシッスの指示に集まったのはすべての間借り人だった。選考するのは面倒と全員受け入れることにした。そして固めの杯とばかり酒宴が始まった。
すべて芝居だ――これでトロンパの村人たちは、行き場のない男たちが金目当てでピエッチェ盗賊団に入ったと思い込むだろう。
「しかし……この大所帯じゃ移動が大変だ」
ピエッチェの呟きにラクティメシッスが答える。
「ご心配なく。いくつかに分けて、それぞれのリーダーを決めますから。誰にするかは後で相談しましょう」
「明日の出立に間に合うか?」
「それは無理かな。まぁ、明日は最初のメンバーで動く予定です」
翌日には十七騎でトロンパを出立する。なに、心配は要らない。残る中には何人もラクティメシッスの部下がいる。巧く誘導して部隊編成し、カッテンクリュードに向かった本隊を追う。その部隊の隊長はトロンペセスが選りすぐった同志……警備隊で活躍したであろう騎士になる。
部隊長たちの補佐に就くのはラクティメシッスの部下、もちろん同志たちはそんなことは知らない。補佐役を同志と信じて疑わないと見込んでいる。トロンペセスから事前に『ピエッチェ盗賊団』はカテロヘブ王の密命を受けていると吹き込まれているからだ。そして補佐役の仕事には、同志たちの監視も含まれている。
ピエッチェの周囲に居るのはラクティメシッスのほかにはミテスクの山を駆け降りたメンバーだ。ただ、クルテ・マデル・カッチーの三人の席は少し離れた場所にある。その周辺は示し合わせたように女たちが集まっていた。
カッチーを挟んでクルテとマデル、マデルの隣にはフワッキャス、きっとクルテの隣の女も魔法使い……魔法使いは全員ラクティメシッスの部下だろう。
女魔法使いはピエッチェが顔を知っている者、つまり崖くだりの時に居たのを除いて七名、魔法使いではない女、つまりトロンペセスが集めた同志が三人だ。
(心配するまでもなかった)
苦笑するピエッチェ、同志の中に女性がいると聞いて危ぶんでいた。周囲は血気に逸った男どもだ。狼の群れに三頭の羊、だが顔や体つきを見る限り、そう簡単に負けそうにない。女とは言えトロンペセスが見込んだ兵士だ。さらに魔法使いが七名ついた。
「そろそろわたしたちは引き上げるとしましょうか」
ラクティメシッスがそっとピエッチェに言った。
「明日も早い、昨日は野営。今夜は早めに休んだほうがいい」
そうだな、と頷きながらピエッチェが苦笑する。
「あの三人は、随分と楽しそうだぞ」
クルテ・マデル・カッチーのことだ。
「困ったものです、マデルまで。楽しむための宴会じゃないのに……」
ラクティメシッスの愚痴は小声だ。
「今までと違ってキャビンはないんです。馬の背は、思いのほか疲れる。ちゃんと休んでおかないと、身体が持ちません」
と、急にピエッチェの顔を見た。
「そう言えば、お嬢さん、鞍を外してしまったようですね」
「あぁ、そう言えば外してたな」
「大丈夫なんですか?」
「本人が外したんだ。意見しても『わたしはこれでいい』って言われるぞ」
「うーーん……」
「アイツも魔法使いだ。鞍がなくても快適に騎乗する魔法でも使ってるんじゃないのか?」
「そんな魔法、聞いたことはないんだけど。でも、そう言われると、お嬢さんならそんな魔法を知ってても可怪しくないような気がしてきます」
「とにかく、アイツを心配したって無駄だ。割と抜け目ないし、アイツの魔法には驚かされっぱなしだ」
「そりゃあそうなんですが……周囲に奇妙に思われるかもしれませんよ。いいんですか?」
あぁ、そうか、そこまで考えてなかった。
「そうだな、少し話してみる」
「話すだけじゃなく、できるだけ目立たないようにしろって命じてください。マデルが言うにはお嬢さん、ピエッチェには逆らわないらしいじゃないですか」
それだけ言うとラクティメシッスが立ち上がり、マデルを呼んだ。
ところがマデル、
「先に戻ってて。もう少し飲んでる」
酒好きマデルはまだまだ飲み足りないらしい。肩を竦めるラクティメシッス、ピエッチェがうっすらと笑った。
結局カッチーに説得されてマデルも部屋に行く気になった。ところがクルテが酔い潰れてしまっていた。
「なにやってんだよ?」
放っても置けず腕を回し、クルテの身体を支えて宴会場をあとにした。
その様子を見ていた連中が『あの別嬪、首領のスケかよ?』なんてヒソヒソ話している。中には『知らなきゃ、手を出すとこだった』なんてのもある。ラクティメシッスが、クスリと笑った。
部屋に戻ると真っ直ぐ寝室に行って、クルテをベッドに降ろした。酔っぱらったふりをしている様子はない。ちっと舌打ちして居間に戻るとラクティメシッスが、
「お嬢さん、本当に酔い潰れちゃったんですか?」
と訊いてきた。
「そのようだな。今はぐっすり眠ってる。寝たふりなんかじゃない」
不機嫌に答えてから、ピエッチェがマデルを見た。
「なんでクルテに飲ませたんだ? 飲めないのを知らないわけじゃないだろう?」
ところが縮こまって答えたのはカッチーだ。
「すいません! クルテさんが、美味しいってニッコリするもんだからつい……」
「ごめんねピエッチェ」
ピエッチェに謝るマデルをカッチーが庇う。
「マデルさんは悪くありません。俺に隔てられて、クルテさんのこと、よく見えてなかったんだから」
あぁ、そうだな、クルテとマデルでカッチーを挟んでたっけ……
「ま、今さら言っても仕方ありませんって」
ラクティメシッスが立ち上がり、部屋の奥のキッチンに行くと水を入れたピッチャーを持って戻ってきた。
「咽喉が渇いたって言ったら、お嬢さんに飲ませるといいですよ」
ピッチャーをテーブルに置くと『寝ましょう』とマデルに言って寝室に向かう。
「本当にごめんね」
謝り足りないようだが、マデルも立ち上がり、
「カッチーも、ごめん。それに……ありがとう」
ラクティメシッスを追っていった。
残ったのはカッチー、気まずそうににピエッチェを見る。その顔を見てふっとピエッチェが失笑した。
「ピエッチェさん?」
「いいや。おまえを笑ったんじゃない。自分に呆れただけだ」
カッチーには、なぜピエッチェが自分に呆れたのかが判らなかったようだ。
「ピエッチェさんが怒るのももっともですよ? 大事なクルテさんが酔い潰れちゃったんですから」
大事なクルテ、か……本当に眠りこけているんだと判った時、これでまた話ができなくなったと思った。都合の悪い話になりそうな時、クルテはいつも眠くなると思った。
「クルテが大事なら、酒を飲むなと俺が言えばよかったんだ。飲みたいと言うのなら、飲みかたを俺が教えればよかったんだ――そんなこともしてないくせに周囲を責めるのは間違いだ。だから俺は自分に呆れた」
俺は自分に呆れている。カッチーに言ったこと以外のことでもだ――




