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兜に合わせる鎧も手に入れている。防具屋で試着した時、サイズ的には申し分なかったが重さが気になった。それに蒸れそうだった。
それを言うと、クルテがこっそり『気にするな』と笑んだ。反重力と温度調節の魔法を使うつもりだと察し、そのまま購入した。施術したのはコテージに着いてからだった。
昨夜、人間に憑りつく魔物の話を終えた後、眠いと言って先に寝室に入ったくせに、クルテは寝もしないで椅子に座ってピエッチェを待っていた。寝室には備え付けの小さなテーブルと椅子が二脚ある。他には作り付けのクローゼットとベッドが二台あるだけだ。ドアの正面は窓、夜香花を追って飛び降りた窓だ。まぁ、ピエッチェの遅れは僅かなものだ。だがクルテの顔を見ると、どうにも眠いようには見えない。
「どうした? 機嫌が悪そうだな」
椅子に腰かけて訊くピエッチェ、クルテは眠そうと言うよりも見るからに不機嫌な顔をしていた。
「わたしも人間に憑りつくと思ったんでしょう?」
「うん?」
あぁ、さっきの話か。
そう言えば、精神体のままだと何かに憑りつかなければ移動できないって言っていた。精神体が常態ならば、何かに変化しているよりも姿を消していたほうが疲れないんじゃないのかとピエッチェが言った時だ。
「いや、そんなことは考えなかった」
むしろすっかり忘れていた。
「どうして?」
「どうしてって……」
忘れていたのはクルテが魔物秘魔だってことだ。だけど
「だっておまえ、姿を消せなくなったんだろう?」
と答えた。
おまえを魔物だとは思えなくなった、なんでそう言わなかったのか? クルテを魔物だと認めたくない心理が働いたのかもしれない。そうだ、おまえはもう、俺にとっては魔物じゃない。おまえが自分を魔物だと言っても、俺は認めない。
「ふぅん……」
どことなくクルテは不満そうだ。
「心が読めないのは不便だな。でも……まぁいいや。わたしはカティを信じる」
ピエッチェを見て微笑んだ。
ピエッチェは……カッチーが話してたのはおまえの物語だよな? おまえはカテルクルストの娘なのか? そう聞こうと思っていたがやめた。クルテの笑顔を見た途端、そんな気が消えてしまった。
そんなことを確認してどうする? 知ったところでどうにもできやしない。今までも、あとで訊こうと思って結局訊かず終いのことがたくさんある。真実や真相を知るのは大事かもしれない。だけど俺の真実は、クルテについての真実は、目の前にいるおまえだけだ。
「そいえばさ、ラスティン、デッセムのこと、気が付いたかな?」
「うん?」
「夜香花は森の女神って認めちゃったからね。そうなると、なぜデッセムが祝福されたかが問題になる」
「それでおまえ、夜香花を魔物って言ったのか?」
「なんだ、判ってなかったんだ?」
クルテがフンと鼻で笑った。
「まぁ、カッチーが面白い話をしてくれたからね。それでうっかりデッセムのことは失念したんだと思う――そのうち思い出して訊いてくるかもしれないけど『夜香花は何も言ってなかった、だから判らない』って言っときゃいいや」
ラクティメシッスがそれで納得するだろうか?
立ち上がったクルテがモゾモゾとベッドに潜り込んでいった。眠る気になったらしい。すぐにピエッチェもベッドに行ったが、クルテはすでに寝息を立てていた。
ラクティメシッスの部下たちは、約束の時刻の少し前から一人二人と姿を見せ始めた。姿を見せたというのは語弊がある。ピエッチェたちを取り巻いて気配を漂わせたと言ったほうがいい。
「わたしたちの護衛です」
ラクティメシッスが言った。ピエッチェが
「盗賊に護衛とは笑わせてくれる」
ニヤッとした。
「本当にね――盗賊団としてトロンバに入ってからは、我らを取り巻いて行動するので盗賊団の主力って感じになります。見た目がゴツいのを選んでおきました。苦労しましたよ、魔法使いは細身が多くて」
ラクティメシッスがそう言うとマデルが、
「でもさ、細身のほうが敏捷そうに見えるんじゃ? それに、その中にピエッチェが居れば『コイツが首領だ』ってすぐに思って貰えそうよ」
と笑う。
面白くなかったようで、
「ピエッチェが首領に見えるのは体型のせいじゃない!」
ムッとクルテが抗議する。
「ピエッチェはどこに居たって上に立つ者に見える。だからだ」
するとカッチーが
「言えてる」
と呟き、マデルが
「出た出た。クルテのピエッチェ贔屓」
さらに笑った。
難しい顔で黙ったままのピエッチェをチラリと見て、薄笑いを浮かべたラクティメシッスが、
「まぁ、それでですね」
と話を再開させた――
トロンパ村では『ローシェッタ国で大暴れしている盗賊団が、ザジリレン国を狙っている』との噂が広まっているはずだ。もちろん広めたのはモーシャンテン地区に滞在していたラクティメシッスの部下たち、旅人を装ってトロンパ村に行くようラクティメシッスが指示を出していた。
モーシャンテン地区とはジェンガテク湖を取り囲んだ地域、ざっと言ってしまえばシスール周回道沿線の村々と周辺の森や林・山となる。ラクティメシッスは盗賊団の件が決定するとすぐ、国営宿再建のためにソノンセカに派遣していた優秀な魔法使いをトロンパに行かせたと笑った。
「宿の再建を任せられる人材です。知識も豊富、機転も利く。もちろん魔法使いとしても有能です」
そんな部下たちが噂を広めつつ、トロンパ村の様子を探っている。だからトロンパを陥落するのは難しくない。そう言いながら、ラクティメシッスが難しい顔をする。
「問題はやっぱり、どんな形で盗賊団を登場させるか、ですねぇ」
トロンパ街道から徒党を組んでトロンパ村に入ったら、ローシェッタ国から来たとは思われない。あくまでピエッチェ盗賊団はローシェッタから来たことにしなくてはならない。ローシェッタ国に流れ着いたカテロヘブ王が私兵を集めた。それがどこかで盗賊団だと間違って認識された、そんなシナリオなのだ。盗賊団と言われても、もちろん盗みは働かない。だから成立する仕掛けだ。
「騎乗するのは何人の予定ですか?」
そう訊いたのはカッチーだ。ラクティメシッスが微笑んでそれに答える。
「我々は全員騎乗の予定ですよ。カッチーにはリュネに乗って貰おうと思ってるんですが……いいですよね?」
ピエッチェに同意を求めるが、それをカッチーが遮った。
「いや、俺が訊きたかったのはそうじゃなくって、盗賊団のうち、何人が馬に乗るのかってことです」
カッチーをじろりと見たのはピエッチェだ。
「なぜそんなことを訊く? 何かいい案がありそうだな」
「はい……集まるのは優秀な魔法使いなんですよね? だったら、馬にトロンパの斜面を駆け下りさせることができるんじゃないかって思ったんです」
ニヤリと笑ったピエッチェがラクティメシッスを見た。
「どうなんだ?」
キョトンとしていたラクティメシッスが、愉快そうに笑った。
「言われるまで気付かなかったわたしもどうかしています。こんな時こそ魔法を使わなくてはね――もちろん可能です。まぁ、頭数に限りがありますが。しかし、派手な登場になりますね」
「もっとも、トロンパの村人が気付いてくれなきゃ意味がない」
「ご安心を。潜入させてる部下に『あれはなんだ!?』って叫ぶよう指示します」
「馬の用意は?」
「今夜中に、必要な頭数をここに運ぶよう指示します。山肌を駆け降りるのはわたしたちと部下が十二、あとはどさくさに紛れてトロンパ街道から村に入るようにしましょう」
「その数は?」
「同じくらい……十五頭までに抑えたほうが目立たないのでは?」
「盗賊団は全部で俺たちを入れて三十二人?」
「多すぎるかな? その人数だと機動力が悪くなりそうです。街道から入るのは七頭にしましょう。他は旅人に化けさせて、分散します。それと、ほかに荷馬車を用意します。キャビンは山に隠しておきましょう」
「いや、街道からトロンパに入る分は不要に思える。十七人もいれば盗賊団には充分だ。残りの人員はカッテンクリュードに向かったほうがいいと思う」
「先行させて工作したほうがいい?」
「うん、各所の様子を探らせ、可能ならば根回しして欲しい」
「誰にどう根回しすればいいのかは、ピエッチェが指示してくれるのですよね?」
「あぁ。だが、その前にラスティンの部下にきっちり探らせてくれ。情けない話だが、どの臣下が信用できるかできないか……今は判断できる自信がない」
「無理もない話です。ひとまず、馬の手配を命じておきますね」
ラクティメシッスが立ち上がり、木立の中に消えた――
トランぺセスと連絡を取り、そろそろカッテンクリュードに到着したか確認しようとしたら、先にトランぺセスのほうから報せがあった。カッチーに入隊試験を受けさせ、なんとか渡りをつけた際、トランぺセスにはダーロミレダムあての手紙と一緒に、ジジョネテスキに渡したものと同じ魔法連絡具を渡してある。日記帳とペンに魔法をかけたものだ。
『ワッテンハイゼの警備隊とともに入都しました』
指示通り動いてくれたようだ。
盗賊団がトロンパに現れれば、村人は必ずワッテンハイゼに走り警備隊に助けを求める。トロンペセスや警備隊の主流に居て貰っては困る。手薄だったから警備隊は盗賊団に後れを取ったことにしたい。だからザジリレン国軍総督モバナコット卿の命令に従い、カッテンクリュードへと警備隊を率いて行かせた。
『ダーロミレダムさまあての書簡も無事に届けました』
昔馴染が差し入れの弁当を持ってきたということにした。二人で弁当を食べながら他愛ない話したあと、弁当箱は持って帰った。看守の目を盗んで手紙は渡せたものの、返事までは受け取れなかった。
『カッテンクリュードでは、ローシェッタ軍がトロンパから侵攻してくる噂でもちきりです。こんな時になぜワッテンハイゼを離れたと、何人にも責められました。が、ご指示通り、モバナコット卿の命令には逆らえないと答えております。モバナコット卿も老いたということかと嘆く者もおりました』
狙い通りの反応だ。この際、モバナコット卿を更迭し、後釜にジジョネテスキを据えることを考えているピエッチェだった。
ダーロミレダムの返書は必ずしも必要なものではない。それより自分の身辺に気をつけろ。何しろ慎重に……判っているとは思うが、味方と敵が入り乱れている。
トロンペセスあてにそう書き終えた途端、今度はジジョネテスキからの報告があった。
『コッテチカに進軍完了。ゼンゼンブに睨みを利かせつつ、カッテンクリュードに睨まれつつ、布陣するのに手間取っている。明日には攻め込めと言われたが、とうてい無理だ』
ジジョネテスキも順調に、ザジリレン国軍の足止めに成功している――




