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その家臣は言いつけを守らず、一夜をその場で過ごしました。そして朝の光の中で、贈物を手にした少女を見てしまったのです。家臣は思いました。これは王の隠し子だ。ならばあの少女を手に入れれば、王を思いのままにできる――
「その家臣はもともとは忠義者、彼に憑りついた魔物がそう思わせたのです。魔物の目的は王を支配すること、でもカテロヘブ王は森の女神の護りが強力で近づけない。だから家臣に憑りついてチャンスを待っていたのです」
言葉巧みに少女を騙し、隙があれば蹂躙しようと考えた家臣。ところが少女は家臣を見ると驚いて逃げてしまいました。そして逃げ込んだのはカテルクルスト王が住むザジリレン王宮でした。
「ちょっと待て」
黙って聞いていたピエッチェが思わず口を挟む。
「それって、マデルが眠っちゃった芝居と同じ話なんじゃないのか?」
ピエッチェの言葉に、マデルが呟く。
「あぁ、そう言えば、ギュリューで観たお芝居と似てるかもね。寝てたからうろ覚えだけど」
「はい、読んでて俺も最初はそう思ったんです。あのお芝居の元ネタはこれだなって。でも、この後の展開が違うんです」
カッチーが話を再開する。
突然訪ねてきた娘をカテルクルスト王は追い返せません。かと言って誰にも自分の娘だとは言えません。知り合いの娘が行儀見習いに来たと言って妻に娘を預けます。そして王女を妻にしたいと言った家臣に『そんな娘はいない』と答えます。家臣は納得しませんが、王に口答えもできません。そして……
「カテルクルストの妻は、娘のことをカテルクルストの愛人だと考えました……この辺りは芝居と同じです。追い出された娘は森に隠れるしかありませんでした」
ここで再びピエッチェが口を挟む。
「森って、どこの森?」
「さぁ? 森の名は書かれていませんでした。ただ『王の森』とだけです」
まだ何か言いたそうなピエッチェを抑え、
「それでどうなったのですか?」
ラクティメシッスが物語の続きを催促した。
「あぁ、はい……森に逃げ込んだ娘を家臣が探し回るのですが、なかなか見つけられません。娘は木の洞に隠れていました。えっと、お芝居と違って若者は出てきません。あ、マデルさん、セレンヂュゲでもお芝居を見たのを覚えてますか?」
「うん。王子に一目惚れした女神の娘が女神に無理を言って人間に化け、王子を追いかけて王宮に行ったって話ね」
「はい、その芝居の元ネタもこの物語のようなんです――あのお芝居では舞踏会の場から消えた娘を王子が森の中を彷徨い歩いて探し回るって場面がありました。この物語では王子ではなく、探し回るのはカテルクルストです。まぁ、その場面だけだし、理由も微妙に違いますけどね」
カテルクルストは我が子への愛情を娘に感じていました。王宮から娘が消えたのを知ったカテルクルストは半狂乱で娘を探します。けれど娘は見つからず、やはり娘を探していた家臣と出くわしたのです。
「家臣は娘の名を呼び『早く出てこないと森ごと焼き払うぞ』と大声で叫んでいました。それを聞いたカテルクルストが怒りを感じたのは言うまでもありません」
ここで何をしている? カテルクルストの詰問に、恐ろしい形相で家臣はカテルクルストを睨み返します。そしてカテルクルストは、地響きのような声が『おまえの娘を俺に寄越せ』と言うのを聞きました。それは家臣が発しているのに声は別人のもの、そこでカテルクルストは家臣に魔物が憑りついているのだと悟るのです。
「やっと本題だな……」
ラクティメシッスがポツリと言った。
家臣はカテルクルストを睨みつけたまま剣を抜きました。取り乱したカテルクルストなら仕留められると思ったのかもしれません。剣を抜いた家臣を見てカテルクルストは、むしろ落ち着きを取り戻しました。しかし、魔物に憑りつかれているとはいえ相手は家臣、しかも親しくしていた。簡単に斬り捨てていいものか? それに退治するのは憑りついている魔物だけでいい――迷うカテルクルストに家臣が斬りかかってきます。そのとき、木の洞に隠れていた娘が飛び出してきて、カテルクルストの前に躍り出ました。
「振り下ろされた剣に娘が倒れ、一瞬呆気にとられたカテルクルスト、ですが逆上し、家臣に剣を向けました。ところが娘がカテルクルストを止めるのです。悪いのは魔物、あの人じゃない。それなのにあの人を殺せば、きっと後悔する――すると森が急にざわめき立ちました」
カテルクルストが手にした剣が森と呼応するように輝き始めました。カテルクルストの耳に、今度は女神の声が聞こえてきます。
「娘を贄にすれば魔物を封印できる……女神はカテルクルストにそう言いました。けれどカテルクルストは決断できない。カテルクルストが迷っているうちに、娘が家臣の手を引いて、霧となって消えました」
「それは、娘と魔物がともに封印されたと言うことか?」
ピエッチェの重苦しい声にカッチーが頷く。
「カテルクルストと森の女神の間に生まれた娘です。魔法の力を振り絞って魔物もろとも家臣を封じ、自らを封印の岩にしたのだと物語にはありました――自分の娘を犠牲にしたカテルクルストは男泣きに泣いたそうです」
「で、どこに封印されたのですか?」
これはラクティメシッス、
「物語には書かれていませんでした」
カッチーが答えた。
蒼褪めた顔で考え込んだピエッチェが、
「なぁ、娘の名と家臣の名は書かれていなかったのか?」
書かれていないだろうと思いながら聞いている。
「どこにも書かれていませんでした」
家臣の名はきっとゴルゼだ、とピエッチェが思う……これはクルテの物語だ。クルテはカッチーがこの物語をすると予測して、俺に魔物が人間に憑りつく話をさせることなくカッチーを呼んだ。
俺が話そうとしていたのは、温和しかった民人が急に荒れ狂って人を殺めたのは憑りついた魔物がさせたのだとか、そういった御伽噺みたいなもんだった。そんな話をしてみたところで意味がなかった。それに……クルテはこの話を、俺に聞かせたかったんだ。
ピエッチェがチラリとクルテを見る。お茶のお替りが欲しいらしい。手にしたポットを傾けているがポットも空のようだ。ぽたりとも出てこない。気付いたマデルが慌ててお茶を淹れに席を立った。
「なんだか、聞き入ってしまいました」
ラクティメシッスが苦笑する。
「カッチーが話してくれた物語を信じるとして、魔物に憑りつかれていても相手が本性を現さない限り、周囲は気が付けないという事ですね」
疑問ではなく結論だ。そして思い出したように
「未知の魔物……まったく、なんて面倒な」
と呟いた。
反応したのはカッチー、
「未知の魔物って言っても、リュネは人に憑りついたりしません!」
叫ぶように言った。
「リュネは、リュネは!」
またもラクティメシッスが苦笑し
「心配しなくても判っていますよ」
カッチーに微笑む。
呟くようにピエッチェが、
「なぁ、ラスティン。姿を持たない魔物っているのかな?」
蒼褪めた顔のままで言った。
ラクティメシッスがピエッチェに穏やかな視線を向ける。
「判りません。もし居るのなら未知なのも納得できますね。ピエッチェは、人間に憑りつく魔物は姿がないと考えているのですか?」
ポットをお茶で満たして戻ってきたマデルがクルテのカップに注ぐのを待って、ラクティメシッスも自分のカップを押し出した。
「いや……」
そうだ、今の話の中に『未知の魔物』とはあったが、姿が見えないとか実体がないってのは出てこなかった。クルテから唆魔の話を聞いているから、俺は精神体の魔物の存在を知っている。だが、なぜ居ると言い切れるのかと問われたら返答できない。クルテから聞いなんて言えない。
「そんな魔物が居るとしたら、どう立ち向かえばいいのか、考えてしまった」
ラクティメシッスはさして不審には思わなかったようだ。
「姿がない、つまり見えない。そんな魔物なら気配を感じ取るしかありません――そして、油断していると憑りつかれるという事ですね」
「しかも、憑りつかれていたとしても周囲には判らない……」
「せめて向こうの狙いが判るなら、炙りだす方法も思いつくかもしれないのに」
ラクティメシッスの愚痴、マデルがお茶と一緒に持ってきたクッキーを口に放り込んだクルテがモグモグさせながら言った。
「狙いは判ってるんじゃなかった? ローシェッタ・ザジリレン両王家を潰すことでしょ?」
ピエッチェとラクティメシッスが顔を見合わせる。そして溜息を吐いた。
「結局は、今やろうとしていることを進めるしかないようですね」
ラクティメシッスが苦笑する。
「あぁ、どうもそのようだな――俺たちがしようとしていることは間違ってないってのが判ったよ」
ラクティメシッスにつられたように苦笑したピエッチェ、そして再び大きく溜息を吐いた。
「そして、俺たちが対峙しようとしている相手が、思っていた以上に強敵だってのも判った」
それからしばらく誰も何も言わなかった。話しの途中から来たカッチーも何も訊かない。クルテの言葉から、目指す相手が魔物に憑りつかれている可能性があるのだと察しているのだろう。緊張した面持ちで黙りこくるばかりだ。
マデルが出してくれたクッキーを、一人で全部食べてしまったクルテが立ち上がった。
「寝る。今いろいろ考えたって、いいアイデアが浮かぶはずもない。明日に備えて睡眠をとったほうがマシ」
一人でさっさと寝室に行ってしまった。
「それもそうね……寝るわよ、ラスティン。カッチーも起こしてごめんね、今度こそ朝までゆっくり眠ってね」
マデルがラクティメシッスの腕を引っ張れば、
「明日の出立時刻は少し遅らせましょう。今からじゃあ、ゆっくり寝るほど時間がない――なに、朝食が冷めきってたってかまいませんよね?」
立ち上がりながらピエッチェに言った。
「ここの通い箱は魔法が掛けてあって、料理の温度が変化しにくいそうだよ」
ピエッチェも立ち上がり、
「行こう、カッチー」
とカッチーを促した――
そうは言っても、ラクティメシッスの部下たちとミテスク封印の岩の上で待ち合わせている。その前に、自分たちの食料の買い出しもしなくてはならない。
「もう行っちまうのかい?」
デッセムにそう言わせるほどは早い時刻に宿を出た。
「俺、防具をつけといたほうがいいですか?」
待ち合わせた場所に着くとカッチーがピエッチェに訊いた。真新しい防具を手にしている。
「トロンパには盗賊団として登場ですからね」
ラクティメシッスが笑った。
「しかし、ピエッチェ、いい兜を手に入れましたね。あれなら人相が判らない」
盗賊に扮すると決まってピエッチェは、目に付いた防具屋で頬当て付きの兜を買った。これなら変装しなくて済むだろう。




