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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
17章 選択された祖国

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13

 吹きすさぶ風と土砂降りの雨が、窓で耳障りな音を立て続けていた。そこに雷が負けじとばかり参戦する。確かに負けていない。雷鳴が風の音も雨の音も掻き消してしまう。だが、それも(つか)()、雷雲はやがて通り過ぎ、雨も小降りへと変われば風も(おと)しくなっていった。


 嵐に遠慮したわけではないが、誰も何も言わなかった。ただ黙って、ピエッチェはクルテを毛布ごと抱き締め続け、マデルは時おり溜息を吐いてはテーブルを眺めていた。カッチーはソファーに腰かけて目を閉じている。だが眠っているわけではなかった。思い出したように()じろぎし、ドアを見ていた。そしてクルテは脱力したままピエッチェの腕の中に居た。毛布越しにでも伝わってくる温もりが、クルテはちゃんと生きているとピエッチェに教えていた。


 そんなクルテが動いたのは夜明け間近、カチャッと音を立てたドアノブ、クッとカッチーが顔をあげて、この時ばかりはドアを見続ける。マデルがテーブルから目を離し姿勢を正すと、やはりドアを見た。そしてピエッチェは、スウッと息を吸ったクルテの動きを感じて、そっと毛布の中を覗き込んだ。毛布の闇に包まれて、緑色の光を帯びた黒い瞳が真っ直ぐにこちらを見ていた。


「クルテ……」

「なんか、息苦しいよ?」

慌てて頭の部分から毛布を外す。そしてもう一度、名を呼んだ。

「クルテ」

ムフッとクルテが微笑む。毛布ごと抱き締めるピエッチェの腕の中で、クルテがモゴモゴ動いた。

「ねぇ、手が動かない。抱き返せないよ?」


 無事でよかった。でもそれは、クルテと二人きりでなければ言えない。たかが雷を怖がっただけで、無事じゃないはずがない。


 おまえが消えはしないかと、どれだけ不安だったことか。でもそれも言えない。なぜ消えるかもって思ったのか、それを説明できない。だから、代わりに抱き締めた。きっとクルテは判ってくれる。そう感じていた。


 ドアノブで音を立てた張本人は、クルテを抱き締めて動かなくったピエッチェに驚いて、ドアを開けただけで立ち止まった。もちろんラクティメシッスだ。だがすぐに苦笑して、ドアを閉めると部屋の中へと進んだ。

「結局、誰も眠らなかったんですね」

そう言ってマデルの隣に腰を下ろす。


 マデルは微笑んだだけ、カッチーは

「気になっちゃって、眠れるはずありません。それに嵐もあったし」

チラリとピエッチェとクルテを見る。漸くピエッチェから解放されたクルテが身体から毛布を剥がしながら、

「わたしは良く寝た。お陰でスッキリ」

と笑う。


「何よ、クルテ、眠ってたの?」

呆れるマデル、カッチーが

「クルテさん、雷を怖がって気絶しちゃったんですよ? 覚えてないんですか?」

と、こちらも呆れ気味だ。


「怖いのは雷鳴。あの大きな音が怖いだけ――気絶なんかした?」

カッチーに答えてからピエッチェを見上げたクルテに

「どうだったかなぁ?」

なぜかピエッチェがしらばっくれた。

「それよりラスティン、話しはどうなった?」

クルテに向けていた微笑みを引っ込めて、険しい目をラクティメシッスに向けた。


 ラクティメシッスがピエッチェを見つめ返す。そしてフッと息を吐く。

「軍は……動かせません」

やはりな、と思った。なんとなくそんな予感がしていた。

「マデル、お茶を淹れてくれませんか? 咽喉が渇いています――詳しい話はお茶を飲みながらでいいですよね?」


 マデルはお茶と一緒に(たね)を抜いたプルーンを出してくれた。珍しくすぐに手を伸ばしたクルテ、まじまじと見てから何も言わずに嚙り付いた。

「干したプラム、だけど(たね)がない。この(しゅ)のプラムは(たね)ごと干しても発酵しない。なぜを(たね)抜いた?」


 わけの判らないことを言うのはいつものことだが、食べてから言うのは珍しい。マデルが、

「干してから(たね)を抜いたのよ」

と答えただけで、他の三人はいちいち反応しなかった。ラクティメシッスの話を聞くほうが、今は重要だ。って言うより、クルテは放っておいても問題ない。


「ローシェッタ国軍の軍旗を掲げないって条件は承知できない、ってことか?」

ピエッチェが話を切り出す。ラクティメシッスは一杯目を飲み干し、二杯目をマデルが注いでいた。


「ピエッチェの提案も()()デミ()()()()に話したんですが、最初からそうするのならまだしも、そんなペテンにかけるような真似をしたらローシェッタ国の歴史に汚点を残すだけだと言われてしまいました」

「ふむ……」


 ピエッチェの提案とは、王都に入る際、ローシェッタ軍はカテロヘブ王を護送してきたことにすると言うものだ。そうすればローシェッタ軍は堂々とカッテンクリュードに入れるし、ザジリレン国が褒賞を支払う口実もできる。


 ただ、その直前まではザジリレン国を制圧するための派兵、いきなりそれが(さま)()わりするのをペテンとクラデミステ卿は感じたらしい。


 他人の力、しかも他国の軍を借りようなんてムシのいいことを考えたのが間違いなんだ。やはり自力でどうにかするしかない。だけどどうしたらいい? このままではザジリレン軍はローシェッタ国内に攻め込むはずだ。ジジョネテスキができるのは、時間稼ぎに過ぎない。


 そして方向性を示してやらなければ、トロンべセスが集めた同志たちも黙っていない。()(ロン)(ペセ)()が抑止しきれなくなり暴走が始まれば、ザジリレンは内戦状態、その時交戦中なら、そのままローシェッタ軍はザジリレンを制圧するだろう。


 二つ目のプルーンを眺めてクルテが言った。

(たね)ごと干しても発酵しない。ってことは、他の果物は発酵するってこと。発酵すると、お酒になる。お酒になると、どうなる?」

知るか、そんなこと! 怒鳴りつけたい気分、だけど怒鳴ればそれはただの八つ当たりだ。


「クルテ、少し――」

「お嬢さん! それです!」

少し黙っててくれと言おうとしたピエッチェをラクティメシッスの叫び声が遮った。しかし、『それです』っていったい何を言ってるんだ?


「それですって何が?」

どうやらクルテも判ってないようだ。ラクティメシッスがニヤッと笑う。


「いいですか、軍には国と言う(たね)がある。だから動かせば史実と言う酒になる。だったら(たね)を抜くか、(たね)があっても酒にならないものを使えばいいんです」

クルテの〝病気〟にラクティメシッスも感染しちまったのか?――


 ラクティメシッスの説明を聞いてから仮眠をとった。起きたのは昼頃、それから食事を摂り、クラデミステ卿の屋敷を出た。目指すのはミテスク村、封印の岩を越えトロンパに潜入する。


 (たね)だ、発酵だ、酒だと、わけの判らないことを言ったあと、(ひと)しきりクスクス笑ったラクティメシッスが真顔になって提案したのは

『王室魔法使いを使いましょう』

だった。


『もともと魔法使いの任務には偵察や諜報なども含まれます。そして、それらの仕事はもしも失敗しても絶対ローシェッタの名を出さない、それが鉄則です。恥部と言うか、汚れ仕事って感じですね――で、わたしが任されている部隊って、諜報が主な仕事なんです』


 ニヤリと笑うラクティメシッス、ピエッチェは後ろめたさを隠すための笑みだと感じていた。だが、ラクティメシッスの仕事が諜報なのだとしたら当然、ローシェッタ王家転覆を謀る者がいると察知すれば調査するだろうし、ピエッチェの身分を知ったうえでザジリレンに来たのもその仕事の一環だと納得できる。だが、疑問も残る。


『王太子が諜報ってのは珍しいな』

ピエッチェの呟きに、

『わたしは指示するだけのはずだったんですけどね。王家転覆を企てる何者かから身を隠していたら、なぜか隣国の王と知り合ってしまった――王と釣り合いを取るにはせめて王太子、でしょう?』

ラクティメシッスが苦笑した。


 他国の王と対応するなら国王本人か、都合がつかなければ代理を務めてしかるべき者、ならば王太子は適任だ。でもラクティメシッスはそれだけでピエッチェに近付いたんじゃないと思った。マデルが信用したピエッチェ、隣国にして友好国の王に興味を持った。さらに行方不明の理由も知りたかったはずだ。


 場合によっては暗殺すら考えていたかもしれない。人民の支持を得られないような王なら友好国の王にしておけない。いっそ、いなくなったままのほうがザジリレン国のためになる。そう考えても不思議ない。


 幸いピエッチェはラクティメシッスの眼鏡に適ったようだ。信頼を勝ち得たと感じている。まぁ、それはお互い様か。


 指揮を執るだけとは言え、いろいろと学んできた。その知識と有能な部下たちを使わない手はないとラクティメシッスがピエッチェに力説した。

『宣戦布告しトロンパから攻める計画を立てたと、何も『正式な』方法でローシェッタ国に言わせる必要はないんです。そんな噂をザジリレン国内に流せばいい……工作は部下に命じてやらせます。街人としてザジリレン各地に入り込み、そんな話をすればいいだけです』


『最初の計画ではローシェッタ国軍にトロンパが制圧され、警備隊が吸収されてってことでしたが、軍ではなく盗賊団と言うことにしましょう――盗賊ごときに(おく)れを取る警備隊じゃない? ピエッチェ、どうせ芝居なのだからムキになってはダメですよ』

そりゃそうなんだけど……


『警備隊が盗賊団に殲滅されたのは事実じゃない。だから史実として残ることもありません――盗賊とは名ばかり、要は盗賊と言うのはプラム、そして、その盗賊団の首領を誰にするかですが、この盗賊団には発酵して酒に変わって貰っちゃ困ります』

『首領が居ない烏合の衆?』

『違います。(たね)があっても発酵しない、そんなプラムにします――首領はピエッチェ、あなたです』

『へっ?』

『あなたが(たね)ならば腐りもしない。そして王都に着く頃には乾燥も完了、プラムがプルーンになっています。そこで(たね)を抜けば出来上がり。いかがですか?』


 ここでクルテがクスリと笑った。

『ピエッチェ盗賊団――出会った頃にそんな話をした。まさか現実になるとはね』

本当? こうなることをクルテ、おまえは知っていたんじゃないのか?


『どうしてそんな話になったんですか?』

不思議がるラクティメシッスに

『本名を名乗るわけにはいかないから仮名を決めろって話さ――素性がよく判らない男、そのくせ盗賊の首領でも()しくない、そんな名がいいって、わたしが言った』

クルテが説明すると

『それで〝ピエッチェ〟にしたんですか? お嬢さんのセンスって、すごく不思議な時があります』

ラクティメシッスが楽しそうに笑った。


『ピエッチェ盗賊団』の結成はミテスクの森でと決めた。封印の岩を越え、ジェンガテク湖側からは木立が隠して見えなくなる山中で、ラクティメシッスの部下たちと合流することになっている。


 ララティスチャングの街を眺めながら、カテール街道口に向かった――

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