12
ラクティメシッスとクラデミステ卿の談合はどう結論が出るだろう?
「わたしは邪魔みたいよ?」
マデルだけすぐに部屋に戻ってきて、心配そうな顔でそう言った。
「国王の容態を、たとえ娘であってもみだりに聞かせるわけにはいかないみたい」
それほど良くないという事か。
マデルは着替えてくると言って寝室に行ってしまった。出てきたのは、そろそろ夕食かと言う頃、長い着替えだった。寝室から出てくると、今度は
「食事を用意するよう言ってくる」
と、部屋を出て行った。
今度もなかなか戻って来ないと思ったら、ラクティメシッスと一緒だった。
「食事休憩です。結論はまだ出そうもありません。決まってからお話しします」
そう言ったきり黙ってしまったラクティメシッスから、話を聞きだそうとする者はいなかった。
「食事はどうするのか、訊きに行ったの」
マデルが一緒に戻ってきた言い訳をする。
ドアをノックする音がしたがマデルに立ち上がる気配はない。
「用意ができたみたい――ちょっと待って、メイドたちに見られないほうがいい」
食事は隣の部屋に用意するよう指示したらしい。廊下の気配が消えてから、隣室に移った。
「ちょっとした会議に使えそうな部屋ですね」
「えぇ、いつか大勢の部下を持つようになったら使えって、父に言われてて。でも、そんな日は来ないわね」
マデルの父親は、結婚しても娘をこの屋敷に住まわせるつもりだったらしい。
用意された料理は贅沢ではないが質素と言うほどでもない。だが、王太子に出すにはどうか? 来訪していることを厨房が知らないはずはないと思った。盛装してマデルと一緒に屋敷の中を行ったのだ。もしや誰の目にも触れず、クラデミステ卿の部屋に行けるルートがある?
料理を眺めてマデルがほんのりと笑んだ。
「全部わたしの好きなものばかり……みんなに黙って出たっきり、なかなか帰って来なかったから、怒ったり呆れたりして当然なのに」
なるほど、そう言うことか。
「なんだ、マデルのためだったんですね。好きなものばかり並んでいるから、いったいいつの間に調べたんだろうって驚いていたんですよ」
ラクティメシッスがマデルに微笑む。
「チューベンデリは肉料理が好きですよね。兄妹なのに、食の好みって違うものなんですね」
並んでいるのは魚料理が多い。
「実はね、以前は肉が苦手で魚ばかり食べていたんですよ」
ラクティメシッスが微笑んで言った。
「だけどチューンが肉好きだと知って、マデルもきっと肉好きだろうと思ってね。肉を美味しそうに食べる練習をしたんです――今では平気で食べられるようになりました」
「マデルの兄上とも親しいんだね」
カマスの塩焼きの身をほぐしながらピエッチェが言った。するとラクティメシッスが苦笑する。
「王室魔法使いの先輩ですからね。先輩じゃなく、上役になる日も近いんじゃないのかな?」
「あぁ、向こうのほうが年上なんだったね」
ラクティメシッスとマデルは同じ齢だ。するとカッチーが、
「でもラスティンさんはいずれ国王になるのでしょう? 誰よりも、えっと、上役って言いかたはこの場合、可怪しいんでしょうか?」
と首を傾げた。
ラクティメシッスがカッチーを見てニッコリ笑う。
「チューンが上役になるのがイヤと言うわけではないんですよ」
「そうなんですか? なんだか今、憂鬱そうだったから……」
「おや、そう見えました?」
「いえ、差し出がましいことを言ってすいません」
「差し出がましいなんて思ってませんよ」
ラクティメシッスがいつも通り優雅に微笑む。
しかしカッチーの言うとおりだとピエッチェも感じていた。ラクティメシッスはどこか沈んでいる。それなのに、
「マデルのお兄さんって、将来的には王室魔法使いの総帥になるんでしょう?」
なんにも気にすることなくクルテが訊いた。おまえ、時どき鈍感すぎる……でも、心が読めるんだから鈍感ってのはなんだか可怪しいか。ん? 違う、ラクティメシッスとは、お互い心を探らないって約束したんだったっけ?
「えぇ、何もなければそうなると思いますよ。彼の魔法も磨きがかかってきましたからね」
「ラスティンよりも強力な魔法が使えるの?」
「得意分野が違うので、どちらがより強力とは一概に言えないかな」
「マデルのお兄さんの得意分野は?」
と、この質問にラクティメシッスの表情が硬くなった。
「お嬢さん、それはお教えできません――実践の最中に知られてしまうのは仕方ないとしてもどんな魔法が使えるか、明かさないのが鉄則です」
「あぁ……そう言えばマデルもそんなこと言ってた」
答えなんか要らなかったのだろう。クルテの表情は変わらない。
「でさ、今はマデルのお兄さんってラスティンの部下なの?」
「えっ?」
一瞬きょとんとしたラクティメシッス、
「違いますよ」
と笑いだす。
「ローシェッタの王室魔法使いは全部で七部隊に別れています。チューンもわたしもその部隊長を任されています」
「へぇ、それじゃあ対等なんだね」
なぜかニッコリ笑うクルテ、ラクティメシッスも
「その通りです」
と微笑み返した――
ラクティメシッスは自分の分が終わると、
「みなさんはごゆっくり」
と言って部屋を出て行ってしまった。
「遅くなると思います。遠慮なく、先にお休みください」
きっと、起きて待っている……そう思っていることだろう。
ラクティメシッスが退室した時、食べ終わっているのはピエッチェだけだった。すぐにカッチーが食べ終わり、ついでマデル、例によってクルテはたらたらと食べていて遅い……全ての料理を三分の一以上食べなければデザートはあげないとマデルに言われている。プリンを盗み見しながら、料理を口に運んでいた。
マデルが気を利かせたのか、デザートはカスタードプディング、しかもクルテには三皿もあった。
「マデルさん! 俺だってプリンが好物だって知ってますよね?」
カッチーが苦情を言った。
「あぁ、忘れてた……ごめんね、わたしの分をあげるから」
申し訳なさそうに言うマデル、が、
「いいよ、わたしのを一皿あげる。これでカッチーと二皿ずつで平等」
クルテが言った。遠慮なんかしたことないおまえが平等って言葉を知っているとは思わなかったぞ。
「それに、きっと三皿も食べられない。二皿も無理かも」
って、泣きそうだ。つい、
「なぁマデル。いつも食わないコイツがこんだけ食べたんだ。そろそろ許してやれないか?」
と言ってしまった。どうせ、また『ピエッチェはクルテに甘い』と言われるのがオチだ。ほら、思った通りマデルが溜息を吐いた。
「そうね、わたし、クルテを誤解してたかも……好きなものだけ食べたくて、他を食べないのかなって。だけど、そうじゃなかったのね」
あれ? マデルが申し訳なさそうにクルテを見た。
「よく頑張った。もう好きなものから食べなさい。クルテは胃が小さいのね。だから一度にたくさん食べられないし、すぐお腹空いちゃうんだよね――前にもそんな話をしたのに、食べれば食べられるんじゃないかなって思っちゃったのよ。意地悪だったね」
クルテがマジマジとマデルを見た。
「マデルが意地悪? そんなことない。マデルはわたしを太らせようと思っただけでしょ? 体力をつけさせたいって思ったんだよね」
「クルテ……」
ほっといたらマデルが泣きそうだ。
「いいからさっさと食べちゃえ。でなきゃ俺が食っちまうぞ」
「ダメ!」
クルテが慌ててスプーンを手にした――
クルテがプリンを食べ終わるのを待って、マデルの私室に戻った。
「どうする? 寝室に案内したほうがいい?」
この場合の寝室はマデルの寝室ではなく、ピエッチェ・クルテ・カッチーが眠るための部屋だ。
「わたし、ソファーで寝ちゃダメ?」
クルテはそう答えたが、ピエッチェとカッチーは何も言わなかった。
「それじゃ、毛布を持ってくるね」
マデルが自分の寝室へ行き、毛布を四枚持って戻ってきた。大ぶりのソファーが二台、カウチソファーも二台ある。転寝くらいするかもしれないと思ったのだろう。三人に毛布を配り終えると、マデルも空いていたカウチソファーに腰を下ろした。
クルテはいつも通り、ピエッチェに貼りついている。そのピエッチェはソファに座って考え込んでいる。が、とりあえず腕はクルテの肩を抱いている。カッチーもソファー、こちらは緊張した面持ちで、時どき廊下に続くドアを見ていた――誰も言葉を発しない。
静かに時が過ぎていく。ところが夜が更けると、急に強い風が吹いてきて窓を揺らした。ぽつぽつと雨が降り出し、あっという間に土砂降りへと変わった。
「嵐になるかも……」
クルテが囁く。カッチーが、
「リュネ、怖がってないかな?」
と窓を見る。
「大丈夫、あの納屋は丈夫だから」
マデルが視線を動かさずに言った。さっきからテーブルを見続けている。
いやな予感にピエッチェがクルテを毛布で包んだ。クルテが毛布ごとピエッチェにしがみつく。クルテの耳元で、
「俺が抱き締めてるから、変な声を出すんじゃないぞ。マデルとカッチーに怪しまれるからな」
ピエッチェが小声で言った。その途端……轟く雷鳴。
「ニャオオンニョ!」
ピエッチェにしがみつくクルテ、だけど身体から力が抜けていく。しがみつこうとしてずり落ちていく感じだ。
「大丈夫だから、落ち着け」
そんなクルテを抱き締めるピエッチェ、
「どうしたんですか、クルテさん?」
カッチーが立ち上がり、マデルがピエッチェたちを見る。
「今のヘンな……うめき声? あれってクルテ?」
再びの雷鳴、
「ホニョンニャン……」
クルテの声、腕に力を籠めるピエッチェ、カッチーがオドオドと近寄ろうとする。
「気にするな、コイツ、雷がその……」
そして雷鳴、今度は連続して二回、いや三回?
「ハニャモニョニョニョ――」
クルテの声が急に途切れた。
「クルテ!?」
慌てたピエッチェが呼びかけるが反応がない。そしてまたも雷鳴が聞こえたが、もうクルテの声は聞こえない。ピエッチェの腕の中でぐったりしている。
「コイツ……気絶しちまった」
「えぇ?」
駆け寄るカッチー、マデルも立ち上がる。
「クルテさん、顔が真っ青ですよ?」
「あぁ、雷が何よりも怖いらしい」
何よりも、なんて言ってたっけ? まぁいいや。空気の振動で姿を維持できなくなるとか、そんなことは言えないんだから。
「ベッドに運ぶ?」
マデルがクルテを覗き込む。
「いや、このままで――目が覚めた時、雷が行き過ぎてなかったら、コイツ、可怪しくなりそうだから」
ピエッチェが毛布でクルテを頭から覆う。姿を消せなくなったと言っていたが、万が一、マデルやカッチーの前で消えてしまったらどう誤魔化そう?
マデルもカッチーも、クルテを心配して見守っている。雷雲が早く通り過ぎることを祈るピエッチェだった。




