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ピエッチェとクルテが金貸しの店に入っていくと、先客がカウンター越しに店主と揉めているところだった。
「そんなこと言わないで貸してよ」
女が店主に迫っている。
「弟を売り飛ばすことになっちゃうじゃんか!」
女の隣では、十六・七の少年が小さくなって項垂れている。
「お客さん、この国じゃ人身売買は違法だよ」
店主が薄ら笑う。
「同情を買おうってんだろうが、こっちもそうそう騙されない。そっちのボウズはともかく、あんたはいい暮らしに慣れてる。浪費壁でもあるのかな? で、食いつぶしちまったが働き口がない。つまり借りても金を返せない。いくら商売でもそんな人には貸せないさね。どうしてもって言うなら、なんか担保を出しなよ」
「だから! 金目のものは全部売っぱらっちゃったんだってば」
「だいたいさ、あんたたち、姉弟? 全然似てないし」
「父親と母親が違うんだよ」
「へぇ、ソイツは珍しい!」
店主が大笑いし、女の後ろで少年が蒼褪めるが女は自分の失言に気が付いてないらしい。
「もうさ、諦めて帰ってくれないかね? 次のお客さんが来てるんだ。商売の邪魔だよ」
女がチラリとピエッチェとクルテを見た。
「そ、それじゃあさ……」
ポケットからおずおずと何かを取り出し、カウンターに置いた。
「この指輪、これでいくら貸してくれる?」
「ふむ……」
店主が指輪を持って矯めつ眇めつ見てから言った。
「買取なら五千、貸付なら四千、利息は十日で一割。利息の未払いが貸付価格になったら担保はこちらのもの、それでいいなら貸すよ」
「十日で利息が四百? 高過ぎじゃないの?」
「百日売り払うのを待つんだ、高かないよ。この街じゃあ相場だ。イヤなら余所を当たりな」
女は悔しそうな顔をしたが指輪を返して貰うと黙って店から出て行った。
女が出て行くと店主はピエッチェとクルテに愛想笑いをして言った。
「さて、お客さんたちはどんなご用で?」
出て行った女に対する態度と明白に違う。
「この街に家を持とうと思っているんだが、手持ちが足りなくてね。都合をつけて貰えないか?」
ピエッチェが面白くなさそうに言った。
「ほほう、それはどのあたりの?」
「それはまだ決めていない。これから探すんだけど高台にしようと思ってる。どこかいいのを知らないか?」
「高台ですか……ご予算は?」
ピエッチェが片手を広げて見せる。
「手持ちは二、足りない分を貸して欲しい」
「ご返済の目途は?」
「買う家が決まったらすぐ親元から送らせる」
「なるほど……しかし、なんでこんなところに?」
「それは、コイツがこの街を気に入ったからさ」
ピエッチェがクルテを見る。今日のクルテはマデルから借りた服を着ている。つまり女装だ。
クルテを見た店主が小さな声で
「奥さまですか?」
と聞いたが、ピエッチェは咳払いをしただけで答えなかった。すると、
「親御さんからの仕送りは確実なんでしょうか?」
店主が少し心配そうな顔になった。
「あぁ、まず間違いない――心配なら買った家を担保にしよう。利息はさっきの女に話していたのと同じでいいのか?」
「そういう事ならご用意いたします。家を担保にするなら利率は十日で一分で結構です。利子のお支払いが千日分滞った時は担保の権利がこちらのものになる契約となります。ただ、お貸し付けの前にご購入される家を拝見させていただきます」
「うん、そうしてくれ。金貸しの査定が入ればこちらとしても買う家の価格が適正か判るというものだ……ところで利子だが、それがこの街での相場なのか?」
「そうでございますよ? ご不満ですか?」
「いいや、ギュームって男がとんでもない利息で金を借りて、家を取られたって街の噂に聞いたんでちょっと気になっただけだ」
「ギューム? それはいつの話でしょう?」
「十年くらい前らしいぞ? なんでも画家だとか」
すると店主の顔色が変わった。
「あぁ、そんな話もありましたね。でも、あれは個人間の貸し借りですよ。どれくらいの金利で貸したんだか……素人のほうががめつかったりしますからね」
「へぇ、そうなんだ? その〝がめつい〟ヤツって?」
「そこまでは存じません――では、物件が見つかりましたらご連絡いたします」
「いや、それには及ばない。自分でも探してるから、そっちで決めるかもしれないしな。決まらなくても時どき顔を見せるよ。物件の紹介はその時でいい」
引き止める店主を無視して店を出たピエッチェとクルテだ。
そのまま宿に戻ったが、玄関を入ったところで受付係に止められる。
「確かお客様は男性三人女性一人の四人連れ、そちらのお嬢さんを入れると五人になります。もう一人分宿賃を頂戴いたします」
コイツは女装しているだけだとピエッチェが言おうとするが、例によってクルテの『黙ってろ』が口止めする。
「それじゃあ、部屋を変えてくださる? 四人部屋に五人で、もう一人分払えって言うのは納得いかないわ」
受付係はムッとしたようだ。
「では、すぐに部屋をお移りください。ベッドを二つ置いた寝室が三室、広い居間のお部屋です。ですが屋上階の特別室、今のお部屋の三倍の宿賃になります。不足分は今すぐお支払いください。それでよろしいですか?」
「屋上階って?」
尋ねながら財布を出すクルテ、移る気になっているようだ。
「はい、当ホテル、三階建てに見えますが実は四階建て、ですが四階はどの部屋よりも広い客室が一部屋、残りは屋上テラスになっております――テラスからの星空はお勧めです」
「あら、素敵ね」
ニッコリ笑ったクルテが宿賃の不足額を訊くと、受付係は急に愛想がよくなった。
「三階まで昇ったら廊下を真っ直ぐ行くと屋上階への階段がございます……お茶のサービスをお部屋にお持ちいたします。今の部屋の鍵はその際、お返しくださいませ――何かお菓子もお付けいたしますね」
と、新しい部屋の鍵を寄こした。
階段を昇りながらクルテが笑う。
「寝室が三つの部屋だって言ってたね――これで今夜から二人きりだ」
「へ?」
「カッチーの鼾に悩まされずに済むよ」
ニッコリ笑うクルテに、そう言う事かと、なんとなくガッカリしたような気分のピエッチェだった。
元の部屋に戻ると待っていたカッチーがニコニコとクルテを眺める。
「クルテさん、よくお似合いですよ。どこから見ても綺麗なお姉さんです」
マデルはニヤニヤしてるが何も言わない。
自分でもはっきりしない理由でますますピエッチェが不機嫌になる。
「五人だって言われて部屋を移ることになった――すぐに移動するぞ」
階段を昇り切ると扉があって、そこが屋上階の部屋だった。
「うわぁ……広いですね!」
入ってすぐの居間だけで、今までいた部屋の居間と二つの寝室を合わせたほどの広さがある。大きなテーブルが置かれ、その先にはゆったりとしたソファーセット、さらに奥は大きなテラス窓で、屋上に出られるようになっていた。テーブルとソファーセットの後ろにある三つの扉が寝室だろう。バスは部屋の入り口正面の扉の中だった。
寝室を覗いたマデルが、
「この部屋、いったい幾らするのよ? 寝室はさっきの二倍の広さ、ベッドもさっきとは比べ物にならないほど豪華だよ」
呟けば、カッチーも横から覗き込んで
「それにデカい! 何度でも寝返りできます!」
と喜んだ。
「特別室だって言ってたよ。だからかな? お茶をサービスしてくれるらしい――気に入ったようだね、よかったよ」
そう言うと、女装のままのクルテが屋上に出た。
屋上は芝で覆われているだけでなく花壇も配置されている。寛げるようにかベンチもある。広さは部屋と同じくらいだろうか。
「ちょっとした庭だ」
呟いたクルテが振り向いて、
「げっ!」
と小さな叫びをあげた。
「どうした!?」
テラス窓のところに立っていたピエッチェがクルテの傍にすっ飛んでいく。クルテは部屋の方を見て唖然としている。そしてピエッチェも、同じように部屋を見た。
「えっ? 部屋が浮いてる?」
青い空にぽっかり開いたテラス窓、
「外壁が空と同じ色なだけだ」
クルテが冷たく言い放つ。
「おまえだって、そう見えたくせに」
「まぁね、でもさすがに部屋が浮いているとは思わなかった。趣味の悪さに驚いただけだ」
「それにしても、ちょっと見は空と同化してる……ある意味、見事だ」
「今の時間の空にはってことだと思うけどね。空は刻々と色を変える」
「そうか……今なら天の国のようだな」
「天の国? 死者が行く国か? 殺された気分だ」
吐き捨てるように言うとクルテは部屋に戻っていく。そして一番手前の寝室に入ってしまった。
「おやおや。ピエッチェったらまたクルテの機嫌を損ねたのかい?」
追うように部屋に入ったピエッチェをマデルが笑う。クルテが入った寝室は中から施錠されたらしく、ピエッチェが入ろうとしても開かなかった。
クルテが出てきたのはサービスのお茶が運ばれてきたときだ。いつもの服装に戻り、脱いだ服はマデルに返した。
サービスのお茶はお替りもできよう大きなポットに入れられ、なかなか豪華な菓子が数種、盛られた皿もあった。
「夕飯もルームサービスで」
チップを受け取ると嬉しそうに『かしこまりました』と答える給仕係、けれど、
「この部屋の外壁は特別注文? まるで空みたいだね」
クルテが尋ねると、
「それではごゆっくり」
答えもせずに慌てて出て行った。
ふふん、とクルテが鼻で笑う。
「この街の、外壁の色も調べてみたほうがよさそうだ」
そう言いながら、取り皿にブルーベリーのケーキを取ると、ピエッチェに前においた。
戸惑ったものの、黙って受け取るピエッチェ、クルテは次に生クリームたっぷりの苺のケーキをマデルに渡した。カッチーにはケーキの中でも一番大きなチョコレートケーキだ。それからお茶をカップに注ぐ。
「どうしたの、クルテ? 今日は随分と気を回すね」
苺をつまんで口に入れたマデルが訝る。
「そう? まぁ、気にしなくていいよ――それより、指輪、返して貰おうかな」
「あぁ、忘れてネコババするとこだったよ」
と笑い、マデルがポケットを探って指輪を出した。金貸しの先客が店主に値段を聞いたあの指輪だ。
カッチーが
「父親と母親が違うって言い出した時には冷汗掻きましたよ」
と笑う。金貸しの先客はマデルとカッチー、お互い知らんふりは打ち合わせ通り、指輪はクルテから預かっていたものだ。
「この指輪に五千の値を付けた。売る時は多分八千、まぁ妥当な値段」
受け取った指輪をポケットにしまうクルテ、
「そんな指輪、どうしたんだ?」
ピエッチェが聞いた。
「前から持ってる。他にもある」
クルテの返事はやっぱり素っ気ない。
「その黒い石はなんて言うんですか?」
カッチーが尋ねるとマデルが、
「黒瑪瑙でしょ?」
横から言った。
「オニキス? どれ、ちょっと見せてみろよ」
ピエッチェがさらに口を挟んだ。
「オニキスかどうか、俺が見てやる」
「ピエッチェが見なくたってオニキスだよ」
クルテはピエッチェに指輪を見せる気はないらしい。
「ピエッチェさん、宝石に詳しいんですか?」
「イヤ、カッチー、大事にしている剣の装飾にオニキスが使われてたんだ。あの剣には他に金剛石・蒼玉・紅玉も使われてて、見事なものなんだよ」
グレナムの剣のことだ。
「随分豪華だね。その剣、今はどこに?」
マデルは興味津々のようだ。
「ある人に預けてる。旅に持って出るわけには行かなかったからさ」
苦しい言い訳にマデルが、
「ある人? ピエッチェ、あんた、死んだことになってるって言ってなかった? 知り合いはクルテだけなんじゃ?」
と訊けば、助け舟を出したのはクルテ、
「だからさ、僕の知り合い。信用できる人だよ」
飲み干した自分のカップにお替りを注ぎながら言った。
「クルテさんはケーキ、食べないんですか?」
「あぁ、気にせず好きなものを食べていいよ」
「残りを全部食べていいって意味じゃないからね、カッチー」
目を輝かせたカッチーに釘を刺すマデル、ピエッチェが、
「おまえも一つくらい食っとけば? さっきから飲んでばかり……それ、三杯目だろう?」
とクルテを見る。ピエッチェを見返したクルテが遠慮がちに、
「それじゃあ……ブルーベリーのケーキを一つ、貰ってもいい?」
お伺いを立てるように言った。
「おう、好きに食えよ」
手はすでに動いて、取り皿にケーキを乗せるピエッチェ、受け取るクルテがうっすら笑んだ。
「お二人さん、何かあったのかい?」
マデルが不思議そうな顔で訊いたが、
「なんにもないよ」
怒ったようにピエッチェが言っただけで、クルテは何も言わなかった。
マデルはクルテの指輪が気になるらしく、
「ほかにもあるって、どんなのがあるの?」
話を蒸し返した。
「マデルに言ったら取られそうだから言わない」
笑うクルテだが、
「俺、宝石って見たことなくって……マデルさんが預かってるうちによく見ておけばよかった」
カッチーの呟きを聞いて、『仕方ないな』と、いつも背負っているサックをゴソゴソ探り始めた。取り出したのは革袋だ。
「これがさっきの指輪、オニキスで台は金」
ポケットから指輪を出してカッチーに渡す。
「うわぁ、真黒なのにツヤツヤですね」
「これがダイヤモンド」
革袋から出したのは特大の裸石だ。
「触っちゃダメだよ」
と、カッチーの前に置く。マデルが横から覗き込んだ。
「そしてこれがサファイヤ。で、ルビー」
ダイヤモンドに並べられたのは、ダイヤよりやや小さいがそれでも大粒だ。どちらもダイヤモンド同じく裸石だ。
「ちょっとクルテ、これだけで一財産なんじゃ? それにその袋、まだなんか入っているよね?」
「あとは全部オニキスだよ」
カッチーが返してきた指輪を革袋に入れてクルテが答える。
「金貸しの器量を見るために出した指輪以外は全部裸石なんだ。だから見せるまでもないかなって」
「なんで指輪とかにしてないんですか?」
カッチーの質問に
「なんにでも加工できるようにしてあるんだよ」
と答えるクルテ、マデルがおっかなそうに
「クルテ、そんな袋をサックに放り込んでるの? 不用心すぎやしない?」
革袋を見詰めて言った。
「そうだね、サックを取られたら大変……だからって盗もうと思わないでよね」
「クルテから盗めるとは思えないから安心して」
冗談を言うものの、高価な宝石に圧倒されたのかマデルの顔は笑っていない。
笑っていないのはピエッチェも同じだ。ダイヤモンド・サファイヤ・ルビー、そしてオニキス――あのオニキスの指輪、グレナムの剣の柄の先端にあった、房飾りを通す穴に似ていなかったか?




