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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
17章 選択された祖国

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 カッチーの父親がローシェッタの貴族なら、恋に落ちた王女が追いかけたという話もでっち上げられる。相手に正妻が居るならなおさらだ。逃げる男を追いかけてローシェッタに行き、コゲゼリテで屋敷を手に入れ男を待った。そんな王女の情熱に、いつしか男は()()()()()。そうなると、一方的に男が悪いとは責められない。


 これがザジリレン貴族となると大きく話が違ってくる。たとえ相愛だとしても臣下が王族の姫を連れ去ったのならば、反逆と見做されて断罪されても仕方ない。


 難しい顔で黙り込んだピエッチェを不安そうにカッチーが見つめている。クルテが溜息を吐き、

「カッチー、父親がザジリレン貴族って間違いないの? 名前は判る?」

と尋ねた。


「いえ、それが、おまえは知らないほうがいいって、教えてくれませんでした。母は父をリュースさまと呼んでいましたが、正式な名ではないと思います」

「リュース……」

呟いたピエッチェ、正式名とかけ離れた呼び名と言うのもないだろうとあれこれ考えるが、思いつく人物がいない。


 カッチーが五歳の頃に亡くなっているということは十二年前、十二年前ならピエッチェは八歳、カッチーの父親は少なくともピエッチェの身近には居なかった。


 いや待て、これはヒントか? 十二年前に亡くなった騎士、正妻はいたが子はいない。あれ? 子が居ないというのはマデルから聞いたローシェッタ貴族の話だ。騎士で正妻が居て十二年前に亡くなっている。この情報で探せばザジリレンの貴族なら見つけ出せる。でもそれは、王宮に戻ってからになりそうだ。


「側近ってことじゃダメなの?」

クルテがピエッチェに訊いた。うむ、とピエッチェが唸る。


 父親がローシェッタのそれなりの貴族だったら側近にする気でいた。頼めばラクティメシッスが推薦したことにしてくれるだろうとも思っていた。


 個人的に雇いいれる、いわゆる家臣にするのにはなんの制約もない。貴族だろうが庶民だろうが誰にも文句は言わせない。だが、その中でも側近となれば常に傍らに置くことになる。そうなると『誰でもいい』とはいかない。


 カッチーの場合、身元が保証できないのが一番のネックだ。どこの馬の骨とも判らない者が王のそばに居ていいはずがない。これがもし、目を見張るほどの腕っぷしだの、何か特別な才があればそれを理由にできる。だが今のカッチーに、それほどの腕も、特別な何かもない。


「側近にしたいと俺も考えている」

(ようや)くピエッチェが、重い口を開く。

「俺がザジリレンの地に立ち、国王だと名乗るのはまだ先だ。それまでにはハッキリさせる。今は俺の弟子ってことで通してくれ。だが、将来は王の側近となる。そう心して、様々なことにあたってくれ」


 カッチーを退出させてからクルテが訊いた。

「カッチーの父親の見当はついてるんだ?」


「いや、十二年も前に亡くなった騎士の名なんて判らない」

「病死なのかな?」

「戦はもう何年も起きてない。病死でなければ魔物退治で傷を負ったか何かだな」

「ママは病死なんだよね?」

「ママってカッチーの?」

「他に誰を話題にする?」

それはそうなんだけど……


「なんだか、物すごく疲れてる」

呟くピエッチェ、隣に座るクルテがなぜか寄りかかってくる。

「疲れたって言ってるのに、寄り掛かってくるんだな?」

苦情を言いながらも肩に腕を回して抱き寄せれば、

「カティのは気疲れだよ」

クスリと笑い、身体を擦り付けるように抱き着いてくる。いつものことなのに、ピエッチェの中のどこかで何かが音を立てた。


「ん……そうかもしれないな。茶でも飲むか」

言うより先に立ち上がった。そのままだと、望んでいない方向に進んでしまう予感がした。クルテは何も言わない。居なくなったピエッチェの代わりに、ソファの()(もた)れに身体を投げ出してぼんやり宙を見ていた。


 深夜――クルテがぐっすり眠るのを待ってから、本来の目的以外のためにバスを使う。妄想と焦燥の末に辿り着く深い溜息。それでもまだ何かが()()()()()いる。(ぬる)くなってしまった湯に浸かり、いっそ水でも浴びてみようかと思う。だけどそんなことをしても無駄だ。くすぶっているのは身体だけじゃない。


 このやるせない罪悪感はどこから来るのだろう? 以前は感じなかったものだ。そりゃあ、まったく感じなかったわけじゃないけれど、こんなにどんより重くはなかった。そもそも吐き出してしまえばすっきりしていたのに、それもない。


 原因に思い当たる節がなくもない。妄想の対象が変わったからだ。だけどどうしてなんだろう? 昔はナリセーヌが対象だった。それ以前は誰と言うこともなく、あぁ、そうだ、ナリセーヌを思っていた時だって、実際は誰でも良かった。女の柔らかな肌、膨らんだ乳房、丸く張った尻、甘い吐息、そして……そんなことを思い浮かべるだけで身体は反応し、少しの刺激でも目的が果たせた。


 それがいつの間にかアイツしか思い浮かべなくなった。他を思おうとしてもアイツの顔がチラついて、消えてくれない。そのくせアイツを対象にすることに強い罪悪感を感じてしまう。そうか、この重苦しさはアイツを穢してしまったように感じているからか。


 罪悪感が目的の邪魔をして、だからなかなか果たせない。けれどこうしておかなければ、アイツの隣では眠れない。いつか暴走して、本当にアイツを……そんなことしたくない。


 そんなことしたらきっとアイツは二度と俺に微笑んでくれない。それだけは避けたい。そんなの嫌だ。そんなことしちゃいけない。だけど、だけど?


 しちゃいけない、したらダメだと思うのに、期待してないわけじゃない。俺の腕の中で、瞳を潤ませて甘い溜息を吐くおまえが見たい。


 屈託なく俺に抱きついて、さっきはまるで誘うように身体を押し付けてきた。あれは、まさか誘ったのか? いいや、違う。アイツはなんにも考えてない。俺を誘ったわけじゃない。安心しきって、したいようにしているだけだ。だって……アイツは判ってないんだ。まだ子どもじゃないか。十四、もうすぐ十五? いくら七百年生きているって言われたって、心も身体も子どもなんだ。あんなふうにされたら俺が()()()()()()なんて知らないんだ。


 ピエッチェの苦悩を(あざ)わらうかのように、水滴が背中に落ちた。ひやりとした感覚に、一瞬にして冷却される。湯船の中で立ち上がっり、ふと思った。なんでいつもクルテの目を盗んでるんだろう? 俺がアイツの心を読めないのと同様、アイツももう俺の心を読めない。だからバスで何をしてるかなんて、アイツが起きてたって判らないのに。泣きたい気分なのに笑ってみたが、それで気が晴れるはずもなかった。


 好きだよ、クルテ……そんな俺の囁きに、一度も答えてくれない。嬉しそうな顔はしてくれるけど、それだけだ。わたしもよ、そう言ってくれたなら、許されていると信じることができそうな気がした。せめて一度でいい。


 俺はおまえから、心を告げて貰ったことがない――


 前日から頼んでおいた朝食用の弁当を受け取って、日の出とともに宿を出た。予測通り、早すぎる朝にトロンバ街道を行く物好きはいなかった。ワッテンハイゼを出て、街からは見えなくなるあたりでラクティメシッスが結界を張り、見えず聞こえずの魔法を使った。それを待っていたかのように地面が遠ざかっていく。


 朝食を摂ったのはミテスクの森、封印の岩から少し奥まったところだ。ジェンガテク湖から見上げても見えない場所で火を熾し、湯を沸かした。


「ローシェッタが懐かしい……って、思うかと思ったんだけど、そうでもないわ」

弁当のフライドチキンに齧りつきながらマデルが言った。

「それは森の中だからじゃないですかね?」

ラクティメシッスは黒糖を練り込んだ丸パンにスモークサーモンとレタスを挟み込んだものを手にしている。


「どこの森も変わり映えしないからな」

ピエッチェが苦笑する。こちらはバケット、白身魚のフライとレタス、薄く切ったチーズが挟んである。カッチーは無言、長めのパンに切り込みを入れてトマトソースで合えたパスタを詰めたものを食べている。無言なのは、うっかりするとパスタが逃げてしまいそうだからかもしれない。


 クルテと言えば、何が気に入らないのか食べもしないでリュネの首にベッタリ抱きついて動かない。

「クルテ! ちゃんと食べておかないと、あとでお(なか)が減るよ」

マデルが声をかけるが返事もしなければ見もしない。


 弁当にはデザートとして丸ごとのオレンジが一人に一個ずつ付いていた。だからいつものように『果物がない』と拗ねているわけでもなさそうだ。

「マデル、悪いな。ほっといていいから」

ひょっとしたら、またリュネに魔力を分けているのかもしれないと思いながらピエッチェが言った。


「お嬢さん、ずっと機嫌が悪いようです。喧嘩でもしたんですか?」

「いや、喧嘩なんかしてないし、機嫌が悪かったか?」

首を(かし)げるピエッチェに、マデルが、

「機嫌が悪いって言うか、口を利かないよね」

ラクティメシッスと頷き交わす。


 パンを一つ食べ終わったカッチーが、

「まさか、俺のせいですか?」

とピエッチェを見る。


「カッチーのせいなわけないだろう? なんでそんなこと、思った?」

「だって、昨日あれから揉めたんじゃないかと思って」

「あれからって……あぁ、カッチーの処遇をどうするかって話? 揉めたりしてない、心配するな」

ホッとするカッチー、だがラクティメシッスは逃がしてくれない。


「ローシェッタ王宮や、再度ザジリレンに戻った時のことを考えて、カッチーの身分をはっきりさせておこうってことですね。で、カッチーの立ち位置は決まったんですか?」

「いや、じっくり考える」

「ピエッチェは近くに置きたいんでしょう?」

「うん、そうしたいとは思ってる」

「歯切れが悪いですねぇ……」

煮え切らない態度のピエッチェに、ラクティメシッスは呆れがちだ。


「お嬢さんは、いろいろ面倒なことなんか考えるなって言ったんじゃ?」

チラリとクルテを見たラクティメシッス、苦笑いする。


「側近じゃダメなのか、とは言ってた。俺もそうしたいと考えてるって答えて。それ以上は何も話してないよ」

「それじゃあ、ご機嫌斜めはその件ではないようですね」


 ところがマデルが、

「本当にそうなのかな?」

やっぱりクルテを盗み見ながら言った。


「マデルは関係すると思うんですか?」

「カッチーのことを自分と結びつけて考えたのかもって思ったのよ」

「お嬢さんのことと結び付けて? ふむ……なるほどね」

ラクティメシッスはマデルの言わんとすることを察したようだが、ピエッチェにはさっぱりだ。


「なんだよ、二人して何を納得してるんだ?」

困惑するピエッチェに、カッチーさえも呆気に取られて溜息を吐いた。

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