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カッチーの身分をどうするか? クルテの身分をどう説明するかよりも難問に思えた。母親がピエッチェの叔母にあたるのは間違いないだろう。そして多分、父親はローシェッタの上流貴族だ。父親が誰であるかはっきりすれば、そちらの意向も無視できない。一方的にザジリレン王家に繋がる者だと、主張するのは間違いだ。それに何よりピエッチェは、カッチーの意思を尊重したいと思っていた。
「俺の弟子だよ、トロンペセス。おまえの孫弟子ってことだ」
ここでも迂闊なことは言えずに、そう誤魔化した。これにはトロンペセスが擽ったそうな顔をした。
「なんと! カテロヘブさまが弟子をお取りになったって? それほどの腕前でしたかな?……でも、あの若者の太刀筋、確かにわたしが王子さまにお教えしたものと同じでした」
憎まれ口を叩くものの、嬉しそうだ。
細かい話をし、トロンペセスが警備隊本部に帰っていったのはそろそろ夕食の時刻と言う頃、
「この格好で、宿の従業員に見られるわけにはいきません」
顔を顰めて物乞いから買ったローブに袖を通しながらトロンペセスが言った。
「戻ったら、すぐに不採用を言い渡してカッチーを帰しますよ。警備隊では勿体ないとでも言えば、みな納得するでしょう」
それから少し考えて、
「彼、馬には乗れるのですか?」
と訊いた。
練習中だよ、とピエッチェが答えると、
「だったら、王都に行って騎士隊の採用試験を受けろと言います。彼なら立派な騎士になるでしょう――では、いずれまた」
笑顔を見せて帰っていった。
「このご時世に、騎士を目指す者が居るのでしょうか?」
ラクティメシッスが苦笑する。戦争が始まれば、必ず騎士は戦場に赴く――
カッチーが戻ってきたのは、宿の給仕係が配膳を終える頃だった。
「いいタイミングね」
マデルが笑顔でカッチーを出迎えた。
食事中の話題はもちろん明日からの行動計画、ローシェッタに行くルートはすぐに決まった。ミテスクの森を抜け封印の岩を超える、ザジリレン入国時の逆を行く。
「あの時、お馬さんが飛べるって判ってたら楽だったんですけどね」
ラクティメシッスが苦笑する。するとクルテがスプーンで掬ったプディングを眺めながら言った。
「ワッテンハイゼまでカッチーを乗せて走ったんで魔力が目覚めたのかも?――うーん、これが卵と牛乳だなんて、やっぱり納得できない」
横からマデルが『今度、一緒に作ってみようか?』と言って、クルテが嬉しそうに頷いた。
「なるほど、お嬢さんの言う通りかもしれませんね。何しろあのお馬さんには驚かされっぱなしで……魔物になって間もないんでしたっけ? 赤ちゃんと同じかな。赤ちゃんって、毎日成長してるのが目に見えるほどらしいから」
「ラスティンさんは子ども、何人くらい欲しいんですか?」
なんの気なしに訊いたのはカッチー、チラリとマデルを見てラクティメシッスが答えた。
「何人でもと言いたいところですが、授かりものですからね。まぁ、最低一人は欲しいけど、できなきゃできなくてもいいかな」
「えっと、跡取りが必要ってことですよね?」
カッチーも馬鹿なことを訊いたと思ったのだろう。それでも急に話を変えれば土壺に嵌ると考えたのか、話題を変えずにいた。
「いいえ、いざとなったら妹の子を継承子に指名することもできますし――って、そうそう、妹で思い出した。昨日部下から連絡があったんですがね」
ラクティメシッスが慌てたようにピエッチェを見る。
「フレヴァンスの馬鹿、父上が何もできない、わたしも留守、それをいいことに勝手なことをしてしまいました」
「俺に言うってことはザジリレンに宣戦布告したとか?」
「いえ、ザジリレン国王に結婚の申し込みをしたそうです」
「へっ? ザジリレン国王って、俺?」
「他に誰が居るんですよ?――開戦するかもって時になにを考えてるんだか。もっとも、カテロヘブ王が不在なのは諸国に知れ渡っていますから、それを理由にザジリレンは断ってくるか、返答を先延ばしにすると見込んでいます。帰国し次第、わたしの名で丁重にお詫びして撤回しますのでご心配には及びません」
「それじゃあ、早くララティスチャングに行かなきゃですね」
笑ったらいいのか呆れたらいいのか迷ったけれど、ここは心配そうな顔をするところだと、判断したかのようなカッチーだ。
話はローシェッタに入国してからのことに移る。真っ直ぐララティスチャングに向かうのはいいとして、置き去りになっている問題も多々あった。
「王家を狙うヤツのことは後回しにしましょう。ザジリレン側の首謀者と同時に断罪しなければ、そちらを逃がしてしまうことになり兼ねません」
ラクティメシッスの考えに、ピエッチェも同意だ。
「ジランチェニシスはどうするのか決まったのか?」
「それが、相変わらずノホメの所在も素性も不明で……クサッティヤの家族も青くなって探し回っているらしいんですが見つかっていません。ジランチェニシスの父親か母親、どちらか判ればいろいろ判ってくると思うんですが、そちらも進展がありません」
ジランチェニシスの母親は前ザジリレン王の叔母と判っているが、それをラクティメシッスには告げていない。どうして判ったか説明ができないし、父親が誰かによって面倒な国際問題に発展しかねない。だから迂闊には教えられなかった。
父親が判ればおのずから母親の素性も判るのではないか? そうなればラクティメシッスからピエッチェに何かしらの相談があるはずだ。ローシェッタの事情や考えを聞いてからこちらの出方を考えても遅くない。どちらにしろ失われた王女、ザジリレンでは最初からいなかったこととされている王女に拘るつもりはない。
同じ『失われた王女』の子だとしても、カッチーについてはそうはいかない。自分の家臣にと考え、カッチー本人もピエッチェについていくと決めている。だからザジリレンで引き立てたいとは思うものの、従弟であるカッチーの処遇は悩みどころだ。ローシェッタ出身のカッチーを重用するには、カッチー自身の素養と確かな身元が必要だ。失われた王女の子だと主張するのは簡単だが、その根拠を示すのは難しい。
それにマデルが言っていた『孫を探している貴族』も気になる。もしも本当にカッチーがその貴族の孫だったら? とうとうコゲゼリテに孫がいると突き止めた貴族がカッチーの復籍を求めてきたら? 孫を探しているのは継承させるためだと聞いている。明らかになれば必ずカッチーの身柄を要求してくる。
もちろん、カッチーがその貴族の孫と決まったわけでもない。ひょっとしたら別の誰かを既に見つけているかもしれない。いっそ、世間話を装ってマデルに探りを入れてみるか? そう思ったがやめたピエッチェだ。カッチーが同席している。下手なことはしないほうがいい。
「それでララティスチャングに帰ったら、まずしなくてはならないのは王権の移譲になると思います」
ラクティメシッスが難しい顔で言った。
ローシェッタ国王、つまりラクティメシッスの父親が倒れたと聞いて何日経った?
「父上のご容体は?」
ピエッチェも難しい顔で訊いた。
「未だ意識が戻らないようです。早く帰国しろと矢のような催促が来ていたので、その点は好都合なんですけどね」
これにはラクティメシッス、苦笑した。
「ただねぇ……軍を動かすには王命が必要、でもわたしはできればまだ即位したくない」
そうか、王権の移譲ってことは現王を退位させ、王太子ラクティメシッスが即位するってことになるのか。
「いっそ、ザジリレンに倣って国王代理でも置いてみたら?」
「わたしもね、それは考えてないでもないんですよ。何しろ、意識はなくてもまだ父は存命なんです。無視したくありません。誰にも無視させない」
最後の一言はいつになく強い口調だ。
フワフワと穏やかで優しい風情、平気で軽口を叩くラクティメシッスの本質は強く厳しい。そんなこと判っていた。気が付いていた。でもそれを、改めて強く感じた。
「まぁ、そのあたりは王宮に戻ってから重臣たちの顔色を見て考えますよ。わたしの即位を歓迎する者ばかりではありませんから。皮肉ですね、その人たちが味方に思えてくる」
自嘲気味に笑うラクティメシッス、王太子である彼の即位を阻むものがいる? そのあたりをもっと訊きたかったが、
「でもご安心を。軍を動かす権限は必ず手に入れます」
と言われ、追及するのは今でなくてもいいと考え直した。だいたい、他国の継承問題を聞き出そうなんて間違っている……かもしれない。
「それでピエッチェ、ミテスク村から封印の岩越えでトロンバに派兵するってことでいいんですよね?」
「うん。そうして欲しいと思っている」
「それでですね、安請け合いしたはいいけど……まぁ、軍は動かせるんだけど、さすがに理由もなしにってわけにはいかなくて。あれからいろいろ考えたんだけど、何も思いつかない。ピエッチェはどう考えているんですか?」
「あれ、言ってなかったか? いや、言わなくても判ってると思ってた――ザジリレンは王都に終結させた国軍を、ローシェッタとの国境コッテチカに向かわせている。それを根拠に宣戦布告、まずはトロンバに奇襲をかける」
「ちょっと! ちょっと待ってください。ローシェッタとザジリレンを戦争状態にする気なんですか?」
「あぁ。で、トロンバの警護隊は敗戦、捕虜としてローシェッタ軍に吸収される。それをトロンバ街道で繰り返す」
「あっ?」
「ザジリレン国軍はコッテチカから慌てて王都に戻ろうとするが、そこはジジョネテスキの腕次第、そう簡単に帰都できない――トロンバを皮切りにローシェッタ軍は戦勝を続け、軍も兵力も拡大していく。膨大な兵力になったローシェッタが王都に着いても国軍は留守。ローシェッタの勝利だ」
「いや、だってピエッチェ。あなたが自国民を犠牲にする?」
「犠牲になんかしない。なんのためにトロンペセスが有志を集めた? どこであろうと戦場にはしない。戦ったことにして、勝敗が付いたことにして、捕縛したことにして……全て芝居だ」
「はっ!?」
呆れかえったラクティメシッス、でもすぐに、いつものように笑いだす。
「まったく、堅実に見えて実は大胆。お手本通りにしか行動しないと思っていると足を掬われる――ピエッチェ、あなたは面白い人だ」
「誉め言葉と受け取っておくよ」
ピエッチェがニヤリと笑う。
「しかしピエッチェ、それではザジリレンがローシェッタに蹂躙されたことになります。そのあたりはどう考えているんですか?」
「うん、そこで相談なんだが……」
ピエッチェが声を潜める。心理的なものだ。
「正式な宣戦布告は必要ない。戦争を仕掛けると、脅せればいいんだ」




