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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
17章 選択された祖国

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 ノックに気付かないはずもないが、ピエッチェもラクティメシッスも応答せず、息を殺してドアの向こうの出方を待っていた。


 再びドアがノックされ、今度は男の声が聞こえた。

「えぇとぉ、この部屋に行けば、少し値は張るが旨いカボチャパイを分けて貰えると聞いたんだが?」

ハッとしたピエッチェが、ドアに駆け寄る。ラクティメシッスが止めようとしたが間に合わない。すぐさまドアを開け、相手をじっと見つめたも束の間、ピエッチェは何も言わず相手の腕を掴むと部屋の中に引っ張り込んでドアを閉めた。


 ピエッチェを追って駆け寄ったラクティメシッス、だが訪ねてきた男を見定める前にピエッチェの胸元に伸びる男の手、慌てて男をピエッチェに近付けまいと割って入ろうとする。だがピエッチェが腕を出してラクティメシッスを止めた。呆気にとられるラクティメシッスの目の前で男がピエッチェの胸ぐらを掴む。その手を引き離そうとしたが、それを止めたのはやはりピエッチェだ。男はピエッチェの胸ぐらを掴んだまま、マジマジとピエッチェの顔を見詰めている。


 ボロボロのフードを目深にかぶり、身に着けているローブもボロボロだ。物乞いか? よくも宿の受付を通って来られたものだ。こんな男を部屋に引き入れ、しかも自分の胸ぐらを掴ませたまま、ピエッチェはどうするつもりなのだろう? ピエッチェを見詰めたまま、男は何も言わない。どうしたものか、迷うラクティメシッス、ピエッチェは男を見詰め黙っている。


 焦れたラクティメシッスが知り合いかと訊こうとした時、やっとピエッチェが

「心配かけたな……」

と男に言った。知り合いに間違いない。ラクティメシッスがホッとする。が、それは束の間――


 ピエッチェの胸ぐらを掴んでいた腕を男が引き寄せ、片方の腕を後ろに引く。殴る気か? さすがにラクティメシッスが止めに入る。こんな時は魔法が早い。ドンっ! 男がピエッチェと引き離されて後ろ向きにぶっ飛んだ。


「おいおい、手荒な真似をしないでくれ」

ピエッチェが苦笑し、倒れ込んだ男に手を差し伸べた。手荒な真似をするなとは、男に向かって言ったのか、それともラクティメシッスにか? その両方に言ったのかもしれない。


 くっ……悔し気にピエッチェの手を見た男が、それでもその手を取った。手助けされて立ち上がると、おもむろにフードを外しローブを脱いだ。

「あなたは――トロンペセス……」

呟いたのはラクティメシッス、俯き加減で苦笑してからトロンペセスがラクティメシッスを見て言った。


「いつぞやは失礼した。あれからずっと我が王を守ってくださったご様子。感謝しております」

それから部屋を見渡して、

「あの時と変わらぬかたがたですな……警備隊の詰め所に手紙を持ってきてくれた少年が、入隊検査に来ているのを見てどれほど驚いたことか」

クスクスと笑いを噛み殺す。


「入隊検査はまだ終わらないのか?」

まぁ座れと、促しながらピエッチェが訊くと、

「とっくに終わってますよ。でも、わたしが戻るまでは帰せないかもしれません。なかなか優秀で、どの隊に割り振るかで揉めてましね。戻ったら、不合格の決定を下すつもりですが、副官どもが怒るでしょうね」

楽しそうにトロンペセスが笑った――


 カッチーの応募書類を見ると、応募動機の欄に『チュジャバリテが経営する八百物店スマホレンジで働いているが、そこで野菜料理をあれこれ習った。入隊したら料理の腕を生かし、兵士たちに不足しがちな野菜料理を食べさせてあげたい。得意料理はカボチャのパイです』とある。


 トロンバからジジョネテスキに会うため、カテロヘブに同行してゲリャンガに行ったと思っていたのに、なぜケンブルの八百屋で働いているのか? カテロヘブとは別れ、ジジョネテスキに紹介して貰ったチュジャバリテの店で職を得たということか? 


 だが……得意料理はカボチャのパイ。カボチャをパイで包んであることから、ジジョネテスキやチュジャバリテと決めた暗号に照らし合わせれば『カボチャを保護している』と言う意味とも取れる。そしてカボチャはカテロヘブを示す符丁だ。


 周囲の目と耳を(はばか)って、カッチーに直接聞くこともできない。ちょっと出てくると言って入隊検査の場から退出すると、街で見かけた男からフード付きのローブを譲って貰った。路地裏で物乞いをしていた男だ。男が羽織っていたローブを買い取ったのだ。もちろん渡した(かね)は充分過ぎるほどの(がく)だ。同じようなローブを新品で何着も買えるだろう。なんだか妙な匂いが気になったが、人目がないのを確認し、ローブで自分を隠してカッチーが連絡先に指定していた宿に向かった。


 勝手知ったるワッテンハイゼ、もちろんその宿も知っていた。裏口がどこにあって、どうすれば忍び込めるかも熟知していた。警備隊の司令官が不法侵入なんてと気が引けなくもなかったが正面から入るわけにもいかない。さすがに部屋の配置までは把握しきれていなかったので、従業員や客に出くわさないよう慎重に部屋を探した。


 そんな話を、マデルが入れてくれた茶を啜りながらするトロンペセス、最後に、

「我らの計画を知って、会いに来てくれたのですよね?」

とピエッチェを見た。


 真っ直ぐにピエッチェを見詰めるトロンペセス、ピエッチェが頷くと信じて疑う様子はこれっぽっちも見られない。そんなトロンペセスから軽く視線を外し、ピエッチェが軽く溜息を吐いた。


「おまえたちの計画とは有志を募り、王都を囲むというあれか?」

「はい! 王よ、我らの手に王都を取り返しましょう。グリアジート卿からクリオテナ王女を取り返し、モバナコット卿の目を覚まさせ、サンザメスク卿とゴランデ卿に一矢報いるのです」

「ふむ……」

ピエッチェがジロリとトロンペセスを見た。


「ゴランデ卿? ヤツは何をした? ()()()()()()()がローシェッタ国との開戦を目論んでいる話は聞いている。(サン)()()()()()が国庫を思いのままに使っている話も聞いた。が、ゴランデ卿の話は聞いていない。そもそもヤツに王宮での発言権なんかあったか?」

「それが……」

トロンペセスが言い難そうに口籠る。


「王が行方不明になってからと言うもの、王宮での会議にしゃしゃり出てくるようになったそうです。最初の頃はサンザメスク卿もゴランデ卿を毛嫌いしてたのに、いつの間にか取り込まれていて――サンザメスク卿から聞いた話として(サン)()()(スク)()()(息子)から聞いたのですが、ゴランデ卿を王宮会議に連れてきたのはグリアジート卿だったらしい」


 ()リア()()ート()()クリ()()()()の夫だ。意見できる者はいないだろう。


「ところが気が付けば、ゴランデ卿はグリアジート卿を(あご)で使うようになっていたと。しかもクリオテナさまとグリアジート卿とは近々離縁する、そのあとゴランデ卿がクリオテナさまと結婚すると宣言したそうです」

「なにっ?――いや、まぁ、それで?」

余りに馬鹿げたあり得ない話に、つい驚愕で声を上げてしまったピエッチェだ。


「えぇ、それで、そんなことを考えるだけでも反逆罪に匹敵すると声を上げたのがジジョネテスキなのです。王家警護隊としても許せないと、クリオテナさまの警護を強化しようとしていました――しかしその矢先、ジジョネテスキさまのスキャンダルが取り沙汰されました。例のクリオテナさまへの邪恋ですな」

悔しそうなトロンペセス、

「王宮の面々は、なんでジジョネテスキさまを疑ったのか? まぁ、実弟ラチャンデルの密告があっては、嘘だと思っていても反論できなかったのでしょう」

そう言って、茶を飲み干した。


「では、今の王宮はゴランデ卿に牛耳られていると考えていいのだな?――王宮にこちらの味方は?」

「もはやクリオテナさまだけかと……クリオテナさまとはジジョネテスキの妻が手紙のやり取りをしておりますが、このところ途絶えがちと聞いております」

「そうなると、直近の情報は入っていない?」

この質問にはトロンペセスがまたも気まずげな顔になる。

「はい、そうです」

「ふむ……」


 ジジョネテスキはゴランデ卿がクリオテナとの婚姻を画策しているとは言わなかった。トロンペセスが知らないだけで、その企みは頓挫したと思っていい。さすがにネネシリスがクリオテナを手放して、ゴランデ卿になど渡すはずがない。ネネシリス自身の権力と身分を保障しているのはクリオテナだ。


 だが、ゴランデ卿がクリオテナを欲しがる意味は判らないでもない。ゴランデ卿にしてみれば、己の脆弱な王位継承権を確固たるものにできる。フン! 王位もクリオテナも、ものじゃない。ふつふつたる怒りを感じるが、ここでそれをトロンペセスに言ったところで始まらない。


 モバナコット卿が開戦を目論んでいるとか、サンザメスク卿が国庫を使いこんでいるようなことを言ったのはピエッチェのハッタリだ。そうじゃないかと予測していたことを言ってみただけのこと、だがトロンペセスは否定しなかった。少なくとも『そんな傾向』にあることは確かなようだ。地方の警備隊の総司令が知れる情報はここまで、王宮内部の動きを知りたければ、もっと上位の立場にある人物と接触するしかない。


 だが、そんな相手がどこに居る? 重鎮たちはどうやらゴランデ卿に抑え込まれている。しかも、ゴランデ卿が首謀者だとはトロンペセスの話だけでは決めつけられない。もしも首謀者ならば、自分の名が表に出ないように動くはずだ。


「カテロヘブ王!」

トロンペセスが考え込んでしまったピエッチェに呼び掛ける。

「わたしはこのまま警備隊を率い、王都に向かいます。我が隊は全員王都奪還に賛同するものです。どうか、わたしとともに――」

「黙れ!」

難しい顔をしていたものの、静かに話を聞いていたピエッチェが突然()った。

「黙れ、トロンペセス」


「カテロヘブ王? 何をお迷いか? いまこそ怪しまれず、兵を王都に――」

「黙れと言った!」

再び怒鳴るピエッチェ、今度は勢いつけて立ち上がる。

「おまえ、自分がなにを言っているのか判っているのか?」


 ピエッチェの……いや、カテロヘブ王の怒りを、トロンペセスが見たのは初めてかも知れない。王子のころから知っているカテロヘブ、穏やかな性格で怒ったところを見たころがなかった。そんなカテロヘブが恐ろしいほどの怒りを見せている。いったい自分のどこが王の怒りを買ったのか?


「ですから、王都を奪還したいと……」

「ほう、誰から奪還する?」


「カテロヘブさま、わたしの話を聞いてくださっていたのでしょう? 王都で好き勝手やっている者どもからです」

「ふうん……では訊こう。王都とはなんだ?」

「はい?」


「答えろトランぺセス。王都とはなんだ?――答えられないなら教えよう。王を象徴するものだ。それを脅かすというのなら、おまえでも決して許さない」

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