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ギュリューはカラフルな街だった。立ち並ぶ四角い家々、その外壁はそれぞれビビットな色で塗られている。ただ屋根はレンガ色で統一されていた。それがなければ目が回りそうな景色、慣れるまでは目がチカチカする。そんな街だった。
「画商ですか? 街には三軒だったかなぁ。こんな田舎ですからね……掘出物狙いですか? たまに田舎に埋もれていた名画、なんて話を聞くけど、この街にはありそうもないですよ」
ピエッチェを胡散臭そうに見ながら、宿の受付係が答えた。
その日の寝床に選んだ宿は高台に建っていて、一階は鮮やかなオレンジ、二階はコバルトブルー、三階はショッキングピンクの外壁、一目見て三階建てと判る見た目だった。もっとも中に入るとごく普通、白い壁に床は板張りだ。
通された部屋は三階、窓から街が一望できた。一階に食堂もあるが、ルームサービスもできるというので運んで貰った。
「建物のせいで夕暮れが台無し」
窓辺でクルテが呟く。後ろからピエッチェが覗き込んで、
「この窓なら、おまえが好きな日の出が見えるんじゃないか?」
慰めを言う。窓は南東向きだった。
「白い壁なら茜色に映えて綺麗なのに」
ピエッチェに答えず、クルテはプイッとテーブルに行ってしまった。
ルームサービスが来て、カッチーがクルテから預かっていたチップを渡す。すると、
「なんでしたら朝もお持ちしましょうか?」
ボーイが笑顔で言った。返事をしたのはクルテだ。
「ううん、朝は食堂に行くからいいよ――ねぇ、この街って昔からこんなに色とりどりだったの?」
すると途端にボーイの笑顔が消えた。
「何も存じません――ではごゆっくり。終わったらワゴンごと廊下に出しておいてください」
ぶっきら棒に言うと出て行った。
街に入ってすぐ、すれ違った人に教えて貰った宿だった。
「おすすめの宿? 丘の上のピッコリーかな。そこの坂を上っていけばすぐ判る。オレンジ・ブルー・ピンクの建物だ。一階がレストランで料理が旨い。宿賃? まあ、ギュリューじゃ一番高いけどね」
他を探すのも面倒だとクルテが決めてしまった。デレドケを出てから歩き詰めだった。すぐにでも休みたかったのもある。
料理は四種類、それぞれ大皿に盛られて取り分けて食べる。取り皿に山盛りにしようとしてカッチーがマデルに叱られた。
「がつがつ食べないで、少しずつゆっくりよく噛んで食べること! そのほう消化にいいんだよ。ピエッチェみたいに見るからに頑丈そうな体を作りたいなら、がつがつ食べちゃダメ」
本当かよ? と思うピエッチェ、だがマデルに『そうだよね、ピエッチェ?』と同意を求められ、つい『あぁ、そうだね』と答えてしまう。はっとしたカッチーが少しお行儀良く、ゆっくり食べるようになったから、いいかと思う。
だけど気を遣って食べたんじゃ食った気はしないだろうなと、カッチーが気の毒に思えた。するとクルテが
「マデルが言うとおり、ゆっくりよく噛んだ方がいい。でも、食事を楽しむのも忘れちゃいけなよ」
カッチーに微笑んだ。まったく、クルテのヤツ、カッチーには甘々だ。ちょっとムカつく。
食事をしながらマデルがギュームについて知っている事を教えてくれた。
「ギュームは生涯この街を出なかったらしいよ」
「それなのに墓はデレドケにあるんだ?」
「そうなんだよね、親戚かなんかがいるのかと思ったけどそうじゃなかった。ギュームはこの街の名士の一人息子でね、親の遺産を食いつぶして絵ばかり描いてたって話だ。屋敷も借金のかたにとられ、住むところを失くして他人の家の馬小屋とかに潜り込んでることがよくあったらしい。最期は道端で野垂れ死んでたって話だ」
「それじゃあ、晩年は大好きな絵も描けなかった?」
「それがね、描きかけのキャンパスを持ったまま死んでたらしいよ。まだ絵の具が渇き切ってなかったらしいから、死の直前まで書いてたんだろうね」
「へぇ……抱き締めてたのはキャンパスだけ? 絵具や絵筆は?」
「ううん、キャンパスだけだったって。どこで描いてたんだろうって、街中探したらしいけど、見付けられなかったって」
「……死因は判ってるの?」
「冬だったから凍死だろうってことで片付けられたらしいよ。外傷があったわけでもないしね」
「彼はどうやって絵の道具を手に入れてたんだろうね?」
「うん? そこまで調べてないわ――クルテって、こういう話になるとかなり細かいよね」
「いけない?」
「ううん、あんたたち三人って、いい取り合わせだなって感心してるの。体力勝負はピエッチェ、頭脳戦はクルテ、雑用はカッチーって役割分担ができてるよね」
「へっ?」
急に名を呼ばれたピエッチェが変な声を出す。カッチーにいたっては舟を漕いでいて気が付きもしない。
クルテがクスリと笑う。
「まぁ、確かにね。でもピエッチェは体力以外でも頼りになるよ。今は話を僕に任せて、ちょっと油断してただけ……多分ね」
「うん? なんの話だ?」
まったく話を聞いていなかったピエッチェ、それでもまた『多分』かよと内心思っている。
「それよりさ、ベッドを運んでよ、一人じゃ無理ならカッチーを起こして」
「あら、わたしを一人にする気?」
とマデルが笑う。
寝室は二部屋、それぞれにベッドが二台、片方の寝室に一台ベッドを運んでマデルには一部屋使わせる気のクルテだ。
「だーめ、僕はピエッチェと一緒の部屋がいい。だからってカッチーをマデルと二人に出来ない――さぁ、ピエッチェ、さっさとベッドを運んで」
俺と一緒がいい? なんだか横っ面を張られたような気分のピエッチェ、
「あ、あぁ、一人で大丈夫だよ、すぐやるから……カッチーをベッドで寝かせてやんなきゃな」
慌てて寝室に入っていく。マデルがニヤッと笑ってクルテを見たが、クルテは知らんふりだ。
ドア枠に引っ掛けたりしながらなんとかピエッチェ一人で運び終えた。
「明日は画商巡りの予定。今日に引き続きたくさん歩くけど、マデルはお留守番してる?」
「なによ、わたしを仲間外れにする気?」
「ううん、疲れてるんじゃないかって気を遣っただけ――それじゃ、オヤスミ、明日もよろしく」
カッチーを揺り起こして『寝るよ』と声を掛けるクルテ、マデルはさっさと自分用の部屋に『オヤスミ』と引っ込んだ。
ふらふらしているカッチーを助け起こしながらクルテがピエッチェに言った。
「食事のワゴン、廊下に出しといて。おまえもさっさと寝ろ」
なんだよ、やっぱり俺にだけ冷たい……面白くない気分でワゴンを片付け、寝室に入る。カッチーを一番奥のベッドに寝かせていたクルテが、
「わたしは入り口側に寝るから。ピエッチェ、おまえ、真ん中」
ピエッチェを見もしないで言う。
つまりカッチーの隣、鼾直撃か、苦笑するしかないピエッチェだ。そしてやっぱりその夜も、左腕にクルテがしがみ付いてきた。まぁいいや……そのうち折を見て聞いてみよう。起こして訊けば早いのに、なぜかクルテを起こしてはいけない気がしたピエッチェだった。
散々探し回ったが画商の最後の一軒は見つからなかった。宿が教えてくれた場所の近所で訊いてみたら、どうやら随分前に辞めてしまって、今では金物屋になっているのが判った。店主も別人だというので、尋ねてみても意味がない。
ほかの二軒はすぐに見つかり、それぞれに話を聞きに行った。
「ギューム? そう言えば昔そんな画家もいたかな――うちにはないよ。売れない絵を買い入れるほど馬鹿じゃないんでね」
どちらの画商も同じような反応だった。
「行き倒れになった時、絵を持ってたらしいんだけど、その絵がどこに行ったか知らない?」
クルテの質問に、あからさまに嫌そうな顔をした。
「そんな話も聞いたけど、本当かどうかも判んない話だよ?――なんでそんなにギュームに拘る? 今頃になって値が出てきた?」
「知り合いが気に入っちゃったらしくって、どんなのでもいいから見付けたら教えて欲しいって言われたんだ」
「それじゃあ見つけたら連絡しようか?」
「ううん、旅の途中でいつまでこの街にいるか判らないんだ。でも心当たりがあったら探ってみて――また来るよ」
街で唯一の画材店にも行ってみた。ギュームに画材を売っていたか尋ねると、若い店主が申し訳なさそうに言った。
「去年、オヤジが急死してね、店を継いだばかりでさ。それまで手伝いさえしなかったから、店のことはさっぱりなんだ。画材のこともお客に教えて貰ってるくらいだ」
ギュームが親から受け継いで、売り払ったという屋敷にも行ってみたが屋敷は取り壊され、別の建物に立て直されていた。これと言った収穫もなく宿に戻るしかなかった。
その日も夕飯はルームサービスを頼んだ。
「わたしが探った以上は、なんにも判らなかったでしょ?」
部屋で待っていたマデルがビールを飲みながら笑う。
「ある意味マデルほども調べられてないかもな」
不機嫌にピエッチェが答えた。
「それにしても可怪しい。ギュームは絵描きだって画商も画材店も認識してる。なのに、絵の所在は判らない、画材を買っていたかどうかも判らない――口裏あわせて何か隠してるんじゃないのか?」
「そんなふうには見えなかったよ」
そう言ったのはクルテだ。
「みんな嘘は言ってないと思う。本当に知らないんだよ」
クルテが言うのならそうなのだろう、なにしろヤツは心が読めるはずだ。そう考えて黙ったピエッチェ、ところがマデルは
「でもさ、ピエッチェの言うとおり、何か隠してるってのはわたしも感じるよ」
と言う。フフン、とクルテが笑う。
「隠しているとしたらギュームの事じゃないのかもね。僕たちの動きは見当はずれなんだ、多分」
「見当はずれ? でもさ、わたしらはギュームのことを調べてて、変だなって感じてるんだよ?」
「ギュームそのものはどうでもいいんだと思う。隠しているのはギュームも関係する何か、いったいなんだろうね?――画家って肩書を取っ払ったらギュームって何者?」
「そんなこと訊かれても……」
マデルが問うような視線をピエッチェに向ける。
「うーーん、男で金持ちの一人息子で、絵を描くのが好きで、それで財産を失くして……あれ?」
途中で言葉を切ったピエッチェの顔をマデルが覗き込む。
「何か思いついた?」
「いや、ギュームって、女はいなかったのかな、って思ったんだよ」
「そんな話は聞いてないけど? 女がいたら他人んちの馬小屋になんか忍び込まないで、その女のところに転がり込むよね」
「そっか、それもそうだな」
「でもさ」
と言ったのはクルテだ。
「女に愛想を尽かされて追い出された、なんてのもない話じゃない。それにうっかりしてたけど、屋敷は売ったんじゃなくって借金のかたに取られたんだろう?」
「うん、わたしが調べた時はそうだった」
マデルの返事にクルテが首を傾げる。
「調べた時は〝そうだった〟?」
「あんたらが出かけて暇だったから、ちょっと近所を散歩してみたんだよ。で、花屋で買い物がてら世間話を装って聞いたんだ――ギュームの屋敷はどうなってるって聞いたら、火事で焼けたよって言った」
「ふぅん……まぁさ、僕たちも見に行ったけど、建て替えられてるって話でさ、借金のかたに取られた後に焼けたってことかも知れないから、なんとも言えないな」
「あれ? マデルさん、一文無しじゃなかった?」
と驚いたのはカッチーだ。
「失礼なこと言うんじゃないよ。ロープを買いに行って結び目作ってクルテから駄賃を貰ったから一文無しじゃない」
「いったい幾ら手間賃を取ったんだ? 花を買う余裕があるなら飯代を出して貰おうかな?」
冷ややかにマデルを見るピエッチェ、ところがクルテが
「いいんだよ。王都まで、旅費はこっちで持つって約束だから」
と笑う。
「なんだよ、それ? 聞いてないぞ?」
「ピエッチェ、けち臭いこと言わないで。小遣いくらいなきゃ、マデルが可哀想だろ」
「イヤ、だって……」
俺だって一文無しだぞ? そう言おうとしたピエッチェの頭の中にクルテの『黙れ』がガツンと響いた。
急に頭を抱えたピエッチェをマデルが心配そうに見る。
「あんた、どっか悪いんじゃないの? 時どきそうやって頭を抱えるよね?」
「いや、なんでもない」
クルテは何も言わずニヤッとピエッチェを見た。
(おまえ、頭悪すぎ。おまえの金をわたしが管理していることになってるのに、おまえが一文無しじゃ話があわないだろう?)
(……うん、そうだな)
(小遣いが欲しいの?)
(そう言うわけじゃない)
「で、何を二人は見つめ合ってるの?」
マデルの声にびくっとしたピエッチェ、慌ててクルテから目を離す。
「別に? ピエッチェが見るから見返してあげただけ」
クルテはケロッとしている。
「明日はさ、ちょっと視点を変えて……金貸しにでも行ってみようか?」
クルテの言葉に慌てたのはカッチーだ。
「クルテさん。金貸しって……路銀が足りないんですか?」
カッチー以外の三人がつい微笑み空気が和む。
「ギュームに誰が金を貸したのかを聞き込むんだよ」
とマデルが答え、クルテが
「借金がどれくらいだったのかも知りたいね」
と追加した。
その日はクルテがワゴンを廊下に出した。どういう風の引き回しだろうと、薄気味悪さを感じるピエッチェだ。
そしてその夜もカッチーの鼾と、左腕にしがみ付くクルテに悩まされた――




