19
にゅっと木立から頭を出した巨大なヘビが『シャー』と威嚇音を出して、ピエッチェたちを見た。
「来るのはあいつだけ?」
ラクティメシッスが剣を抜いて身構える。言ってる傍から別のヘビが頭を出した。先に出てきたヘビのすぐ横だ。
「あっ!?」
ピエッチェとラクティメシッスが同時に驚愕の声をあげる――横から出てきたヘビが、先に出てきたヘビの首(もしかして胴?)に嚙みついたからだ。
「共食いですか?」
「あるいは獲物の取り合い?」
「その獲物ってわたしたちですよね?」
二頭のヘビが噛みつき合い、身体を相手に巻き付け始めた。その隙にもう一頭、木立から頭を出すとズルズル這って近寄ってくる。リュネがタン、と地を蹴った。
「ラスティンはキャビンを守れ!」
クルテが叫び、ニヤッとピエッチェを見た。
「これでいろいろ話せる」
「ふん、何を企んでる?」
「人聞きの悪い言いかたするな」
「ところで、ヘビってバカなのか?」
「また言ってる。馬鹿ってことはないけど、他の生き物と同じ。欲望に忠実なだけだ」
「なるほどね」
だから食いたきゃ襲うし、邪魔者は排除する。追いかけたきゃ、あとさき考えず追っかけまわしてぐるぐる巻きか?
「そう言えばヘビって口呼吸?」
真下には絡みあう二頭のヘビ、その横のズルズル這いずってキャビンに近付こうとしているヤツはそれ以上は進めないでいる。どこかで引っかかっているんだ。肩透かしを食わされたラクティメシッスは、茫然とヘビを見上げている。どう対処したものか、きっと判断つかないでいる。
「口呼吸さ。下あごに気管があって食道とは別になってる」
それで大きな獲物を丸呑みして、胴体が二倍以上に膨らんだって窒息しないのか。
「で、ドイツからやっつければいい?」
「どれにする? まぁ、こんがらがってるヤツは後回しでいいんじゃ? 自滅するかも」
「そうなると、あそこで前に進もうと頑張ってるヤツか?」
「あれもほっといていいと思う。あれ以上は進めないみたいだから」
と言うことは……
地上を見降ろし、残り三体の居所を探る。
「なぁ、クルテ。やっぱりヘビってバカだ」
「くどいっ! バカバカ言うなっ!」
自分が言われてるわけでもないのに、なんで怒る?
「でも、あそこ。見てみろよ。あの二頭、あのまま進めば胴体に結び目ができる」
「ん? うーーん。まぁ、そうなる前にどちらかが気付く。でも、目的地に着くのは遅くなるな」
つまりヘビたち、デカくて長い図体に〝ない足を〟引っ張られ、簡単にはご馳走にありつけないのかもしれない。
「なぁ、あんなふうに絡みついて、キャッテクに帰るに帰れなくこともあるんじゃないのか?」
「そんなときはジョーンキが樹を退かすに決まってるじゃん」
クルテの道を邪魔しないよう、樹木が動くのと同じか……それにしても、
「しかし……もう一体はどこに居るんだ? さっきはちゃんといたのに、見つからないな」
ピエッチェの疑問に、クルテも周囲を見渡した。
「あれ? イーグルが居ない」
「小物たちが食ったんじゃ?」
「だとしたら、毟られた羽根が散乱してるはずだ。弱小魔物たちは羽根まで食わないから」
「おまえが矢にしたんじゃないんだ?」
「キャビンの上に陣取ってたんだ、羽根を拾いに行く暇なんかあるか」
と、なんの前触れもなくリュネが地上へと向かう。
「見に行く気かな?」
「だね。イーグルがぶっ倒れたところに向かってるっぽい」
「なぁ、なんでリュネは翼がなくても空を飛べるんだ?」
「そんなことも判らない? 魔力を使ってるに決まってる」
「でさ、おまえ。リュネによくしがみついてるけど、あれ、魔力をリュネに移譲してるんじゃないのか?」
「いけない?」
やっぱりそうか……
「いけなくはないけど、それで自分が魔力不足になるってのは、いただけないな」
「あのさ、今度はわたしをバカだって言いたい?」
「そんなこと言ってないだろ。心配してるだけだ」
ホントかな? クルテが小さな声でコソッと言った。
地上に降り立つとリュネの身体は通常サイズに戻り、森の中へと進んでいく。
「なにか、引きずった跡があるな」
地面に草が押しつぶされた太い筋、リュネはそれを追っている。
「ヘビが這った後?」
木立を行くと、ところどころ木がなぎ倒されている。そして不意にリュネが止まった。ピエッチェもクルテもハッと息を飲む。すぐそこに、こちらを睨みつける二つの目、横たわった大蛇がこちらを見ていた。
「コイツ……」
思わず唸るピエッチェ、しがみ付いて来たクルテを強く抱きしめる。が、すぐに腕を緩めた。クルテもピエッチェを放し
「これ、食べ過ぎで動けないんじゃ?」
茫然と言った。
眼光の鋭さに気圧されて頭ばかり見ていたが、改めてヘビ全体に目を向けてみる。
右手奥の方に太い腹が見えた。どうやら、向こう側から手前の大木と大木の間を行こうとして引っ掛かったらしい。その引っ掛かりを外すため、ここを通ろうとした。同じ場所を戻らなければ引っ掛かりが解消されるはずはない。
「やっぱ、ヘビってバカだ」
とうとうクルテが『ヘビはバカ説』を認めた。
引っ掛かっているところは他と比べて特別太い。
「イーグルを食ったらしいな」
「うん、ヘビって丸呑みするから。気になるなら腹を割いてみる?」
「いいよ、面倒臭い。って、このままにしといたら、このヘビ、どうなる?」
「そのうちイーグルは消化される。そしたら呪縛が解けて動けるようになる」
「じゃあ、その前に始末しちゃおう」
リュネが再び飛翔した。首を落とすにしても、地上に居たら届かない――
来ると思っていたのにヘビは一向に襲って来ない。どうも前に進めないらしい。
「図体ばかりデカくっても、自分の身体さえ制御しきれないんですね」
ラクティメシッスが呆れている。
むこうが動けないのなら今がチャンスだ。首の後ろに飛び乗って、剣を揮えば息の根を止められる――そうは思うがラクティメシッスも動けない。キャビンを離れてヘビのところに行けば、虎視眈々とキャビンの『中身を』狙っている弱小魔物たちが出てくるだろう。
弱小魔物くらいならマデルだって太刀打ちできる。いかんせん、なにしろ数が多すぎる。いくらマデルが魔法使いだと言っても、対処しきれるものじゃない。だからここから動けない。
動いたのはキャビン内部のカッチーだ。
「ラスティンさん! 俺がキャビンを守ります。ラスティンさんは、心置きなくヘビに向かってください!」
ともすればドアを開けて出てきそうだ。が、ラクティメシッスの魔法でドアは開かない。
「ラスティンさん! このまま襲われるのを待ってていいんですか!?」
黙れ! と怒鳴りたいのを堪えるラクティメシッス、言われなくてもそんなこと判ってる。だが……魔力はあとどれくらい持つ? キャビンを半透明にするのに、思いのほか消費してしまった。
キャビンを結界で包み込み、ここを離れることを考えなかったわけじゃない。でもきっと、その結界は長く持たない。それにもし、ヘビを討ち損じたら? 真っ先にキャビンが襲われる。あの大蛇、簡単に結界を破るだろう。お嬢さんに嘲笑われても言い返せなかった……
そもそも結界を張るにしたって、今ある魔力を全部使わなければ無理だ。魔法を使わずあの蛇を倒せるか? 頭を地に降ろし、位置が低くなっていたって天辺はわたしの背丈の優に三倍、それほどの跳躍を魔法なしで出来るだろうか?
「マデルさん!?」
ラクティメシッスの思考を断ち切ったのはカッチーの叫び声、ハッと振り向けばキャビンのドアが開いている。
「マデル、おまえ、何を考えている?」
ドアの魔法を破ったのはマデル、キャビンから降りてきたのもカッチーではなくマデル、ラクティメシッスが怒りで身体を震わせる。
「中で温和しくしていろと――」
「煩い、黙れ!」
「えっ?」
「わたしだってね、じっとしていられない時がある。ラクティ、あんた、魔力切れが近いよね?」
「いや……」
怒鳴りつけるつもりが怒鳴り返されて怯むラクティメシッス、しかも自分に忠実なマデルにだ。戸惑いが怒りを引っ込める。
「いや、だからこそマデル。あなたには安全な場所に居て欲しいのです」
こうなると懇願だ。現状で、ラクティメシッスが考える一番安全な場所はキャビンの中だった。
けれどマデルはラクティメシッスの懇願を鼻で笑った。
「安全な場所? あんた、本気でキャビンなら安全だと思ってる?」
「えぇ、思っています。少なくとも外にいるよりは――」
「だったら間違ってる! キャビンが安全なのは、あのデカヘビがここに来ないからよっ!」
「デカヘビ……」
「アイツにキャビンごと飲まれたらどうするの?」
「だからそうならないようわたしが――」
「無理っ!」
「む、む……無理? 言い切っちゃいますか?」
「だって、どうやって防ぐの? なぜかあのヘビ、あそこでモタモタしてるけど、ここを狙ってるのは確かだわ。なのに、動けなくなってるアイツをただ眺めているだけのあんたに、あのヘビをやっつけられるとは思えない」
「だからそれは――」
「判ってる! ここが心配で離れられないんだわ。チャンスを目の前にして、他のことに気を取られているのよね?」
「いや、それは……」
全くその通りのマデルの指摘に、どう言い訳するかラクティメシッスが思いつけないうちにマデルが追い打ちをかけた。
「ラクティ、あんた、魔力が足りなくなっているのでしょう? いつものあなたなら迷うことなくこの場に結界を張る――わたしがキャビンの中じゃ外が見えないって言ったから? キャビンの結界は強力だし特殊なものよね? あの魔法、かなり魔力を消費したよね」
ギュッと口を嚙み締めたラクティメシッス、
「えぇ、そうです。結界を張ることさえ満足にできない。それなのに、よくも『あなたを守る』なんて言ったモンだと、笑いますか?」
マデルから目を逸らす。
「でもね、できるだけのことはしますよ。なんとかあのデカヘビを始末する方法を見つけ出します。それに――わたしに何かあっても、キャビンに掛けた魔法は消えないようにしました」
マデルだけはなんとしても守る。だから術者が落命しても無効にならない魔法を使った。それも魔力の消費に拍車をかけている。
魔物たちが日没と同時に動き出したのは、陽光が苦手だからと考えられる。ならば朝まで持ちこたえられれば、たとえ一人になってもマデルなら自力で人里まで行けるはずだ。
「判ったでしょう? キャビンの中に居る限り――」
「馬鹿っ!」
バシッ! と聞こえたのは、マデルがラクティメシッスの頬を叩いた音だ。キャビンの中で、おどおど様子を窺っていたカッチーが目を丸くする。
「なんであんたって独りよがりなの? いっつも『わたしを頼りなさい』って言うけどさ、どんなに自分が追い詰められてもわたしを頼ってくれないよね――ラクティ、わたしじゃあなたの助けにならない? わたしなんか信用できない?」
打たれた頬を抑えていたラクティメシッスの手にマデルの手が添えられ、そっと握って引き離す。
「マデリエ……ンテ?」
引き離した代わりに、マデルが自分の手でラクティメシッスの頬を包み込んだ。
「ラクティ、わたしの魔力をあなたにあげるわ」
二人の唇が静かに重なった――




