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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
2章  魔法使いは真夜中に

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15

 ピエッチェが運んできて、テーブルに乗せた書類をマデルがペラペラと(めく)る。

「姉さんたちを死なせたのは魔法使いじゃなかったって?」

踊り場の窓から降り、帰ってくるまでの出来事を話した後だ。


「でもまさか、ここでもクマさんがお出ましとはね」

笑っているのか怒っているのか、それとも泣きたいのか、マデルの表情は複雑だ。


 ピエッチェが書類の山から一通の書類を取り出した。

「この宿の権利書だ」

そう言ってマデルに渡す。さらにマデルの顔が(ゆが)んだ。

「こんなもんのために、姉さんは……」

書類を睨みつけている。


 テーブル席に着いているのはピエッチェとマデルの二人、カッチーは例によって夕食の買い出しだ。


 クルテは壁際のソファーでぐったりしている。服装は宿の玄関に入った瞬間、いつものものに変わった。ウェーブが掛かっていた髪も真っ直ぐ、背中で緩く一つに(まと)めてある。


 疲れたからと、書類の山を全部ピエッチェに運ばせた。センシリケの従者は二人で運んでいたが、ピエッチェにとっては大した重さではなかった。ただ、(かさ)る書類を崩さずに運ぶのは大変だった。


 部屋に入った途端、『イチョウが消えた』とクルテが言った。念のためにと、ピエッチェとクルテの二人で庭に降りて見に行くが、やっぱりイチョウは跡形もなく消え、あとには小さなツツジがあるだけだ。


『どう思う?』

ピエッチェの問いに、

『王都の、令嬢が閉じ込められてるお屋敷のイチョウだったんだろう』

とクルテが言った。

『わたしたちの存在に向こうも気が付いた。センシリケの行動を監視していたってことだ』


『で、イチョウの木を引き上げた?』

『多分ね』


 それから部屋に戻り、カッチーに買い物を依頼した。マデルにいつも一食にいくら使うかを聞いて、その四倍の(がく)に少しだけ足して渡した。


 書類を手にしたままマデルが深い溜息を吐く。

「それで……センシリケはこの街が元に戻るよう力を尽くすって言ったんだね?」

「あぁ、職を取り上げた連中が元の仕事に戻れるように相談にも乗るし、収入が安定するまで面倒見ると言ってた」


「騙されちゃいないよね?」

「センシリケの妻子を助け出す約束をしている。妻子の安否が掛かってるんだ、嘘はないと俺は思う」

「そうか……そうだよね」

マデルが書類をテーブルに放り出す。


「姉さんたちには子どもはいなかった。義兄は一人息子で両親は他界している。わたしにはこんな宿を経営する手腕はない――センシリケにくれてやるよ。あくどい商売をしなけりゃ、わたしに文句はない」

判った、とピエッチェが宿の権利書を書類の山から外した。


 そして窓際のクルテに話しかけた。

「それにしてもクルテ、相当疲れてるよね? あんた、顔色が悪いよ。真っ青だ」

面倒そうにクルテが答える。

「そのうち治るよ」


「いつも少しか食べないからだよ。あんなんじゃ身体がもたない。今夜はわたしが食べろって言ったものは全部食べること、判った?」

「マデル、怖いお母さんになりそうだね。恋人はいないの? 王都で待ってたりしないんだ?」


「さあね、クルテ、あんたには教えてあげない。ピエッチェにだけ内緒で教えちゃおうかな?」

「ごめん、今は冗談に付き合えない。教えたきゃ勝手に教えればいいよ」

「あららら……ピエッチェ、クルテったら相当参ってるよ?」


 急に話をフラれてピエッチェが慌てる。

「うん、いや、朝からなんだか調子が悪そうだったんだけど、気のせいだって言われた」

「あんた、それでほっといたの? どう見ても具合が悪いわよ!?」

「そんなこと言われても……」

ピエッチェはタジタジだ。


「ピエッチェを責めちゃダメだよ」

珍しくクルテがピエッチェを庇う。胸が熱くなるのを感じるピエッチェ、

「ピエッチェに気遣いを求めても無理だから」

続くクルテの言葉に、心配なんかしてやるものかと思い直した。


 ぬいぐるみのクマが出てきたことを考えると、『令嬢』がフレヴァンスだと疑いようもなくなった。そしてきっと王都にいる。

「どうする?」

クルテがマデルに訊いた。


「僕たちはデレドケを出たらギュリューに向かう。本当にギュームは死んだのか、そしてただの画家だったのか、そのあたりを調べようと思う。マデルは真っ直ぐ王都に帰る?」

「ギュームは確かに死んだ。墓だってあった。だけど……あんたたちと一緒に行こうかな」


「僕たちと一緒だと、ギュリューでの結果次第で他に寄り道するかもしれない。王都にいつ辿り着くか判らない。それでもいいの?」

「気持ちとしてはすぐにでも王都に帰ってフレヴァンスさまを探したい。でもさ、あんたたちと居るほうが、結果として早く見つけられる気がする。それに……」

「それに?」


「ん……クルテ、あんたのことが気になるからさ」

「ふぅん……どう気になるんだろう? でも、まぁ、いいや、どうせ大したことじゃない、多分」

「できることなら、フレヴァンスさまを助け出す前に、あんたの正体を知っておきたいって思ってるのさ」

「僕の正体ねぇ……なんだろう? ピエッチェ、知ってる?」

「うん?」

なんて答えて欲しいんだ? 心の中でクルテに問うが返答はない。

「クルテはクルテさ」

仕方なくそう答えたピエッチェだ。


 カッチーが帰ってきてすぐに夕飯にした。昨日ほどのご馳走は並ばなかったが、それでも品数は豊富、量的にも充分だった。酒はビールだけだったが、それでもマデルは大喜びだ。()(すけ)め、ピエッチェが小声で呟くが聞こえなかったのか、マデルに気にする様子はなかった。


 マデルに怒られながら少しずつ食べ物を口に運ぶクルテの横でガツガツと食べまくるカッチー、

「あんた、少しはお行儀ってものを知らないの?」

マデルが呆れる。


「俺はクルテさんみたいにお上品になんか食べられないよ」

「俺はカッチーの食べっぷり、好きだぞ」

ピエッチェが笑う。


「あんた、カッチーの師匠なんでしょ? 少しはマナーとかも教えなさいよ」

「師匠って言っても何をどうしたらいいか、実はよく判らない」


「俺、剣はピエッチェさんに、弓はクルテさんに習うことにしてるんだ」

「そう言えば剣の稽古(けいこ)、全然してないね」

クルテがフォークを置いてカッチーを見る。


「そうなんですよね。次の街では少し、稽古をつけて貰えますか?」

不安そうにカッチーがピエッチェを見る。

「おう、考えておくよ――マデル、そうクルテに強要するな。いつも大して食べないんだ。急にたくさん食べられるもんじゃないぞ」


 クルテにフォークを持たせようとしていたマデルが『ふんだ、やっぱり……』と不貞腐れる。〝やっぱり〟のあとは聞き取れなかったが、それ以上クルテに無理強いするのをやめたからヨシとしたピエッチェだ。


 食事を早々に終わらせ、翌日に備えようと早めに寝ることにした。深夜――昨日に引き続き寝苦しさで目が覚める。


 静かなはずの部屋にカッチーの(いびき)が響いている。寝苦しさの原因は左腕にしがみ付くクルテ、暫くそのまま様子を(うかが)っていたが()()眠っているだけだ。


 魔物も体調不良ってあるんだろうか? と考えて、そうだ、コイツは精神体だと言っていたと思い出す。魔力で今は生身の身体を保っているが体力、もとい精神力を通常以上に消費するのかもしれない。だからぐったりと疲れる……


 それはピエッチェの憶測だ。本当のところはクルテに訊いてみないと判らない。そして訊いても誤魔化される。


 考えるだけ無駄だ。実害はなさそうだし好きにさせておくか……ピエッチェはそのまま眠ることにした。


 翌日――朝食の時、センシリケに会いたいと給仕係に伝えた。食事を終える頃、『受付でお待ちしているとのことです』と給仕係が言ってきた。


 宿の権利書以外の書類は部屋のテーブルに置き去りにして部屋を出た。元の持ち主への返却はセンシリケに依頼した。必ず届けるというセンシリケに宿の権利書を手渡しした。


「元の持ち主は他界している――宿をしっかり守ってくれればそれでいい」

マデルが元の主人(あるじ)夫婦の妹だとは告げなかった。恐縮するセンシリケ、宿賃は不要と言ったが、それはクルテが許さなかった。


 センシリケからは新たな情報は聞けなかった。宿を出たあとゴルゾンの家に行って、センシリケが権利を放棄したことを報告した。そのあとシャーレジアの道具屋にも寄って同じ話をした。


「センシリケは魔法使いじゃなかった?」

シャーレジアが考え込む。

「俺が見たのは別人なのか?」

考え込むシャーレジアにクルテが聞いた。


「話は違うんだけど、ぬいぐるみが自分の意思で動くって聞いたことある?」

「魔法でってことなら聞いたことがある。あるいは魔物が()りついているとかならな」


 ピエッチェとクルテ、そしてマデルが目混ぜする。それを見てシャーレジアが顔色を変えた。

「あんたら、まさかそんなのを相手しようとしてるんじゃないだろうな? 命のないものを動かす魔法も、憑りつく魔物も、どちらも半端なく強力だ。できれば避けた方がいい」

「判った、なるべく近寄らないよ」

クルテの指示でピエッチェが答える。


 そんなピエッチェを心配そうに見ていたシャーレジアが急に店の中をウロウロと何か探し始めた。

「あった……」

探し出したのは古びた銀のペンダントだ。


「これをやる。精霊のお守りだ。首に下げとけ」

布で汚れを拭きながらピエッチェの顔を見る。

「そんでもって、そっちの痩せっぽちから離れるな」

声を潜め、クルテを(あご)で指す。

「あいつは必ずあんたを守る。だからいつでも一緒にいろ」

「うん、判った」


「おまえ、アイツの正体、判っているよな?」

「え、正体?」

「言いたくないなら、言わんでもいい。他の二人に隠しているのは判っている――なにしろ、何があってもおまえはあいつを信じていろ」


 それからピエッチェの手にペンダントを握らせて、

「俺は男に首飾りを掛けてやる趣味はない。自分でやれ」

と背中を叩いた。


「それじゃあ、行くよ」

クルテが店の扉を開ける。


「おう、また来いよ。達者でいるんだぞ」

シャーレジアの声を背に、四人はデレドケの街はずれ、モフッサ街道に向かっていった。

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