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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
16章 継承される流れ

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10

 リュネの首に抱きついて、クルテは何やらブツブツ呟いている。それを見ていたラクティメシッスが『あのお(んま)さんはメスでしたよねぇ』と思い出し笑いする。カッチーまでもそれを聞いて吹き出した。


「なにが()しいんだ?」

キョトンとするピエッチェ、マデルは顔を(しか)めて

「気にすることはないわ」

とピエッチェに言い、

「そんなだからクルテにスケベって言われるのよ」

ラクティメシッスを皮肉った。


「俺もクルテさんにスケベって言われますかね?」

カッチーがニヤニヤしながらキャビンに乗り込み、キャビンの出入り口から見て一番奥に座った。隣にはマデル、出入り口側はクルテだが、クルテはまだリュネに抱きついていた。


 前側の座席の奥に座ったラクティメシッスは笑いがどうにも収まらない様子で、

「嬉しそうですね」

カッチーに笑顔を向ける。

「大人の男と認められた気分がするのかな?」

ラクティメシッスの隣はピエッチェ、こちらもまだ乗り込んでこない。リュネに抱き着くクルテを眺めている。


「あんたたち、ピエッチェが気付く前にやめなさいよ。殺されても知らないから」

それこそ睨み殺しそうなほど怖い顔で、マデルはラクティメシッスとカッチーを見ていたが、不意にフッと笑う。

「カッチーも男かぁ。ま、そうだよね。出会った時はまだまだ子どもって感じだったのに。ホント、いつの間にか逞しくなった――服や靴は大丈夫? またキツくなったんじゃない?」


「今のところ大丈夫です。こないだ買った時、少し大きめのものにしましたから」

「それならいいけど、遠慮しちゃダメよ。それにこれからは、のんびり買い物できなくなるかもしれないしね――そうだ、防具もチェックしといたほうがいいよ」

「あ……防具はシャーレジアさんの店で買って以来、使う機会がなかったから箱に入れたまま忘れてました。小さくなっているかもしれません。次に落ち着いたら確認しておきます」


 ようやくリュネを離したクルテがピエッチェに(すが)りつく。ふらふらしているのは眠気のせいだけではなさそうだ。やっぱり能力を使ってリュネと会話していたんだなとピエッチェが思う。


「大丈夫か?」

「うん、あとは馬車に乗るだけでいいよね?」

「花籠は? キャビンの中だったら持ってくる。あっという間に花が枯れるのを見られたくないだろ?」


 キャビン内部からは死角になるように()()()の後ろでクルテを待たせ、

「花籠、貨物台に持ってくよ。少しでも広くしよう」

言い訳をして花籠を持ち出した。ニマッと笑んでクルテが受け取ると、花籠の花は見る見る(しお)れていく。替わりの花はすぐに買えるだろうか? 


「最初の休憩はどこにするか、リュネと相談したのか?」

キャビンに聞こえないよう小声で問えば、花籠に顔を(うず)めていたクルテが上目遣いにピエッチェを見た。

「リュネはザジリレンの地名なんか知らないよ」


「じゃあ、どうやって、どこに行くかを伝えてるんだ?」

「地図を見せれば理解する。ここだよって伝えれば判ってくれる」

「見せるってどうやって地図を見せるんだ? おまえ、地図なんか持ってた?」

伝えるって言いかたも気になったが訊かなかった。リュネは人の言葉をある程度は理解する。言葉で伝えてるんだと思った。


「本物の地図なんか、リュネに見せたって意味ないよ。リュネには紙にしか見えないし、書いてあるのはただの図形――リュネの頭に大地の模様を浮かべてあげるんだ」

地図に書いているものと地面を関連付けて考えられないって意味だろうか? どちらにしろ、リュネ相手だと言葉ではなく、イメージを送ったほうが効率がよさそうだ。でも……


「大地の模様?」

「山と谷が連なり、森があって川が流れ、平地が広がって道が延びて……それが大地の模様」

「地図とどう違うんだろう?」


「自然は地上に壮大な絵を描いてる。季節ごとに山も谷も川も平地も色が違う。模様じゃなくって絵画って言ったほうが判り易かった?」

「ん……いや、模様のほうが当たってるかもな。そう言われて、想像したら手の込んだ模様のレース編みや絨毯とかタペストリーを思いだした」


「あぁ、そんな感じ。判ってくれて嬉しい」

クルテはピエッチェの発想が気に入ったようだ。嬉しそうに微笑むと花籠を貨物台において胸元に潜り込むように抱きついてきた。花はすっかり枯れている。


「リュネの脳内に描いた大地の模様の中で、わたしが示したのはワッテンハイゼだけ。ワッテンハイゼの位置を光らせて、そこに行って欲しいと頼んだんだ。だけどリュネは賢い。必要が判断できる――そろそろ休憩が必要と思えばマデルが喜びそうなサロンがある街を見つけて、その近くにきっと降りる」

それからピエッチェを見上げた。

「花屋もきっとある」


「あぁ、花籠を用意して貰おう」

キュッとクルテを抱き締めてピエッチェが微笑んだ。

「さて、あんまり待たせちゃよくないし、急がないとな。キャビンに入ろう」


 うん、と頷いてクルテはピエッチェから離れてキャビンの入り口に向かった。何も考えず、ずっと抱き締め合っていたい……実現するには目の前に立ち塞がるものを排除するしかない。


 外部からは見えない聞こえない結界を張ったのはチュジャバリテの屋敷からスマホレンジの厩舎に通じる隠し通路に入る前だ。隠し通路に入る時も出るときも、隠し扉の操作はピエッチェがキャビンから降りて済ませた。


 幸いスマホレンジの厩舎には馬も人もいなかった。厩舎前の道路にも人通りはなかった。警備隊からの兵糧の依頼があったのだから、慌ただしく馬や荷馬車の用意をしているのではないかと危ぶんだが、チュジャバリテが気を利かせて遠ざけておいてくれたのかもしれない。厩舎から出ると浮遊感、リュネが明けきれない空を行く――きっと、地上からリュネを見ることができたなら美しいことだろう。そう思いながらウトウトし始めたクルテを眺めていた。


 クルテとマデルは互いに寄り掛かりながら眠り込んでいる。カッチーはキャビンの壁に(もた)れて目を閉じているがきっと眠っていない。それはピエッチェの隣に座るラクティメシッスも同じだ。腕を組んだまま瞑目している。もちろんピエッチェもだ。


 姿を隠して空を行く馬車、なんの危険もないと判っていても、眠る気にはなれなかった。どんなに安全だと思えても、どこかに抜けがあるかもしれない。なかったとしても、それはそれでいいことだ。


「カッチー、そんなに気を張り詰めていたら疲れてしまいますよ」

目を閉じたままラクティメシッスが呟くように言った。カッチーはチラッとラクティメシッスを見たが何も言わずにまた目を閉じた。


 ラスティン、あんたも休んだらどうだ? そんな言葉が出かかったが、やはり言わなかった。そんなことを言うあなたはどうなのです? そう返されるのがが判り切ってる。そうだな、俺たちにはそこで眠り込んだ二人よりは体力も気力もある。きっとあるはずだ。だから、二人を見守るのは俺たちの役目だ――


 静かに時が流れていく。時おりカッチーはカクッとなるがその(たび)自分を奮い立たせていた。ラクティメシッスはもう何も言わない。ほんの少し笑顔になるが、相変わらず腕を組んで瞑目している。


 そんなラクティメシッスが不意に顔を上げピエッチェを見たのは、下降を感じたピエッチェが窓の外を見た時だった。ラクティメシッスもリュネが地を目指し始めたと気づいたらしい。


「どのあたりですか?」

ピエッチェとは反対側の窓から下を見てラクティメシッスが問う。その対面では、やはりカッチーが下を見ていた。


「森の中に突っ込んでいく道が見えるだろう? あれはトロンバ街道なんだ。あそこから先は難所中の難所、キャッテクって街まで森の中で集落がない。抜けるのに徒歩だと三日か四日、しかも魔物がうじゃうじゃいる。まぁ、キャッテクからトロンバは割といい道が続いてるんだけどね。森の手前の村がジョーンキで、リュネはあそこに行くつもりなんだと思う」


「今、出てきた地名、以前にも訊いたように思えるのは気のせいかな?」

首を(ひね)るラクティメシッス、そりゃあ覚えちゃいないだろうなと思うピエッチェ、ところがカッチーは

「トロンバで夕食を摂りながら、どの道を使うか話した時に出てきた地名ですよね」

と笑んだ。


「よく覚えていましたね」

感心するラクティメシッスに、カッチーがぺらっと言った。

「俺は丸パン付きのチキンとエビと花芽のグラタン、ラスティンさんとマデルさんはチーズの平打ちパスタ、クルテさんはミートソースのパスタを頼んだんだけど、それがペンネで、初めて見たって話したのを覚えていますよ」

これにはピエッチェも感心せざるを得ない。


「俺は何を食べてた?」

「そんなのクルテさんと同じに決まってるじゃないですか」

「それにしてもよく覚えてたな。地名もそうだけど、各自が食べた料理まではふつう覚えちゃいないんじゃないか?」

ピエッチェの驚嘆に、カッチーが(はに)んで答えた。

「俺、むしろ料理を覚えてたんです。食事中の話だったから地名も覚えていられたんです」


 なんと言えばいいのか判らなくなったピエッチェが茫然とカッチーを見詰める。ラクティメシッスも言葉を無くしてしまった。と、こつんと車輪が地面についた感触に、カッチーが窓の外を見、ピエッチェとラクティメシッスも外を見た。


「森の中?」

「まぁ、人目に付かないところに出たんだろうね」

「でも、道ではありませんよ? ここから村まで歩いて行けって?」

「ん……」

困惑するピエッチェ、話しに気を取られて、リュネがどのあたりに降りたか判らない。でもいいか、クルテを起こせば済むことだ。あ、それはまずいか。なんでクルテに判るか、説明するのが厄介だ。


「ここ、どこ?」

目を覚ましたクルテがマデルの頭を撫でながらぼんやり訊いた。

「森……道があるようには見えない」

窓の外を眺めている。


「ジョーンキの近くだよ」

まぁ、あの感じだと間違いなくジョーンキは近いはずだ。


「そっか……さてはジョーンキの森のどのあたりかは把握してないね?」

クスッと笑うクルテ、ラクティメシッスとカッチーがギョッとして、二人揃ってピエッチェを見る。

「まさか? ここからどっちに行けば村に出られるか判らないんですか?」

蒼褪めるラクティメシッス、ピエッチェが申し訳なさそうな顔で答えた。

「うん、ちゃんと降りるところを見ておけばよかった――でも、リュネには判っているはずだ。リュネについて行けばいいよ」


「お(んま)さんをそこまで信用して大丈夫ですか?」

嘆くラクティメシッス、カッチーがしたり顔で言った。

「リュネに別の場所に移動して貰いましょう――森の中を(さま)うよりも、そのほうがずっとマシです」

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