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もう要らないってことだろう。黙って皿を引き受けた。
カッチーの相談内容はきっと想像通り、サラスンのことだ。どんな相談を受け、どう助言したのか? 気になるが訊く必要はなかった。クリンナーテンがカッチーを
「へぇ、それでクルテを好きになっちゃった?」
と冷やかしたからだ。
「違います。その頃、好きだった人のことを相談したんです」
「ふぅん……なにを相談したの?」
根掘り葉掘り聞きたがるクリンナーテンに、カッチーは答えないわけにはいかないだろう。答えなければ『それがきっかけでクルテを好きになったのね』と言われるのが目に見えている。しかし……好きだった? カッチー、過去形でいいのか?
「コゲゼリテに……故郷にいる幼馴染のお母さんが病気で」
「……そうなんだ?」
さすがにクリンナーテンも少し引いた。この酔っぱらい、いつものお淑やかさを少しは取り戻せ。
「休暇で温泉に行こうってことになって、コゲゼリテってローシェッタでは有名な温泉なんです。その時、偶然出くわしたんです。で、その事を相談されました」
「ん? クルテがカッチーに相談したの?」
「そうじゃなくって、彼女に俺が相談されたんです。父親も兄弟もいない、母さんに何かあったら一人きりになってしまうって泣かれて……俺、可哀想で、力になるって約束しました」
やっぱりクリンナーテン、まだまだ酔っぱらってる。話しの流れでカッチーがサラスンから相談されたんだって判るだろ? なんでクルテがカッチーにサラスンのことを相談するんだよ? それとも、サラスンに偶然出会ったことをクルテがカッチーに相談したとでも思ったのか? だけどそれって可怪しいぞ。
「お母さんの病気、そんなに深刻なんだ?」
まともな質問はマデルだ。連絡なしに休んだサラスン、母親の具合がよくないんじゃないかとババロフが心配していたのを、きっとマデルも思い出したのだろう。
「えぇ、今すぐどうのってこともないらしいんです。だけど、良くなるには都会に行って、いい医者に診せて高い薬を飲ませなきゃならないって地元の医者に言われたようです。でもそんなお金がないって」
「父親が居なくって、お母さんが病気、それで兄弟もいない?」
クリンナーテンが今度こそ酔いの醒めた顔でカッチーを見た。
「ってことは、その彼女の稼ぎだけ? 仕事は何? 暮らしていけるの?」
「食べるだけなら何とかなるって言ってました。でも、医者代は……コゲゼリテで一番の宿で働いてます。そこの主人がとても親切で、よくしてくれるんでなんとかなってるらしいです。医者代も少しくらいなら貸してくれるって。でも、都会に行ったりとかって費用まではその人も貸せないって」
「何よ、けち臭いわね。どうせ貸すならポンと出せばいいのに」
「そうもいかないのよ」
マデルが溜息を吐く。
「カッチーの出身地はコゲゼリテって温泉の街なんだけどね――」
温泉が枯渇し、騎士病のせいで廃村寸前まで追い込まれていたことをマデルが説明した。
「でも、そんなコゲゼリテにピエッチェさんが来てくれて、騎士病の元凶になっていた魔物を退治してくれたんです。そしたら温泉も復活して」
カッチーが誇らしげにピエッチェを見る。
「俺を弟子にしてくれるって言ってくれて。俺、雑用だけど、一緒に旅をすることになって、だからピエッチェさんとクルテさんは俺の恩人だし、故郷の恩人なんです」
と、クリンナーテンが、クルッとピエッチェを見るとプリプリ言った。
「あんたさぁ! 他国で魔物退治してる場合じゃないでしょう!」
ごめん……それを言われたら返す言葉もない。
反論したのはラクティメシッス、
「おや。誰一人として、窮地を救えなかったくせに責めるんですね」
片頬で笑っている。明白な嘲笑だ。
「それは……」
蒼褪めるクリンナーテン、
「どこに居るか判らないのに、どうやって助けろって言うのよ? だいたいなによ、偉そうに!」
まだ酔いが醒めていないのか、ラクティメシッス相手に罵声を浴びせた。
「あのね」
クルテがピエッチェを見上げた。
「一日遅れだけど、今日はカッチーのお祝い」
はっとしたのはピエッチェではなく、ラクティメシッスとクリンナーテンだ。祝いの席で啀み合うなと言われたと感じたのだろう。でも、クルテが本当に言いたかったのは、
「だけどもう眠い。座ってられない――寝室に行っちゃダメ?」
ってことだった。慌ててカッチーが立ち上がる。
「今日は俺なんかのためにありが――」
パーティーの閉めの挨拶をしたかったのだろうが、マデルが遮った。
「カッチー! あんたは逃がさない、朝まで飲むわよ!」
さらにクリンナーテンが
「そうそう、まだ大して飲んでない。成人なんでしょ? 付き合いも覚えないとね」
カッチーの腕を取り、強制的に座らせる。
「でも、クルテさんが……」
「あぁ? わたしたちの言うことは聞けないけど、クルテが大事?」
「いいの、いいの。クルテはピエッチェに任せておけば」
「それにね、自分のことを『俺なんか』なんて言っちゃダメ」
「えぇ? だって……ピエッチェさん! 助けてください!」
カッチーに気付かないふりで立ち上がるピエッチェ、クルテを立ちあがらせるがフラフラしている。
「ほら、しっかりしろ。ベッドまで頑張れ」
「うん、オヤスミ」
クルテを支えつつラクティメシッスを見ると、微笑みを浮かべて頷いてくれた。カッチーのことは任せろ、そう言われた気がした――
朝、先に起きていたラクティメシッスがピエッチェを見て立ち上がる。いつもと同じ時刻だ。
「今、お茶を淹れますね。お嬢さんはまだ寝てるのかな?」
「いや、自分でやるよ……昨夜はあれからどうなった?」
「いいえ、たまにはわたしが淹れましょう――まぁ、カッチーが酔っ払い二人に絡まれて、赤くなったり青くなったりしてましたよ」
ラクティメシッスがクスクス笑う。
「しかし、カッチー、彼は酒豪ですね」
「そんなに飲んだんだ?」
「同じペースで飲んで二人はベロベロなのに、カッチーはさして乱れていませんでした。クリンナーテンを支えて部屋に運べるほどです」
ラクティメシッスが差し出すカップを受け取りながら、
「そう言えば、テーブルが片付いてるね――カッチーが?」
ピエッチェが昨夜の食器が残っていないことに気付く。
「いいえ、それはわたしです。なんだか早く目が覚めたんで片付けておきました」
「ラスティンに全部押し付けてしまったな。済まない」
「押し付けられたなんて思っちゃいませんよ」
ラクティメシッスはいつもと変わりなく、穏やかでにこやかだ。でも……早く目が覚めたと聞いた時、ひょっとしたら眠っていないんじゃないか感じたピエッチェだ。いくらラクティメシッスが大らかだと言っても、父親が意識不明と知らされたのに安眠なんかできないだろう。
早く問題を解決したい。だが焦りは失敗を招く。まずはじっくりと状況を見極めることが肝心だ。チュジャバリテの計画はどんなものなのだろう?
そんなことを考えているくせに、別のことを口にする。
「しかしカッチーがそんなにいける口だとはね。意外だったよ」
「楽しみが増えましたか?」
「うん。カッチーについてはいろんな意味で楽しみだ」
「いろんな意味?」
「出会った時はまだまだ子どもって感じだったんだ。でも、気付けば何も言ってないのに自分のやるべきことを判断するようになってて……ラスティンがいない間、マデルを守るのはカッチーの役目だった。俺が指示したわけでもないのにね。で、今はクリンナーテンをきっちり庇ってる」
「気付いてましたか。まぁ、気付きますよね」
ラクティメシッスがうっすらと笑む。
「お嬢さんに言ったことがあるんですが、ピエッチェの周囲には才能が集まってきますよね」
「才能?」
「カッチーもそうだけど、あのお馬さんもそうだし、マデルも彼女のほうから近付いたんだと聞いてます。それにお嬢さん……」
「才能って表現が何を指すのかがよく判らないが?」
「んー、説明するのは難しいですねぇ……わたし自身、よく判ってない。何か特別なものを感じます。マデルはローシェッタの王室魔法使いで、普通だったら街中で知り合うことなんかない。それなのに巡り合ってる。そのあたりの不思議さですかね」
「そうだった、マデルはローシェッタの上流貴族のお嬢さんだった。なんだかつい忘れそうになるよ」
「酔っぱらってるのを見ると余計でしょう?」
ラクティメシッスが苦笑する。
「それにしても、誰も起きてきませんね。そうそう、お嬢さんはまだ寝てる?」
「あぁ、食事の用意ができたら起こせって言われたけど……マデルとクリンナーテンは二日酔い? 当てにしないほうがよさそうだね。俺たちで用意するか?」
「わたしたちで? いやってことはないけれど、料理なんかしたことありません。昨日の話じゃないけど、指示されたことをやるくらいしかできないんだけど?」
「それ、俺もだ……食事くらい作れるようになっとかなきゃまずいかな?」
「悩ましいところですね」
「カッチーは結構うまく作るんだけどな」
「料理ができるんですか?」
「うん、食べるのが好きだから、自分でも作るようになった、みたいなことを言ってた」
「かと言って、カッチーを起こすのは気が引けるなぁ」
「マデルは料理が得意だよな。クルテにはさせないほうがいい」
「させないとまで言いますか?」
「茹で卵を丸ごとパンで挟んだサンドイッチを貰ったことがある」
「丸ごと?」
「うん、で、平たくしようとしたんだろうね、押し潰してあった。しかも味付けはなし、そのうえジャリジャリしてた」
思い出し笑いするピエッチェ、ラクティメシッスが『ジャリジャリ?』と首を捻るがすぐに殻が混入していたのだと気づいてクスクス笑い出した。
「お嬢さんらしいなぁ――でもピエッチェ、なんだか嬉しそうですよ?」
「あぁ、アイツが俺のために初めて一人で作った料理だからね。自分で考えてアイツなりに工夫したんだと思う」
「おやおや、朝から惚気ですか?」
「そんなつもりはないけど……そうなっちまうか?」
ニヤニヤするラクティメシッスにピエッチェが苦笑する。
「しかし、そうノンビリしてるわけにもいかないな……チュジャバリテは何刻ころに来るんだろう?」
「時刻までは言っていませんでしたね。重要な話は明日、つまり今日のほうがいいだろうってだけで」
「どんな話が飛び出すのかな?」
「あっと驚くようなことを考えそうで楽しみです」
楽しみか……ピエッチェがうっすらと微笑む。
現状は、はっきり言って追い詰められている。自国にいるのに、この国の王だと言うのに、自分では何もできない。王位とはなんだ? 王権とは何物だ? まるきり役に立たないじゃないか。こんなものに意味があるのか?




