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合間に生野菜、特にトマトとキュウリを重点的に食べている。クルテにしてはよく食べた。それでも残ったケーキを見詰めている。カッチーが気付いて、
「クルテさん、もう一切いかがですか?」
と訊いたが、
「ううん。あとはカッチーの分」
と残念そうに答えた。
大きなケーキはよく見ると、飾られた果物と果物の間にナイフが入れ易くしてあった。それが長辺六、短辺三でそのままだと十八なのを中央の二つは一纏めに飾り付けてあり、祝いのプレートが乗せられていた。マデルが作成者の意図を汲んで十七に切り分けたのを見て『器用なもんだな』と思ったピエッチェだ。
もちろん中央の大きな一切れはカッチーに、残り十六切の内、クルテは三切も食べたのだから遠慮もするだろう。ラクティメシッスとマデル、クリンナーテンが二切ずつ、ピエッチェは一切れ、大皿にはあと六切残っている。
「一人じゃこんなに食べられません」
と、大皿を見てカッチーが言った。
「ちょうど六切です。みんなで一切ずつ食べましょう」
クルテがムスッと頬を膨らませる。
「みんな、お腹がいっぱい。もう食べられない」
それはおまえだけなんじゃ? ところがそうでもなかった。
マデルとクリンナーテンが顔を見合わせ、
「ケーキはちょっとねぇ……」
困惑している。うん? ケーキはってことは他ならいいのか?
ラクティメシッスが
「マデルとクリンナーテンは『今日は』ここまでにして甘いものを控えたいようですよ」
とカッチーに微笑んだ。ふふん、ワインとケーキ、天秤にかけたな。
「そんなこと言わないで手伝ってくださいよぉ」
カッチーが諦めの悪いことを言う。普段のカッチーなら、これくらいペロリのはずなのに?
「判った。今日はカッチーの希望通りで行こう」
ピエッチェが立ち上がり、追加の取り皿をキャビネットに取りに行った。嬉しそうなカッチー、ラクティメシッスが
「もう少しばかりふくよかになったって、二人の魅力が損なわれることはないですよ」
マデルとクリンナーテンに微笑む。そしてクルテには
「お嬢さんは……胃薬を上げましょうか?」
と言った。そうか、あの二人は体重超過を気にしていたか。
ムスッと『薬は嫌い』と呟くクルテ、マデルとクリンナーテンは目交ぜして『明日は大々的な部屋掃除ね』と身体を動かす方向に切り替えたようだ。
ピエッチェが用意した皿をマデルが受け取り、ケーキを取り分けてそれぞれの前に置いていく。配り終われば、和気あいあいとしたパーティーが再開された。どうせマデルもクリンナーテンも満腹と言うわけではない。美味そうにケーキを食べ、ワインを飲み、冗談を言って笑っている。
ところがクルテ、こちらは本当に満腹だったようだ。ケーキを睨みつけている。これはいつもの〝検品〟とは違う。カッチーの手前『食べたくない』と言って水をさせないし、だからと言って食べきる自信もない。困るとこんな顔をするんだなぁと、こっそり笑うピエッチェだ。
さすがに可哀想なので『果物も食べられないのか?』と訊いてみる。パッと表情を明るくしたクルテ、ピエッチェを見上げた。
「果物だけなら食べられる――残してもいいの? 食べてくれる?」
「あぁ、いいぞ。俺は一切れしか食ってないしな」
失笑するのはラクティメシッス、
「相変わらずピエッチェはお嬢さんに甘いなぁ」
と楽しそうに笑う。最近ピエッチェとクルテの仲を邪魔しようとする素振りはすっかり消えた。クルテがケーキのモモを掬いながら
「甘いのはケーキだよ、ラスティン」
と言えば、なおさら楽しそうにニコッとした。少し酔っているのかもしれない。
クリンナーテンはかなり面白くなさそうだ。王に食べ残しを食べさせるなんて、と思っているのだろう。それでも自分の立場でとやかく言うことではないと言わずにいる。
「俺、ピエッチェさんとクルテさんにはずっと仲良しでいて欲しいんです」
しみじみ言ったのはカッチー、マデルが飲め飲めと勧めるまま飲んでいたから、結構酔っぱらっている。だが、それでも乱れることはなさそうだ。
「ピエッチェさんについて行くって決めてます。だけどクルテさんの傍を離れるのもイヤなんです。二人とも俺にとっては大切な恩人ですから。どちらか選べなんて無理です」
「そっか、恩人なのね」
クリンナーテンがホッとする。
「クルテの傍を離れるのがイヤって聞いた時は、まさかカッチーもクルテを? って疑ったわよ」
クスクス笑う。面白くなさそうな顔はすっかり消えて楽しそうだ。コロッと気分が変わるのは酔っているせいか?
「そんな! そりゃあ、クルテさんは綺麗だし優しいし、ちょっと変わってるのも見ようによっては魅力的だけど、ピエッチェさんしか目に入らないし、俺なんかには勿体なさ過ぎます」
それって俺が居なけりゃクルテに思いを寄せてるって誤解されるぞ。下手すりゃ、俺がいるから抑えてると思われかねない。やっぱりこいつ、酔ってるなとピエッチェがクスリとする。
「なんだ、クルテはカッチーの趣味じゃないんだ?」
マデルはかなり酔っている。カッチーの言葉の意味を曲解してそうだ。ラクティメシッスが『そうじゃないでしょう?』と笑いを噛み殺した。
「じゃあさ、どんなタイプの娘がいいの?」
身を乗り出すように訊いたのはクリンナーテン、興味津々だ。
「故郷に恋人がいますとか言い出したりして?」
「えっ!?」
もともと少し赤かったカッチーが真っ赤になった。
「そんな人、居ません!」
これも大慌てで否定する。そんなカッチーを揶揄ったのはラクティメシッスだ。
「おや、真っ赤になった。怪しいなぁ。本当は居るんでしょう? それとも片思いとか?」
ニヤニヤとカッチーを追及する。
「うわぁ、どんな娘? 聞かせて!」
クリンナーテンの中では、カッチーには恋人か片思いの相手がいるのが既成事実になってしまった。狙った獲物は逃がさない、そんな気迫さえ感じられる。
「そんな人……いませんってば」
しどろもどろになったカッチーがチラリとクルテを見た。クルテは無関心、ケーキに乗った果物をゆっくり食べているだけだ。しかし、なんでここでクルテを見る?
もちろん、ラクティメシッス、マデルにクリンナーテンも、それを見逃すはずがない。
「なによぉ! 気のないようなこと言っちゃって、あんた、やっぱりクルテが好きなのね」
クリンナーテンは決めつけてかかる。
「この際、一つや二つ年上だっていいじゃない。頑張って、ピエッチェから取っちゃいなさいよ――わたし、断然カッチーを応援するわ」
なるほどクリンナーテンは、やっぱり俺の相手がクルテじゃ不満らしい。
酔いが醒めたような顔をしているのはマデルだ。
「ちょっと、なに言い出すのよ」
と、これはクリンナーテンに向けたものか、カッチーに向けたものか。もっともカッチーはクリンナーテンの誤解を解こうとあたふたしているのだから、クリンナーテンに決まってる。
「言ったでしょ、クルテはピエッチェが世界の全てって言うほど思っているの。カッチーがどんなに頑張っても無駄よ」
「あら、マデル。人の心は移ろいやすいものよ。だいたい、クルテだってカッチーのほうが気が楽なんじゃないかしら?」
「ピエッチェはクルテに相応しくないっていうつもり?」
「むしろその反対でしょ――あっ!」
失言に気付いたクリンナーテンが後ろめたそうに見るが、やっぱりクルテは果物に夢中だ。
クリンナーテンが声を抑える。
「だってマデル、あなただって本音ではそう思っているんじゃないの?」
マデルは溜息を吐いたが
「思ってないわよ」
と言い切った。
「わたしがピエッチェの身分を知ったのは最近なのよ。お陰で偏見を持たずにピエッチェとクルテを見て来れた。それに知り合った時、二人は恋人同士なんかじゃなくてね。恋の始めから今までをずっと見てきたの。このまま二人に結ばれて欲しいと思ってる」
いきり立ったのはカッチーだ。
「そうなんです! 俺もマデルさんと同じなんです――クルテさんのピエッチェさんを思ういじらしさも、ピエッチェさんがそれに答えて受け入れたのも、全部見てきました。今さらクルテさんを手放すなんてピエッチェさんにできるはずないし、して欲しくない。クルテさんはピエッチェさんが居なきゃ生きていけないです」
「何を大袈裟な……」
クリンナーテンが呆れかえる。
「失恋したってたいていの人は生き続ける。それに暫くしたらまた恋をする――だいたいカッチー、あなたそう簡単に諦められるの?」
「だから違うんだってば!」
「じゃあ、なんでクルテを見たのよ?」
「それは……」
追及されたカッチーがぐっと言葉を飲み込んだ。
ラクティメシッスがチラリと自分を見たのを感じたピエッチェ、そんなにカッチーを虐めるなと言おうとしたのをやめている。
カッチーがクルテを見た時、ピエッチェもクリンナーテンと同じ疑問を感じなかったわけじゃない。でも、冷静に考えるとそんなことはないと思えた。けれど今、カッチーを庇えば周囲はどう感じるか? クルテは俺のものだと余裕を見せての発言だと受け止められそうだし、ラクティメシッスはどう受け止めるだろう?
この場を納めるのは容易なことだ。でもそれはカッチーのためになるのか? 俺が出ていけばラクティメシッスは、カッチーには小さな誤解を解くことさえできないと俺が考えていると見るだろう。ただでさえ、過保護だとクルテのことでは言われ続けている。それでは家臣を育てられないと、ラクティメシッスに思われる。
「俺、クルテさんに女の子のことで相談したことがあるんです」
観念したようにカッチーが打ち明け始めた。
「だから、故郷に好きな人なんかいないって言ったら『嘘だ』ってクルテさんに言われそうな気がして……それでクルテさんを見ちゃったんです」
故郷にいる好きな人……サラスンのことか? コゲゼリテ大浴場の女神の娘像が夜な夜な歩き回ると聞いて解決に乗り出したことがあるが、コゲゼリテ滞在中にカッチーが一晩行方不明になった。その時一緒に居たのがサラスンだ。
カッチーはサラスンに仕送りしたがっているんじゃないかとババロフが心配していた。カッチーが言い出すのを待っていたが何も言われていない。すっかり忘れていたが、もしカッチーが思いを寄せているとしたらサラスンだろう。子どもの頃には大きくなったら結婚しようと言いあっていたほど仲の良かった相手だ。カッチーが、サラスンの病気の母親を医者に診せるために自分の給金を使おうと考えるほどだ。他の誰かとは思えない。
カッチーがクルテに相談したって言っているのは仕送りのことだろうか? だけど俺は、何も聞いていないぞ?
クルテを見ると、果物を食べ尽くしたケーキの皿を押し出して見上げてきた。




