14
ピエッチェが立ち上がり、クルテの対面から隣に移る。空いたところにセンシリケが座り、
「ゲームはポーカーでよろしいですか?」
と訊いてきた。ピエッチェがクルテの指示通りに答える。
「ふむ……まずはこちらが勝った時のために誓約書を書いて欲しい。口約束は信用できない」
「判りました。では、わたしの権利を証明する書類をお持ちしましょう。権利をわたしに譲ると以前の持ち主が署名したものです。そちらが勝った場合、それを持ってお帰りください。それでわたしの権利はなかったことになります。それでよろしいですね?――まぁ、用意したところで、お持ち帰りになれるとは思いませんが」
立ち上がるとカードをポケットにしまい、『暫くお待ちください』と部屋を出ていった。
扉が閉まるとクルテが
「ふぁあぁ……」
と欠伸した。うっすらと涙を滲ませている。
「よくこんな時に欠伸なんかしていられるな」
「だって思ったより退屈なんだもん。あの魔法使い、大したことない。わたしの正体を疑いもしない――まぁ、そう緊張するな。おまえは負けない」
「なんでそんなことが言える?」
「わたしがイカサマを見抜くから」
「やっぱりイカサマ?」
「魔法を使えばイカサマだよね? アイツは魔法で勝ち続けてるんだ。でも、どうやってそれを暴くかな――戻ってきたぞ」
扉が開くとセンシリケが入り、二人の従者が続いた。従者は書類の山を抱えている。
「お確かめになりますか?」
「もちろんです」
クルテがニッコリ笑う。従者は書類をテーブルに置くと部屋を出て行った。
書類に目を通し始めたクルテ、
「あなたも手伝って」
ピエッチェに甘える。
(どうせ見たって判らない。読むふりをするだけでいい)
クルテの指示に
(随分な量があるぞ?)
ピエッチェが怖じ気づく。それでも書類を手に取り読み始めた。
(なぁに、ちゃんと読む必要はない。さらっと読み飛ばせばいい――この書類には偽造も魔法の形跡もない。本物なのは確かだ)
(だったら、何もしなくていいのでは? このまま受け取っちまえ)
(センシリケを納得させるためだ。いいからつべこべ言わずに言われた事をしろ)
「ところで……」
書類の確認を続ける二人にセンシリケが言った。
「お二人はわたしから権利を取り返す目的でこのカジノにいらっしゃった――違うとは言わせませんよ?」
答えたのはピエッチェだ。
「あぁ、デレドケの街はあまりに酷いありさまだ。街人に手を貸してやれってコイツに言われたからな。だからここに来たのさ」
「酷いありさま? 誰も食べるのに困っていない、どこが酷いのでしょう?」
「確かに命を長らえている。でも生きている充実感は暮らしに困らないってだけじゃ手に入れられないものだ」
「庶民の一番の願いは楽な暮らしなのでは?――まぁ、見解の違いはよくあることです。それより、どうやって入り込んだのですか?」
「招待されてきたんだが?」
「誰に?」
「センシリケ、おまえが俺たちをここに迷い込ませたんじゃないのか?」
「わたしが? 迷い込ませた? 何を仰っているのやら……まぁ、いいでしょう。誰に頼まれ、誰が手引きしたかなど些細なこと。お陰でそのお嬢さまが手に入る。わたしが得をするだけです」
すべての書類に目を通すのに小一時間ほどかかった。最後の書類をテーブルに置いてクルテがニッコリ笑う。
「この書類、持って帰るのが楽しみですわ」
センシリケもニッコリ笑い、書類の山をテーブルの端に寄せる。
「では、そろそろ始めてもよろしいですかな?」
とポケットからカードを出した。
「カードを検めさせていただいても?」
クルテが言うと、
「お気の済むまでお調べください」
と、センシリケがカードをテーブルに置いた。クルテが手を伸ばしカードに施されていた帯封を切るとセンシリケがピエッチェに、
「そうそう、ゲームはポーカーでよかったのでしたね?」
と確認してきた。
「勝負は一度きり、わたしが勝った時はお嬢さまをおいてお帰りください」
「こちらが勝った時は、この書類、すべて持って帰るぞ? それと、念のために言っておくが、魔法はイカサマだと見做すからな」
「承知しておりますし、魔法? はて、なんのことか……」
一枚一枚調べていたクルテがカードをまとめ直し、
「新品のカードですね。もちろん傷一つない……それにしても美しい。どなたのデザインですか?」
「ギュームという画家です。もう亡くなりましたが知り合いでしてね。特別に頼んで下絵を描いて貰ったのです」
センシリケがカードを取ってテーブルに広げ、細工がないかを確認する。印を付けたりしていないのを確認するとひっくり返した。カードの並びは順番通り、もちろん一枚の抜けもない。クルテとピエッチェにも見えるようにしていた。
「カードの確認はこれでよろしいでしょう? では、シャッフルいたします」
両手を使ってテーブルに広げたカードを表向きのままグルグルとかき混ぜる。それから一纏めにし、手に持って念入りにシャッフルした。
それをテーブルの上に置き
「どうぞ」
とピエッチェに言う。ピエッチェは何も言わずカードを手にし、シャッフルしたあとセンシリケの前にカードを置いた。
センシリケがカードを配る。ピエッチェが自分の手札を見て、つい、
「ん?」
と顔色を変えた。覗き込んだクルテが嬉しそうな顔でピエッチェを見る。すでに手札はストレートフラッシュ、同じ図柄の連続した数字の五枚だ。
「カードの交換をなさってください」
センシリケが自分の手札を見ながらピエッチェにゲームの進行を促す。ピエッチェが答えた。
「いや、交換しない」
センシリケがチラリとピエッチェを見る。
「すでに役ができている? お客様はかなりの強運の持ち主ですね。でも、わたしも負けてはいませんよ。二枚交換したします」
手札から二枚を場に置き、山札から二枚とる。そしてニヤリと笑った。嫌な予感にピエッチェがぞっとする。
「では、お客様、カードをお見せください」
ピエッチェが、手札を表向きにテーブルに並べる。
「これは素晴らしい、ストレートフラッシュですか」
センシリケが笑う。
「わたしは……」
センシリケの手札がテーブルに並べられる。
「ダイヤのロイヤルフラッシュ。わたしの勝ちですね」
「そんな……」
ピエッチェが脱力し、狼狽えたクルテが立ち上がる。
「イ……イカサマだわ」
「お嬢さま、わたしがどんなイカサマを使ったと?」
恨みがましい目でセンシリケを見るクルテ、
「あなたのカードを見せていただいても?」
と、答えを待たずにテーブルに置かれたセンシリケの手札を取ってまじまじと見る。
「そんな……」
眩暈の発作を起こしたか、ふら付いたクルテがテーブルに手をつき、勢いで山札が崩れて何枚かが裏返る。
「えっ?」
「なにっ?」
「はぁ?」
裏返ったカードを見てクルテが目を疑い、センシリケが驚き、ピエッチェが怒りを見せた。
「これはどういうことだ? 説明して貰おうか?」
裏返ったカードはすべてダイヤの絵札だった。
詰め寄るピエッチェ、狼狽えるセンシリケ、クルテは呆気に取られてセンシリケを見詰めている。もちろんクルテが驚いているのは芝居だ。
「そんな、そんな馬鹿な……こんなはずでは……」
「では、どんなはずだったんだ?」
ピエッチェの質問にセンシリケが口籠る。
ふと思いついたのかクルテが、
「ねぇ、センシリケさん。ほかのカードも表にしてくださらない?」
と言った。するとセンシリケが慌てる。
「いや、それはできない」
「だったら俺が――」
手を伸ばすピエッチェ、それをクルテが止める。
「いいえ、センシリケさんに――どうしてできないのかしら?」
センシリケが怖いものを見るようにクルテを見た。
「カードは……」
「カードは?」
「ううっ……」
諦めたのかセンシリケがぐったりと項垂れる。
「カードは、わたしが触れれば必ずわたしが勝てるようになっているんです」
「あなたが触れれば?」
「はい……」
センシリケが場に捨てたカードを表に帰す。二枚ともダイヤの絵札だ。
「最初からダイヤのロイヤルフラッシュだった?」
「えぇ、だから交換の必要はなかった。ですが怪しまれないため交換しました。どうせカードを交換しても捨てたものと同じカードが出てくるのです。迷いなく交換できます――しかし、相手が交換してもそうはなりません。わたしが山のカードに触れた時だけです。だからなぜ、ひっくり返っただけでダイヤの絵札が出たのか不思議なんです」
「わたしが見た時は普通のカードだったわ。そしてあなたが最初にシャッフルした時も」
「勝負の相手がカードに触れて、初めて魔法が発動されます」
「なるほど……それはカードに魔法が掛けられていると言う事?」
「いいえ、わたしの手に魔法が掛けられているのです」
「あなた自身が魔法使いというわけではなくて?」
「わたしは魔法など、扱えません」
「その魔法は誰があなたに? 令嬢の話し相手を探している誰かですか?」
センシリケがおずおずとクルテを見、そして少し迷ってから頷いた。
「まずはこのゲーム、イカサマを使ったあなたの負けでいいですね?」
センシリケが頷くのを見てクルテが続ける。
「で、その話、詳しく聞かせて貰えませんか?」
「お聞かせしたところで、あなたがたにもわたしにも何もできません」
「何もできないかどうかは聞いてみないと判りません――あなたは魔法使いに脅迫されているのではありませんか?」
「どうしてそれを……?」
「令嬢の話し相手を探しているのがその魔法使いなのでしょう? 協力する理由を聞いた時、あなたは口籠り、報酬など貰っていないと仰いましたね? だったら脅迫されているのではないかと考えました」
「うむ……」
「デレドケでの収益も、その魔法使いに送っているのではありませんか?」
センシリケが再びクルテをまじまじと見た。そして絞り出すように言った。
「妻と娘が連れ去られてしまったのです」
「その魔法使いに?」
「はい、令嬢の相手をさせると言っていました。返して欲しければ、代わりを探して連れて来いと――」
センシリケが涙ぐみ、テーブルに突っ伏した。カードがバラバラと床に落ちる。表を見せているカードはすべてダイヤのエースだった。
「さらに妻と娘を食べさせるためと言って法外な金品を要求してきました。無理だと言ったらわたしの手に魔法を掛け、それで稼げと言われました」
「金の受け渡しはどうしている?」
言ったのはピエッチェだ。クルテが疲れたから替われと頭の中に言ってきた。もちろん、指示通りに喋っている。
「宿の庭にあるイチョウの木の下に、指定された日に置いておくといつの間にかなくなっています」
「魔法使いの住処は王都のどこか、と言ったな。王都のどこだ?」
「それはわたしにも判りません。わたしの妻子と、今まで連れて行った者たちもそこにいるらしいのですが……」
「うん? 話し相手候補はどうやってそこに連れていく?」
「それもイチョウの木の下に、薬を使って眠らせておくといつの間にかいなくなります」
「庭のイチョウに何か仕掛けがありそうだな」
ピエッチェが考え込むフリをする。
そんなピエッチェにセンシリケが縋る。
「妻と娘を取り返していただけるんでしょうか?」
「あぁ、そうしたいと思っている」
「娘は婚礼の前日、その……お笑いになるかもしれませんが、突然現れた〝ぬいぐるみ〟に連れ去られたのです」
婚礼の前日と聞いてセンシリケが〝まだ結婚はしていない〟ことに拘ったのはこれか、とピエッチェが思った。自分の娘と同じ立場なら、脅迫者に気に入られる確率が高くなると考えたのだろう。
「ぬいぐるみ?」
「はい、巨大なクマのぬいぐるみでした。信じられないでしょうが、あれはぬいぐるみです――わたしは呆気に取られて動けませんでした。一緒にいた妻が娘を取り返そうとしてぬいぐるみに掴みかかり、一緒に連れて行かれてしまいました」
ピエッチェがクルテと目混ぜする。ぬいぐるみがここにも出てきたな……
「そのぬいぐるみが魔法使いなんだな?」
「それが、実はよく判りません。ぬいぐるみが喋るとは思えませんし」
「ぬいぐるみが勝手に動いて人を攫うのも普通じゃ有り得ないがな――判った、まずはイチョウの木を調べてみよう。案外、その魔法使いのところに通じる道があるのかもしれない」
「王都まで続く? 王都まではかなりの距離ですよ?」
「もし行けるのならば魔法で、だろうな」
「あなたは魔法が使えるのですか?」
「あいにく使えない……イチョウの木がダメでも王都に行ってみる。そのぬいぐるみがいそうな場所に何か心当たりはないか?」
「イヤ、特には……」
「では、思い出したら知らせてくれ――とりあえず宿に帰りたい。どうせここは宿とは別の場所だろう?」
「確かに宿とは別の場所ですが……ここがどこか判ってらっしゃらない? どうやってここにいらしたのですか?」
「宿の庭のイチョウの枝伝いに、だよ」
センシリケが目を丸くした。
用意した馬車までセンシリケに送られてカジノのある建物を出たクルテとピエッチェ、書類の山はセンシリケの従者が馬車まで運んだ。
「暫くは今まで通りの生活を。だが、もう誘拐は考えるな。カジノの利益でどうにか凌ぐんだな」
ピエッチェの言葉に、
「施しをしていた者たちはどうしたらよいでしょう? すぐに収入が元に戻るとは思えません」
センシリケが答えた。
「できれば生活が立て直せるまで面倒をみて欲しい。相談に乗ってやれるか?」
「でき得る限り、手を尽くします」
馬車がいたのはマデルの妹夫婦や画家ギュームの墓がある墓地の片隅だった。ゲームをした部屋を出てから、長い階段を昇ると上に開く扉があって、そこから地上に出られた。扉は一枚の墓石、
「死者の国に行かされてた気分だ」
ピエッチェが蒼褪めてそう言った。
宿では受け付け係が『いつの間にお出かけに?』と不思議そうな顔をしたが、無視して部屋に戻った。
「あれ? どうやって窓を昇ったのですか?」
部屋ではカッチーが不思議そうな顔をする。
「話は後だ。もう一度庭に降りるぞ」
ピエッチェがロープを担いで部屋を出ようとしところで、一足遅れて戻ったクルテが首を振る。
「踊り場の窓から庭を覗いてみた――あのイチョウ、消えてたよ」




