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すると召使いが恐る恐る答えた。
「申し訳ありません。お祝いだからケーキが欲しいと言われたが、クッキーで充分だと主人が申しまして。クッキーを砕いて粉にして、ゼラチンで固めたものなんです……ご成人と伺ってます。そのままのクッキーじゃあんまりかと思ってそうしたんですが、ケーキに見えませんよね? 本当に申し訳ありません」
放っておいたら召使いは泣きだしそうだ。慌ててピエッチェが
「気遣ってくれてありがとう」
と言う横で、カッチーが残っていたクッキーゼラチンを慌てて頬張り完食した。
ご馳走さまとカッチーが差し出す皿を受け取って、
「当家の主人は普段はとてもお優しいかたなんです。なのにお客にはいつも素っ気ないと言うか、厳しいことを言うんです」
召使が言った。
「それでも、お食事だけはいつも美味いものを食わせてやれって言うのに、あなたがたには……何か、厄介ごとでも持ち込んだんですか?」
「旅行の途中でこの街に立ち寄ったんだ。親戚のところで世話になるつもりでいたけど、どうにも都合が悪いらしくてね。で、チュジャバリテのところに行けって言われてしまった」
ピエッチェが溜息を吐く。
「やっぱり迷惑だったようだ――帰るって伝えてくれないか?」
かしこまりましたと召使いが部屋を出て言った。
昼になる少し前、チュジャバリテの屋敷を出た。召使に
「馬車は玄関前に出してあります」
と伝えさせただけで、チュジャバリテたちは一度も部屋に来なかった。
まずは腹ごしらえすることにした。あの朝食では物足りない。特にカッチーは、クッキーゼラチンを食べたにしても空腹が満たされなかったことだろう。だけどサロンには入れない。クリンナーテンが一緒だ。クリンナーテンも栗色の髪、ラクティメシッスが手持ちのウイッグじゃダメですねと残念がった。
なので最初に行ったのはパン屋、キャビンの中でパンを齧った。街を行き交う人たちを眺めながら話すピエッチェとラクティメシッス、カッチーは耳を聳てて二人の話を聞いている。
「食材を買って来いって言ってたな」
「屋敷の召使に作って貰うわけにはいかないでしょうからね。六人分となると誤魔化せる量じゃない」
「水はともかく、茶葉やレモン水も買い込もう」
「果物を忘れるとお嬢さんに泣かれますよ」
「怒られるの間違いだろ?」
マデルとクリンナーテンは、一緒に居られることを素直に喜んでいる。
「また暫くは五人と一緒に居られるのね」
クリンナーテンが涙を堪えてマデルを見詰める。
「そんな顔で見詰めちゃダメよ。ジジョネテスキに焼きもちを妬かれそうだわ」
「あら、妬くのはラスティンじゃなくって?」
するとラクティメシッスが、
「すでに嫉妬でジリジリしてますよ」
と笑う。嘘ばっかり、と二人の女がコロコロ笑い
「嘘じゃないんですけどねぇ」
ラクティメシッスがピエッチェ相手に肩を顰めた。
クルテはなんだか元気がない。窓の外に視線を投げてボーっとしている。朝食でもボーっとしたまま、水ばかり飲んでいた。心配したマデルが『まだ眠い? 少しは食べたほうがいいよ』と声をかけると、茹で卵に手を伸ばしてピエッチェを見上げた。
『茹で卵なら食べる』
つまり俺の分も寄越せってか? 黙って自分の分をクルテに渡した。
きっとクルテは体調が思わしくない。初めてセレンヂュゲに行った時、雨で身体を冷やしただけで高熱を出した。丈夫とは言えなさそうだ。封印前のものを再現しているらしいが、身体は作り物だと言っていた。だからかもしれない。
チュジャバリテの屋敷を出る直前、クルテをマデルとクリンナーテンで囲んで何やら内緒話をしていた。クリンナーテンが心配そうにクルテを覗き込み、マデルが頭を撫でて慰めて……ラクティメシッスが気にして、どうしたのか聞いたが『ラスティンには関係ない話』とマデルは取り合わなかった。
……マデル、その返答は失敗だ。きっとラクティメシッスは察した。多分カッチーもだ。俺にだって判っちまった。花が枯れた原因もこれか? 初めての時みたいに大騒ぎしないだけ随分とマシだな――可能ならば二・三日、のんびりチュジャバリテの屋敷で過ごそう。
レモン水を箱で買い、肉屋で三日分の生肉、塩漬け肉と燻製ウインナーを買い入れた。菓子屋とパン屋にも寄った。買いに行ったのはラクティメシッスとマデル、荷物持ちはカッチーだ。
人前に出るのは危険なクリンナーテン、できるだけ避けたいピエッチェはキャビンに残る。クルテもはもちろんピエッチェから離れない。と言うよりいつも以上にベッタリくっ付いて、ぐったりしていた。辛いんだなとピエッチェが思う。
それなのに、クリンナーテンが
「あとで薬屋に寄って貰いましょう」
と言うと
「薬は嫌い」
ピエッチェの胸に顔を隠してしまった。
「ホント、クルテって子どもみたい――可愛くっていいわって意味よ」
微笑むクリンナーテン、クルテはムッとしたようだが何も言わなかった。子どもと言われると怒っていたのに、今はそんな元気もないのだろう。
野菜と果物はチュジャバリテの店『スマホレンジ』で買うことにしている。外商専門のチュジャバリテが店に出ることはない。
『店員に馬車をどこに停めたらいいか訊くと、裏手の厩を教えてくれます。その厩の左側に――』
仕掛けはチュジャバリテから聞いている。いったん馬車を厩に入れて、表で買い物をしてから仕掛けを使うことにしていた。そうでなければ厩の場所を教えてくれた店員に怪しまれる。
スマホレンジは今日も大賑わい、客が大勢詰めかけている。ラクティメシッスが店員に厩の場所を聞いている間クルテは、店頭に並べられた果物や、商品名と価格が書かれて貼られたポスターを睨みつけていた。
馬車を厩に入れた後、表に買い物に行くマデルにクルテが必死な形相で言った。
「あのね、メロンとモモがあるんだって。それにね、バナナとパイナップルもあるんだって」
マデルがクスッと笑い、ラクティメシッスが『仕方ありませんね』と苦笑する。バナナとパイナップルはかなり高価なはずだ。クリンナーテンが『バナナ? パイナップル? どんなもの?』とマデルに訊いた――ピエッチェがラクティメシッスに『すまんが頼む』と謝罪したら、クルテがごめんねとピエッチェに呟いた。
買い物が済んでマデルたちが戻ると、周囲に誰もいないのを確認して内側から厩の戸を閉めた。厩にはピエッチェたち以外、人も馬もいない。
キャビンから降りたピエッチェが、奥の壁をトントンと叩いていく。
「ここだな……」
少し他とは違った乾いた音、ピエッチェが立ち止まり、今度はドンを強く叩いた。すると少し離れたところでガチャッと音がした。
音のそばに居たラクティメシッスが壁を押す。壁はゆっくりを向こう側に押しやられた。外から見た時は、厩の向こうは八百屋の建物だった。だが、押された壁の向こうは天井のある通路、僅かだが下り傾斜だ。天井があるから、中は奥に行くほど暗くなっている。
「チュジャバリテが言っていた燭台はこれですね」
壁の少し高い位置に皿のような出っ張りがあり、短い紐が飛び出していた。紐に火を点けると、通路の奥のほうまで次々と灯がついていく。
「魔法を使わずにこの仕掛け……ジャルジャネをローシェッタ国で召し抱えてもいいですか?」
ラクティメシッスは大いに感心したようだ。
「さぁなぁ、本人と交渉するんだな。だけど、今回の件が綺麗に片付いてからにしてくれ」
ピエッチェが御者台に乗り込み、助手席にはラクティメシッスっが座った。リュネを歩かせて通路に入り、いったん降りて通路側から開いた壁を元に押し戻す。カチリと鍵がかかる音した。『通路の鍵が掛かると厩の入り口の、中から掛けた鍵は開きます』とチュジャバリテは言っていた。
御者台にはピエッチェとラクティメシッスだ。下り坂だし馬車を走らせたことがない道だ。大きな石が転がっているかもしれないから、くれぐれも気を付けるようチュジャバリテに言われている。
ピエッチェの隣に座りたいとクルテが駄々をこねたがマデルに叱られて諦めた。その代り、隣に座ってマデルの膝に上体を投げ出しているだろう。マデルの向こうにクリンナーテン、対面に座るしかないカッチーはさぞかし居心地が悪そうだ。
昨日はチュジャバリテの屋敷の厩を見つけられなかったが、増築部分の一階の一部が厩になっていたらしい。もう少し裏手を行けばすぐに見つかったはずだとチュジャバリテが笑っていた。
スマホレンジの厩と同じ仕掛けが施してあり、通路の先は厩と壁を隔てた場所だと聞いている。
最後に少し長い上り坂でやっと到着、
「お待ちしておりました」
今日初めて会うチュジャバリテとジャルジャネのほかに、馬車に向かって深々と頭を下げる女が一人いた。
「妻です」
チュジャバリテが女を見て言った。ジャルジャネはサッと駆け出して、通路を閉めている。
「酸素がなくなるまで少し時間がかかりますが、これで中に灯した火は消えます。まぁ、中は石壁に石天井、床は地面、燃えるものはありません」
戻ってきたジャルジャネが言った。
スマホレンジの厩と違っているのは通路以外の出口がないこと、そして片隅に階段があることだ。
「壁を隔てて厩と聞いているのですが、馬の嘶きも蹄の音も聞こえませんね」
ラクティメシッスの疑問に
「増築部分は昨日お話ししたとおり完全防音です。ただ、向こうの厩の音は外に漏れるようにしてあります」
ジャルジャネがニヤッと笑う。ここでなら、もしリュネが騒いでも外には聞こえないってことか。
階段に向かうチュジャバリテに
「また四階?」
ボソッと尋ねるクルテ、顔色が悪い。
「いいえ、中二階と言った感じです。本館の二階より少し低い位置、でもこの場所が一階より低いので、二階に行くのと同じくらいです。いざと言うとき、上階よりもさっさと逃げられるでしょう?」
にこやかにチュジャバリテが答えたが、クルテを見て顔を引き締めた。
「どこかお加減でも?」
「ちょっと疲れているだけだ。気にしなくていい」
クルテの代わりにピエッチェが答えた。チュジャバリテに納得した様子はなかったが、部屋で休ませたほうがいいと思ったのだろう。階段を上っていった。
通された部屋は昨日の部屋よりさらに広い。まずは居間、寝そべることができるようなソファーセットが三点置かれている。カッチーが、
「ここで寝るんでしょうか?」
と呟いてジャルジャネに失笑された。
「ダイニングはあちら、その奥にキッチンがあります。寝室は四室、だけど昨日よりも広いしベッドも大きいものが置いてあります」
奥を見ると繰り抜きの壁の向こうに大きなダイニングテーブルが見えた。
それにしてもチュジャバリテ、どんだけ金持ちなんだろう?




