19
ちっと舌打ちしたのはチュジャバリテ、ボヤいたのはジャルジャネだ。
「ケーキが食べたい? 何が誕生日だ……」
浴室からこっちでは、さっきの芝居を続ける約束だ。誰が聞いているか判らない。
ピエッチェたちは全員で入浴し、チュジャバリテとジャルジャネは居間で待っていたことになっている。ピエッチェたちが浴室に入ったところで、ジャルジャネが居間に頭を突き出して『風呂に入りたいだと? そこまで図々しいか』と呟いてきたらしい。流れる湯の音でピエッチェたちには聞こえていなかった。
チュジャバリテがイヤそうに
「仕方ない」
と呟いた。
「誕生日と言われて何もしないで、ジジョネテスキさまに悪く言われるのも困るからな。だけどケーキは明日まで待て。冷たい飲み物は……カシス水かレモン水なら出してやる。どっちだ?」
「カシス水、六個ね」
クルテが嬉しそうに言った。
カシス水が運ばれてきたところで、チュジャバリテとジャルジャネは
「朝食もここに運ぶ。勝手に置いてくから、勝手に食え」
と部屋を出て言った。外から施錠する音が聞こえた。
「閉じ込められちゃいましたね」
ニヤッと笑ってラクティメシッスが言った。
施錠するのは隠し部屋にいるときに打ち合わせ済みのことだ。鍵はチュジャバリテが持っている一本のみ、中から出ることはできないが、鍵がなければ外から入ることもできない。万が一の襲撃を考えての安全策、破られないとも限らないが、浴室から脱出する時間は稼げると見込んでいた。隠し廊下の扉を向こうから閉じる方法も教えて貰った。
ラクティメシッスが魔法を使えばドアを破るのは難しくなる。が、もちろんそんなことはチュジャバリテたちに言ってないし、この居間でも言わない。誰が聞いているか判らないからだ。
寝室でも不用心な話はしないよう釘を刺されている。ラクティメシッスが『今夜はダメですね』と冗談を言ってマデルに怒られ、クルテに『なにがダメなの?』と訊かれたピエッチェは、それを無視した。カッチーはニヤニヤ笑うだけ、クリンナーテンは顔を赤らめソッポを向いた。
嬉しそうにカシス水を飲み干したクルテがサックをガサゴソして中から四角い包みを出した。
「ごちそうはないけど……カッチー、成人おめでとう」
四角い包みを差し出した。
「クルテさん……」
驚くカッチーにクルテが
「ピエッチェとわたしからだよ。まぁ、選んだのはわたしだけどね」
と言えば、目を潤ませてピエッチェを見るカッチー、ピエッチェは微笑んで頷いただけだ。
「こっちはラスティンとわたしから」
マデルが出したのは紙包みだ。乗馬用の手袋だと言っていた。クリンナーテンは
「マデルに頼んで用意して貰ったの……手帳とペンのセットよ」
と、やっぱり四角い包みを出した。
「クリンナーテンさんまで?」
感激で目を潤ませたカッチー、ぐっと息をのみ込んだのは嗚咽を堪えたからか?
「俺……母以外に誕生日を祝って貰ったの、初めてです。ありがとう。これからも頑張ります!」
寝室は廊下を挟んで四室ずつの計八室あった。反転しているものの作りはすべて同じ、入ると手前にはソファーセットがあり、奥に大きなベッドが二台あった。
「凄い! ポンポン跳ねる!」
クルテがトランポリンのように遊んで、さすがにピエッチェにやめろと言われる。不満そうだったが、クルテはクスッと笑っただけだった――盗聴されているかもしれない。クルテが燥いで見せたのは、聞かれていると想定してのポーズだ。
「なんだか疲れた……もう寝るぞ」
半ば本音のピエッチェが、クルテが遊んだベッドとは違うほうに潜り込めば、遊んでいたベッドにサックを放り出してクルテも潜り込んできた。
訊きたいことが山ほどあるような気がするが、今は何も訊けない。仲間にさえも聞かれちゃ困るような話を盗聴されているかもしれないのにできるはずがない……いつものように抱き寄せると『好きだよ』と囁く。嬉しそうにクルテがピエッチェを見て目を閉じた――
翌朝、起きて居間に行くと先に起きていたカッチーが本を読んでいた。朝食はまだ運ばれていない。
「クルテが選んだ本か?」
カッチーに本をプレゼントするとクルテが言っていた。成人祝いだ。
「はい。ありがとうございます。とっても面白いです――建国の王の伝記なんですね」
嬉しそうにカッチーが笑んだ。
本にするとは聞いていたが、どんな本かは聞いていなかった。カテルクルストの伝記? 伝記はいいがカテルクルスト? 少しピエッチェの気持ちが沈む。
もちろんカッチーに気取られないよう微笑みを消さないピエッチェに、茶をサービスしながらカッチーが言った。
「伝記って言うより、これって神話ですよね」
カップを受け取って、ピエッチェが苦笑する。
「それ、歴史学者も悩んでるらしいぞ。史実と作り話がごちゃ混ぜで、どこまでが史実なんだろうってね。もう随分読んだみたいだな」
「えぇ、昨日あれからすぐに読み始めたんです……でもピエッチェさん。明らかに『これはないだろう』って部分もありますよね?」
「例えばどんな話だい?」
「えっと……」
椅子に腰かけて本をパラパラ捲るカッチー、ページを止めて言った。
「森の女神との間に生まれた娘をグレナムに封印した、とかです」
「えっ? あっ、熱っ……」
カップを取りそこなったピエッチェ、茶が飛び散ったがカップが割れることはなかった。カッチーがキッチンに飛んでいくと布巾を持って戻ってくる。
「大丈夫ですか? 火傷は?」
「いや、少しかかっただけだから」
「それにしても、そんなにビックリするとは思いませんでした――お茶、入れ替えましょうか?」
布巾でテーブルを拭きながらクスクス笑うカッチー、火傷してないと聞いてほっとすると同時に、ピエッチェの驚きようを可笑しく感じたのだろう。
「いや、このままでいい……ちょっとその本、見せて貰っていいか?」
「えぇ、どうぞ。選んだのはクルテさんって言ってたけど、ピエッチェさんはどんな本なのかも知らなかったんですね――今、話したのはここに書かれてました」
本を開いたまま受け取って、
「他にはどんな話があった?」
ピエッチェが問うと、
「まだそこまでしか読んでないんですけど……」
とカッチーが前置きした。
「タイトルにあるようにカテルクルスト王の若い頃の話みたいです。青春って感じなんでしょうか?」
タイトルを見ると『青年カテルクルスト』とあった。
「ローシェッタの第二王子カテルクルストは勇猛果敢。だけど心優しい青年で森の生き物たちはみんな彼が好きだった。けれど別れの時が来る、彼はローシェッタから独立しなくてはならなくなった。そんな話から始まってます――」
「ふぅん……ってことはザジリレン建国の話かな?」
「えぇ、だんだんそんな話になっていくんですけど、カテルクルストには愛する人がいた。森の女神だ。そして娘がいてって続くんです」
「どこの森の女神だろう?」
「それは書いてありませんでしたね――森の女神は森から出ることができない。会いに来るとカテルクルストは約束した。そのあと……あ、マデルさん、おはようございます」
マデルがふわっと欠伸しながら居間に入ってきた。後ろにいたラクティメシッスが振り向いたのは、クリンナーテンが寝室から出てきたからのようだ。すぐには居間に入らず、少し待ってクリンナーテンを先に行かせてから入ってきた。
「マデルの彼は優しくって気が利くわね」
クリンナーテンがクスッと笑う。
「何人も女の人を泣かせたんじゃない? 見た目も抜群だし」
ヘンなことを言わないでくださいよ……ラクティメシッスがウンザリと言った。
「あれ? お嬢さんはまだ寝てるんですか?」
「いいや、俺より先に起きて、花を眺めて何かブツブツ言ってたけど……なかなか来ないな、何やってるんだろう?」
「花を眺めてブツブツ?」
「歌ってたんだと思う」
カッチーに本を返してピエッチェが立ち上がる。お茶を淹れようと立ち上がったカッチーは、自分でやるからいいとマデルに言われて座り直していた。
寝室前の廊下に向かうピエッチェを目で見送ってから、ラクティメシッスがカッチーに訊いた。
「その本って、成人祝いですか?」
「はい、ピエッチェさんとクルテさんからです」
「青年カテルクルスト? カテルクルスト王の若い頃の話ですね。英雄譚だ」
「それが……はっきり言って神話です。恋愛要素が多いし」
「そうなんだ? きっとお嬢さんは英雄譚だと思って選んだんでしょうね」
「あー、そうかも! クルテさんらしいや」
寝室に行くとクルテはソファーに腰かけたまま花籠を抱いていた。だが花はぐったりしている。
「どうした?」
ピエッチェが不審がって訊いた。
「ううん、昨日の疲れが抜けないだけ――朝食の用意はできた?」
「いや、まだ運ばれてない」
疲れが取れてないだけだと言うのは嘘だと思った。起きた時、花は生き生きしていた。クルテが魔法を使う引き換えに花の生気を奪ったに違いない。朝からどんな魔法を使った?……何に魔法を使ったにせよ必要だったから、そしてピエッチェに背く魔法ではないはずだ。
「マデルがお茶を淹れてる。俺にはカッチーが淹れてくれたけどな」
「そっか……朝食にケーキ、来るかな?」
「あぁ、それで遅くなっているのかもしれない」
クルテがニヤッと立ち上がった。
「早く朝食来ないかな――居間に行くよ、朝食はダイニングに来るんだよね?」
まるで食事が歩いてきそうな言いかただ。
「ケーキは一人分しかないかもしれないぞ? 六人とも誕生日のはずはないからな」
「えぇ? カティ、そんなケチ臭いこと言うなよ」
いや、俺が用意するわけじゃないんだけど?
それでもクルテは
「一つしかなかったらカッチーの分だね」
と、ニマっとした――
朝食はパンにオニオンスープ、茹で卵だった。今度も飲み物は水だけだ。欲しければ、茶は自分で淹れろと言うことらしい。キッチンに一式そろえてあった。起きがけに使った茶葉は、食事を運んで来た召使いが補充している。
ケーキ……と言っていいのかどうか? 握り拳大のなんとも言えない固まりにクルミが一欠け、乗せられていた。ちゃんとしたケーキを出せば、誰だか判らないスパイに怪しまれる。それを防ぐ工夫なのだろうが、笑い出しそうなのをみんなして必死に堪えた。
カッチーがクルテに譲ると言ったがクルテは首を横に振った。その代り、果物が食べたいと言う。どこかで買ってやるとピエッチェが約束し、ケーキ風の不思議なものはカッチーが一口食べただけで放棄された。甘いには甘いけど、とにかく酷い食感なんですとカッチーが顔を顰めて言った。
片付けに来た召使いに
「一口だけで残して済まないね。でも、とてもじゃないが食べられなかった――なんていう料理?」
ピエッチェが訊いた。




