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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
15章 大地の模様

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 まるで『今日もいい天気ですね』とでも言っているようなラクティメシッスにピエッチェが呆気にとられる。マデルは知らされていたようで、驚きはしないが表情は暗い。


「それで容体は?」

「意識がないらしくって……それで帰国しろとのことでした」

「なに悠長なことを言ってる? チュジャバリテの話なんかどうでもいい。遠慮なんかしてないで、リュネを使ってすぐ帰れ」


 のんびり構えるラクティメシッスに、却ってピエッチェのほうが焦る。ところがラクティメシッスは

「あなたでもそんなふうに(まく)し立てることがあるんですね」

と微笑んでいる。


「ラスティン!」

「まぁまぁ、落ち着いて――わたしが急いで帰ったところで父がよくなるわけではありませんよ」

「そんな問題じゃないって。心配だろう? 無理するな」


 自分の父が亡くなった時のことを思い出していたピエッチェだ。王宮の鍛錬場で行われていた、騎士団の模擬試合に参加していた。自分の番が来るまで試合を眺めながら、他の騎士たちと談笑していた。


 報せが来たのは次の次には手合わせだと、防具の具合を確認していた時だった。

『カテロヘブさま! すぐにお屋敷にお戻りください。国王が、国王が……』

鍛錬上に駆け込んできたのは王家の屋敷の召使、息が上がってしまってそれ以上は言えなかった。

『国王が? 父に何かあったのか?』

問い(ただ)そうとするカテロヘブを止めたのは指導役として立ち会っていたジジョネテスキだ。


『ここでは何も言うな』

召使に釘を刺し、

『カテロヘブさま、早くお屋敷に戻りましょう』

と先導してくれた。


 足がもつれそうなほど急いで屋敷へと向かった。カテロヘブとジジョネテスキが血相を変えているのだ。見かけた者が不審に思わないはずがない。途中で何人かに

『どうかされたのですか?』

と呼び止められたが無視した。


 嫌な予感しかしなかった。何かが起きたのは間違いない。起きたのはきっとよくないことだ。屋敷に入った時、鍛錬場はすぐそこなのにやっと着いたと感じた。


 そしてカテロヘブは臨終に間に合わなかった。


 思い出すだけで、あのなんとも名状しがたい脱力感や苦しさが胸に込み上げる。同じ思いをラクティメシッスに味わわせたくない。


 それなのにラクティメシッスは静かに

「無理なんかしていません」

と笑みさえ浮かべている。

「そりゃあね、一報を聞いた時は焦りましたよ。すぐに帰りたいとも思いました」

再びパンを手にすると千切ってジャムを塗りつけた。


「すぐにララティスチャングに行こうと言われ、そうして貰おうかと迷いました。魔力が足りなくって助かりましたよ。そうでなければあのまま帰国の途に就いてしまったかもしれない」

「俺はそうしたって良かったんだぞ?」


 じっくりを味わうように咀嚼するラクティメシッスを、食べるのを忘れてピエッチェが見つめる。ラクティメシッスがティーカップをチラリと見ると、マデルがすぐにポットに手を伸ばして茶を注ぎ足した。僅かに見交わす二人……マデルが微笑み、ラクティメシッスは頷いた。


 黙ったままピエッチェとラクティメシッスを見守るカッチー、クリンナーテンはどうなることかとオドオドしている。クルテはいつもと変わりなく、未だに料理の皿を睨みつけている。ピエッチェを見上げるタイミングを失しているのかもしれない。


 茶を一口啜ってラクティメシッスがほっと息を吐く。

「本音を言えばね、今だって居ても立っても居られないんです」


「だったら――」

言い募ろうとするピエッチェをラクティメシッスが止める。

「いいえ、すぐには戻れません。父のもとに急ぐのは、わたしの役目ではありません。わたしは父の子です。本来ならいち早く駆け付けるべきですよね。でも、同時に父は国王であり、わたしは王太子です」


 グッとピエッチェが言葉を詰まらせる。だが、

「王だ王太子だと言っても親子には違いない。人情に身分なんか関係ない」

なおも言い募る。


「ピエッチェの言う通りなんでしょう。わたしの胸を締め付ける重苦しさは、人情と呼ばれるもの。だけど、それ以上に優先しなくてはならないものがわたしには有る。何度そんなものは捨ててしまいたいと思った事か。だけど捨てられない。それはなぜか? ピエッチェ、あなたなら、わたしが言わなくても判るのではありませんか?」

「しかし……」


 王位なんか要らない――子どものころから『王子なのだから』『王太子なのだから』と言われ続けた。そのたび思った。たまたま父親が王だったから王子と呼ばれているだけだ。王太子にだってなりたくてなったわけじゃない。本物か偽物かは知らないけれど、あの森でネネシリスがクリ()()テナ()を即位させると言った時も、そうしたければすればいいと思った。けれど王位もグレナムの剣も、ヤツには渡せなかった。


 (ネネ)()(リス)になんか国を任せられるもんか――聞かされたのは従う者の従う相手への(ねた)みや恨み、そんな理由で王座が欲しいだと? 国への憂いや国民への慈しみを聞かされていたのなら、己の王としての至らなさを指摘されたのなら、あるいはグレナムを渡していたかもしれない。だけどそうじゃなかった。暗殺を企てるようなヤツに国や民を(ゆだ)ねられるはずがない。


 ラクティメシッスが『判るだろう?』と問うのは、きっとこれだ。誰が王でも構わない。王なんかいなくてもいい。国民が安心して暮らしていけるのならば――だがそれを担保できない相手から統治権を守る役目を自分は負っている。その役目は何よりも優先しなくてはならない。


 だが、しかし……


「しかし王が倒れたのなら、それこそ王太子不在は国の混乱を招くのでは?」

いきなり話の方向を変えたピエッチェにラクティメシッスが不思議そうな顔をする。でも、

「わたしが言いたいことはお判りいただけたようですね」

と微笑んだ。それからキュッと顔を引き締めた。

「父が倒れるなんて()しいと思ってるんです」


「えっ? まさか、虚偽の連絡? 罠か?」

ピエッチェの反応に

「いいえ、そうじゃなくって、言いかたが悪かった。父が倒れたのは本当です。わたしの部下は信用できる者ばかりだと、これは信じてください」

ラクティメシッスが慌てる。


「父は常日頃から自分の健康に気を付けていました。毎日のように医師に健康状態をチェックさせるほどです。そんな父が急に倒れた……これは何者かが何かしたとしか思えません」

そうか、そういう意味か。


「父上の急病は今回の件に繋がっていると?」

「はい、そう考えています。だから、今はローシェッタに戻るよりも、我が国及びザジリレンで暗躍し、王家転覆を狙っている者どもを突き止め、糾弾するのが先だと判断しました」


 ピエッチェがラクティメシッスを見詰める。ラクティメシッスもピエッチェを見詰めた。


 それでも今、帰らなくては後悔することになりはしないか? そんな言葉がピエッチェの喉元まで出かかった。でも言えなかった。いつもとは違う理由でだ。その言葉はローシェッタ国王の死を意味している。


 先に目を逸らしたのはピエッチェだ。軽く溜息を吐いてからラクティメシッスに問う。

「それで? 昨日はチュジャバリテの話を聞いたら帰ると言っていたが、気が変わったって事か?」

きっとラクティメシッスは、ザジリレンに来た目的を果たさない限り帰国しないだろう。そもそも俺にはラクティメシッスに、帰れ帰るなと言う権利などない。


 ニヤッとラクティメシッスが答えた。

「そうですね、まぁ、話を聞いてから判断しますよ」


「ねぇ」

とクルテがピエッチェを見上げた。

「話が終わったなら、ちゃんと食事して」


「え? あぁ、そうだな」

料理はすっかり冷めてしまっていた――


 セーレム州都ケンブル到着は夕刻前、約束の時刻にはチュジャバリテの屋敷に入れるだろう。(ぎょ)しゃ席にはラクティメシッス、助手席にはマデル、ピエッチェとクルテはカッチー・クリンナーテンと一緒にキャビンに乗った。


 クルテはスザンネシルの花屋で買った花籠を抱いてご満悦だ。案の定、マデルが昨日買ってきてくれた花はすっかり枯れいて……むしろ干からびてしまっていた。


「たった一晩でこんなになるなんて……クルテたちの部屋って、そんなに乾燥してたの?」

マデルは不思議がったがクリンナーテンが、

「花屋がすぐ枯れる薬でも使ったのかも」

花屋のせいにしてくれた。花持ちがよくては花屋が儲からないと考えたようだ。


 州都だけあって人通りも多ければ、どことなく雰囲気も華やかだ。トロンバやゲリャンガ、ましてバースンとは明らかに違う。


 クリンナーテンは窓から外を眺めたかったようだが、知り合いに見られないようカーテンを引いていた。それでも気になるのだろう、隣に座ったカッチー越しに反対側の窓を眺めて、

「この通りが一番賑やかなの。(ジジ)(ョネテ)(スキ)とよく散歩したわ。次の角のサロンで休憩するのがお決まりでね」

なんて呟いている。けれど話相手のマデルは(ぎょ)しゃ台だ。ピエッチェは目を閉じて考え込んでいるし、クルテはまったく無関心、カッチーだけは相槌を打ったりして気遣うが、とうていマデルの代わりには成れなかった。


 ただ、クリンナーテンが

「この先にある大きな八百屋がチュジャバリテの店よ」

と呟いた時だけはピエッチェも窓の外を見た。黒髪のウイッグと黒の眉墨、通り過ぎる馬車の窓からチラリと見ただけでカテロヘブだとは気づかれそうもない。変装を見破れるのは親しい者、そんな人物はケンブルにはいない……はずだ。


 なるほど、確かに大きな店だ。広い間口には八百屋とは思えないほど派手な装飾が施され、客も大勢集まっている。通り過ぎるとき、

『本日の特売はメロン……』

『……ピーマンは向こうの棚に……』

そんな声が近づくほどに大きく、遠ざかるにつれて掠れていった。


 (しばら)く行くと賑やかさも影を潜めてくる。州都と言えど田舎には違いない。賑やかなのは中心部だけだ。やがて人通りが寂しくなり、周囲は民家があるだけとなる。

「そろそろだな」

ピエッチェが窓の外をチラリと見た。すると馬車がゆるゆると停まった。大きな門の前だ。


 ガラガラと門を開ける音が聞こえ、それが停まると再び馬車が動き出す。馬車がすっかり敷地に入ると、今度は門を閉める音が聞こえてきた。それでも馬車は停まらない。門のところで『建物の右側を奥に進んでください。裏に車寄せがございます』と、知らない男の声が聞こえた。そこまで行けと言うことだ。


「随分大きなお屋敷ね」

クリンナーテンがカーテンの隙間から外を見た。


 八百屋の住まいとは思えないほどの大きな屋敷……従業員を住まわせるなら別に建屋を作るものだが、ひょっとしたらこの屋敷に住まわせているのだろうか? そう思わせるほど大きな建物だ。


 チュジャバリテとはどんな男なのだろう?

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