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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
15章 大地の模様

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10

 ラクティメシッスとカッチーがパンを食べ終えるのを待って、ピエッチェが訊いた。

「ジジョネテスキはどんな様子だった?」

もちろん相手はカッチーだ。


「なんだか不機嫌で、取っ付きずらい感じでした」

ジジョネテスキはカッチーから手紙を受け取ったが関心を示すことなく、ポンとテーブルに放った。そのまま捨ててしまいそうだった。


 何しろ読んで貰わなくてはならない――読めば、ジジョネテスキなら返書を寄こす。偽者なら読み捨てる。ピエッチェがそう言っていた。


『本物のジジョネテスキだった場合、返書を預かって来て欲しい。途中、誰かに見咎められたら、ただの御用聞きのメモだ。見せろと言われたら見せてやれ――見たって野菜の種類と数量が書かれているだけだなんだよ。あぁ、カッチー、おまえが見たって問題ない』


 何しろ読んで貰えなければ、ここまで来た目的が果たせない。ピエッチェの手紙をテーブルに放り投げたジジョネテスキにカッチーが言った。

『すぐに見て貰えませんか?』

だがジジョネテスキは素っ気ない。あとで見ておくよ、と答えてくれただけだ。だけど、たかが八百屋の手伝いの少年にその答えは丁寧だ。


 たいていの貴族は聞こえなかったふりをして無視する。下手をしたら受け取りすらしない。なのにちゃんと受け取った。それに、カッチーに答えてくれた――ピエッチェの言う通りなのだろう。


 受け取っても貰えないかもしれませんと言うカッチーに、

『本物ならば間違いなく受け取る』

ピエッチェが微笑んだ。

『ジジョネテスキは、身分を見て相手を軽んじたりしない』

そして言った。

『だが読んでくれるとは限らないな。その場合は――』


 どうしてピエッチェがそんな指示を出したのか、カッチーには判らない。だが、教えられたとおりにジジョネテスキに言った。

『俺、カッチーって言うんです……懐かしくありませんか?』


 初対面なのに懐かしい? それも暗号の一つなんだろうか? だけどとにかくピエッチェに言われたとおりにした。


『カッチー?』

ジジョネテスキは不思議そうにカッチーを見た。カッチーはピエッチェに教えられていた言葉を続けた。

『はい、そう言えばお判りになると言われたんです。俺、カッチーです』


 ジジョネテスキはカッチーを見、それからゆっくりとテーブルに投げた封書に手を伸ばした。便箋を出して眺めると

『そうだな、懐かしい』

ニヤリとした。

『頼んでおいた品を台所に運び込んだら、もう一を顔を出しなさい――行って本来の仕事を済ませておいで』


 言われたとおり、八百屋の男の手伝いをしてから八百屋と一緒にジジョネテスキの部屋に行った。ジジョネテスキは二人にお茶をご馳走してくれた。八百屋から街の様子を聞くのをジジョネテスキは楽しみにしていると八百屋が言っていた。毎度のことらしい。


 そして帰り際、

『これをカッチーに。近いうちにまた会えるのを楽しみにしている』

と封書を渡された――


 カッチーの話が終わると、ピエッチェは今度はラクティメシッスに訊ねた。

「八百屋はどんな様子だった? 暇つぶしは口実、何か狙いがあったんだと見ているんだが?」


 ラクティメシッスが鼻で笑う。

「見透かされてるみたいで面白くないなぁ」

口ではそう言うが嬉しそうだ。


「まぁ、ただの八百屋でしたよ。怪しげな客もいなかったしね。ただ、ジジョネテスキの担当だって男……カッチーを連れて行った男ですが、あれは騎士あがりですね」

店から出てきたのを見てすぐに判った。カッチーが

「だから今日はやめようかって言ったんですね」

と納得している。


「荷台は野菜でいっぱいになるから人が乗るのは無理、(ぎょ)しゃ席に乗れるのは二人だけ……カッチーを一人で行かせていいものか迷ったんですよ。敵か、味方か? もし敵なら、さながら危険と隣り合わせ。だけど、カッチーではなくわたしが行ったところでこの作戦は巧くいかない。宿に戻ってもう一度相談したほうがいいと思いました――だけどカッチーが、ね?」

ラクティメシッスがカッチーに微笑んだ。照れくさそうにカッチーが頷くのを見てからラクティメシッスが続けた。

「覚悟はできてる。役に立ちたいと思って、コゲゼリテを出てきたって言ったんです。それに、手紙を持って行くだけのお使いができなくっちゃ、自分で自分が情けないってね」


 ピエッチェがカッチーをじっと見た。それから、溜息交じりに笑った。

「そう言えば、誕生日は明日だったな。成人だ、お祝いしなくちゃな」

ラクティメシッスが微笑む。

「そうでした。盛大にお祝いしましょう」

そして

「怒られるんじゃないかって、冷や冷やしてました」

苦笑する。


「怒りはしないけどね。カッチーの判断を優先してくれてラスティンには感謝だ。だけどカッチー、勇気と無謀は別ものだってことは、いつでも忘れないで欲しい」

「今回は無謀じゃなかったっと思っていいんですよね?」

おずおずとピエッチェに訊ねるカッチーにピエッチェは

「その場に居なかったからなんとも言えないけれど……ラスティンは無謀だとは考えなかった。だから行かせた。そして無事に帰ってきた。それが全てだ」


「ピエッチェ、それじゃあ、結果がよかったからってことになりますよ?」

少し呆れるラクティメシッス、カッチーが

「ピエッチェさんが立てた計画に抜かりがあるとは思えませんでした」

力強く言えば、

「俺を妄信するのは無謀だぞ」

ピエッチェがムッとする。するとマデルが、

「カッチーもそのうちに、ピエッチェのこと『世界の全て』って言い出しそうね」

と笑った。


 ニヤニヤ笑いのカッチーがマデルに言った。

「いいえ、世界の全てって思える相手はちゃんと探しますから」


「何よ、主君よりも恋人のほうが大事?」

「恋人が大事だから主君のことも大事にできるんです」

マデルに言い返すカッチー、ラクティメシッスが楽しそうに笑う。

「マデルより、カッチーのほうが良く判っているようですね」

むっとマデルがラクティメシッスを睨みつける。


「そうだ、訊きたいことがあったんです」

とカッチーがピエッチェに向かう。

「ジジョネテスキさんはやっぱり手紙をすぐには見てくれなかったんです。で、教えられたとおりに言ったら『そうだな、懐かしい』って。カッチーって、どんな暗号だったんですか?」


 自分の名が暗号なのが気になっていたのだ。ピエッチェがうっすらと笑む。

「幼いころ、俺も『カッチー』って呼ばれてたんだよ」

十一で立太子すると決まって誰も呼ばなくなったが、母だけはいつまでもカッチーと呼んだ。だけど親しい者は時おり、ついくせで『カッチー』と呼び、慌てて言い直していた。ジジョネテスキもそんな一人だ。


「アイツは騎士になってすぐ王家警護隊に配属されてね。俺が三つの時らしいが、まぁ、物心ついた時には、常に傍にいた――年齢に隔たりがあったから友人ってことはないけれど、俺からすればおっかないお兄さんでね、アイツも俺を可愛がってくれたんだよ」

「あぁ、それでこっそり王宮を抜け出す手助けもしてくれたんですね」

ラクティメシッスが微笑む。


「ジジョネテスキは茶目っ気があるって言うか、まぁ、警護役だけど自分は教育係ではないって言ってね。だけどさ、『子どもってもっと悪戯をするものだ』って俺に言ったなぁ。王子は真面目過ぎる。真面目なのはいいことだけど、過ぎると余裕がなくなる。そんなことを言われた。しかも説教臭くない――いろんなことをアイツから教わったと思う」


「それって、周囲には内緒でってことですよね? ピエッチェの周囲には、やぱり魅力的な人物が集まるようです。ね、クルテさん?」

ラクティメシッスがクルテに話を振る。漸くパンを食べ終えたクルテがお茶を飲み干したところだった。


「それってなぜ?」

クルテがニヤッと笑ってラクティメシッスを見る。一瞬怯んだラクティメシッスがフッと笑う。

「それをわたしに言わせたいんですか?」


「先に言わせようとしたのはラスティン――それよりジジョネテスキの話は? 彼はなんて返事を寄こしたの?」

ピエッチェを見上げた。


「うん、そうだな……」

ピエッチェが、ジジョネテスキが寄越した書面に目を落とす。

「明日、ケンブルに行ってジジョネテスキに会おう」


「会いに行っても大丈夫なんですか?」

危ぶむラクティメシッスに、

「もちろん工作が必要だ」

ピエッチェがニヤっとした。


「例の八百屋はジジョネテスキの元部下だ。ラクティメシッスの見立て通り、騎士でもあった。だけど貴族出身じゃない――ジジョネテスキが王太子付きの警護隊長になった時、騎士をやめて稼業の八百屋を継いだ。王家警護隊は基本的に貴族の子息、何度もやめようと思ったけれどジジョネテスキの下だったから続けていられたってことらしい」


「ジジョネテスキが王太子付きになったことで、直属の部下ではなくなったってことですね?」

「うん、王宮内、王家の個人的な屋敷を警護する中で、王族個人専属隊が組織されるんだけど、その選に洩れたってことだな。ジジョネテスキは随分働きかけたらしいけど通らなかったんだろう」


「で、騎士をやめ故郷に戻った――えっと、九年前?」

「そうなるね。で、八百屋がケンブルなのは偶然、ジジョネテスキが左遷されたと知って会いに来たのは向こうから。今では協力者」


「協力者? ふふん、何か面白いことをしていそうです。ワクワクしてきました」

ラクティメシッスは本当に楽しそうだ。


「トロンバ警備隊司令官、トロンペセスの言う通りってことだよ」

ピエッチェがニヤっと言った。


『ゲリャンギャに居を構え隠遁生活を送っている。が、それは隠れ蓑、政権を王家に戻すための有志を集めている』

トロンペセスはそう言っていた。レストランを始めることは知らなかったが、ゲリャンガに移ることまではジジョネテスキから聞いていたのだろう。そしてゲリャンガに居るジジョネテスキは偽者だとは知らない。


「となると、トロンペセスにゲリャンガの件は知らせておいたほうがいいんじゃないですか? ジジョネテスキに会いに行ったりしませんかね?」

「その心配はないと思う。ジジョネテスキのほうからしか連絡しない約束になっているそうだ。そしてしばらくジジョネテスキは動かないことにしたらしい」

「クリンナーテンを人質にとられたから?」

「それもある」

ピエッチェが表情を険しくした。

「ジジョネテスキは監視されている。まずはその監視を一掃する」


「クリンナーテンがゲリャンガから逃げたことは向こうも知っているはず、監視はますます強化されてるでしょうね。何か手はありますか?」

さすがのラクティメシッスも笑いを引っ込める。


 ピエッチェが苦い顔で言った。

「手始めに……ジジョネテスキの副官ケッポテラスを封じたい」

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