12
あっという間の出来事だった。何もできないうちに事は終わってしまった――いつも陽気で、悪く言えばいい加減なマデルが真面目な顔でそう言った。
「その夜、王宮で開かれた舞踏会でフレヴァンスさまは結婚相手を選ぶことになってたの。求婚者は三人、上流貴族の貴公子たち、誰を選んでも不思議はなかった」
フレヴァンスは三人の貴公子と順番に踊った。踊り終えたら誰を選ぶのか告げることになっていた。
異変が起きたのは三人目と踊り終えた時だ。突然の稲光、雷は王宮大広間の窓を破った。そして雷とともに姿を現したのは……
「巨大なクマのぬいぐるみだった」
「えっ?」
黙っていろと言われていたのにピエッチェがつい聞き返す。
「ぬいぐるみ?」
「そう……あれはきっと〝ぬいぐるみ〟よ。わたしはソイツが現れた時、その場に居なかった。だから、見たのは一瞬だけど」
マデルは遅れて来た貴族を広間に入れるため、広間に入ろうとする不審者を見張るため、大広間の扉の外にいた。
「舞踏会で結婚相手を決めると発表があってから、フレヴァンスさまに奇妙な手紙が届くようになったんだ。だから警戒を強化していたのよ」
「奇妙な手紙って?」
尋ねたのはクルテだ。
「手紙と言うよりカードね。〝約束を忘れないで〟と、最初のカードには書かれていて、フレヴァンスさまはすぐにわたしに相談してくれた――わたしたちが焦りを感じたのは三枚目のカードが来た時だった。それには〝裏切りは許さない〟って書かれていたの」
カードはいつ、だれが持ってきたのか判らない。気が付くとフレヴァンスの居室のテーブルに置かれていた。
「フレヴァンスさまも心当たりはなくて……そして四枚目には『誰にも渡さない』って書かれてた」
「ねぇ、二枚目はなんて書いてあったのさ?」
「それが、二枚目は白紙だったのよね」
「魔法が使われた形跡は?」
「カードは魔法の匂いがプンプンしてた。だけど悪意が感じられない。フレヴァンスさまを含め、わたしたち魔法使いはいろいろ探ってみたけど犯人を見付けられなかった」
悪意を感じられないことから、フレヴァンスに思いを寄せる何者かが相思相愛だと思い込んでの仕業だと推測した。五枚目のカードが来たのは舞踏会の前日、カードには〝助けてあげる〟とあって、推測の正しさを確信した。三人の求婚者も念のため調べてみたが、三人とも怪しいところはなかった。
「そうなるとフレヴァンスさまが〝助け出される〟のを阻止するしかない」
そして舞踏会当日、マデル他数名の魔法使いが広間の入り口を守り、残りの数名は広間の様子を見守っていた。
「だけど、わたしたちはフレヴァンスさまを守り切れなかったのよ」
マデルがうっすら涙ぐむ。
つんざくような雷鳴、それに続く異変、魔力の放出を感じて慌てて広間に入った時は、広間にいた人々は魔法使いも含め全員倒れていた。そしてフレヴァンスを抱えて巨大なぬいぐるみは雷が破った窓に身を躍らせて消えた。
「わたしがヤツを見たのはその一瞬のみ、だけどわたしと一緒に広間に駆け込んだ魔法使いはみな、『ぬいぐるみだった』と言ってるわ」
「広間で倒れていた人たちはどうなったの?」
「気を失っていただけ。怪我人もいない。そしてみんな雷が窓を破ったまでの記憶しかない。何事? と思った時には気を失っていたと言っているのよ」
「落雷のショックで気を失ったってわけじゃないと、マデルは思っていそうだね」
「そうね、ヤツが出て行った窓は見る見るうちに元通りの窓に戻ったからね」
「なるほどね……それでマデルはなんでデレドケに来たのかな?」
クルテの質問にマデルが顔を顰める。
「夢を見たんだ……フレヴァンスさまが絵の中に閉じ込められていて、額縁の中から『助けに来て』とわたしを呼ぶのよ」
フレヴァンスを心配する気持ちが見せた夢だと思った。だけどそれからは毎日同じ夢を見る。そうなると、ただの夢ではないと考え始める。
「どんな夢だったのか、目が覚めてから何度も思い返した。何か手掛かりがあるんじゃないかってね」
そして気が付いたのは絵に描かれたサインだ。その絵には右下方に『ギューム』とサインがあった。描いた画家の名に違いない。
「そこでギュームのことを調べたわ。ほとんど無名の画家で出身はギュリュー。わたしは仲間の魔法使いに夢の話をしてギュリューに行こうと提案した。でもね、却下されちゃった」
仲間の魔法使いは、夢なんて不確かなものに頼れないと口々に言った。それよりもぬいぐるみの正体を掴む方が先だと王都中のぬいぐるみ職人を調べていた。マデルがギュリュー行きを提案したころには王都は調べつくし、近隣の街に調査範囲を広げていた。
「でもね、諦めきれなかったの。その後も夢は続いてた……居た堪れなくなって国王に直訴したわ」
国王はマデルの話を真剣に聞いてくれた。だが、他の魔法使いの手前、マデルの願いをそのまま許すわけには行かなかった。
「ってわけで、わたし、今、休暇中よ。休暇中に何をしようと勝手だって国王が言ったの。気が済むまで休んでていいって言ってくれたわ」
ギュリューに向かったマデルがそこで知ったのは、すでにギュームは他界していること、そして墓があるのはデレドケだという事だった。
「デレドケに来て驚いたわ。わたし、姉さんが死んだなんて知らなかったのよ。手紙を書いても返事が来なくてヘンだなって思ってたけど、宿が忙しいんだろう程度にしか思ってなかったの」
すぐにマデルは姉の墓に向かった。姉は夫とともに埋葬されていて、墓碑銘は間違いなく姉のものだった。そしてマデルは震撼する。墓参を済ませ、帰ろうとして振り返った時、そこにギュームの名を見たのだ。
「姉さんの墓のお向かいさんだった。これって偶然? まぁ、偶然でもなんでもいい。墓を探す手間が省けたのは確か。でもね、ギュームの墓はなんの変哲もない、普通の墓で、魔力なんかチリほども感じなかった」
もちろんマデルの姉の墓からも、周囲の墓からも魔力も魔法の痕跡も見つけられない。
「休暇中に何をしようと勝手だって国王が言ったのを思い出したわ。フレヴァンスさまを探すために来たデレドケだけど、姉の死も、その後に起きていることも、どこか可怪しい。それに、やっぱりギュームの絵が気に掛かる」
姉夫婦が宿を失ったのは事の発端だ……デレドケの奇妙な出来事を解決できれば、それは姉の敵討ちに繋がる。そう考えていたマデルだが、どこから手を付けたらいいか判らない。そして、街一番という評判のレストランに入っていく三人連れを見かけた。
一人はまだ子ども、十五か十六か? きっとあとの二人から学んでいる途中だ。もう一人はやけに堂々とした若者、おそらくどこかの王族の血を引く貴族。鍛え抜かれた体躯、身の熟しにも卒がない。きっと使える男だ。そして最後の一人は……
「人間じゃないのはすぐ判った。でも魔物とは違う。そんな下等なものじゃない。邪悪さが全くない。で、思った。この三人を味方に出来たら、どうにかなるんじゃないか? だから後をつけて店に入ったのよ」
マデルが少しだけ微笑んだ。
「クルテは正体を隠してるんだと思ってた。でもピエッチェは知ってるみたいね。さっきからなんにも言わない。でもカッチーはきっと知らない。カッチーに明かす気はない。だから買い物に行かせたんだわ。そうでしょう、クルテ?」
ふふん、とクルテが笑う。
「マデルの狙い通り、僕たちはマデルの味方に付いた。この際、僕の正体なんか、なんだっていいでしょう? それとも教えないとカッチーにバラすとでも?」
「それも面白いわね。だけど、カッチーはピエッチェとクルテを信じて、わたしの言葉なんか信じない。判っているから言えるんでしょう?」
「まぁ、カッチーには内緒にしてくれるよね? 今はまだ知られたくないんだ」
「クルテがわたしの味方である限り、わたしもクルテの味方でいるわ――でもさ、考えてみても、クルテの正体って正直言って判らないのよね。魔物みたいなんだけど、自信が持てないの。だからカッチーに言いようがないわ。クルテ、あなた、本当はなんなの?」
僕の正体なんか、なんだっていいよ、再度そう言ってクルテが笑う。
「それよりも、どこから手をつけるかな……まぁ、フレヴァンスはデレドケにはいない。とりあえずデレドケをなんとかしてから助けに行こう」
「フレヴァンスさまを助けに行く?」
クルテがフレヴァンスを見かけた経緯を簡単に話した。
「クルテ、それはどこの壁?」
勢いづくマデル、
「いや、どこの壁というより窓だよ、マデル。フレヴァンスを助けたいなら消えた窓がどこの窓なのか探さなきゃならない」
「ならば、すぐに行こう」
クルテがマデルを見詰める。
「いいや、デレドケを解決してからじゃなきゃ、フレヴァンスは見つけられないと思う。だけど必ず助ける」
言い切るクルテ、ふと不思議に思ってマデルが尋ねた。
「なんでフレヴァンスさまを助けるって決めてくれたの?」
するとクルテがクスッと笑った。
「窓と一緒に消えていくフレヴァンスと目が合った。彼女、僕に『助けて』って言ったんだよ。だから僕は『必ず助ける』って答えた。だからさ」
そう言えば、消えた窓をクルテは暫く見つめていた。あの時、ピエッチェには見えなくても、クルテには遠ざかる窓とフレヴァンスが見えていたんじゃないだろうか? そんな事を考えるピエッチェ、自分でも理由が判らない焦燥を感じていた。
何しろもう一日調べさせてよ、とクルテが言う。
「明日も遊びに行くってピエッチェが約束しちゃったんだ」
「はぁ? いったい誰と? そんな約束した覚えはないぞ?」
驚いたピエッチェが聞き咎める。
「なんだ、忘れちゃったの?」
クスッと笑うクルテ、マデルが面白そうにニヤニヤしる。そこへ買い物に出ていたカッチーが戻って、話は打ち切られた。
カッチーは持たされた金をぴったり使い切ってきた。買ってきた物もそれなりに豪勢なうえ、肉料理だけでなく野菜料理や果物もあった。水や果汁、酒類もある。
「やっぱり計算は得意なんだね」
微笑むクルテ、マデルはご馳走に大喜びだ。
浮かない顔はピエッチェ、ちょっと贅沢し過ぎじゃないかと内心思っている。
(そんな顔してないで笑え)
クルテの声が頭の中に響く。そう言われたって、楽しくもないのに笑えるもんかと思う。
(食べたいものを食べるのはいいけれど、あんまり贅沢することをカッチーに教えるのはどうかと思う)
(今までコゲゼリテでは満足に食べられなかったみたいだからさ。でも、判った。贅沢に慣れるのがよくないのは確かだよね。気を付ける)
いつになく素直なクルテに調子が狂う。それにしても……
(カッチーとマデルには優しいよな)
(カッチーとマデル? ピエッチェだけに特別優しくしてるつもりだけど?)
(おまえ、優しいって意味、判ってる?)
(うん、愛してるってことでしょ?)
「ぶっ!」
飲もうとしていたビールを吹いたピエッチェ、ニヤッとクルテが笑う。また揶揄われちまった。素直だなんて思うんじゃなかった! ピエッチェの機嫌がますます悪くなる。
「なにやってんのよ。誤飲するような齢だった?」
マデルが呆れ、カッチーが慌ててタオルを持ってくる。
ピエッチェはともかく、他の三人は楽しそうだ。笑い声が上がるたび、ピエッチェの疎外感が強まっていく――
その夜、寝苦しさを感じてピエッチェが目を覚ます。
「クルテ?」
ピエッチェのベッドに潜り込んで、クルテがピエッチェの左腕を抱き締めている。慌てるピエッチェ、
「クルテ、どういうつもりだ? なんで俺のベッドで寝てる?」
囁くような声でクルテに問う。カッチーに気付かれたくない、思わず小声になった。だけどクルテは反応しない。カッチーは例によって大鼾だ。
「クルテ? おい、クルテ!?」
声を潜めてクルテに呼び掛ける。これほど近ければ聞こえるはずだ。だけど返事がない。
「おい、眠ってるのか?」
眠っているふり? そう思ったがどう見てもぐっすり眠っている。おまえ、眠らないんじゃなかったのかよ?
起こそうかと思うが、あんまりぐっすり眠っているから起こすのが可哀想に思えてくる。だけど、こんなところをカッチーに見られたら? 誤解されるに決まっている。だいたい、なんでクルテはここで眠ってるんだ?
「……ごめんね」
不意にクルテの声がした。
「ごめんね……」
「クルテ?」
寝言か?
「肩を治してあげられなかった……」
「えっ?」
ピエッチェの腕を抱き締めるクルテの腕に力が籠る。
「クルテ?」
ピエッチェがクルテの顔を覗き込む。やっぱりぐっすり眠っている。
ダメだ、起こせない……少なくとも今はダメだ。もう少ししたら、叩き起こそう。その時、気が付いたふりをして。
と、思っているうちに自分も眠ってしまったピエッチェ、目覚めた時にはクルテはいなかった。どこに行ったのだろうと、部屋を見渡せば、窓から差し込む光は朝を知らせている。クルテは自分のベッドにも居なかった。
居間に行くとテーブルに突っ伏していて、
「遅いよ」
と、ピエッチェを見ずに言った。
「カッチーもまだ起きて来ない。起こして来い――マデルを誘って食堂に行く。朝飯だ」
「朝飯には早い時間なんじゃないのか? それよりおまえ、どうかしたのか? なんだか具合が悪そうだぞ?」
「わたしが? ピエッチェの思い違いだよ」
本当だろうかと思うピエッチェ、けっこうクルテには誤魔化されている。まぁ、いいか……だけど、やっぱり昨夜のことは気にかかる。なぁ、おまえ、眠ったことがないなんて嘘だろう? 聞いてみようかと思ったがやめておいた。どうせ、なんだかんだと『はぐらかされる』のがオチだ。
食事を済ませ、そろそろ他の客は出払った頃、
「そろそろ行こうか?」
クルテが言い出す。どこから調達したのか、ロープを担いでいた。
「カッチーはマデルと今日もお留守番。心配しなくていいからね」
「クルテさん、昨日、何か判ったんですか? なんだか聞きそびれちゃってたけど」
怖がらせちゃ可哀想だと、カッチーには昨日の出来事は話さないことにしていた。
「ううん、これと言って収穫はなかった。今日は何かあるといいね」
朝食からそのままこっちの部屋に来ていたマデルがニヤッと笑うが、もちろん口出ししない。
「でね、今日は踊り場の窓から庭に降りてみようと思ってる」
「庭に? なにも見つけられなかったんですよね?」
不思議そうなカッチーにクルテが説明する。
「階段下の扉から出た庭は宿の庭じゃないらしい。そして踊り場の窓から見えてるのは宿の庭だと判ってる。だから昨日、階段下のはどこの庭だろうって街中を探したんだ。でも見つからなかった。いろんな人に聞いてみたんだけどね。こうなったら、振出しに戻ったほうがいいと思うんだ」
「えっと……とりあえず、階段下の庭の在り処は諦めて、シャーレジアさんが言っていた宿の庭、つまり踊り場から見える庭を調査するんですね?」
「そう、そう言うこと。カッチーは察しがいいね。シャーレジアの助言に従うのがやっぱり近道だよね」
「今日は僕も一緒に行きます! 何が隠れているのかワクワクしますね」
昨日は随分と退屈していたのだろう。張り切るカッチーに、
「ううん、今日もカッチーはマデルとお留守番だよ」
クルテが申し訳なさそうに言った。
「えぇ?」
「カッチーには大事な役目をお願いしたいんだ」
明白にがっかりしたカッチー、慰めたのはマデルだ。
「カッチー、あんた、凄いね。大事な役目を任されるなんて」
「マデルさん、でも、俺……」
「一緒に行きたかった? 帰ってくるのを待つのもね、仲間の大事な仕事なんだよ」
「仲間の大事な仕事?」
「うん、ピエッチェとクルテを信じて待つ、これは仲間じゃなきゃできないこと、判るかい?」
「はい! 頑張ります!」
カッチーが単純でよかった……マデルがクルテに頷いた。
「カッチーに頼みたいのはロープの管理だ――このロープを階段の手すりに結び付けて、僕とピエッチェが踊り場の窓から降りる。そのあとロープを外して、隠しておいて欲しいんだ。誰かに見付かって、持って行かれたら困る。言わば命綱だ。頼めるかな?」
「もちろんです! 何があってもロープを確保しておきます」
「頼もしいねぇ……で、僕とピエッチェが戻ってきたらまたロープを手すりに結び付けて、窓から垂らして欲しい。ロープの結わえ方はあとで教えるよ。覚えられるよね?」
「はい、頑張ります!」
ふたりの会話を聞いていたピエッチェ、大丈夫かな? と危ぶむが黙っていた。それにしてもいつの間にロープなんか用意したんだろう? まぁ、これで『痛い、やめて、擽ったい』は聞かされなくて済む。だけど、どうやって、戻ってきたとカッチーに報せるんだろう?
マデルに二階の見張りを頼み、カッチーに教えながらクルテがロープを手すりに結ぶ。
「解くのは、ここをこう……判った?」
「はい、覚えました」
神妙な顔で答えるカッチー、
「頼んだからね、カッチー。行こう、ピエッチェ」
クルテが振り向き、ピエッチェに微笑んだ。




