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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
14章 風の行方

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13

 宿は六人部屋、部屋に入るとすぐに広い居間でドアが三枚、二人用の寝室だ。正面はテラス窓でバルコニーに続いていた。最上階の四階、三階までは部屋のある部分に作られたバルコニーには屋根がない。部分的に屋上になっている作りはギュリューの宿と同じだが、ここには花壇やベンチは置かれていなかった。もちろん四階部分が空と同化するような塗料で塗られていることもない。


 四角いバルコニーの部屋から見てどん詰まりの手すりから見降ろせば、宿の玄関に面した道だ。右はジジョネテスキの屋敷の敷地、左には民家が立ち並んでいた。


「逃げるのに最適」

クルテがニマッとする。

「なに言ってる? 最上階で出口は廊下に通じるドアだけ、そして階段は一箇所、同じ階には廊下を隔てた一部屋だけで、客が入ってる――完全に包囲されてるぞ」


 マデルがお茶を淹れている。フロント横のカウンターに並べられていたポットとカップをマデルが選び、カッチーがトレイに乗せて運んできた。他にも客がいるのだから、細工されてる心配はなさそうだ。


 クルテがメレンゲ菓子を配るのに使ってしまい、ソーサーなしのカップをマデルが配り終えると、まずはラクティメシッスが

「どこから検討するのがいいでしょう?」

溜息を吐いた。

「二人の若者に聞いた話? それとも若者の素性の検討? やっぱり本物のジジョネテスキの居所? あっと、偽者のジジョネテスキの目的を忘れるところでした」


 クルテが

「カテロヘブの次はジジョネテスキ? 他人になりたがるのが流行ってるね」

クスッと笑う。そして

「でもさ、カテロヘブの時はローシェッタ国が懸賞をかけてた。成りすます旨味もあったけど、ジジョネテスキに化けて何か得するの?」

と言うとメレンゲ菓子をパクっと口に入れた。ラクティメシッスが『まずは偽者の検討からのようです』とマデルに耳打ちする。


 ローシェッタ国の三人がザジリレンの貴族に詳しいはずもない。ピエッチェに注目し、発言を待っている。検討の材料を出せと言うことだ。クルテは話を掻き混ぜただけでメレンゲ菓子に夢中、一つ口に入れてはニマニマし、今日はどういうわけか残りの数を気にしている。数を気にするのはいつものことだけど、分配済みなのに数えるのは珍しい。


「ジジョネテスキは王家の警護に当たる騎士隊の隊長だったんだが……まぁ、罷免されたってことだろうね」

何から話したものか迷ったが、ジジョネテスキがどんな人物かを説明することにしたピエッチェだ。

「父親はザジリレン軍総督のモバナコット卿ターンミクタム、本人は国一番の剣豪って言われてる。競技試合で負けたことがない。んー、トロンペセスの弟子の一人だ」


「今さらですが、トロンペセスは本物ですよね?」

遠慮がちに尋ねるラクティメシッスに、ピエッチェも自信なさげに答えた。

「トロンペセスの顔は見てないからなぁ……声は似てたと思うけど、あの場所で聞いてるからなんとも。でもさ、ワッテンハイゼの警備隊を引き連れてきてるんだ。間違いないとは思う」


「例えば、警備隊配属の別人ってことは? 誰かが彼を『トロンペセス』って呼ぶのを聞いてない。名を呼んだら『わたしを知っているか』と言って笑ったから、てっきりそう思い込んでいたんだけど。そうだ、カーネンテルってのは?」

「カーネンテル? 聞いたことないな。もっとも俺が知っているのは各地域の責任者どまりだ。その下は各責任者に任命権がある」


「そうですよね、そんなものですよね――あ、そうだ。ジジョネテスキはセーレムの統括責任者に左遷されたってことだけど、前任者は?」

「ココデカスナ。かねの計算が得意な文官。セーレムからの税収が見込み額より少ないのを不審に思った前王が調査を命じて派遣した。期待に応えて不正を摘発し、その上で適性税率を提言したのが認められてセーレムの統括に任命されたんだ」


「有能だってことですね。そのココデカスナがどうしているのかが気になります」

「王宮に戻されたんじゃないのかな? カテロヘブを排除したら国庫や王家のかねを動かしたくなるだろうから。金庫番はザンザメクス卿――あ、そうか、それでダーロミダレムを人質にとったか」


「国のかねを好き勝手に使うため、息子を人質に取ったならココデカスナは不要に思えますよ?」

「ザンザメクス卿を解任するわけにはいかないんだ。カテ()ルク()ルス()()の時から金庫番の家柄、それを解任したらさすがに他の貴族たちが黙っていない――金庫番だけあって護りが固い。でっち上げようにも付け入るスキが見つからなかったんだろうね」


「対外的にはかねを握っているのはザンザメクス卿、実際に動かしてるのはココデカスナってことですか」

「国としての対面は保ちたいはずだから、どこにどれほどの掛かりが必要かを計算させる人材は必要なはず。んー、で、私腹を肥やすつもりなら余計に出金させて、って感じなのかなぁ?」


「おや、急に歯切れが悪くなった」

「いや……私腹を肥やすためにカテロヘブを排除したとは思えないからさ」

「ネネシリスは自分が王になるようなことを言っていたのでは?」

「王姉を妻にしているからな。妻を即位させて、王配として実権を握ろうとしたんだろう。だけど王女クリオテナは夫を(あご)で使うような女だから、ネネシリスの思い通りには進まなかったようだ」


「クリオテナ王女はフレヴァンスみたいな感じですか?」

「クリオテナは理詰めでまくし立てて、容赦しないタイプ。まぁ、顎で使われてたのはネネシリスだけ、子どものころからそんな感じだった。ネネシリスに甘えてたんだろうね」

「あぁ、好きな相手を虐めるって? でもそうなると、ネネシリスはクリオテナを嫌ってたとか?」


「それがそうでもないんだ……我儘が過ぎるって王妃がクリオテナを叱ったことがあるんだけど『クリオテナは僕にしか我儘が言えないんだから』って庇った。確かにその通りなんだけどな」

「ふぅん、王女さまは我儘を言うなんてことがなかったんだ?」

「ネネシリスにだけ。で、王妃もそれが判ってるから、クリオテナを注意したのは俺が知ってる限り、その一度だけだ」


「お姫さまを守る騎士のつもりだったのかもね」

と言ったのはマデルだ。

「すっごく微笑ましい話だよね。本当にそのネネシリスがカテロヘブ王を殺そうとしたのかしら?」


 マデルの疑問にピエッチェが質問で返す。

「姿と声を別人にできる魔法なんかあったっけ?」


「ローシェッタにはないわ。女神の魔法でも聞いたことない」

「ザジリレンでも聞いたことがない。つまりカテロヘブを襲ったのはネネシリスだ」


 と、急にクルテがピエッチェを見上げた。

「メレンゲ菓子って卵白を泡立てて焼いたんだよ」


「あっ? いや、そうやって作るんだ?」

「うん、そうやって作るの――卵がこんなふうになっちゃうなんて魔法みたい」

「え、あ、うん――俺の分が食いたいのか?」

話に夢中で菓子には手を付けていないピエッチェだ。いいの? とクルテが嬉しそうな顔でピエッチェの皿を引き寄せる。それを見てからピエッチェが『どこまで話したんだったっけ?』と苦笑する。


 すかさず答えたのはクルテだった。

「人間の魔法でも女神の魔法でもないなら魔物の魔法だって話」


「そうそう、魔物の――えっ? クルテ、おまえ、イヤ……」

不意打ちに慌てふためくピエッチェ、まったく考えていなかったところに魔物と言われて『そうだ、クルテは姿を変えていた』と思い、それをつい口にしそうになった。


「コゲゼリテの魔物がね、ほら、騎士病の」

見上げる相手をラクティメシッスに変えてクルテが続けた。

「正体はヤギだったんだけど、カッチーとかジャノって女の子に化けたんだ。そう言えば、暖炉にも化けた」


「えっ!?」

叫んだのはカッチー、

「俺ですか? なんで魔物が俺なんかに?」

身に覚えがないと言いたそうだ。クルテがニコッと答える。

「あの魔物は、コゲゼリテの誰にでも化けられると思うよ。魔力が弱いから長くは化けていられないけど」


「でもお嬢さん、トロンペセスからも偽ジジョネテスキからも魔力は感じませんでしたよ?」

「オッチンネルテからも感じなかったでしょ?」

「あ……」

ラクティメシッスが『アハハ』と力なく笑った。


「しかし、相手が魔物だとすると厄介だな」

呟くピエッチェ、ラクティメシッスが

「そうと決まったわけではありませんよ」

溜息交じりだ。

「キュレムギルドは『ジジョネテスキは客の前には出ない』と言っていました。それが閉店間際とは言え、出てきたのには意味があるかもしれません」


「大した意味はなさそうだぞ。あの二人から俺たちの存在を聞いて顔を見にきたってとこだろ?」

「さっきの話の流れから、わたしたちが来店するかもしれないとキュレムギルドが偽ジジョネテスキに注進する可能性はあるけど、わざわざ他をすっ飛ばして会計まで追いかけてきたのはわたしたちだと判っていたように思えますよ?」


「店の奥のキュレムギルドがいて『あいつらだ』って言ったのかもしれないし、こんな感じの五人連れって聞いてりゃ判りそうだ」

「こんな感じ?」

「いい女を連れてる金髪の綺麗な顔の男と成人間近くらいの少年、痩せっぽちで貧相な女とムスッとした男」

「うーん……わたしたちってある意味目立つ?」

気付いてなかったのかよ……


「あるいは……」

と言ったのはクルテ、ピエッチェのメレンゲ菓子を食べきった。

「店で声をかけてきたのがジジョネテスキじゃないって判るかどうか、わたしたちを試したとか?――ねぇ、お茶ってお替りある?」

あるわよ、とマデルがポットに手を伸ばす。


 ピエッチェとラクティメシッスが見交わして、

「もし判らなければ敵認定ですかね?」

とラクティメシッス、ピエッチェは

「逆だろ?」

怖い顔をした。


「ジジョネテスキは名を知られちゃいるけど、顔は知られていない。知ってるのは王宮関係者くらいだ」

「王宮関係者なら、ラチャンデルと繋がりがあると?――お嬢さんが言った料理の感想って、厭味だと思われてますね」


「厭味なんか言ってないよ? 正直に答えただけ」

お替りしたお茶に息を吹きかけていたのを中断して、クルテがラクティメシッスに口を尖らせる。

「だって、しょっぱくなかった?」


「俺は美味しかったですよ?」

カッチーが首を傾げると、マデルも

「うん、わたしのも美味しかった」

と同調する。


「わたしのも美味しかったですよ――ピエッチェは? お嬢さんと同じ料理でしたよね?」

訊いてきたラクティメシッスにピエッチェが答える。

「いや――俺のも美味かった。だから嫌味だと思ったんだが?」

するとクルテがピエッチェを見上げた。

「え? しょっぱかったのはわたしだけ? シチューって一人分ずつ作るもの?」

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