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焼けるような緊張――クルテを睨みつける若い男、その後ろではもう一人がピエッチェとラクティメシッスを警戒している。カッチーがマデルの前で身構えて、護りの姿勢を取った。そんな中、クルテがクスッと笑う。
「ヤダなぁ、なんだかヘンな雰囲気……おニイさん、さっきのラスティンよりもっと怖い顔だよ」
「おまえ、何者だ?」
そんなんじゃ騙されないとばかりにクルテと向き合う男が言った。
「何者って聞かれてもねぇ……あえて言うなら魔法使い」
「嘘を言うな。おまえからは魔力を感じない。向こうの二人は威嚇するつもりか、随分と発散させているがな」
男がラクティメシッスとマデルを顎で指した。
「うん、威嚇してる。だっておニイさんが剣を抜きそうなんだもん。あの二人にとって、おニイさんたち相手なら魔力を隠すのなんて簡単だけど敢えてそうしない。魔法が使えるのを見せびらかせば、不利なのを悟って馬鹿な真似はやめるのを期待してるの。あなたたち、せいぜい基礎魔法が使える程度だよね」
「うぬぅ……」
男の悔しげな顔、クルテの言う通りなのだろう。
悔し気にクルテを睨みつけたまま、男が言った。
「何が目的でわたしたちに近付いたんだ?」
「また可怪しなこと言ってる――話しかけてきたのはそっちだよ?」
「こっちが去ろうとしてるのに引き留めたじゃないか」
「だって、困ってるみたいだったから」
「わたしたちが困っていようが、そっちには関係ないことだ」
「ちゃんと話を聞けって言ったの、あなたじゃなかった?――わたしら、トロンペセスに頼まれて来たって言わなかったっけ?」
「トロンペセスが何をおまえたちに頼んだって言うんだ? そもそもおまえたちに何ができる?」
「ジジョネテスキが心配だ。彼が困っているなら助けて欲しい、そう言われた――魔法使いだって言ったでしょう? 役に立てるはずだよ」
「おまえたちの助けなんか必要ない。信用できるもんか!」
クルテがクスクス笑い始める。
「ヤダなぁ、おニイさんを助けようとは思ってない――わたしたちが助けたいのはジジョネテスキだよ」
「断る!」
「そんな権限、あなたにあるの? ジジョネテスキに訊いてみたほうがいいんじゃない?」
「煩い!」
「じゃあ、いいよ」
クスクス笑いのままクルテがピエッチェを振り返り、男から離れてピエッチェの方に来た。
「ねぇ、お腹空いた……」
見上げてくるクルテに
「あぁ、食事に行くか」
鞘に置いていた手をクルテの肩に回し、ピエッチェが答える。ラクティメシッスも緊張を解いて、
「行きますか――ジジョネテスキのレストランに」
クスッと笑う。ピエッチェたちは二人の男に背を向けて馬車に向かった。キャビンに着く直前、貨物台からタラップが飛び出して来てドアの前にセットされた。
「おまえら! 行かせるか!」
二人の男が鞘を抜こうと身構える。でも、抜けない。ラクティメシッスの魔法だ。
「待てっ! 待てったら!」
どうやら足も動かせないらしい。
「待ってくれ! 本当に助けてくれるのか? どう助けてくれるんだ!?」
男が情けない声で呼び止めるとピエッチェが振り返り、ラクティメシッスがニヤっと笑った。
「あっ!?」
男たちの剣が腰を離れ宙を飛び、それをラクティメシッスが受け取った。
「話を聞く気があるなら馬車に乗りなさい。剣は降りるときに返します――どうしますか?」
二人は顔を見交わしてから、
「判った、話を聞こう」
と答えた。その途端、二人の足は呪縛から解かれていた――
キャビンに居るのはピエッチェ・クルテ・ラクティメシッス・マデルの四人と若い男二人だ。カッチーは外で待っている。キャビンの座席は三人用が二列、一番奥には若い男を向かい合わせに座らせ、それぞれの隣はピエッチェ・ラクティメシッスだ。
具体的にどんな嫌がらせがあったのかを尋ねたラクティメシッスに、
「本当に、我らに助力してくれるのか?」
キュレムギルト――ピエッチェたちに声をかけ詰問口調になった男が、答える前に確かめてきた。
「随分と警戒しているようだが、そんなにジジョネテスキの状況は危ないのか?」
こう訊いたのはキュレムギルドの隣に座っているピエッチェだ。
「トロンペセスがジジョネテスキは監視されてるって言ってた。半年程度、警備隊が屋敷の周りを固めてたってギスパで噂を聞いたが、もう撤退したらしいが?」
「ギスパ? なんであんなところから?――まぁ、それは噂じゃない。警備隊は撤退した……警備隊がいる間は安心だった。ジジョネテスキさまが襲われても警備隊が守ってくれる。撤退したから、わたしたちが目を光らせることにしたんだ」
「ん……おまえたちの手に負える相手ならジジョネテスキが後れを取るとは思えないが?」
ピエッチェの指摘にキュレムグルトがムッと黙った。するともう一人、アーネムリセコがピエッチェに言った。
「ジジョネテスキさまのことを良く知っているような口ぶりだ」
「ザジリレン一の剣豪だって聞いてるからさ。悪いがおまえたち二人、剣の腕は大したことないよな」
「なにをっ! これでもザジリレンが誇る騎士団の一人、役に立たないとは言わせない!」
ピエッチェに掴み掛りそうな勢いなのを、隣に座るラクティメシッスが『まぁまぁ』と宥めた。
「騎士の一人がなぜこんなところにいる? 非番なのか?――違うな、ゲリャンガに騎士は配置されていないはずだ。さては職務を放棄してゲリャンガに来たか?」
ピエッチェが鼻で笑う。心境としては叱りつけたいが、それもできない。騎士なら騎士の務めを果たせ。ジジョネテスキを助けようなどと思いあがるな。
アーネムリセコは納得いかない様子だったが、キュレムギルドは
「騎士団はやめたんだ」
気まずげに言った。
「ふぅん。それを知ったらジジョネテスキは怒るだろうな」
「うん、叱られた。やっと騎士に採用されたのに何をしてるんだって。だけど、ほっとけなかった」
「キュレムギルド、おまえ、ジジョネテスキの知り合いか?」
「あ、うん、まあな――そんな事より、本当に助力を? それに、あなたたちは誰なんですか? 信用できると証明して欲しい」
するとピエッチェの隣で声がした。
「わたしたち、密入国者」
クルテだ。
「密入国って言っても、ローシェッタの王太子とザジリレン国王カテロヘブの密命を受けてる」
「カテロヘブさまっ!?」
「大声出すな!」
アーネムリセコとキュレムギルドが驚いて声をあげ、ラクティメシッスが慌てて制する。するとキャビンの外から
「今は誰も居ません」
カッチーの声が聞こえた。
カテロヘブと聞いてカッチーはどう受け止めたのだろうと、ピエッチェが気にする横でクルテが続けた。
「川に落ちた王はローシェッタまで流された。そこでローシェッタ王家に助けを求めたんだ――ザジリレンは王を返せとローシェッタに詰め寄ったことは知っているな? けれどローシェッタは王など知らないと突っぱねている。命を狙うヤツがいるザジリレンにカテロヘブを返せないと判断したからだ。だがいつまでも返さないわけにはいかない。だからわたしたちにザジリレンの様子を調べるよう密命を下した……さて、わたしたちを信じるか? それとも密入国者として捕らえ、警備兵に引き渡すか?」
アーネムリセコとキュレムギルドが息を飲み、互いの顔を見比べてからラクティメシッスとピエッチェを見、マデルとクルテを見る。
「それは、本当のことなのか?」
訊いてきたのはキュレムギルド、答えたのはラクティメシッスだ。
「すべて真実だがどう証明するかなぁ……とりあえず、わたしとわたしの隣の女性はローシェッタ王室魔法使いの身分証を提示できるが、見ても判らないだろう?」
自分の首に手を伸ばすと細い鎖を引き出した。服の下に隠していたペンダントにはローシェッタ王家の紋章が入っている。マデルも同じようにペンダントを引っ張り出してキュレムギルドに翳した。
「いや、確かにローシェッタ王家の紋章だ。ローシェッタ王家に関係する人物なのは証明できる。そして魔法使いなのも判っている」
キュレムギルドがアーネムリセコに頷いた。知識はアーネムリセコよりキュレムギルドのほうが上か。
「あっ……」
つい声を上げたピエッチェ、キュレムギルドの名を思いだしたのだ。年一度の騎士採用試験、その筆記試験で満点だった者がいるとネネシリスが報告してきた。直近の試験でのことだ。それがキュレムギルドだ。どんな男かと問うとジジョネテスキの妻の弟だとネネシリスが答えた。あれからもうすぐ一年だ――なるほど、騎士の身分より姉の夫を助けることを選んだか。
「何か?」
「いや、なんでもない」
訝るラクティメシッス、惚けるピエッチェ、クルテがクスッと笑った。
アーネムリセコがラクティメシッスとマデルをじろじろ見てからキュレムギルドに言った。
「ローシェッタ王太子の密命は信じよう。だけどその内容は? 王の不在は広く知られている。ザジリレンの内情を探って、侵攻する計画を立てていないとは限らない」
するとキュレムギルドが『うーーん』と唸ってから言った。
「カテロヘブ王の密命と言ったが、それを証明するものは?」
さて、どう証明しよう? ピエッチェとラクティメシッスが目を見交わした。すると、ここでもクルテが身を乗り出して言った。
「カテロヘブ王からクリオテナさまに宛てた手紙を預かってる。開封するわけにはいかないけれど、封筒のままなら見せてもいい。触っちゃダメだよ。蝋封がしてあるからそれを見ればカテロヘブ王が書いたって証明になる。カテロヘブ王の紋章は知ってる?」
「王の封蝋印? もちろん知っている、教本に載っていた」
騎士養成所の教本か……掲載してるんだなぁとピエッチェがぼんやり思う。って言うか、姉貴に手紙なんか書いちゃいないぞ? だいたいクルテ、おまえいつの間に俺の封蝋印を使ってるんだ? これって何度目だ?
クルテがサックからガサゴソとほんのり水色の封書を出して、封印のあるほうをキュレムギルドとアーネムリセコの方に向ける。エンジ色の蝋封は確かにカテロヘブ王のものだ。
クルテがガサゴソしたサックには黒や赤の革袋も入っていた。トロンバで座席の下に隠れていた時、警備隊がクルテにサックの中身を出させたが『茶色の袋に入ってるのはお金、ピンクには櫛と手鏡、水色はキャンデー』とクルテが言っているのが聞こえていた。あの時、黒と赤はどこに消えていたんだろう?
黒の皮袋にはグレナムの剣の宝飾石が入っていた。赤は金袋、だがそっちはそれほど心配しなかった。どうとでも誤魔化せる。だがグレナムの宝飾石はそう簡単に手に入るものじゃない。大量の黒瑪瑙、大粒の金剛石や紅玉・ 蒼玉 ……なぜ所持していると訊かれたら返答に困る。
いったいどこに隠した? 不思議だったが訊く余裕がないまま、忘れていた。




