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男がラクティメシッスを睨みつける。背には冷汗が流れていることだろう。
「なんの証拠が……いや、どんな証拠を掴んだって言うんだ? だいたいおまえは誰だ?」
こうなったらラクティメシッスの口を塞いで、証拠なんか揉み消したいはずだ。
「証拠ねぇ……いろいろあるけどなぁ。なぁ、あんた、そもそもこの宿の持ち主の名を知っているか? 素性は?」
「素性なんか知るものか。五年前この村に来て、山沿いの空き地を買ってデカい屋敷を建てて住み始めた。こんな田舎に住みたがるなんて変わり者だが、そんなの本人の勝手だ。スズマリアネって言う金持ち、俺が知っているのはそれだけだ」
この男もスズマリアネが手配されているとは知らないらしい。が、後方にいる男が顔をあげてラクティメシッスを見た。その男は知っているようだ。あれがワッテンハイゼ警備隊の総司令トロンペセスだとラクティメシッスが見当をつける……出てくるのを待つか、こちらから切り出すか?
トロンペセスと思しき男が近くにいた警備兵に何か言った。言われた男は馬を駆って先頭の男に近付くと尋ねた。
「宿の持ち主がスズマリアネなのは間違いないのか?」
「本人がそう言ってたぞ?」
訊ねた男がトロンペセスを見る。トロンペセスが頷くと警備兵が、今度はラクティメシッスに向かって訊いた。
「スズマリアネの悪事とは?」
「女性の誘拐監禁及び売春の強要、そして盗掘」
ラクティメシッスが答える。
「盗掘だと?」
「平屋で隠してあるが自宅の裏に坑道が三本あった。採掘しているのは鉄鉱石と紫水晶、どこで売り捌いているかまでは聞いてない。が、掘り出したものが平屋に積み上げてあった。馬車で運び出しているはずだ――平屋にスズマリアネとその妻を閉じ込めてきた。行けば判る」
先頭にいた男がクッと唇を噛んだ。トロンペセスの指示でラクティメシッスに質問した男が
「ゴーインは目の前の宿、サネフルとソネルは手分けして二軒の宿に行って男たちを捕らえてこい。女がいたら保護してやれ。抜かるなよ」
指示を出すと、それぞれが部下を連れてバラバラと駆け出して行った。先頭の男はどうやらゴーインらしい。馬を降りると、数人引き連れて目の前の宿に入っていった。
警備隊で残ったのはトロンペセス、指示を出した男、トロンペセスを取り巻く三人の計五人だ。
一番近くにいた男に、トロンペセスがなにか指示した。男がラクティメシッスに近付いて馬を降りる。すると他の三人も馬を降りた。どうやら指示を受けた男がこの四人の中では一番格上のようだ。
「わたしはワッテンハイゼ警備隊副指令のカーネンテル、通報、ご苦労だった――あなたは?」
ラクティメシッスの前まで来ると男が言った。思った通り、四人の中では一番格上、トロンぺセスのすぐ下、側近と言った感じか。
「わたしはラスティン。旅の者です」
「旅行の途中ですか……このトロンバにご旅行とは珍しい」
「えぇ、ザジリレン国各地、全てに行ってみたいと言う友人がおりまして。その男に誘われたのです」
カーネンテルが値踏みするようにラクティメシッスを見てから言った。
「さて、そのご友人は? 失礼だが、キャビンを検めさせて貰いたい」
嫌だと答えたところで調べるんだろう? そう思いながらラクティメシッスが
「どうぞ、ご存分に」
と言った。
カーネンテルの後ろに控えていた三人がサッとキャビンに走り寄り、キャビンのドアを開ける。中に居るのはクルテとマデルの二人、
「ご婦人の荷物を調べるのは心苦しいが、手にしている荷物の中を見せて貰えるだろうか?」
遠慮がちに訊いている。
「中身を出して見せればいいのかしら?」
マデルがそれに答えている。
もう一人は御者台に近付いて、カッチーとリュネを見ている。
「何か荷物はないのか?」
「俺の荷物は箱に入れて全部貨物台」
「ふむ……双子ってよく似るもんだな。声もそっくりなんじゃないか?」
「うん、よく言われるよ」
男はリュネを見て『さっきの馬とそっくりだ……まぁ、馬なんてみんな同じようなもんか』と呟いて、後方の貨物台に向かった。
貨物台に向かったのはもう一人の警備兵、
「荷物も見せて貰います」
ラクティメシッスに断ってから、一つ一つ中を見ている。貨物台に積まれているのは殆どが箱、蓋を開けて中身を確認していた。カッチーと話していた警備兵が来て手伝い始める。
「シモンデス、これ、女の服だ……下着が入ってるかもしれない」
カッチーの方から来た警備兵が顔を赤くして、もともと荷物を調べていた警備兵に言っている。
「あぁ、上から抑えてみろ。硬いものがあったら、手を突っ込んでみたらいい」
シモンデスと呼ばれた男がめんどくさそうに答えた。
硬いものか……鉱石をくすねていないか調べているのかもしれない。そう思いながらラクティメシッスがクスッと笑った。安く見られたもんだ。わたしが隠しているのはもっと値打ちのあるものですよ、そう思っている。
キャビンの中ではマデルのバッグを調べ終わった警備兵がクルテのサックに取り掛かっていた。マデルのバッグには化粧品だの細ごましたものがごちゃごちゃと入れられていた。それを全部座席に出させたのだが、一つ出すたびにマデルがいちいち説明するものだから時間がかかっていた。
「うん? こっちはあっさりしたもんだな」
クルテがサックから出したのは巾着袋が三つ、茶色、ピンク、水色、それにハンカチだった。
「中を見ても?」
「どうぞ」
茶色の袋は金入れ、銀貨が数枚とあとは銅貨、石貨もある。ピンクの袋には櫛と手鏡、水色に入っていたのはキャンデーだ。
「これだけ?」
「うん、これだけ」
クルテがサックの中を広げて警備兵に見せた。
「化粧品とかないんだ?」
と言ったが、クルテの顔を見て
「そう言えば、化粧してないね。その割には……いや、どうもありがとう」
最後のほうは言わず、マデルとクルテに礼を言って警備兵はキャビンを降りた。
「あれ、最後にわたしとクルテを見比べたよね?」
マデルがツンと言った。
「どうせわたしは厚化粧よ」
「そんなこと思ってないって」
クルテが苦笑した――
調べが終わると三人はカーネンテルに『怪しいところはなかった』と報告した。するとカーネンテルがラクティメシッスに
「馬には乗れますね?」
と訊いてきた。
「乗れますが……」
「では、一緒に来ていただけませんか? スズマリアネの屋敷に向かいます」
「場所をご存じない?」
「いえ、承知してますが、あなたの証言通りかを一緒に確認したいのです」
証言と違うところがあったら、わたしのを捕らえる心づもりだな……ラクティメシッスが苦笑する。
「そうですか。判りました、ご一緒しましょう――馬はどれに?」
シモンデスが自分の馬の手綱をラクティメシッスに渡した。
スズマリアネの屋敷に向かったのはカーネンテルともう一人、そしてトロンペセスだ。シモンズともう一人の警備兵は残って、クルテ・マデル・カッチーを見張るのだろう。
馬のまま門をくぐり、屋敷の裏手に回る。
「錠前を外してあるのは最初のドアだけです」
「どうしてスズマリアネは出てこないで、中に居るんだ? 鍵がないなら出てきて逃げればいいじゃないか」
ドアは内側から激しく叩かれている。スズマリアネとコケシュアレが『出せ!』だの『開けろ!』だの叫んでいるのが聞こえる。
「魔法です――あの二人が開けようとしても開かない、そんな魔法をドアに掛けました」
ラクティメシッスが澄まして答えると、馬を降りたカーネンテルがドアの前に立ち、
「警備隊だ。開けてやるから騒ぐな」
と言った。『おぉおぉ!』とスズマリアネの声が聞こえ、静かになった。すでに下馬していたもう一人の警備兵に頷いてカーネンテルが場所を開けると、頷かれた警備兵がドアを開けた。
開いたドアからスズマリアネが飛び出して
「ゴーイングは? アイツを呼んでくれ。なんだか誤解が生じている」
ドアを開けた警備兵に縋りついた。
「ゴーイングは、ここには来ないぞ」
カーネンテルが言うと、
「あんたは誰だ? 見ない顔だな――あんたじゃ話にならない、ゴーイングを呼べ。トロンバの担当はゴーイングだろうが!?」
スズマリアネが食い下がる。
「ゴーイングはたった今、トロンバ担当から外された」
カーネンテルが静かに言った。もう一人の警備兵が剣を抜いてスズマリアネに向けると、コケシュアレが腰を抜かした――
トロンペセスがラクティメシッスを見てクイッと顎をしゃくり、馬を歩かせた。ついて来いと言う事か……ラクティメシッスも馬に合図を送る。騎乗していたのは二人だけ、カーネンテルが『あとはお任せください』と、声を張り上げたのはトロンペセスに向かってだろう。
宿の捜索は終わっていたようだ。リュネが牽く馬車から少し離れたところに、何人もの男が集められ縄を打たれている。それとは別に数人の女たちが集められていた。警備隊が頼んだのか、村人らしい女が保護された女たちに毛布や飲み物を配っている。早朝だと言うのに嫌な顔もせず、保護された女たちを慰めていた。そこに、新たに村の女が加わったが、その女はパンの山を抱えていた。
トロンぺセスはキャビンの横で馬を降りた。ドアを叩き『開けても?』と尋ね、『どうぞ』と返事を聞いてからゆっくりドアを開けてキャビンの中を見た。中に居るのはクルテとマデルだ。
「失礼した」
閉めるときもゆっくりと丁寧だ。それを横目で見ながらラクティメシッスも馬を降りる。
男たちの山の中からシモンズが出てきて
「カーネンテルは?」
ラクティメシッスに訊いてきた。手綱を渡しながら、
「スズマリアネを連行して、もうすぐ来ると思います」
答えると『ありがとうございます』とホッとしたように頭を下げ、馬を牽いていった。
キャビンが終わったあとは御者台に向かったトロンペセス、カッチーに会釈してから御者台の下を覗き込む。何をしているのか気になったのだろう、カッチーが身を乗り出してトロンペセスを見ると、気が済んだのか、身体を起こしたトロンペセスがカッチーに気付いてクスリと笑んだ。カッチーの顔が羞恥で赤くなる。
それから屋根を見上げ、溜息を吐いたトロンペセス、振り返ってラクティメシッスを見た。
「はて、わたしのもとに届いた手紙だが、てっきりあなたがたが出したものと思い込んでいたのですが?」
そのあたりを聞かれるのは想定済みだ。ラクティメシッスが顔色一つ変えずに答えた。
「はい、あの手紙は友人が書いて御者台に居る少年の双子の兄に託しました。蝋封をご覧には?」
「見ましたよ……で、そのご友人は?」
「手紙を届けた少年と一緒にワッテンハイゼに向かいました」
「警備隊に来たのは少年一人だったが?」
トロンペセスがジロリとラクティメシッスを睨め付けた。




