4
スズマリアネがマジマジとラクティメシッスを見る。
「おまえ……何者だ? 王宮では見たことのない顔だ。なのになぜそれを?」
語るに落ちるぞスズマリアネ、『王命で手配されているスズマリアネ』だと、白状したようなもんだ。
ラクティメシッスの後ろでピエッチェが、涼やかに義理の伯父を盗み見る。目が合えば、気付かれてしまいそうで正面切っては見られない。だから交渉もラクティメシッスに任せた。もっともピエッチェが頼んだわけでもない。話の流れでそうなっただけだ。ラクティメシッスがそのあたりを考えて主導権を握ったのかは判らない。でもきっと……ピエッチェの事情を汲んでのことだろう。
「おまえが王宮から居なくなって何年経つと思ってるんだ? 五年もあればいろいろ変化するさ」
王宮で認められた身分だと匂わすラクティメシッス、王宮で認められているなどと言えば犯罪だ。が、スズマリアネを脅すには匂わせれば充分だ。勝手にあれこれ想像し、敵の力に怯えるのが人情だ。それを狙っている。
ラクティメシッスを睨みつけるスズマリアネ、さぞかし冷汗をかいていることだろう。これでワッテンハイゼの警備隊まで味方につけているとなると打つ手なしだが、顔を見る限り警備隊に伝手はなさそうだ。そんなことを考えながらピエッチェは、ワッテンハイゼの警備隊の司令官の顔を思い浮かべる。舟を漕ぎそうだったクルテが、ハッと顔を上げピエッチェを見た。
スズマリアネの横ではコケシュアレが何やらがなり立てている。マデルが
「あの女がなんて言ってるかが少し気になるわね」
と呟く。スズマリアネががコケシュアレを頼りにし、意見を尊重しているのは先ほどからの様子で判る。ひょっとしたら支配しているのはコケシュアレのほうかもしれない。と、コケシュアレががなるのをやめて何かスズマリアネに耳打ちした。ラクティメシッスから目を離していないものの、スズマリアネはコケシュアレの言葉に耳を傾けている。スズマリアネがニヤリと笑った。
「俺が警備隊に手を回していないとでも?」
なるほど、そう来たか。が、これはラクティメシッスに一笑される。
「顔色を変えるほど慌てておいて、それはないでしょう?」
「あぁ、確かにな、俺はな。だが、俺はこの村の村長を味方につけている。そして警備隊は村長の味方だ――おい、誰か村長を起こして来い!」
人垣の中から誰かが駆け出した。
「心配ないよ。村長が来たら村長も脅せばいい」
欠伸しながら言ったのはクルテ、目の端に滲んだ涙を拭っている。
「どうせ、警備隊の下っ端を味方につけてるだけだ。ワッテンハイゼの司令官は厳格な男、悪事を知って放置してるはずない。可哀想にその下っ端、処罰を受けることになるね」
「お嬢さん、よくご存じですね」
「うん、わたし、けっこうザジリレンのこと知ってるから」
「ふぅん……本当ですか?」
ラクティメシッスがクルテからピエッチェに視線を移した。
「あぁ、クルテの言うとおりだ。トロンペセスは信頼に値する。下級貴族出身でなければ王宮警備隊に配属されていた」
「しかし、指令自らこの村に来るわけじゃないでしょうから、対策を考えておいたほうがいいのでは?」
「通常、庶民は指令の名を知らされていない。警備隊が向こうに加担するようなら指令トロンペセスと知り合いだと言えば、警備隊はビビるはずだ。さては本当にトロンペセスの知り合いなんだな、と」
「判りました。トロンペセスですね。しっかり覚えました。間違えたら嘘がバレちゃいますからね」
クルテが両腕をあげて伸びをしながら再び欠伸した。
「そのトロンぺセス、ここに来ると思うよ――だって、国王の要請だよ? 頭が固いんでしょ? 来ないはずないじゃん」
「なるほど、それなら却って手っ取り早い」
ラクティメシッスはニッコリしたがピエッチェの顔は曇る。気付いたラクティメシッスが
「何か気掛かりでも?」
と問う。するとピエッチェ、
「俺に剣の手ほどきをしたのはトロンペセスなんだ」
と溜息を吐く。
「彼なら必ず俺に気付く」
「下級貴族が剣の手ほどき?」
疑問を口にしたのはマデル、ピエッチェの身分で下級貴族に剣を教わるのは不自然だと思ったのだ。
「表向きは王都警備隊の当時の指南役が手解きしたことになってる。でも、その指南役は忙しかった。だから自分の弟子の中で一番信頼でき、なおかつ腕の立つトロンペセスを代役に立てた。国王は見て見ないふりだ。指南役を信頼して俺を任せたのだからってね」
ピエッチェがマデルを見る。
「トロンペセスが下級貴族なのを誰よりも惜しんだのは前国王だ。王宮騎士団に入れて重用しようとした。だけど本人がそんな身分じゃないと拒んだ。そして生まれ故郷のワッテンハイゼへの赴任を希望したんだ」
「それで警備隊の指令に?」
「すぐそうなったわけじゃない。シャンシャン峠を昼間なら通れるようにしたのは彼の功績、それが認められての就任だ」
「ふむ、実力でのし上がったってっことですね。そして信用できる人物――ピエッチェを売るとは思えませんが?」
はっとしたピエッチェ、ラクティメシッスがニヤッとして続きを言おうとするが、スズマリアネの声が結界内に響いた。
「村長が来た! 警備隊は俺の味方だって保証した――さっさと観念しろ!」
見るとスズマリアネの隣で身なりのいい初老の男が情けない顔で立っている。
「あれが村長か……」
ラクティメシッスが溜息を吐く。
「ありゃあ、何か脅されてますね」
「コケシュアレが村長の腕に絡みついてる」
クルテが呟くと
「ははん、美人局ですか?」
ラクティメシッスがウンザリと言った。コケシュアレはがっしりと村長の腕を取って、ニンマリと笑んでいる。村長は周囲を気にしながらビクビクし、チラチラとコケシュアレを盗み見している。
「曲者なのはスズマリアネよりもあの女かも知れませんね――ピエッチェ、あの女の素性は?」
「いや、まったく覚えがない」
「お嬢さん、何か知りませんか?」
「あの女がそうなのかは知らないけど、スズマリアネの父親も再婚してて、その再婚相手には娘がいるって聞いたことがある。離婚の原因は父親の浮気、浮気相手の女がよくてスズマリアネの母親を捨てたんだって」
クルテ、なんでおまえそんなこと、知ってる? あぁ、スズマリアネかコケシュアレを読んだんだな。
「お嬢さんはコケシュアレが再婚相手の連れ子だと?」
「スズマリアネの品行が悪くなったのは義理の妹と再会してからだって」
「そんな話聞いてない」
ピエッチェが言うと、
「こんな話、国王や王妃に聞かせたいって誰が思う?」
クルテが澄まして言った。だいたいなんで、そんな話を知ってるんだ? そう言いたいが、ただの噂だと言われればそれ以上追求しようもない。封印されていたはずだとは言えない。
「スズマリアネの父親の新しい女の素性は判っているんですか?」
「さぁ、知らない。本人に訊いてみるといいかも」
ニヤッと笑うクルテ、ラクティメシッスもニヤリとした。
ラクティメシッスが右手を掲げ、結界の壁に掌をつけた。
「コケシュアレに物申す。コケシュアレの声は障壁を超える」
さっきと同じように光の輪が走った。
ゆったりとした動作で腕を降ろしてからラクティメシッスが言った。
「コケシュアレ、あんたに訊きたいことがある」
急に声が聞こえギョッとしたのだろう、コケシュアレが慌ててラクティメシッスを見た。が、すぐにフンと鼻を鳴らしてから言った。
「わたしに取り入ろうたって無駄だよ。あんたたちみたいな金持ちの貴族が大嫌いなんだ――あぁ、でも、わたしに惚れたってんなら考えてやらないでもない」
クルテのニヤニヤが爆発しそうだ。
「あいにく他人の妻を盗む趣味はないんでね……聞きたいのはあなたの母親のことだ。元気にしているのか?」
「うん?」
コケシュアレが改めてラクティメシッスをじろじろと見た。
「あんた、誰だよ? あんたみたいな綺麗な顔の男の知り合いが母さんにいたとは思えない」
「わたしではなく、わたしの父が知り合いだった」
「あんたの父親? ふぅん……で、なんだ? あんたの母親も母さんに文句を言いたいって?」
なるほど、コケシュアレの母親は男を騙して食いつないでいたか。
「いいや、反対だ。父がいなくなってからと言うもの、母には次から次に幸運が舞い込んできた。むしろ礼を言いたい」
コケシュアレがムッとする。
「生憎だね、母さんは死んだ。五年も前にね――ったく! なんだって母さんが騙した男に捨てられた女は幸せになるんだか? スズマリアネの母親だってそうだ。再婚相手の娘が王妃だよ? はっ! 笑っちまう」
「おい、喋り過ぎだ」
隣でスズマリアネがコケシュアレを止めようとする。村長がギョッとしてスズマリアネを見たし、周囲がざわついているのが結界越しに見えた。
「構うもんかい! 村長の弱みは握ってる、警備隊にだって金を渡してる。村のヤツらは根性なしで、わたしらが何をしてるかうすうす勘付いているくせに知らん顔だ」
「なんだ、村の連中は知ってるんだ? そうすると、大して分け前はないか……だったら警備隊に引き渡したほうが得かな」
考えるふりのラクティメシッス、コケシュアレが嘲った。
「あんた、馬鹿じゃないの? 警備隊はわたしらの味方なんだよ?」
「それはどうせ下っ端だろう? トロンペセスは真面目な男だ、賄賂を受け取るはずがない」
「トロンべセス?」
「知らないなら村長に訊いたらどうかな?」
ラクティメシッスが言うより早く村長が真っ青な顔になった。コケシュアレの口からトロンペセスの名が出たからだ。
「ちょっと、トロンペセスって何者さ?」
コケシュアレが村長に訊くが村長、怖じ気づいて何も言えない。代わりに答えたのはスズマリアネ、
「ワッテンハイゼの警備隊の総司令だ」
やはり蒼褪めている。
「あんた、その男もこっちに引き込んじまいなよ」
「無理だ――あの男は無理だ」
「だからさ!」
ラクティメシッスが話に割り込む。
「わたしならトロンペセスを丸め込める。スズマリアネ、あんたを匿ってやれる。ただし、この村での稼ぎ、分けて貰おう」
「冗談じゃ――」
「判った!」
コケシュアレを阻んでスズマリアネが叫んだ。
「判った、分け前はやる。だから俺がここにいるとトロンペセスには言わないでくれ」
「それは難しい。警備隊を呼んだと言っただろう? トロンペセスがくるだろうな」
「なんでトロンペセスが?」
「トロンバにスズマリアネがいるぞって報せたからな」
「おまえ! 俺を匿ってくれるんじゃなかったのかよっ!」
「あぁ、匿ってやる――わたしが勘違いだったと、言えば済む。だがその前に、お宝の在り処を教えて貰おうか?」
唸るスズマリアネ、コケシュアレが
「司令官と知り合いだなんてハッタリなんじゃないのかい?」
耳打ちした――




