2
「なに馬鹿言ってんだい!」
怒ったコケシュアレが自らピエッチェたちに近付いてくる。が、途中で急に立ち止まって後ろを向いた。
「あんた、スズマリアネ……ここに壁みたいのがあって先に行けないよぉ」
「ふむ、ソイツら、魔法使いか?」
スズマリアネが唸った。ニヤッと笑うのはラクティメシッスとマデル、どうやら結界を張ったのは二人らしい。
クルテは楽しみと言ったくせに、もう飽きてしまっている。ピエッチェを見上げて
「もうね、眠いんだけど?」
目を擦る。
「あぁん? 我慢しろよ」
周囲を警戒していたピエッチェの緊張が僅かに緩む。そしてここで――オッチンネルテが動いた。
「助けてくださいっ!」
スズマリアネに向かって叫びながら駆け出した。ハッとしたラクティメシッスが、
「やめろ!」
叫んだ。
オッチンネルテが右手を挙げた。魔法を使う気だ。って、オッチンネルテ、魔法を使えたのか? 魔力を感じなかったのに!?
ピエッチェが剣を抜いてオッチンネルテを追うが間に合わない。マデルは何が起きているのか判断できずにオロオロしている。
「無理やり連れてこられた、助けてくださいっ!――打破っ!」
オッチンネルテの魔法、結界が破れ、囲んでいた男たちの数人がもんどりを打つ。
「後退!」
ラクティメシッスの魔法、男たちが押し返えされ、同時にオッチンネルテが引き戻される。急に後ろに引かれたことで尻餅をついたオッチンネルテの喉元に、ピエッチェの剣が光った。
さらにラクティメシッスの魔法の匂い、今度は結界内を遮蔽したらしい。外の音が聞こえなくなった。外の連中にも、こちらの音が聞こえないはずだ。
「とうとう尻尾を出したな」
ラクティメシッスが冷ややかにオッチンネルテを見下ろした。
「なんだって言うのよ?」
戸惑うマデル、
「地下道に落ちそうになったのは事故じゃない。コイツがマデルを突き落とそうとしたんです。それにしても、随分と魔力隠匿が巧いな」
ラクティメシッスがオッチンネルテから目を離さずに言った。嘘でしょ? マデルが恐々とオッチンネルテを見た。
マデルに答えることなくラクティメシッスが
「わたしが気付いていないとでも?」
オッチンネルテに言った。
「よくも隙を突いてくれたな――あの場で報復しなかった理由が判るか?」
怖い顔で睨み付ける。
結界の外では騒ぎになっている。が、音は聞こえない。口をパクパクさせているのは何か叫んでいるのだろう。必死に見えない壁を叩いてもいる。
「ふん! そんなの知るか」
オッチンネルテが鼻で笑う。
「カテロヘブは魔法が使えない。だから楽勝だと思った。なのに女とは言え魔法使いが二人もいる。さらにローシェッタ国王太子まで加わった。チャンスが見付けられないうち、ザジリレンに着いちまった。こうなったらちょっとしたチャンスも逃せない。焦ったのは失敗だった」
「カテロヘブ王を狙っていた? おまえ、ザジリレンの民じゃないのか?」
「何が王だよっ!? 王ならなんの罪もない自分の家臣を殺していいのか!? ラクティメシッス、コイツはな、狩りに行って、自分の家臣を狩ったんだ」
「ネネシリスがそう言ったのか?」
ピエッチェが難しい顔でオッチンネルテを見詰めた。
「俺の弟はあんたに狩りについてくるよう言われたって、喜んでたんだ。国王付きの騎士になったばかりだった――それをおまえは笑いながら矢で射ったってな!」
オッチンネルテの目から大粒の涙が零れ始めた。
「教えてくれたのはネネシリスさまのご友人、果敢にもカテロヘブの魔の手からネネシリスさまをお守りした勇者だ」
「あの狩りに行った者で生き延びたのはネネシリスだけじゃなかったのか?」
「あぁ、カテロヘブ、おまえは知らないかもしれないな。ラチャンデルさまがたまたま狩場の近くを通りかかったなんてな。どうにか山を下ってきたネネシリスさまを馬に同乗させて城までお連れしたのがラチャンデルさまだ」
「うん? カテロヘブ王の魔の手から救ったのではなくて?」
ラスティメシッスが首を傾げる。
「そうとも! ラチャンデルさまはネネシリスさまを追ってくる血まみれのカテロヘブを見ている。馬に乗せている時にカテロヘブが射た矢を剣で叩き落したのもラチャンデルさまだ。あの矢羽根の色……カテロヘブの矢に間違いない」
ラクティメシッスがピエッチェを見た。ピエッチェもラクティメシッスをチラリと見たが、オッチンネルテに向ける剣に少しの油断もない。
「どうやらネネシリスとラチャンデルはグルらしいな」
言ったのはラクティメシッス、
「そのようだな」
とピエッチェが答えた。でも、本当にそうなのか? 矛盾している……
オッチンネルテがニヤニヤと笑う。
「ローシェッタ王太子をどう抱き込んだのかは知らない。だがなカテロヘブ、おまえはここでお終いだ。ウイッグが無駄になったぞ。警備隊を呼び寄せるなんて、自分で自分の首を絞めたな――ワッテンハイゼの警備隊が付いたら暴露してやる。罪のない臣下を殺した、とんでもない王がここに居るぞってな」
「わたしが彼を、簡単に渡すとでも思っているのですか?」
「あぁ、ラクティメシッス、あんただって無事では居られない。隣国の王太子が密入国だなんて、見逃せるもんか。スパイ行為で処刑されたって文句は言えないぞ」
「そんな権限があなたにないことは判っています」
「だからって、どうにかできるこっちゃないだろう? 結界を張ったところでどうするんだ? ここに居続けたっていずれは餓死、まぁ、俺はそれでもかまわない」
するとウトウトしていたクルテがオッチンネルテの前にしゃがみ込んだ。パッチリ目を見開いている。眠いなんてやっぱり嘘だった、とピエッチェが思う。
クルテは不思議そうな顔でオッチンネルテを見て言った。
「死んでもいいって言ってる割に、喉元の剣を怖がってるのはなんで?」
「クルテ、やめろ。挑発するな」
ピエッチェが窘め、ラクティメシッスが
「訊きたいことは聞けたので、もう用はありません。が、死体の始末が面倒です」
と、これはクルテを止めているのか、オッチンネルテを挑発しているのか判断つかないことを言った。
しかし、このままでは埒が明かない。どうしたものかと思っていると、
「そろそろカッチー、ワッテンハイゼについたかな?」
クルテが呟いた。
「お嬢さん、いくらなんでも早過ぎます。さっき向かったばかりですよ」
苦笑するラクティメシッスに、クルテがニヤッと言った。
「ねぇ、王子さま。翼ってなんのためにあると思う?」
「あっ!」
と叫んだのはマデルだ。
「そっか、リュネは空を飛べるんだった!」
「なんだって?」
驚くのはオッチンネルテ、これは無視される。
「で、お嬢さん、警備隊の到着をいつごろと見てるんですか?」
ラクティメシッスの問いにクルテが答える。
「どれくらいかかるか訊いた時、わたしの王さまは忘れてたいみたいだけど、ワッテンハイゼの警備隊はこの時間、魔物に備えていつでも出動できる体制――国王の要請だ。即時ワッテンハイゼを出てトロンバに向かう。だからあと数時間」
だがラクティメシッス、
「国王の手紙だと信じて貰えるでしょうか?」
と疑問を呈する。シスール周回道で待ち伏せされた時、マデルがグリュンバの警備隊に王室魔法使いの名で出した手紙が疑われたことを言っている
「大丈夫、国王印で蝋封したから」
いつの間に? そう思うピエッチェ、もちろんここでは何も言わない。ラクティメシッスがチラッと自分を見たのを感じたが、そちらも気付かないふりをした。
「それよりこの事態にどう始末をつける? 警備隊が到着する前に決めとかないとまずい」
オッチンネルテに身分を暴露されるのを避けたいピエッチェ、さらに警備隊はカテロヘブ王を探すはず、どう対応したらいいのだろう?
「オッチンネルテには眠って貰えば?」
事も無げにクルテが言った。『へっ?』とオッチンネルテがクルテを見る。
「ジランチェニシスのところにいた時と同じ状態にしちゃえばいいよ」
「あぁ、夢見人になって貰うってこと?」
マデルがニヤッと笑い、ラクティメシッスが『なんですか、それ?』とマデルに訊いた。
マデルが説明しているうちにオッチンネルテの瞳が輝きを失し、動かなくなる。
「でも、クルテ。あれって揺さぶったら起きちゃうんじゃなかった?」
「大丈夫。わたしの魔法なら、馬車が揺れても起きないから」
「あっ、そうよね、どんなに荷馬車が揺れようと、座席から転がり落ちたって起きなかったもんね」
実際はクルテの魔法にピエッチェがさらに魔法を上書きした。ピエッチェは魔法の発動に気付かれないよう、クルテの魔法と同時に施術している。そのうえ、マデルは説明するのに、ラクティメシッスはそれを聞くのに気を取られていた。その隙をついての施術、二人がピエッチェの魔法に気付くことはなかった。
マデルの説明が終り、ピエッチェが剣を鞘に納めるとラクティメシッスがオッチンネルテを見た。
「起きているのに眠ってるんですねぇ……で、表の連中はどうします?」
「警備隊が来れば、スズマリアネに気が付いて捕らえるんじゃないかな? ヤツの手配は取り消されていないはずだ」
「んー……手配されているのに、今まで捕らえられてないのは可怪しいですねぇ」
「実はトロンバについてすぐ、花屋に行っただろう? そこで村長や役人が、宿の持ち主に取り込まれてるって聞いたんだ。まさかその宿の持ち主がアイツだとは思ってなかったけどな」
「村長や役人が匿ってたってことですか?」
「いや、ちょっと違う」
宿が犯罪の温床になっているかもしれないと聞いたラクティメシッスが
「どんな犯罪なのかが気になりますね」
と考え込んだ。そして
「あの山を降りるとき、通った地下道なんですが」
ピエッチェを見た。
「類似の地下道は他にもあるんですか?」
「い――」
「あるよ」
否定しようとしたピエッチェを遮って言ったのはクルテ、
「だけど、昔の話。今は使われてないんだよね?」
ピエッチェを見上げる。
「そもそもトロンバってそんな村だから」
「あ……」
コイツ、なに言ってるんだ、と思ったが、そこまで言われて記憶が動く。トロンバ村の成り立ちは確かこうだ。
「うん、トロンバって、山を崩して作った村だ。その頃使った地下道が残ってる可能性はあるな」
「山を崩した?」
「今では木が生えて判りずらいけど、急な斜面は山を削ったものだ――もともとは山だった。鉄鋼だの紫水晶だのが埋もれているのが判って採掘されたんだ。その跡地に作ったのがトロンバだ」
なるほどね、とラクティメシッスが頷いて
「トロンバ街道は採掘された鉱石を運ぶために作られたってことですね。ひょっとしたら、犯罪って穴掘りかもしれなせんよ?」
ニヤリと笑った。




