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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
2章  魔法使いは真夜中に

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10

 爪先で探ってそろそろと前に進む。

「高さも足で探れ。爪先を壁に沿って上げるんだ」

ピエッチェの後ろでクルテが偉そうに指示を出す。


「こんなもんだろうと憶測で足を上げて、思ったよりも高かったら(つまず)く」

それもそうかと、言われたとおりにする。しかし低ければいいが(ひざ)よりも高かったりとすると、バランスが取れなくて転びそうだ。


「そんなときはわたしに言え。背中を支えてやらないでもない」

やらないでもない? それって支えないかもしれないってことじゃないのか? そう思ったが()えて何も言わないピエッチェ、クルテと遣りあうより階段を上るのに注意を向けたほうがいいと判断した。


 慎重に進むのだから時間もかかる。かなり疲れる。どれくらい上ったのだろうと振り向けば、すぐそこにクルテの顔、

「前を向いてないと落ちるぞ?」

機嫌が悪そうだ。


 燭台(しょくだい)はクルテの予想通り、上るにつれて上へと()が移っていき、下から順に消えていく。出発点を見ようとしたって、真っ暗闇で見えない。諦めたピエッチェ、階段探りを再開する。


 それにしてもクルテのヤツ、俺の顔を見るなりイヤそうな顔をした。自分のことが嫌いだろうと迫ったけれど、クルテのほうが俺を嫌ってるんじゃないのか? なんて事をピエッチェが思う。やっぱりこれも言わなかった。


 見えているけど実在しない階段の高さもどんどん増してきて、とうとうピエッチェは鎖骨まで埋まってしまった。


「クルテ、次の段を上ったら、おまえ、頭まで埋まっちまうんじゃないのか?」

振り返らずにピエッチェが言った。クルテの背は確かピエッチェの(あご)に届かないはずだ。蜘蛛の巣だらけの部屋が大広間だった時、踊ったクルテはそれくらいの背丈だった。もしもヒールの高い靴を履いていたらもっと低い。


「だろうね、多分」


 楽しそうなクルテの声がした。

「だけど心配ない。試しにしゃがんでみたが視界が奪われるだけで息はできた。だからピエッチェ、恐れずに進め。慎重にな」


 何が楽しいんだろうと思いながら

「判った。視界が無くなるんだな?」

ピエッチェが答える。


 視界が無くなる?……目が見えなくなるってことか? 見えているほうの段差の色で目の前が覆いつくされるってことかもしれないな。


 そこから五段上ったところで、ピエッチェの鼻の下まで段に飲まれた。次の段は膝より高い。完全に飲み込まれる。ままよッとばかりに次の段に乗せた足に体重を掛けて目を閉じた。


 トポン……かすかな音が聞こえた気がした。恐る恐る(まぶた)を開けると、何かが目に染みると言う事もなく、ただレンガ色の……空気(?)が見える。もちろん呼吸も普通にできている。まぁ、クルテが何も言ってこないのだから、問題ない。それにクルテだって無事なはずだ。


 さっさと行けと言われる前に進もうと、爪先で次の段を探る。すぐに塞ぐ物を感じ、慎重に足を上げていく。だが、バランスを崩さない限界まで上げてもさらに上へと続いている。


 どうしたものか? とりあえず手で触ってみようと腰を(かが)めた。

「いてっ!」

ゴツンと()()()に壁が当たった。


 この中でも喋れるんだな、と思いつつ

「クルテ、前方は壁だ」

とクルテに報告し、上端を確認しようと撫でるように壁の上へと手を伸ばす。

「上端には手が届かない――行き止まりだ、どうする?」

「ふぅん……壁の左右はどうなっている?」


 ピエッチェが上にあげていた手を左右に下ろす。

「右側は壁が途切れて、前方に直角に折れている。左は……どこまで続いてるんだろう? 今、届く限り壁だ」

「なら、左に進もう。たぶん右に床はない。足場の左を探って。足で探るんだよ」


 足で探ることぐらい判ってら、と思うが言わないピエッチェ、恐る恐る左を向いて、ゆっくりと足を前に出していく。


「一歩以上は行ける。進んでいいか?」

「行けるところまで行ってみて」


 一歩進んで、両足を揃えて立ってから、次の足場を探るピエッチェ、三歩進んだところで、

「三歩は行けた。もっと行くか?」

とクルテに問う。


「待って、今、わたしもそこに行く」

すぐにクルテの手がピエッチェの背に触れた。それだけでなんて心強いんだろうとピエッチェが思う。


「いいよ、進んで。ゆっくりでいいから」

クルテの声に、ピエッチェが足場を探り始める。


 二十歩ほど進んだところでまたも壁にぶち当たる。

「ダメだ、クルテ。突き当りだ。そして右も左も壁だ」

「うーーーん」

今度ばかりはクルテもお手上げか?


「段差になってないってことだよね?」

「壁の上を探っても、触れる限り壁だぞ」

「壁の上? 上だけじゃなく、正面と左右、手の届く高さを全面的に触ってみて」


 言われた通りにすぐ動くピエッチェ、まずは正面の壁を撫でまわしてみる。

「ん?」

ピエッチェが小さな叫びをあげた。


「ここに何かある」

「ここって、どこ?」

「腰より少し上だ。あれ?」


 ピエッチェが慌てて壁をもう一度探る。手に触れた出っ張りはどうやら、枠に囲まれた何かにくっついているものだ。

「これ、多分……扉だ」


「多分って言うな! 扉なら開けてみろ。押してもダメなら引くんだぞ」

「さすがにそれは判る」


 カチャ――呆気(あっけ)なく開いた扉、途端にレンガ色の空気が消えて通常の空気に戻った。つまり周囲が見渡せた。


 左右をレンガ積みの壁に囲まれた通路の前方には向こうに開く扉、ピエッチェ、まずは押してみたようだ。ひょっとして、とクルテの後ろ見ると、そこにはレンガ積みの壁がある。ピエッチェの視線に、クルテも背後を見て苦笑した。

「部屋に入るしかないようだな」

クルテがピエッチェの背中を押した。


 中は普通の部屋だ。ソファーがあって、ソファーの前には低いテーブル、奥には暖炉もある。マントルピースの上の花瓶には花も生けてある。壁には誰のだか判らないが肖像画が飾られている。


「これも幻影なのかな?」

「さあ、どうだろう? それより問題は、入ってきた扉も消え、それ以外にも扉がないってことだ」

「えっ?」


 慌てて扉があったはずの場所を見るピエッチェ、クルテが鼻で笑う。


「その上、この部屋には窓もない」

「どうするんだよ?」

「うん……」


 クルテがゆっくりとソファに座って、テーブルの上のポットに手を伸ばす。テーブルにはポットのほかにソーサーとティーカップが二客、豪華な装飾の銀のトレイに乗せられていた。


「ティーセットからは魔法を感じない。お茶も普通のお茶だ。しかも淹れたて、まだ熱い――舞踏会の次はお茶会をしろってことかな?」


 例によってクルテが楽しそうにニッコリした。


「お茶会?」

ピエッチェがウンザリとした顔で言った。

「お茶会だったら菓子やサンドウィッチとかも用意するだろう?」

と、クルテの対面に腰かける。


「お茶請けか……」

カップに茶を注ぎながらクルテが部屋を見渡て言った。

「ドアがあったところにキャビネットがある。中を見てみろ」

「えっ?」


 そんなところにキャビネットがあれば、部屋に入れなかったはず。だが、確かに立派なキャビネットが置かれている。恐る恐る近づいて中の棚を見ると、菓子などが盛られた皿が三枚容れられていた。


「これ、食えるのかな?」

「こっちに持って来い。食えるかどうか確認する」

「うーーん」


 触りたくないなぁ、と呟いてピエッチェがキャビネットを開ける。大皿に盛られた菓子やサンドイッチは見た目だけなら美味しそうだ。見た目だけでなく、漂ってきた匂いも美味しそうだ。


「うん、美味しそうだね」

ピエッチェがテーブルに置いた大きな皿にはサンドウィッチと果物が盛りつけられていた。さらに二枚、持ってきた皿にはケーキやクッキーなどの菓子類、見た目だけならごく普通、怪しいところはない。そりゃ、そうか。


「ピエッチェ、食べてみろ」

「はぁ?」

「食べる度胸はなさそうだ」


 ニヤニヤ笑いながらクルテがサンドウィッチに手を伸ばし、一切れ(つま)むと止める間もなくパクっと口に放り込んだ。


「うん、普通に旨い」

「だ……大丈夫なのか?」

「もし毒入りとかなら、死にそうになる前にわたしは消えるから」

「だって、おまえ、消化が終わってなきゃ変身できないんじゃなかった?」

「それはだ、変身できないんじゃなくて〝したくない〟が正解。未消化の物がそのままの状態で宙に散乱するからイヤなんだ」

「それは……見たくない光景だ」

「ピエッチェも食べるといい。特に変わったところはない」


 そう言われても勇気がいる。とりあえず、クルテが食べたのと同じ物を食べてみる。

「ん? なかなか旨い」

ピエッチェの言葉にクルテがニッコリし、今度はケーキを口に入れる。クルテの様子に変わりがないのを見てからピエッチェも同じものを食べた。


 それからはクルテが次々に別の物を一つずつ食べていく。それを見てからピエッチェも同じものを食べる。全ての種類を食べたクルテが

「満腹だ。あとはピエッチェが食べろ」

と言った。たいして食べてないのにと思ったが、他人の腹具合が判るはずもない。頷いて次の菓子に手を伸ばす。


「そう言えば、旨いって言ってたけど、味覚はあるんだな」

食べながらピエッチェがクルテに尋ねる。


「機能は変身したものと同じになる。目眩(めくら)ましのためならともかく、そうでなきゃ変身する意味がない。人間になってれば、人間そのもの。味覚以外の感覚も同じだし、目がよく見えるとか足が速いとかってのもない。ただ、魔力は消えない。人間には成り切れない。てかさ。人間の姿になったからって、魔力まで人間並みになったら、元に戻れなくなる」

ちょっとだけクルテが目を伏せる。

「まぁ、魔物は魔物ってことだ」


「ふぅ~ん……機能が変身したものと同じになるってのは人間の時だけ? 痛がったり(くすぐ)ったがる梯子(はしご)とかシャボン玉って見たことないんだけど?」

「だから、あれは単なる暇つぶし」

ムッとしたピエッチェが黙る。クルテは嬉しそうだ。


「ダンスの時、あれって中身も女だったのか?」

「いや、面倒だから服と髪だけ変えた。中身も女が良かったか?」

「そうじゃないけど……おまえ、初めて見た時、女にしては背が高いって思ったけどさ、そうでもなかった。男にしては低いけど」

「初めて見た時? 横になったままで見たから高く見えたんだろう。チビで悪かったね。おまえが無駄に高いんだとわたしは思うが」

「無駄に高い? 高い方ではあるけどそれほど高くはないぞ? それより俺のダンスを褒めてくれたが、おまえだって随分と上手だった。どこで覚えたんだ?」

「わたしは何をさせても(そつ)なく(こな)す。おまえと違って」


 一言(ひとこと)余計だよ……ムッとしたピエッチェ、それでも何か話していたい。なぜだろう? クルテが魔物だから? 魔物の知り合いなんて今までいなかった。それに、クルテに助けられて二ヶ月近く経つのに、クルテのことをそれほど知らない。


「なぁ、消化するってことは、出るものもあるのか?」

「食べながらよくそんなことを訊くな」

「だって、気になったんだ」

「気になった? 排泄するわたしを想像した?」

「するか、そんなもん!」

ピエッチェが真っ赤になって怒鳴り、クルテがケラケラ笑う。


「よく飲むな。それで四杯目だぞ」

自分のカップにポットから茶を注ぐクルテにピエッチェが呆れて言った。ポットは際限なく茶が出てくるようだ。しかもいつまで経っても冷めないらしい。湯気が立っている。


「おまえがグズグズ食べているからだ。茶を飲む以外、他にすることもない」

「そんなに退屈?」

「食べてるのに揶揄(からか)うのは気が引ける。咽喉(のど)を詰まらせて死なれても困るからな」

「なんだよ、俺は老人扱いか?」

「老人とは思ってないが、おまえならやりかねないとは思っている。ドジだから」


 何を言っても馬鹿にされる……それが判っているなら黙っていればいいものを、ピエッチェがまたも質問した。

「人間になり切れないって言った時、なんだか悲しそうだったぞ? おまえ、人間になりたいのか?」


 茶を飲んでいたクルテが上目遣いにピエッチェを見る。

「悲しそうだった? 気のせいだ――それより、この部屋にずっと居るわけにいかない。そろそろ茶会は終わりにして、どうやって脱出するかを考えなければ」

「え、あぁ、そうだな」


「夕飯を食べる時刻までには帰りたい」

「晩飯の心配かよ? 今、食べたばかりじゃないか。まぁ、晩飯を食いそびれたくはないな」

「心配なのは晩飯じゃなくてカッチー。マデルが一緒だから、あんまり遅くなれば昨日買った菓子でも一緒に食べるとは思うけど」


 カッチーを忘れていた。ちょっと気まずいピエッチェが、

「まさか、今日のことを見越して多過ぎるほど買い込んだ?」

と問えば、

「わたしに予知の力はない」

そっけなく答える。


 菓子皿には最後の一切れ、クリームとブルーベリーで飾られたケーキだ。好物のブルーベリーを最後に食べようとピエッチェがとっておいたものだ。


「さて、そろそろ動こう」

クルテがそう言ってケーキに手を伸ばす。

「あっ!」

叫んだところで手遅れだ、パクっと口に入れたクルテがニヤッと笑う。


「おまえ、判ってて食ったな?」

「言い掛かりは止せ」

「だっておまえ、俺の心を読んだんだろう?」

「他はおまえが食べたんだ。最後のひとつくらいわたしに譲っても(ばち)は当たらないぞ?」

「なんで、そんな意地の悪いことをするんだよ?」


 するとクルテが

「うーーん、おまえが好きなケーキを味わってみたかったからかな?――それよりピエッチェ、暖炉に入ってみろ」

と平然と言った。


「えっ?」


 暖炉には火が赤々と燃えている。ピエッチェの顔が蒼褪めた。

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