1
クルテはサックから追加の紙を取り出しては何やら書き込んでいる。
『前王妃の兄と言っても、継母の連れ子。王妃と血の繋がりはない。もちろん現国王とも』
二枚目にはそう書いてあった。
『品行が悪くて、前王に何度も諫められたが聞く耳を持たなかった。とうとう追放することにしたがその矢先、姿をくらませた』
『それが五年前』
『でも、そんな醜聞は民人に知らされるはずもない』
『それをいいことに名を変えることもなく、この村に潜伏していたんだと思う』
書き込んではクルテがラクティメシッスに渡し、それがマデル、カッチーと渡っていく。カッチーがオッチンネルテに渡そうとしたが最初の一枚を見ただけで、あとは『知っています』と断られた。
クルテが残りの紙をサックに仕舞うとピエッチェが、カッチーの持っていた紙を取ってざっと目を通す。書かれていたのはピエッチェが心に思い浮かべたことばかりだ。いったいクルテは何を知っているのだろうと思ったが、心を読んで、そのまま書いたらしい。
紙片をクルテに返すと、クルテの手の中で紙片が消え、カッチーとオッチンネルテが目を丸くする。が、ラクティメシッスはフフンと鼻で笑った。マデルはまったく無反応、紙片を消して隠滅を図るのは焼失魔法の基礎だ。
「まぁ、向こうは気が付いていないんでしょう? 変装の甲斐がありましたね」
チーズを和えたパスタをフォークで弄びながらラクティメシッスが言う。
「明日は早めに宿を出ましょう――いいですよね、お嬢さん?」
ピエッチェを見ていたラクティメシッス、急に視線をクルテに向けた。クルテは難しい顔でパスタを睨みつけていて、返事を寄こさない。
代わりにピエッチェが言った。
「放っとけ、見ただけじゃなにがなんだか判らなくて混乱してるだけだ」
クルテのことだ。様々な食材が入り混じったミートソース、いつものクルテの食品チェックが難航しているらしい。
ところがクルテがピエッチェを見上げた。横目でクルテを見るピエッチェ、
「どうした?」
いつものように、つい訊いてしまう。
「切り刻まれたタマネギ・ニンジン、肉はミンチ、なんの肉かは不明。香り付けにニンニク、煮込まれたトマトは皮と種がない。塩と胡椒で味を調え、かなり煮込んで馴染ませている。判らないと言うな」
なんだって? 見ただけでどうして判る? って、クルテ、いつもと違うぞ?
「でも判らないことがある。ミートソースの下にあるのはなんだ? 太い筒状、斜めに短く切ってある。いつもは細い紐みたいのか、せいぜい平打ちか……マカロニとも違う。これもパスタ?」
「ん? そう言われてみると、ローシェッタではペンネを見なかったな」
「あら、ペンネって言うのね」
クルテの向かいではマデルが呟いている。マデルとラクティメシッスが注文したチーズのパスタは平打ちだった。カッチーが頼んだのはチキンとエビと花芽のグラタン、これは一人前・二人前・三人前があって、二人前を頼んでいる。丸パンが付いていた。オッチンネルテは同じ物の一人前を頼んだ。
「判ったら、さっさと食え」
「食べきれない」
「残してもいい」
ニマッとクルテ、やっとフォークを手にした。
明日はトロンバ街道を上る。
「次の宿泊はどのあたり?」
ラクティメシッスの問いに、
「ワッテンハイゼって街がある。トロンバから半日だ。その先はトロンバ街道の難所と言われるシャンシャン峠、魔物がよく出る。だからワッテンハイゼには警備隊が常駐してる――もちろん宿もある」
ピエッチェが答える。
「魔物が出るって、それは峠に? それとも街に?」
「夕刻から朝、陽が上りきるまで峠は通行止め、必ず魔物が出るからだ。けれど時どき街道を下ってワッテンハイゼの街に出てくることもある」
「街道を下る?」
「うん、峠の向こうはギスパって街だが、なぜかそちら側には出ない。それに、昼間に魔物が出たこともない――ギスパから向こうはケビナって街まで平坦な道が続く。谷あいを行く道だ」
「明日中にシャンシャン峠を通過するのは無理そうですね。ならば、宿泊はワッテンハイゼ、その次はギスパかケビナ?」
「いや、ギスパからケビナは一日では辿り着けない……手前のレンレンホで一泊して、レンレンホの一つ先のキャッテクからジョネルテ街道に入ろう」
「理由は?」
「実はトロンバ街道は、整備が進んでいない。道も悪いし、さっきも言ったように魔物退治が遅れている、って言うか、手つかずの場所も多い」
「歴代の王も手を焼いていた?」
「魔物に手を焼くと言うより、むしろ反対する貴族どもに、だな」
「あぁ、ありがちな話です――自分たちの利益にならないことに、国庫と言えど金は使いたくない」
「うん、そんなところだ」
「キャッテクからカッテンクリュードまでは?」
「馬車でなら三日から五日」
「二日も幅がある理由は?」
「ジョネルテ街道をカッテンクリュードまで行くのは遠回り、途中、トロンバ街道に戻るルートを使う方が早い。ジョネルテ街道のモシモスってところからトロンバ街道に出る脇道がある。ジョーンキって街まで行けるんだが山越え。しかもその山にも魔物がいる。魔物って言っても小物だ。そっちを通れば三日で行ける」
「迷うところですねぇ……」
ラクティメシッスが考え込む。
「まぁ、とりあえず、そのなんだっけ? モシモスだった? 街だの街道だのの名がいろいろ出てきて覚えきれない」
フンッとピエッチェが鼻で笑う。
「街の名なんてどうでもいいと思って、話を半分しか聞いてなかったな?」
「名は覚えなくてもいいでしょう? どうせ行くんだし――そうだ、モシモス、そこまではどう行くか確定してる。山を越えるか遠回りするかはモシモスまで行ってから決めましょう」
「うん、そうしよう」
すでにクルテ以外は食事を終えている。ペンネを一本一本口に運ぶクルテに、さっきからイラついていたピエッチェがとうとう、
「もう少し早く食えないのか?」
苦情を言った。
「そろそろお腹いっぱい。でもまだ食べる」
「どれくらいで食べ終える?」
「宿に帰ってもよさそうな頃」
するとラクティメシッスが一瞬鋭い目つきになったが、すぐにいつもの笑顔に戻ってクルテに訊いた。
「お嬢さん、宿に何か差し障りでも?」
「んー、なんか予感がするだけ」
「どんな予感ですか?」
「悪い予感」
ラクティメシッスが苦笑する。
と、クルテがピエッチェを見上げる。
「ワッテンハイゼの警備隊を呼ぶのにはどれくらい時間がかかる?」
「うん? そんなに悪い予感なのか?」
「ううん、なんだか気になったから」
「早馬を飛ばして、向こうで隊を編成して、もし今すぐ呼んだとして、来るのは明日の日の出の頃、ってところだな」
「なるほどね……」
ニマっと笑ったクルテがオレンジジュースに手を伸ばしながらカッチーを見た。
「カッチー、リュネに乗ってみる?」
「へっ?」
「もうすぐこの店の前にリュネが来る。そしたらリュネに乗ってワッテンハイゼに向かえ」
「お嬢さん、どういうことですか?」
ラクティメシッスに答えず、オレンジジュースを飲み干したクルテが立ち上がる。
「行こう、リュネが来る――宿のヤツら、リュネを盗もうとした」
ラクティメシッスと見交わしたピエッチェ、頷いて立ち上がった――
店の表に出ると『暴れ馬だ!』と叫ぶ声が近づいて来るのが判った。道の両脇に避難する人々、近付いてくる蹄の音、クルテが言うとおりリュネだ。
「リュネ!」
思わず名を呼ぶカッチー、駆け抜けそうな勢いだったリュネがぴたりとピエッチェたちの前で止まった。
「早く! 乗って、カッチー!」
「でもクルテさん、俺、乗ったこと――」
「なくても大丈夫、リュネがカッチーを守る。リュネを信じて」
ピエッチェも
「あぁ、クルテの言うとおりだ」
カッチーを促し、リュネに乗るのに手を貸した。
「いいか、上体を低くするんだ。しっかり手綱を握ってるんだぞ」
騎乗の基本をカッチーに説明する。クルテはリュネの首筋を撫で、頬ずりしていた。
「任せたよ、カッチー! 行け、走れリュネ!」
クルテの声を合図にリュネが走り出す。
「追手が来ました――」
ラクティメシッスが、リュネの現れた方向を見て言った。こちらに向かってくる数頭の馬、騎乗した男たちが『その馬を止めろ!』叫んでいるのが聞こえてくる。
「どうします? 迎え撃ちますか?」
「いや、放置――わたしたちは宿に戻ろう。どう歓待してくれるのか、ちょっと楽しみ」
おまえ、この状況を楽しんでいるのかよ? 呆れるピエッチェ、だがクルテよりもラクティメシッスが気になる。なぜ何も追及してこない?
訊いてきたのはマデルだ。
「クルテ、カッチーに何か渡したよね?」
するとクルテがニマッとした。
「うん、マデルの真似をしてカッチーに手紙を託した」
そして声を潜めた。
「手紙の差出人はザジリレン王カテロヘブ」
「なんだって!?」
つい大声を出したピエッチェの横をリュネを追う男たちの馬が通過していった――
宿の前は騒がしかった。十人程度が集まって何やら相談しているようだ。スズマリアネとコケシュアレの姿もある。
「あ、アイツらよ!」
ピエッチェたちに気が付いたコケシュアレが指さして、俄かに周囲が浮足立つ。
よくよく見ると、厩から半分ほどピエッチェたちのキャビンがはみ出している。リュネだけでなくキャビンも盗むつもりだったのか?
「おまえたち、温和しくしろ」
スズマリアネの周囲に集まっていた男たちに取り囲まれる。
「どうしたと言うのですか?」
ラクティメシッスが説明を求めた。するとコケシュアレが、
「盗人猛々しい! こいつら、うちの厩の馬を残らず盗んだ! 早く捕まえろ!」
金切り声を出す。
「ふぅん? 盗んだ馬をどこにやったと言うのでしょうね? ご覧の通り、わたしたちは徒歩。馬を連れていませんが?」
「きっとどこかに隠してるのよ! あんたたちの馬もいないじゃないの」
「うちの馬がいない? そうだ、なぜうちのキャビンがあんなところに?」
真面目な顔でラクティメシッスが厩のほうを見る
「あんたたちのキャビン? よく言うよ! あれはうちのものだ」
「へぇ、ではお尋ねする。貨物台に乗せてある荷物はなんだ?」
「たとえ荷物があんたたちのものだとしたって、そんなのキャビンの持ち主があんたたちだって証拠にはならん。むしろ荷物を運ぶために盗んだって証拠だ!」
「だとしたら、とっくにどこかに消えていると思いますがねぇ」
ラクティメシッスとコケシュアレが言い争ううちに周囲に人が集まっている。なんだなんだ、と眺めている人垣の中から、ピエッチェたちを囲むのに加わる者も相当数いた。別の二つの宿から呼び出した男たち、スズマリアネの手の者だろう。
「もう! ごちゃごちゃ煩い!――おまえたち、さっさと捕らえて縛り上げちまいなっ!」
コケシュアレがピエッチェたちを囲む男らに命じた。ところが、男の一人が困惑して情けない声を出した。
「それが女将さん、こっから前には進めないんですよぉ」




