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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
13章 永遠の刹那

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 下手に関わればトロンバに長居することになるかもしれない。それに、王位を回復できていない今、ピエッチェは一市民に過ぎない。カッテンクリュードに戻り、復権してから兵を派遣し調査させれば済むことだと考えていた。


 心配なのはクルテだ。解決しろと言い出さないか? 村の問題を解決して、トロンバの森の女神の祝福を受けさせようと考えないか?


 戻ってきた受付係がピエッチェに言った。

「一番上等な部屋にお通しします。一泊でいいですね?」

宿泊料は前払い、ルームサービスはその(つど)払いで、朝食が必要なら今すぐ申し込んで欲しい……宿のシステムとしてはよくあるパターンだ。が、請求された宿泊料にピエッチェがぐっと詰まる。予測とは(ひと)けた違う。


 後ろから覗き込んでいたラクティメシッスが何か言おうとしたのを、今度もクルテが止める。そして、

「支払いは金貨でいい? お釣りは要らないわ」

赤い革袋をじゃらじゃら言わせ、金貨を出した。


 ぐっと詰まるのは受付係、

「チップと思っていいんですよね?」

クルテを見る。さらにクルテが持っている革袋に目を移した――


 部屋は〝まぁそこそこ〟と言ったところか。入ると(つい)たての向こうに二間続きのリビングがあり、さらにダイニング、ミニキッチンと続く。バス付の寝室は、二つのリビングに二人用が一室ずつ、ダイニングには一人用が二室、合計四室だ。受付の際、人数は六人、一番高額の部屋を頼むとだけ言った。寝室の数を指定しなかったのは失敗だった。


「あとで宿の(ある)がご挨拶に伺います」

ティーセットを持って部屋に案内してくれた受付係は、お茶を淹れると部屋を出て行った。


「悪い、部屋数の指定を忘れた」

ピエッチェが顔を(しか)めると、意外にもマデルが

「仕方ないから、ラスティンと同室でいいわ」

と笑う。


 えっ? とラクティメシッスを見ると澄ましている。

(気にするな。マデルがいいって言ってるんだから)

頭の中でクルテの声がした。


「これなぁに?」

いち早くリビングのソファに座ったクルテが誰にともなく訊いた。目の前のテーブルには受付係が入れてくれたお茶と、菓子皿がある。


「せっかくだからお茶をいただきましょう」

マデルも微笑んで、ソファーに腰を下ろした。クルテの対面だ。

「ホント、何かしら? 見たことないわ」

マデルも自分の菓子皿を見て首を傾げる。菓子皿にはモモのゼリーと、黄金色に光る六角形の筒が連なった固まりが乗っている。


()みつだよ」

答えを出したのはピエッチェだ。

「さっき、受付係がゲランギャを話題に出したのは、このせいだな。きっとゲリャンギャ産の蜜蝋だ」


「蜜蝋ってミツバチの巣ですよね? 高価なものだって聞いていますが?」

これはラクティメシッス、スプーンで崩した蜜蝋を少し(すく)って匂いを嗅いでいる。

「うん? なんだかオレンジの匂い?」


「きっと、その蜜蝋を作ったミツバチどもはオレンジの花の蜜を多く集めたんじゃないのかな?」

「なるほど」

ラクティメシッスがパクっとスプーンを口に入れる。

「味はハチミツです」

そりゃそうだよと、ピエッチェが笑う。


「ローシェッタでもハチミツを使いますが、巣までは食べません」

「加熱処理が難しいって聞いた。蜜を絞るだけなら、そうでもないらしい」

「ザジリレンでは普通に食べられているんですか? あ、高価なんでしたっけ?」


 王宮でも滅多に食べない――そう言おうとしてピエッチェが口籠る。クルテ、ラクティメシッス、オッチンネルテ、そしてマデル……ピエッチェがザジリレン王だと知らないのはここではカッチーだけか。だけど引っかかる。この宿は『信用できない』はずだ。用心して、滅多なことは言わないほうがいい。


「貴族でも、よっぽど好きじゃなきゃ食べないよ。ちょっと癖があるだろう?」

「そうね、口に残る感じと、匂いが濃い? てかさ、ピエッチェ、すっごく甘い。あんた、甘いの苦手じゃなかった?」

おっかなびっくり、少しだけ口に入れたマデルが言った。ピエッチェが苦笑する。


「確かに俺も苦手。だから喋ってるだけで食べてない――気をつけろ、たまにハチの幼虫が紛れ込んでるぞ」

「えぇえっ!?」


 ギョッとするローシェッタの面々をピエッチェが笑う。

「ごめん、冗談。ちゃんと取り除いてからじゃなきゃ売らないよ」


 オッチンネルテも苦手なのか、手を付けていない。クルテは例によって皿を睨みつけていた。が、今のピエッチェの発言でピエッチェを見上げてポツリと言った。


「コイツが虫は食べたくないって泣くもんでね」

「ぷっ!」

吹き出したのはラクティメシッスだ。

「お嬢さん、あっという間に冗談が上達しましたね」

ところがクルテはニコリともしない。ピエッチェを見上げたまま、

「泣けば食べなくてもいい?」

と訴える。


「わたし、虫とヘビとネズミ――」

「あー、判った、食べなくてもいい!」

慌ててピエッチェがクルテの言葉を遮る。

「おまえが虫やらヘビやらネズミやらが嫌いなのは判ってるってば!」

放っておけば、クルテはきっと『虫とヘビとネズミは食べない』と言っていた。危ないところだったとピエッチェが冷汗を掻く。


 クルテがモモのゼリーを食べ始め、ニマっと笑った。お気に召したらしい。ピエッチェは食べずにクルテを眺めている。自分の分を食べ終えたクルテは手つかずのピエッチェの皿を見てきっと言う。食べないの? そしたら、食いたきゃ食えよって言ってやる。嬉しそうに微笑むおまえの顔が見たい――


 想像通りの展開で、ピエッチェの分のゼリーをクルテが食べ終える頃、(つい)たての向こうのドアがノックされた。宿の(ある)が挨拶に来たのだ。


 入ってきたのはやけに派手な女、美人なのだろうが濃すぎる化粧で台無しだ。続いて入ってきたのはいかにも紳士然とした風格のある男、にこやかな笑みを見せて六人の客を見渡した。

「本日は当宿にご宿泊いただき誠にありがたく……」

男が口上を述べ始めた。いたってありきたりな挨拶の後、自分が宿の(ある)スズマリアネと名乗り、派手な女を妻コケシュアレだと紹介した。コケシュアレが舐めるような目で六人を見てニンマリ微笑む。


「それで、お客様の代表はどのおかたでしょう?」

するとクルテが、

「ラスティン、挨拶して」

ラクティメシッスに言った。


 ラクティメシッスは不思議そうな顔でちょっとピエッチェを見たが、すぐに立ち上がり、

「わたしがこの一行の代表者、ラスティンです。お世話をかけますが、よろしくお願い申し上げる」

男に微笑んだ。


「ラスティンさま、どうぞお見知りおきを……ご夕食もルームサービスをお望みだとかで、用意ができ次第――」

「ごめん、気が変わっちゃった」

スズマリアネが言い終わらないうちにクルテが口を挟んだ。そしてラクティメシッスに向かって言った。


「どうせなら、どこか外で食べない? 村の人が来るような居酒屋がいい」

ラクティメシッスが、

「困った人ですねぇ」

と苦笑する。


「申し訳ありませんね。そういうわけなので、夕食はキャンセルで。あぁ、ご心配なく、代金はお支払いします」

「しかし……」

「あら、いいじゃない。準備したものは、従業員に振舞えばいいのよ」

ゴネそうなスズマリアネをコケシュアレが宥めた。


「どこの居酒屋がお勧めかしら?」

クルテの問いにコケシュアレが答える。

「宿を出たら真っ直ぐ左、突き当りを右に行くとグルヅンデって店があるわ。そこの料理は美味しいわよ。お酒もいろいろあるしね」

ではごゆっくり、と不満そうなスズマリアネを促して、宿の(ある)夫婦は部屋を出て行った。


「どうしたんですか?」

ラクティメシッスがピエッチェに問う。挨拶しろとクルテに言われて見た時には、ピエッチェは既に真っ青だった。今もまだ蒼褪めている。


「お(なか)()き過ぎてるんだよ」

何も答えないピエッチェの代わりにクルテが答えた。

「だから、すぐに居酒屋に行こう」


「顔色が悪いのに歩き回って大丈夫なの?」

マデルがピエッチェを覗き込んで心配するが、

「いや、クルテの言うとおりだ。早く行こう」

ピエッチェが立ち上がる。


「でも、ピエッチェさん?」

カッチーまでも心配する中、ラクティメシッスも立ち上がった。

「わたしも腹ぺこです。早く行きましょう」

そしてオッチンネルテに声を掛けた。

「行きますよ、オッチンネルテ」


 じっとピエッチェを見ていたオッチンネルテが弾かれたようにラクティメシッスを見ると、取り繕うような笑みを見せた。

「そうですね、早く行きましょう。モモのゼリーを食べたせいか、余計に空腹になりました」


「そうでしょう? わたしもです」

オッチンネルテに微笑むラクティメシッス、オッチンネルテは気まずそうに目を逸らした――


 宿を出ると左に向かった。が、突き当たる前にクルテが右に曲がる。

「クルテさん、そっちじゃありません」

カッチーが引き留めようとするが、そのまま行ってしまう。


 首を(かし)げるラクティメシッス、それでもクルテについて右への道を行く。ピエッチェはすでにクルテのあとを追っている。


 次の角で、またも右に曲がったクルテ、一本通りを隔てて宿の前を通過するルーだ。落ち着いたのは花籠を作って貰った花屋がある通り、古臭い居酒屋だった。


 席についてもピエッチェは青い顔のまま何も言わない。何を食べるのかカッチーが訊いても返事すらしない。

「ピエッチェにはワイン。わたしにはオレンジジュース。今日はパスタがいい。ミートソースのパスタ」

クルテがマデルに言った。果物は置いてない店だった。それでもクルテが不機嫌にならないのは珍しい。


「どうしたって言うの?」

ピエッチェの不機嫌さに怒り出したマデルをラクティメシッスが抑え、オッチンネルテを見た。慌ててソッポを向くオッチンネルテ、ラクティメシッスが苦笑する。


「オッチンネルテ、何か事情を知っているんじゃ?」

が、ラクティメシッスがオッチンネルテに詰め寄るのを止めたのは、宿()(ズマ)(リア)()が部屋に来て以来、ロクに口を利かなかったピエッチェだ。

「オッチンネルテだって、ヤツの名は知っている。そうだろう?」


「えぇ、そりゃあもう」

オッチンネルテがピエッチェの様子を窺いながら遠慮がちに言った。


「ヤツって言うのは――」

「名を言うのはまずい」

スズマリアネと言おうとしたラクティメシッスの口をピエッチェが止める。フン、とラクティメシッスが鼻を鳴らした。


「で、誰なんだ?」

「どうしても知りたいか? でも、ここじゃ言えない」

「その理由は?」

「きっと誰もが知っている。噂話なんてできない相手だ」

するとクルテがサックの中から紙とペンを取り出して何か書きとめて、その紙片をラクティメシッスに渡した。


「ふむ……」

顔色を変えて唸るラクティメシッス、紙片をマデルに渡す。 


 紙片には『スズマリアネは前王妃の兄』と書いてあった。

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