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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
13章 永遠の刹那

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13

 森を通る部分が長くなったせいか、思ったよりも時間がかかった。キャビンに辿り着く前にすっかり日が暮れてしまう。

「方向はあってますよね?」

カッチーは不安そうだ。夜の森で道に迷えば、思う場所に辿り付けそうもない。


「大丈夫だよ。心配するな」

ピエッチェが微笑んで答える。クルテがいるから大丈夫だとは言えない。だが実際はクルテがいるからピエッチェも落ち着いていられる。森の中でクルテが迷うはずがない。


 それにしても……いくらなんでも遠すぎはしないか? それに、周囲になんの気配も感じられないのが奇妙だ。キャビンを運んだ時には獣の気配を時おり感じた。夜なら夜行性の動物が動き出すはずなのに、出くわさないばかりか気配すら感じない……なぜだ?


 不意にクルテが歩みを止めた。ほぼ同時にピエッチェも止まった。カッチーが二人を見て、

「どうかしたんですか?」

と声を震わせる。


「何かが近づいて来る――カッチー、俺の近くに来い」

ピエッチェの指示にカッチーがすっとんで行く。クルテが、

「人でも獣でも魔物でもなさそう」

一方を凝視する。進行方向を見て斜め左前方だ。

「向こうはこちらに気が付いているのかな?」


 ややあってピエッチェが答える。

「とつぜん気配が現れ、真っ直ぐこちらに向かってきている。目的は俺たちだと思っていい」

ピエッチェが、カッチーの緊張が強まったのを感じた。


 近付いて来る気配に向けて身構えるピエッチェ、クルテもすぐに動ける体勢、カッチーは二人の後ろで守られる形だ。


「他には生物の気配を感じない――マデルたちが心配だ」

ピエッチェの呟きに、

「今は自分たちの心配を……向こうにはラクティメシッスがいる」

答えるクルテ、そしてハッとして再び闇を見据え言った。

「気配が掴めないはずだ、生物じゃない」


「生物じゃないって、クルテさん?」

クルテの後ろでカッチーの声が掠れる。唸ったのはピエッチェだ。だが何も言わない。


 森は静まり返り、風の音すらしない。近づく何かの足音も、当然ない。生物じゃない、その一言で納得する。実体のない何か……()()のような精神体か?


 そう言えばクルテからは魔物の気配がしない。本人が魔物だというからそう認識しているだけだ。検知術に長けたラクティメシッスでさえ、クルテの正体には首を(かし)げた。となると、精神体の魔物の可能性も考慮したほうがいい。


 ピエッチェとクルテが同時に()じろぎした。その瞬間、周囲がぼっと照らされた。

「しまった!」

クルテが叫ぶ。

「囲まれた! いったいなんなんだ!?」


 なんなのかは判らない。しかも『囲まれた』んじゃなくって飲み込まれたんだ。この(ほの)あかるいのが気配の正体だ。


 正体が判ったところで、それがなんなのかは判らない。どう対処したらいいのかも判らない。相手の出方を窺うピエッチェ、すると後ろでバサッと音がして慌てて振り返る。


「カッチー!」

音は倒れたカッチーが立てたものだ。周囲への警戒をクルテに任せ、ピエッチェがカッチーを抱き起そうとする。と……


 静寂の中に響き始めたのはカッチーの(いびき)

「眠っている……」

茫然とピエッチェが言った。

「いや、眠らされたのか?」


「ふむ……」

今度はクルテが唸る。

「マデルたちも眠らされた? だから気配を感じられない?」

眠れば意志が方向性を無くし、気配も希薄になる。


「クルテ、眠いか?」

「いいや。カティも眠気を感じていないようだな」

「あぁ、目も頭も冴え渡ってる。この状況で眠くなんかなるもんか」


 二人の声に辺りに広がった光が震え、言葉を発した。

《どうして眠らない? 夜は眠るもの》


 声と言うより大気が震える音と感じた。風が立てる音に似ているが、少し違う。そもそも音は空気の振動、ぼうっと仄暗い周囲全体が振動している。だから身体全体で振動を感じるが、不快なものではなかった。温い湯に浸かっているような心地だ。


「あなたは誰だ?」

クルテが光に尋ねた。


《そちらこそ(なに)もの? 日没とともにこの森は眠る。おまえも眠れ》

「眠らせているのはあなたなのでしょう? なぜ日没とともに眠らせる?」

クルテの問いに音を立てずに空気が振動した。笑ったのか?


《この森に夜咲く花はない、森の女神は日没とともに眠る。女神の眠りを妨げさせはしない》

ってことは、少なくともこの光は森の女神じゃない――選択肢が一つ減ったとピエッチェが思う。


「女神のために森全体を眠らせるのがあなたの目的……あなたと女神の関係は?」

すると今度が光が固まるのを感じた。固まるように動かなくなったというのが正解か? いや、クルテを凝視してるんだ。


《ふむ……おまえ、女神の娘のようだが違うものだ。噂に聞く『(れい)めいに潜む精霊』か?》

「どんな噂か知らないが、あいにく違う」

《ふむ。噂では黎明に潜む精霊は剣に(へん)した。ならば違うのだろう――では『(あり)あけに光放つ精霊』か?》


 ジェンガテク湖の人魚はクルテのことを『儚き早暁の精霊』と呼んだ。黎明やら早暁やらと呼ばれる精霊は、呼び方が違うだけで同じ精霊を指すと考えていた。だが、どうやらそれぞれ別物のようだ。ところが……


「黎明も有明も同じだろう?」

クルテが笑う。

「女神と同じように、娘たちも別々のようで同じもの。知らないのか?」


 空気が小刻みに震えた。クルテの嘲笑に怒りを覚えたのか、それとも動揺しているのか?


《なるほど、確かにおまえはこの森の娘たちとは明らかに違う。だが、己の森を抜けてさえ存在を維持できる娘は数少ない。黎明や有明がそれだ。そのどちらでもないというのなら、女神の娘ではない? 娘の匂いがプンプンしているのに?》


「へぇ、匂いを感じられるんだ? 嗅覚はあるってこと? 目は見えてない。生物の意識を感知して動いているんだと思ってた」

てかさ、クルテ。おまえ、アイツを怒らせようとしていないか? クルテの思惑が読めないピエッチェ、緊張だけが高まっていく。脳内会話を試みるが『それどころじゃない』と拒否された。


《女神の娘でないとしたら(なに)ものだ?》

「自分がなんなのか明かさないくせに、こちらばかりを追求する? 随分と虫のいい話だな」


《わたしは……》

グッと空気が重くなるのを感じた。

《わたしは――(なに)ものなんだ?》

コイツ、自分がなんなのかを判っていない?


 ふっとクルテが息を吐く。警戒を解いたのだ。光の正体に思い当たった?……少なくとも危険はないと判断したのだろう。

「あんたさぁ、自分がなにをしているか、判ってる? 女神をゆっくり眠らせてあげたいと思って森全体を眠らせているようだけど、お陰でこの森には夜行生物がいなくなったんじゃないの?」


 夜行生物が夜も眠り続けるとどうなるか? 食べることも飲むこともできず、繁殖だってできない。クルテの言う通り絶滅するしかない。


「それって女神の仕事の妨げになってると思うよ。様々な生き物がいるからこそ、森は豊かでいられるんだ――で、なんであんた、この森に居るの?」

《それは……気が付くとこの森に居た》


「ふぅん。その前はどこに居た?」

《その前……》

光が考え込むのを感じる。


《その前もここに居た》

「それで何してたの?」


《何をしていたか……花を摘んでいた。もう少し先に木立が途絶え、陽が差し込む場所がある。そこで花を摘んでいた》

「なんで花を摘んでいた?」


《花は……恋人のために。愛しい女のために》

コイツ、男か。


「恋人は花を喜んでくれた?」

再び空気が固まった。クルテ、その質問はヤツの琴線に触れたんじゃないか? 片恋だったのかもしれないぞ? だが、ピエッチェの想像は間違いだった。


 硬くなっていた空気が振動を始める。ふるふると、これは……泣いている?


《そうか、わたしは死んだのか?――あの日、気が付くと周囲は暗く、どちらに行けばいいのか判らなくなっていた。そして目の前には山犬がいた。逃げる暇などなかった。身体は無惨に貪られ、残らなかった。それでもわたしは生きたいと思い続けた。この世に留まっていたかったのだ。朝になり、周囲が明るくなると森の女神が現れ、わたしを憐れんだ。そして『せめて届けてあげましょう』とわたしの傍らに落ちていた花束を娘に託した。そして『安らかに眠れ』とわたしに言った。わたしは……この森の夜を守ると誓った》


 つまりこいつは幽霊? それとも妄執? 何しろ()びとだ。


「そうだね、死ぬのは怖いさ。生き続けていたいよね」

クルテの静かな声、

「だけどね、生きていればいつか必ず死ぬ。永遠に生きると言われている森の女神も死を迎える時が来る。森が枯れれば女神だって死ぬんだ」

そして両手を上げた。


「問おう。おまえの恋人もいつかは死ぬ。それでも生き続けたいか?」

《あの人がいない世に生き続ける? それに意味があるのか?》

「さらに問おう。おまえは既に恋人の存在を忘れていた。己が誰かも忘れていた。それでもここに居たいか?」


 空気の振動が小刻みに、だけど激しくなった。泣きじゃくっているのだろう。

《もう生きてなどいたくない。生きる価値がない》

「ならば、本来の場所へ去れ」


 クルテの(てのひら)が閃光を放ち、ピエッチェの目が眩む。いつか聖堂の森の鐘楼で見た光と同じものだ。(ようや)く目を開けたピエッチェが見たものは真っ暗な森の風景、仄暗い明るさは消えていた。そして風に揺れる木々の葉擦れの音が聞こえた。


「終わったのか?」

「いや、まだだ――今の騒ぎで女神が起きた」

クルテが言い終わると同時に、目の前の大木の幹が輝き始めた。そこに浮かび上がってくるものがある。森の女神だ。


《何事かと思ってみれば……》

クスクスと笑っている。

《コゲゼリテの娘ではないか。我が森に(なに)ようだ?》

フン! とクルテが鼻を鳴らす。


「ミテスクの森の女神、あんたの森には夜行性の生き物がいない」

《あら、そうなの? 夜は寝ちゃうのよね》

この森の女神もいい加減だ。コゲゼリテの森の女神とは気が合いそうだがタスケッテの女神とは馬が合わなさそうだ。ピエッチェが隠れて笑う。


「この森を抜けて、トロンバの森に行きたい――トロンバの森の女神に夜行生物をミテスクの森に行かせるよう頼んでおこう」

《代償は何をお望み?》

「この男に祝福を」


 女神がじろじろピエッチェを見る。

《おやおや、この男、カテルクルストの血を受け継いでる。そんな大物にわたしなんかが祝福を授けてもいいの?》

「いやでなければ是非。カテルクルストの血が絶滅の危機に瀕している。少しでも力が欲しい」


 絶滅の危機……そうか、俺が死に、()(エッ)(チェ)()()に子ができなければ()(テルク)(ルス)()の直系は途絶える。


《あらま、下界では何が起きているのかな? まぁいいわ。お安い()ようよ》 

フワッと温かいものに包まれる。祝福が施されたのだ。女神はニッコリ笑むと、木の幹に吸い込まれるように消えていった。

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