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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
2章  魔法使いは真夜中に

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 階段は狭く、一人ずつしか通れない。しかも壁と反対側は囲いもない。踏み外したら、どうなっているのかさえ判らない闇の向こうの床に落ちてしまう。天井があるのだから多分室内、床は石敷きか板敷か、あるいは壁と天井だけで地面だろうか? どちらにしろかなりの高さがあるのだ。大怪我は免れない。


「慎重に下りろ」


 前を行くピエッチェに、後ろからクルテが声を掛ける。なぜか突き落とされそうな恐怖を感じる。さっき、壁の前で突き飛ばされた余韻だろうか?


「うん?」


 ピエッチェとクルテの足が同時に止まる。急に壁が明るくなった。どうやら階段にも燭台が設えられていて、下りていくと()くようになっているらしい。


「これも魔法なんだよな?」

薄気味悪そうにピエッチェが呟くが、クルテの返事はなかった。


 燭台は、二人が遠ざかると上から順に消えていく。気が付けば、階段の上では見えていた、入り口側の壁の燭台も消えていて、とうとう自分たちの周囲しか見えなくなった。


 それでも、下りるにつれて、闇に紛れてはっきりしなかった床面もだんだんと見えてくる。


「……水たまりだ。ピエッチェ、見てみろ」

「水たまり?」


 恐る恐る階段から床面を覗くと、下には水が揺蕩(たゆた)っている。燭台の光が映し出すのはすぐ下の水面だけ、光が届かなくなるあたりまで水があるのは判るが、その先は見通せない。


「これ、床一面ってことはないよな?」

「どうだろう? とりあえず下まで行くしかない」


 (しばら)くいくと階段の終点がぼんやりと見えてきた。どうやら階段が終わると通路になっていて、そのまま真っ直ぐ延びているようだ。


 ピエッチェが最後の段を下りた。が、通路には燭台がないのか、五・六歩行っても先が暗くてよく判らない。そしてクルテが最後の段を下りた。


「えっ?」

階段の燭台が消え、あたりは真っ暗闇だ。


「ピエッチェ、動くな」

クルテの声に、誰が動くかとピエッチェが思う。下手に動けばこの通路から落ちちまう。水はここまで続いてた。


 誰かがピエッチェにしがみ付いた。ギョッとしたがすぐクルテだと判った。この感触はクルテだ。それにこの匂い……クルテに違いない。


 案の定、

「わたしだ、ピエッチェ。怖がらなくていい」

クルテの声が聞こえた。水のある方を見ているようだ。向こう側に警戒しなければならない何かがあるのだろうか?


「こんなに暗くちゃ何もできない。どうする?」

ピエッチェが嘆くと同時に、いきなり光が空間を照らし出した。


「なんだこれ?」

見渡すと、数えきれないほどの燭台が壁一面に並び、空間を照らし出していた。


 ピエッチェにしがみ付いていたクルテが離れて苦笑する。

「まるで船着き場だな」

通路はすぐそこで終わり、その先は水があるだけだ。もちろん通路の壁の反対側も水だらけ。床は一面水で満たされている。


 水面を(のぞ)き込んでピエッチェが言った。

「けっこう深そうだぞ。俺の背の倍はありそうだ」

「うん」

クルテが(うなず)く。


「船着き場のようだが船はない。泳げと言う事だろうな」

「泳ぐ? こんな得体のしれない水たまりを? 見た目は水だが、本当に水か知れたもんじゃない。明らかに罠だろうが。戻ったほうがいい」

「戻る? どうやって?」

「えっ!?」


 まさかと思って階段を見上げる。

「消えてる……」

あったはずの階段は消え、そこには空間と、多過ぎるほどの燭台に明々(あかあか)と照らされた壁があるだけだ。


「何しろヤツはわたしたちを前に進めたいらしい。(ことごと)く退路を塞がれている」

「なぁ、クルテ、どんなに進んでもどこにも辿り着けないんじゃないのか?」


「わたしたちをなぜここに入れたかを考えろ。庭に現れた扉はヤツの魔法だ。入れたくなければ、あそこに扉を出す必要はない」

「ここに閉じ込めて命を奪うのが目的とは考えられないか?」

「それで? そんな事をしてヤツになんの得がある。だいたい命を奪うのが目的ならば、さっさと殺せばいいだけだ」


「俺たちが困るのを見て楽しんでいるとか?」

「ふむ……」

ピエッチェを見詰めてクルテが黙った。


「なんで黙るんだよっ?」

「うん? とっても遺憾だが、困らせて楽しむというのはなくもないかな、と」

「そんなっ! クルテ、なんとかしろ!」


「そうと決まったわけじゃないから慌てるな。情けない顔をするんじゃない」

「どうせ、俺の顔は情けないよ」

「そうだな。でもわたしは嫌いじゃない――それよりピエッチェ、泳げるか?」


「えっ!? いや、えっ?」

「泳げるかと訊いたんだ」

「あぁ、まぁ、泳げるが? ここを泳ぐってのは気が向かない」

「服が濡れるのが嫌なのか?」


「そんなんじゃない。これ、本当に水なのかな? それに泳ぐったって、どこまで泳ぐんだ?」

「おまえ、本当に目が見えているのか? 正面を見てみろ」

「あれ?」


 壁を背に前方を見ると、対岸にも船着き場のような場所があり、そこから今度は右に上る階段がある。


「いつの間に湧いて出た? さっきは壁しかなかったぞ」

「そんなのわたしに訊いたって判るはずもない。いつの間にかできてたんだ――しかし、そうか、泳ぎたくないか。それはやっぱり、服が濡れるのがすっごく嫌だからだよな?」

「だからっ! 濡れたくないわけじゃないって言ってるだろうが!」


 クルテがチッと舌打ちをした。

「濡れたくないとピエッチェが言えば、あるいは水が消えるかと思った……もうダメだな、濡れたくないわけじゃないと言ってしまった」


「なんだよ、それ?」

「いい加減、法則に気付け――まぁいい、不本意だが、わたしが鳥になって運んでやろう」

「なにっ?」

「ここで鳥になると、羽搏(はばた)きで燭台を吹っ飛ばすんじゃないかと心配で躊躇(ちゅうちょ)したんだが、ま、仕方あるまい」

「いや、待て。おまえ、鳥じゃなく、それこそ船になればいい」

「おまえ、船を()げるのか?」

「まぁ、なんとかなると思う」

「漕いだことはなさそうだな……」

「なんとかなるってば!」


「ふぅむ……わたしが踏むなと言う場所を踏まれずにいられるか? いられるわけがない、おまえは必ず踏む。階段になってわたしは後悔したんだ。またあんな思いをさせようというのか? 身体のあちこちを勝手に踏まれる屈辱と痛み、おまえには判らないだろう。わたしが魔物だと思って、何をしても許されると思い上がっているのだな? わたしがどれほどおまえに気を遣い――」


「判った、判った、判った! 船になれなんて言わない。鳥でいいよ」

「鳥でいい、だと?」

「いいえっ! 鳥がいいです。お願いします、鳥になって俺を向こう岸まで運んでください!」


「ふむ。頼まれたなら仕方ない。が、やはり鳥は燭台を吹っ飛ばしそうで怖いな」

「はぁっ!?」

「そうだ、シャボン玉になってやる。向こう岸に着いたらパチンと割れるから、ちゃんと安全を考えて着地しろよ」


 反論する暇もなくクルテの姿が消え、自分が浮かぶのを感じたピエッチェ、同時にツルンと滑って尻餅をつく。空中に漂う、透明な球体の中にいた。


(やたら動くな、(くすぐ)ったい。尻餅をついたままでいいから手で触るな)

「どっちにしろ擽ったいのかよ?」

(うるさ)いな。黙れ)


 球体はふわふわと向こう岸に向かって動き出す。どうせなら、向こうの階段の上まで浮かんで行けないのかと言おうとして、ピエッチェが無理だと悟る。船着き場を離れると燭台の灯は向こう岸だけ残り、他は消えた。見えるのは対岸だけだ。


 それにしても、あの階段はどこまで続くのか? 下りてきた階段と同じ高さまで上らされるとしたら上り切れるだろうか?


(なんだ、ピエッチェ。体力に自信がないか?)

頭の中に響くクルテの声、クスッと笑ったと感じた。


 ピエッチェを包み込んだ球体は上方にフワッと浮き上がったり、ストンと落下したりを繰り返してユラユラと対岸に向かっている。


 尻餅をついたままだが揺れのせいで時どき球体に触れてしまい、クルテの『そこに触るな!』とか『ダメ、ヤめて!』とか『痛いっ!』なんて叫びが聞こえてくるものだから落ち着かない。しかも真下を見ると薄暗い水面は僅かに波打っていて、目が回る。


「もうちょっとスゥーッと進めないのか?」

例によって乗り物酔いしそうなピエッチェ、吐き気を抑えてそう言った。


(おまえ、シャボン玉を知らない?)

(あざけ)りが籠ったクルテの声が頭の中で聞こえた。


「知ってるけどさ、酔いそうなんだ」

(おまえが酔おうが知ったことか。シャボン玉はこんなふうに動く物だ。諦めろ)


「おまえ、本物のシャボン玉じゃないんだろう? もうちょっとなんとかしろよ」

(なぜ本物じゃないと言い切れる?)


 また始まったよ、と思いながらピエッチェが答える。


「本物だったら俺を中に入れて割れないはずはないからな」

(なにっ!? わたしが頑張って割れないようにしているのに、よくもそんな事が言えるなっ!?」


 パチン! いきなりの破裂音、支えを失ったピエッチェの身体が落下する。


「なーーーー!!!!」

宙で一瞬泳いだピエッチェ、

「捕まえた、っと!」

耳元でクルテの声、ズンと落下が止まる。後ろからクルテが脇の下に腕を差し込んで、ピエッチェを抱きとめたのだ。


温和(おとな)しくしてろ」

「えっ?」


 投げ出された自分の足の下には少し先に水面が見える。宙に浮かんでいる? そう思ううち、身体が後退し、(かかと)が足場に触れたと感じる。すると後退が止まった。


「放すぞ」

「待てっ!」


 踵はホンの少し足場に乗っているだけだ。


「待て? なんで? わたしに抱き着いていて欲しいか?」

後ろに居て顔が見えないが、見なくても判る。クルテはニヤニヤ笑っている。


「いいや、そうじゃない。ここで放されたら、俺は水に落ちちまう」

「いいじゃないか、水に濡れたくないわけじゃないんだろう?」

「お願い、もう許して!」


「おまえ、わたしが嫌いだろう? そのわたしに抱き着かれているのがイヤなんだよな?」

「違うってば!」

「ふぅん、ならばわたしが好きか?」

「いや、なんだ、その……」

「やっぱり嫌いか、だったら――」

「好きだってば! もう! クルテ、大好き!」


 ニヤッとクルテが笑ったのを感じた。少し体が浮いて、後退するのを感じる。そしてしっかりと足場に降ろされると、なんだか力が抜けてしまった。地に手をついて四つん這いで『ふぅ』と息を吐いた。冷汗でぐっしょりだ。そんなピエッチェをクルテがすぐそこに立ち、ろして笑う。コイツ、また感謝しろって言い出すんだろうか? いや、待て?


「おまえ! 宙を浮遊できるのか!?」

「うん?」

「そうだ。そうだ! 思い出した。おまえ、俺がネネシリスに追い詰められた時も宙に浮いてた。上の方から俺をろしてた」

「うん、それがどうした?」

「だったらなんで、最初からそうしてくれないんだよっ?」


「あれ? ピエッチェ、わたしに抱かれて移動したかったのか?」

「えっ?」

「抱っこされるのが好きか?」

「いや、そうじゃなく」

「だってそう言うことになるだろう? いくらわたしが宙に浮けると言っても、おまえを連れて行くには()れないわけには行かないぞ? (さわ)って欲しかったのか?」

「いや、そうじゃなく」


「手を繋いでおまえを宙ぶらりんって方法もないわけじゃない。おまえは宙ぶらりんが好きか?」

「だからそうじゃなく!」

「しかも宙ぶらりんは、いつ手を放してしまうか判らないリスクがある。手を滑らせればドッボンだ。ドッボンが良かったか?」

「あぁあぁ! シャボン玉で充分ですっ! 運んでいただいてありがとうございましたっ!」

「ふふん、判ればよろしい――さぁ、次は階段だ。行くぞ」

クルテが楽しそうに階段に向かう。


 少し休ませろ、と言いたかったがやめておいた。ピエッチェよりクルテのほうが疲れていてもよさそうなのに、弱音を吐けばなんと言われるか?

「クルテ、待てよ」

慌てて立ち上がったピエッチェだ。と、階段を見て

「なんだ?」

と、つい呟いた。


 近づいて見ると階段は、上に続く段差と言ったほうが当たっていた。一段の高さがクルテの(へそ)ほどもある。


「本当に階段なのか? 上り切っても何もない、なんてことにはならないか?」

ピエッチェが不安そうに言う


「それじゃあ、ここにずっといる? ここに居たっていいことは何にもなさそうだけど?」

「だって、これ、階段?」

「向こう岸から見た時は、階段にしか見えなかった。実用的とは言えないけれど、階段だろうね、多分」

また『多分』なのかと思いつつ、

「それじゃあ、上るか」

ピエッチェが最初の段に手を乗せる。と……


「うぉ!」

乗せた手がストンと下に抜け、手に掛けようとしていた重心が行き場を失った。前に倒れそうになったピエッチェの背中をクルテが引っ張って、転倒を防ぐ。どこかでビリッと布が避ける音がした。


「もう少し慎重になれ」

クルテは楽しそうだ。

「カッチーのところに帰るまでにおまえ、服がボロボロになりそうだぞ?」


「再びカッチーに会えるかどうかの心配をしたほうがよさそうだけど?」

「無責任なことを言うんじゃない。ババロフになんて言い訳する気だ? 弟子とした以上はちゃんと最後までカッチーの面倒をみろ」

「そりゃそうなんだが……」


 情けない顔でピエッチェが階段らしきものを眺める。

「見ただろう? この段差に乗ろうとしたらストンと落ちた。つまり上れない。実体がないんだ。どうしろって言うんだよ?」


 その言葉にクルテはムッとしたらしい。

「実体がない? 悪かったね」

「えっ?」

「まぁ、いいや……わたしが『行け』と言ってもいないのに行こうとするからだ。先に行けと言えば嫌な顔をするくせに、なんでこんな時だけ先に行く?」


 実体がないってところにムカついたのか? と、ちょっと笑いたくなったピエッチェだ。いつも自分で言ってるのに今さら?……が、ここは突っ込めば火に油を注ぐ。


「それじゃあ、クルテが先に行くつもりだったのか?」

「フン!」


 ピエッチェから目を背けて、クルテが階段を見上げる。それから自分の足元を見た。


「ピエッチェ、ここは見た目と実体が大きく違う」

「えっ?」

「わたしの足を見ていろ」

クルテが片足を上げた。その足を階段の側面に差し込むように前に出せば、段差に足が飲まれて行く。


「おい、クルテ……」

ピエッチェが心配して、クルテの腕に手を掛ける。チラッとピエッチェを見たがクルテは上げていた足をそのまま真下に下ろしたようだ。それが段差の途中で止まった。


「これがこの階段の、一段目の〝実際の〟高さみたいだな」

ニヤッとクルテが笑い、前に出した足に体重を掛けた。身長がすうっと伸びた感じで、クルテの視線がピエッチェと同じ高さになった。


 クルテの足はすっぽり段の中だ。胴体から上だけが見えていて、まるで段からクルテが()えているようだ。

「ちょっと待ってろ」

クルテが自分の腕を掴んだピエッチェの手を静かに払いのける。そして足で地面を探るように少しずつ前進した。


「次の段はここからだ」

ちょっと動きを止めたクルテ、すぐに次の段に上ったようだ。段の上に生えているクルテは(もも)の半分から上になった。


「上れるか、ピエッチェ? この階段、かなり厄介だぞ」

「どうなっているんだ?」

「見えない上に、ないものが見えている。このでかい段差の下に、本当の階段がある。足で探っていくしかなさそうだ」


「なぁ、クルテ。さっきみたいに浮遊してってことはできないのか?」

「ふむ……」


 いきなりクルテの姿が消える。そして上の方からクルテの声がした。

「ダメだ、ピエッチェ。上は真っ暗だ――階段を上ればきっと燭台に火が灯る」


 って、クルテだけ上に行ってしまった?

「クルテ、どこだ!? 俺はどうすれば? 置いていく気か?」

見捨てられたのかと焦るピエッチェ、つい情けない声になる。


「ここだよ」

「へっ?」

すぐ後ろでクルテの声、見ればニヤリと笑って立っている。


「ピエッチェ、おまえ、わたしがいないと何もできないみたいだな」

「あ、いや……」

「捨てられた子猫みたいな情けない声だったぞ――まあいいや、先に行け。上り方は判っただろう?」

「あ……あぁ」


「後ろにはわたしがいる。だから踏み外しても落ちることはない。だが用心しろ。全ての段が、同じ間隔、同じ高さとは限らない。それに、上に行くうちに頭まで段に飲まれてしまうかもしれない。それでもビビらず進め。進めば必ず道は開ける」


 またもなんだか騙されているような気分たが、行くしかない……ピエッチェは、見えているのに見えていない階段を上り始めた。

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