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驚くのはラクティメシッスだけではない。マデルが『まだ結ばれていないのはなぜだ』とピエッチェを責めたばかりだ。だが、他の四人はラクティメシッスと違って好意的、特にマデルは喜んでいるのを隠さない。
「やっと思いが通じたのね」
クルテに抱き着き、涙ぐんでいる。含羞んだ笑みで抱き返しているが、きっとクルテは後ろめたく感じているだろう。ピエッチェだって後ろめたい。けれど一挙両得とクルテに言われ、頷いた。
『まったくの嘘ってわけじゃない。魔物と女神の娘の愛を確認してた、ちょっと端折っただけ』
どう解釈しようが解釈するほうの勝手――意図的に誤解させることは棚に上げたクルテだ。
『それに、そう言うことにしちゃえばこの先もあれこれ詮索されずに済む』
どちらにしろ、遮蔽した会議室で何をしていたか説明しないわけにはいかない。隠し部屋の魔法や魔物封じ・魔法封じを話すわけにはいかないのだから、どう足掻いても嘘を吐くことになる。クルテの提案に乗っておくか……
どうなるって言うんだと問い返されたラクティメシッス、ピエッチェの思惑通り返答に困って口籠る。
「イヤ、その……こんな状況ですからね。何が起きるか判らないから」
どうとでも受け取れることを言って顔を背ける。ピエッチェもそれ以上は追及しなかった。下手なこと言えば墓穴を掘る。
ラクティメシッスとマデルが魔法で建物の残骸を壊しているところに村長が駆け付けた。
「この宿を壊したのはあなたたちですか!?」
この誤解は解いたほうがいい。
「さっき、王室魔法使いが来て調べてった。老朽化が原因らしい」
片付けを頼まれたんで始末しやすいよう、残った壁を適当な大きさに砕いているところだ。宿の従業員は王室魔法使いが馬車で連れて行った。そんな説明で村長は納得してくれた。それどころか、
「それはそれはご苦労さまでございます。我ら村人もお手伝いいたしましょう」
と、にこやかに言った。
「いや、手伝って貰いたいわけじゃない。瓦礫の置き場所を決めて欲しいだけだ」
「それならそのままにしておいていただいてもよろしいのですよ?」
「それが、そんなわけにはいかないんです」
ラクティメシッスが話に割って入った。
「いずれ王室魔法使いが本格的な調査にまいります。わたしたちはこの場所を更地にし、瓦礫は安全な場所に保管しておくようにと言いつかりました。それにこのままの状態にしておけば、うっかり誰かが入り込んで大怪我しかねません」
「あなたも王室魔法使いなんでしょうか?」
村長が俄かに緊張する。
「いいえ、ただの旅行客ですよ。でも、たまたま少しばかり魔法が使えるので頼まれました」
ラクティメシッスは楽しそうだ。
気が付くと村人が大勢集まっている。ありていに言えば野次馬たちだが、何が楽しいのか宿の残骸やピエッチェたちを見てニコニコと談笑している。
「では、少し村人たちと相談してきます」
村長が野次馬の群れに向かうと、わっと歓待されている――この村長、そんなに人気者なのか? ピエッチェが奇妙さを感じていると、ラクティメシッスが
「ヘンなんです」
声を潜めてピエッチェに言った。
「あぁ……長く留守にしていたのが帰って来たならいざ知らず、あの歓迎ぶりはヘンだな。いくら人気のある村長でもあんなふうにはならないよな」
「えっ? あぁ、まあ、それもありますが、わたしがヘンだと言ったのは例の会議室で感じた気配がすっかり消えていることです」
「ん? そうなんだ?」
惚けるピエッチェ、もちろん気配が消えたのには気が付いている。気が付いているというより、気配を消したのはピエッチェだ。
魔物と女神の娘は消えたわけじゃない。箱の中で抱き合っている。その箱の蓋を閉めるとき、気配を中に閉じ込めた。あのまま建物が倒壊しなければ、なんの問題もなかったはずだ。
「建物が壊れたんで、気配を発してたヤツもどこかに逃げたんじゃないのか?」
「うーーん、どうなんでしょう? あなたが遮蔽を解いた時には、すでに気配は消えていました。気配の主が建物を維持していたのかな?」
「あぁ、なるほど。ありそうな話だね」
「だけど、何かが建物から去っていくのは感じてないんです」
そりゃそうだ、今もこの敷地の中に居る。さて、どう誤魔化すか?
「ひょっとしたら消滅したとか?」
「そんな感じじゃなかったんですけどねぇ」
魔物退治を得意とする魔法使いは、魔物の死滅を感覚で確認できるよう鍛錬を積んでいる。死んだふりをする魔物もいるからだ。
「まぁ、まずは瓦礫を調べてみましょう。痕跡が残っているかもしれません――そのあとは地面ですね。地中深く潜り込んでいないか、見てみます」
やっぱりそうなるか……ピエッチェがこっそり溜息を吐く。
箱を閉める際、魔法封じと魔物封じを施した。ピエッチェが術を解かない限り、二体は箱から出て来られない。そして二体が発する気配や施術した魔法も外には漏れない。
最初は廊下室とその両側の空間に施術しようかと考えたが、気が進まなかった。要は封印の強化になるだけ、そこまでする必要があるのだろうか? 迷った末に、相手の正体をはっきりさせてから決めることにした。だからクルテにあれこれ尋ねた。
クルテの話を聞いて思った。ソノンセカの森の女神の怒りの根源は人間が魔物になってしまったことにあるんじゃないのか? そもそも森の女神も女神の娘も人間の男と恋をするものだ。恋に落ちたことを咎めるのは可怪しい――娘の相手が人間ではなくなった、それこそが逆鱗に触れた。ならば魔物を元の人間に戻せばいいのではないか? 魔物封じを使えばできない話じゃない。それを狙ってクルテは俺をここに連れてきた。
元の人間に戻すには、まず心を身体に戻さなくてはならない。心のない身体だけでも、心だけでも人間には戻れない。だから両側の空間の封印を解いて二体の心が身体に戻るよう促した。心も身体に戻りたがっていたようだ。自分を見付けてすぐに居るべき場所に納まった。これで魔物封じを使えば、男は人間に戻せる。それなのに……
抱き合って微笑みあう二体を見て気持ちが揺れた。男を人間に戻しても無駄なんじゃないのか? 魔物になってまで、男は娘とともに居ることを望んでいる。女神の娘は永遠に生き続ける。人間に戻したところで男はきっと、再び魔物に変わるだろう。
だから人間には戻さなかった。男は魔物のままだ。魔物封じを使ったが、魔力を少し奪って弱体化させるだけに止めた。二体はあの箱の中で互いを見つめ合い抱き合い、悠久の時を過ごすだろう。魔法封じを施したから、箱の存在が知られることもない。はずだった……
建物の倒壊と同時に廊下室とその両側にひしひしと感じていたソノンセカの森の女神の結界も解けたと感じた。通常、森の女神の魔法は察知できないものだ。ラクティメシッスもマデルも察知していなかった。
結界の消失により、二体を閉じ込めた箱はなんの保護もなく地中にあることになる。魔法封じで防げるのは魔法だけだ。掘り返され、目視されればどうしようもない。
ラクティメシッスとマデルが、残っていた壁を砕き終わったところに村長が戻ってきた。村人たちがゾロゾロついて来ている。
「瓦礫置き場が決まりました。この近くにいい空き地があるんです。運び込んだ後、周囲に柵を作ることにしました。えぇ、柵はわたしらで作ります」
なんだか村長は嬉しそうだ。
「それでですね、運ぶのを手伝わせてほしいと、みなが言うのですよ。わたしもそうなんですが、なんだかこう、体力が有り余っているような感じでして、動きたいんです。どうか手伝わせてください」
「魔法でやったほうが早いんだけど……」
ラクティメシッスが困ってマデルを見る。するとマデルが村長に訊いた。
「あんたたち、自分の仕事は? そっちはどうする気?」
「そっちは女房たちがやるって言ってる。こっちは任せて、宿の手伝いに行けって追っ払われた」
村長のすぐ後ろにいた男が笑顔で答えた。
「頼む、俺たちにも仕事をくれよ」
仕方ないわねぇ、とマデルがラクティメシッスを見た。
「どうせ今日は封印の岩を上るのは無理。一日空いたんだから時間がかかってもいいんじゃない?」
「あ、でも、そうだ、忘れていました――今夜、わたしたちはどこで過ごせばいいんでしょう?」
確かに! ソノンセカに宿はなくなった。クサッティヤに戻るしかないか?
すると村長がニッコリ笑う。
「うちのボロ屋で良ければ泊まってください。そのつもりで夕食の用意もさせているんです」
「いや、しかし……」
ラクティメシッスは遠慮なのか嫌がっているのか判らない生返事、マデルが
「あら! 助かるわ。よろしくね」
勝手に決めてしまった――
瓦礫をいったん敷地の外に積み上げ、そこから村人たちが置き場所に運ぶことになった。瓦礫を積み上げたのはラクティメシッス、もちろん魔法だ。魔物の痕跡を探す心づもりがあってのことだ。敷地内に瓦礫が無くなると、今度は地面の捜索に掛かった。基礎さえなくなり真っ新になった地面をゆっくりと歩き回っている。だが、まぁ、掘り返さない限り大丈夫か……でも、ここに再建築するとなると、掘り返す可能性もある。地下室を作るなんてことになったら隠しきれなくなる。
(心配ない)
頭の中でクルテの声が聞こえた。
(わたしが結界を張った。人間には検知できない方法で……掘ろうとしても無理。大岩があるって判断して諦める)
(女神の魔法か?)
(人間がそう呼ぶ魔法の一つ。正しくは結界じゃなく、領域。女神の領域は女神の許しがない限り、何人だろうと侵せない)
魔物なのに女神の魔法も使えるなんて、なんだか面白いヤツだ。
(それより瓦礫置き場を見に行こう)
(何かあるのか?)
(瓦礫がある――でも、その先からソノンセカの森に入れる)
(森に行くってことか?)
(ソノンセカの女神に挨拶なしってわけにはいかない)
「瓦礫置き場を見に行ってくる。全部置き切れるか心配になってきた。確認してくるよ」
ピエッチェがカッチーに言った。
「あ、じゃあ、俺も一緒に――」
「おまえとオッチンネルテはここに居て、マデルたちを守ってくれ。女性を二人きりにはできない」
「あぁ、そうですね」
女装のラクティメシッスをチラッと見て、カッチーがニヤッと笑って頷いた。
瓦礫を乗せた丈夫な布に紐をつけて棒で吊るし、棒の前後を二人で担いで運んでいた。手ぶらで行くのもなんだからと、ピエッチェも村人の一人と組んで瓦礫を運んだ。つかず離れずクルテがついてくる。
「あの別嬪さんはあんたの?」
組んでいた村人がピエッチェに問う。
「あぁ、俺の女だ。別嬪ってことはないけどな」
答えるピエッチェ、クルテがニンマリ笑った。




