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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
2章  魔法使いは真夜中に

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 中は細い通路になっていた。燭台(しょくだい)に火が(とも)され、奥まで続いているのが見える。


「扉は明けておいた方がいいよな?」

ピエッチェの問いにクルテが

「開けておけるものならな」

と答えた。


 変なヤツだなと思いつつ、外開きの扉を全開にし、念のため近くにあった手ごろな石を置いて閉まるのを防いでから先を行くクルテを追う。クルテは十歩ほど先で待っていた。ピエッチェが追い付くと、(あご)で入ってきた方を指す。

「えっ?」

ピエッチェが見ると、すでに扉は閉じている。もう一度開けるため、戻ろうとするピエッチェを

「無駄だ」

とクルテが引き留めた。


「さすがにここには魔法の気配がある。わたしたちは閉じ込められた。もうあの扉は開かない――奥に行くぞ」

「俺たちはここから出られないってことか?」

「そう言うことだな。だが、ヤツもここに居る。辿り着ければなんとかなる」

「うん? ここに居るのなら、どんどん行けばヤツに会えるんじゃないのか?」

「そう簡単にはいかない――ほら、分かれ道だ、どっちに行く?」


 道は真っ直ぐ前に続いているものの、右へ直角に曲がる分岐があった。右への道の奥をピエッチェが眺める。真っ直ぐ続く道と、道幅も置かれた燭台の大きさも間隔も同じに見える。


「魔法使いがいるところに辿り着けないとどうなる?」

「多分ここは迷路になっている。辿りつけなければここで飢え死にすることになるだろうね」

「おまえは? おまえが飢えることはないのだろう?」


「おまえが生きている限りはな――で、どっちに行く?」

「俺に決めさせるのか?」

「わたしには決められない。おまえに従うだけだ」

「なんだって?」

「いいから早く決めろ。もたもたすると怒るぞ」

「えっ? あぁ、じゃあ、真っすぐがいい」


 奇妙なことを言うヤツだと思いつつ、思わず道を選んでしまったピエッチェ、クルテはさっさと歩きだす。ついて行くしかない。


 その先もいくつか分岐点があり、その(たび)クルテはピエッチェに選ばせた。


「なぁ、ここ、さっきも通らなかったか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「頼りにならんな」

「そんなこと言うと怒るぞ。だいたい、道はおまえが選んでる」

「あ、俺に選ばせたのは責任を押し付けるためだったか?」

「そうじゃないけれど、そう思いたければ思えばいい」

揉めているうちに、次の分岐に着いた。


「さぁ、ピエッチェ、どっちに行く?」

「いい加減、おまえが決めろ」

「わたしは選べない。おまえが選べ」

「なんでおまえは()()()()んだ? わけが判らん。もう俺は選ばないぞ!」


 ドン! ピエッチェが言い終わると同時に破裂音が響き、クルテがニヤッと笑った。


「えっ?」

「ピエッチェ、後ろを見ろ」

ピエッチェの後ろには今までなかった扉が現れていた。


「なんでここに扉が? なかったはずだ」

「そこまで頭が悪かったか? 魔法使いの仕業に決まってる」

「むっ! どうせ俺は馬鹿だよ!」

「だからと言って見捨てないから安心しろ」

「あぁん?」

怒っているのに、クルテにそう言われると怒り切れない。どこかで安心し、許してしまっている。


「だが、どうして扉なんか?」

「入って来いってことだろう? 魔法使いはわたしたちに会いたいのかも」


「いや、待て、クルテ。罠じゃないのか?」

「罠だとしても、行くしかない――扉を開けろ、ピエッチェ。少なくとも()()迷路からは出られる」

「別の迷路ってことか?」

「そんなの行ってみなくちゃ判らない」


「俺に先のことを考えてないって言ったけど、おまえも相当だぞ?」

苦笑いするピエッチェ、それでも扉に手を伸ばす。クルテに逆らわない、いや、逆らえないのか? それが自分でも不思議だった。従うことに心地よさを感じるのも不思議だ。


 開かれた扉の隙間から、明るい光が差し込んでくる。向こうはこの廊下よりずっと明るいらしい。覗き込んでみるとどうやら大広間、高い天井にはいくつものシャンデリアが輝いている。王宮で舞踏会を開く広間によく似ている。だが、音楽もなければ誰一人としていない。奥の方に豪華な装飾の階段があり、上の方で左右に分かれているのが見えた。


 扉を開き切り、

「入るか?」

とクルテに問う。

「奥の階段を昇ってどちらかに進めってことだろうな。右か左か……選ばないって言ったのに性懲(しょうこ)りもない」

面白そうにクルテが笑う。


「階段に行ってみよう。ピエッチェ、先に行け」

また俺かよ、と思いつつ、ピエッチェが入っていく。が、五歩進んだところで足が止まった。続いて入ったクルテが

「階段に行けって言っただろう? なんで止まる?」

と、少し怒った。


「いやそれがさ……」

ピエッチェの言い訳の途中で音楽が聞こえ始めた。

「足が動かせないんだよ」


「ふぅん……曲にあわせてステップを踏んでみろ。この曲、舞踏曲だな?」

「へ? あぁ、確かに舞踏会でよく聞く曲だが」

「魔法使いはわたしたちを躍らせたいらしい。ダンスは得意だろう? あ、パートナーが必要か」


 見る間にクルテの服が貴婦人たちが着るようなドレスに変わる。長い黒髪は高く結われ、宝石で飾られている。


「さぁ、ピエッチェ、踊るぞ。わたしの手を取れ」

「あ、いや……」

「わたしの推測が正しければ、踊れば動けるはずだ。踊りながらあの階段を目指せ――早くしろ、もたもたしてると怒る!」


 ピエッチェが戸惑いながら、差し出されたクルテの手を取る。するとストンと呪縛が解けて足が自由に動くようになった。


 二人が踊りだすと、急にあたりが喧騒に包まれる。どこから湧いたのか、大勢の男女が二人を取り囲んで踊っている。


「なんだかいっぱい出て来たぞ?」

「よく見ろ、みな無表情で喋ってない。実体がないのだろう――幻影を見せられているだけ」

「そうか……では音楽は幻聴?」

「多分な」

「また〝多分〟かよ――魔法ってことだよな?」

「だろうね」


 踊りの輪の中で、ステップを踏みながら徐々に階段へと近づいていく。

「なかなか巧いじゃないか……しかし、魔法使いはわたしたちを躍らせて、何がしたいんだろうな?」

「知るかっ!」


 ピエッチェがすぐにクルテの手を取って踊り出せなかったのは状況に飲まれたから()()()()()()

(コイツ……こんなに綺麗な顔をしてたっけ?)

女に化けたクルテに見惚れてしまったからだ。けれどすぐに自分を笑った。クルテは魔物だ。どうとでも姿を変えられる。騙されるものか……でも、どう騙されるのだろう?


「ナリセーヌに化けたほうが良かったか?」

クルテがクスッと笑った。


 真っ直ぐ行けばあっという間の距離、それをダンスのステップで進むのだから()どろっこしい。それでも何とか階段に辿り着く。なぜか感じる達成感、やり遂げた感が半端ない。


 それはともかく、階段に辿り着いた途端に音楽は消え、踊っていたはずの()()()()()も消えてしまった。呆気にとられたピエッチェが広間を眺めていたのは一瞬、

「行くぞ」

クルテの声に振り向けば、階段を昇り始めたクルテは元の姿……長い黒髪を背中で緩く束ねた男の姿に戻っていた。ここでもピエッチェ、少し残念なような、そのくせホッとしたような複雑な心境を味わった。


 最上段でクルテが広間を見降ろして、続いて昇ってきたピエッチェに

「見てみろ」

と苦笑する。


「なんだ、これ?」

またも呆気にとられるピエッチェだ。


 階段の下には薄暗い、蜘蛛(くも)の巣だらけの広間が見える。天井の高さに変化はないがシャンデリアは消えている。さっきまでの華やかさはどこに行った? 部屋の豪華ささえも幻影だったか。


「わたしたちは、とんでもない遠くに紛れ込まされたのかもしれないな」

「遠く?」

「あの宿に、これほど広い空間が有るとは思えない。ここは宿とは違う場所だと思ったほうがいい」

「この広さも幻影なんじゃないのか?」


 すると少しクルテが考え込むような仕草を見せてから真面目な顔で言った。

「いや、階段からこちら側には魔法を感じるが広間からは魔法を感じない。つまり広間は現実の存在だ」


「現実だとして、それじゃあどこだ?」

「デレドケの街にこれほどの規模の建物があったか?」

「いいや……記憶にないな」

「では、デレドケ以外のどこかだ」


 それじゃあどこだ? 再び聞こうとしたがやめたピエッチェだ。同じ質問を繰り返せば馬鹿にされるのがオチだ。フフンとクルテが笑った。


 ピエッチェが質問の内容を変えた。

「で、どうする? やはり先に進むのか? それともいったん戻ってみるか?」

「引き返せない。見れば判るがわたしたちが入ってきた扉も消えている」

「えっ?」


 改めて蜘蛛の巣だらけの広間を見る。向こう側に、確かにあったはずの扉がない。

「つまり先に行くしかない……右か、左か?」


「また俺に選ばせる気か?」

「いいや、おまえは選ばないと断言した。ならば右でも左でもないはずだ」

クルテがニヤリと笑う。


「ピエッチェ、正面の壁に向かって歩け」

「おい、無茶言うなよ」

「やってもみないで、どうして無茶だと言える? いいからさっさとしろ、もたもたしてると――」

「判った、怒るな」


 怒らせるのは面倒と、従うピエッチェ、あれ? だけどクルテって怒ったことがあったっけ?


 とりあえず壁に身体が付きそうなところまで歩を進めた。だけど、次の一歩が出ない。これ、ぶつかるの必然だぞ? 次の一歩は壁を蹴飛ばすことになる。


「なんだ、なぜ立ち止まる?」

「だって、壁だぞ?」

「壁に立ち向かう勇気もないのか?」


「おまえ、なんかその言い方、なんとなく別の意味を含んでいるように感じる」

「気のせいだ、多分――よし、仕方ない、おまえに勇気を与えてやろう。歯を食いしばって、息を止めろ」

「えっ? いや、こうか?」


 戸惑いながらも言うとおりにしてしまうピエッチェ、勇気をくれるっていうけれど、どうやって?


 ドン!


「うわぁ!」


 いきなり背中を思い切り突き飛ばされ、前に()()()()()。壁は何事もなく通り抜けられたがその先がよくない。


 すぐそこは行き止まり、しかも壁もなければ柵もない、つまり崖、

「にゃぁあああ!!!」

奇妙な叫びをあげながら思わず両腕をバタバタし、なんとか落ちないよう足掻(あが)くピエッチェ、

「飛びたいのか? 羽搏(はばた)きか?」

クルテの(さげす)むような声、が、すぐに背中が引っ張られ、尻餅を()いた。


「殺す気かっ!?」

「殺そうとは思わない。落ちなくてよかったな。落ちてれば命はない、多分。いつかの断崖よりも高さがあるぞ」

下を(のぞ)き込んで、クルテが平然と言い放つ。

「奥行きも大変なもんだ。さっきの踊らされたところより広い」


「おまえなぁ!?」

「わたしがすぐ後ろに居て命拾いしたぞ、ピエッチェ。わたしが引っ張らなければ落ちていたよな?」

「え、あ、まぁ、そりゃそうだけど」

「それに先に進めた――誰のお陰だ?」

「え、いや、それは……」

「まぁ、そんなに感謝してくれなくてもいい。わたしはおまえの役に立つため、おまえの傍にいる」

「いや、なんか、まぁ、なんだ?」


 また騙されている気分がするが、嘘を言われているわけでもないような……混乱するピエッチェに、容赦なくクルテが続ける。


「ピエッチェ、飛び降りようなんて慌てることもなかったようだぞ。見ろ、下に続く階段がある」

(ようや)く立ち上がったピエッチェ、足元には入ってきた方から見て左に長く続く通路、行き詰まりは右に曲がると階段に変わり下へ下へと伸びている。


「飛び降りたかったわけじゃない」

「それじゃあ、鳥のように飛べるか確かめてみたかったのか?」

「それほど俺は間抜けじゃない」

「それじゃあ猫にでもなりたかったか?」

「なんだ、それ?」

「にゃあああ、って叫んでいたぞ?」

「うーーん、よく覚えていない」

「記憶力、大丈夫か?」

「多分な」

「おい、それはわたしのセリフだ」


 無駄話をしているうちに階段の降り口に到着した。

「それにしても……」

とクルテが呟く。

「ここも随分と広いな」


 言われてピエッチェも周囲を見る。

「さっきの広間より奥行きも幅もある。しかも天井がとんでもなく高い」

「床はずっと下だな。しかも灯りがあるようには見えない」

「うん……燭台を(はず)して持っていくか?」

「無理だ」


 冷たく言い放つクルテ、壁を抜けてから、通ってきた細い通路を見てピエッチェも同意する。

「そうだな。燭台に手が届きそうもない」


 あたりを照らす燭台はすべて通路にあった。そして今、通路は消えて、燭台のある場所は下から天井まで真っ直ぐな壁になっている。


「行くしかない。そうだな、クルテ?」

ピエッチェの呟きにクルテがちょっとだけ微笑んだ。

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