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「うーーん、どうだろう?」
馬具屋があったのは確かだ。リュネの手入れに使う道具を買ったのは確かミテスク村だ。馬具屋は馬子たちのお陰で商売になると笑っていた。ミテスク村には封印の岩の上まで、馬に乗せて連れていく商売がある。
「まぁ、サロンはありそうだ」
「なんでサロン?」
「自分の足で登る客のほうが多いって聞いたぞ? 上まで行って降りてくれば休憩したくなりそうなもんだろ? それに、馬を利用するヤツが順番待ちで使ったり」
「順番待ち? そんなに混むのかな?」
「あの辺りは春と秋に観光客が殺到しそうだよな。新緑や紅葉を目当てに」
「そっか。そして夏は日差しに照り付けられるし冬は吹きっ曝し」
「で、どうする? もっと果物を買っていくか?」
ちょっと考えてからクルテは首を振った。
「いいや、いざとなったら桃瓶を開ける」
菓子屋ではクッキーと型焼きケーキを二本を頼み、別の袋にキャラメルを入れて貰った。
「キャラメルはボシェッタ爺さん」
シャーレジアも甘いもの好きだったが、ボシェッタ爺さんも甘いものが好きってことか。
行ってみるとカッチーとオッチンネルテが先に来ていて、ボシェッタ爺さんと談笑していた。
「お爺ちゃん、キャラメル、好き?」
クルテがキャラメルの袋を渡すと相好を崩した。
「あんた、クルテなんだって? いやあ、見違えた。ピエッチェさんに相当可愛がられてるんだろうね」
「そうでもないよ? ピエッチェは冷たいもん。優しいけどね」
ボシェッタ爺さんが言っている可愛がりかたはしたことない。でも、まぁそれをここで言う必要もない。
カッチーが
「もうね、二人は仲が良くって。いっつもあてられてます」
と言えば、オッチンネルテが、
「やっぱりいずれは奥方に?」
とピエッチェを見る。するとクルテが
「それはないかな」
と答えた。
「なんでですか? こうなったら、ねぇ?」
カッチーは不満そうにピエッチェを見るが、オッチンネルテは複雑な表情で、それ以上は何も言わなかった。
王の恋人と言われた中で何人が配偶者になれた?――フレヴァンスの言葉を思い出す。オッチンネルテもそう考えたのだろう。
「まぁ、まだ先のことだ。ザジリレンに戻って全てが片付いてからだな。今は何も保証できない」
心ではもう決めている。だけど思い通りになるか判らない。だから必ず妻にすると宣言できない。クルテを人間にする方法を見つけ出せていない――クルテがそっとピエッチェに寄り添った。穏やかに笑んでいる。それがピエッチェの心を少しだけ軽くした。
少ししてマデルとラクティメシッスも姿を現した。何があったのか、マデルはなんとなくツンケンしている。後ろからついてくるラクティメシッスがしょぼくれているところを見ると、マデルの機嫌を損ねたのは彼なのだろう。が、沈んでいるのが演技なのはすぐ判った。マデルの隙を見ては、隠れてニタニタ笑っている。
ボシェッタ爺さんには
「元気だったぁ?」
と愛想を振りまいたものの、
「ごめんね、行くところがあるからまた今度話そうね」
ボシェッタ爺さんが一言も言わないうちに馬車に向かう。
「ありゃあ、随分ご機嫌が悪そうだ」
ニヤッと笑うボシェッタ爺さん、
「今日は近づかんほうがいい」
ボソッとピエッチェに耳打ちする。
「それにしても新顔はこりゃまた美人だね」
ラクティメシッスのことだ。
「こんにちは……また今度ゆっくりお話ししましょう」
ラクティメシッスはマデルを気にしつつ、ピエッチェに頷く。さっさと行こうと言う事らしい。
何があったか訊きたいところだが、こういう事に他人は首を突っ込まないほうが身のためだ。下手に関われば飛んだとばっちりを受けるのが目に見えている。カッチーとオッチンネルテはマデルの様子を見た途端、キャビンの中に避難した。
ところが……店の出入り口でクルテがマデルを引き留めてしまった。
「どうしたの?」
「クルテ……」
マデルがクルテに抱き着いて泣き崩れる。ピエッチェが舌打ちし、ラクティメシッスを見る。ラクティメシッスがやれやれと肩を窄めた。
クルテはチラッとピエッチェを見たがマデルと二人、何も言わずに店を出た。どこかで二人きりで話すつもりだ。
「茶でも淹れるかね」
ボシェッタ爺さんは嬉しそうだ。こうなったら二人が戻ってくるまで話し相手をするしかない。
「しかし、美人だよねぇ」
カップを渡しながらラクティメシッスに見惚れるボシェッタ爺さん、
「マデルと揉めたのはピエッチェの取り合いかい?」
ケケケと笑う。ラクティメシッスは何も言わず意味ありげにニンマリとする。声で性別がバレるのを避けたんだろう。
「ま、あんたとマデルで取りあったって、そりゃあ無駄ってもんだ。悪いことは言わねぇ。この男はあの痩せっぽちに夢中だ。諦めるんだな」
痩せっぽちとはクルテのことか。
キャビンから降りて一緒にお茶をご馳走になっていたカッチーが笑いを堪え、オッチンネルテは気まずげにしている。
「しかしピエッチェ、なんでおまえんとこには上玉が揃うんだろうねぇ。しかもみんなタイプが違うと来てる」
確かにね。うち一人は女ですらない。
「で、姐さんは無口だね。こんな老いぼれとは喋りたくないか」
「えっ? いえ。咽喉の調子が……」
慌ててラクティメシッスが作り声で答えた。おい、カッチー、笑うなよっ!
「んで、みんなでどこに行くんだい?」
「あぁ、封印の岩を見に行こうと思ってね」
答えたのはピエッチェだ。ラクティメシッスにあの声でしゃべらせ続けたらカッチーが笑い死にしそうだ。
「ぁんだ、封印の岩に行ったことがないんかい?」
「俺は一度行ったけど、下から見ただけだから上ってみたいと思ってね。大勢のほうが楽しいだろうと思って、知り合いを誘ったんだよ」
「それじゃあ今夜はクサッティヤか。あそこのミランジェって菓子屋のチェリーパイは旨いぞ」
「へぇ、ミランジェね。覚えとくよ。でも、今夜はソノンセカだ」
「はひっ!? ぶふぉふぉ、げほっ!」
「爺さんっ!」
驚き過ぎて噎せてしまったボシェッタ爺さん、慌ててカッチーが立ち上がり背中を撫でる。
「おめぇら、あの村にゃあ長居するな」
オッチンネルテに渡された水を飲み干してからボシェッタ爺さんが言った。
「どうせ泊まるならクサッティヤにしときな。ソノンセカは呪われとる」
ピエッチェとラクティメシッスが顔を見合わせる。
「あの村の噂は聞いてる。だけど泊まるのはローシェッタ国営の宿だ――心配してくれてありがとうな」
「ピエッチェ、国営だろうがなんだろうが、あの村の中にあるってのが問題なんだよ」
ボシェッタ爺さんの顔は真っ青だ。
「あの村の先からミテスク村まで、ジェンガテク湖を跨ぐ橋があるのを知ってるだろう? あの橋ができてグルっと湖を周回できるようになった。でもな、あの橋の工事には何人もの犠牲者が出たんだ」
ピエッチェが思わずラクティメシッスを見るとイヤそうな顔をしたが、
「えぇ、その話は聞いています――事故もありましたが、謎の死を遂げる人夫が続出しました」
吐き捨てるように言った。
「謎の死?」
「朝、なかなか起きて来ねぇ。だから部屋を見に行く。するってぇと、その部屋で寝てたヤツらは全員くたばっちまってる」
ピエッチェの問い掛けにボシェッタ爺さんが震えながら答えた。
「俺は見たんだ。昨夜まで笑ってたヤツが冷たくなってて……硬くなった身体をいっくら揺らしたって無駄だ。もう死んじまってるんだから」
「お爺さんはあの工事に?」
聞いたのはラクティメシッス、
「あの橋が掛けられて、そろそろ六十年、ですかね」
記憶を辿るように言った。
「あぁ、俺はやっと大人の仲間入りをした年で、稼げるって話を聞いて悪友どもと一緒に人夫として働きに行ったんだよ。行ったのは六人、でも無事に帰って来られたのは俺ともう一人だけだった」
ボシェッタ爺さんの顔が歪む。友人の顔を思い出し、涙を堪えているのだろう。
「あんときゃ、ミテスクにも臨時の宿舎があったが掘っ建て小屋に毛が生えたようなもんだった。同じ手間賃なら宿舎がしっかりしてるほうがいいだろうって、俺たちはソノンセカを選んだ――それが間違いだった。そんな死人が出たのはソノンセカだけだった」
「原因は?」
ピエッチェがラクティメシッスを見る。
「調べたんでしょうが、判らずじまいだと聞いています――工期は二年、その間に亡くなったのは十二人。けれど一度に四人ほどだから三度そんなことが起きた。だから工事が止まることはなかったし、ソノンセカの宿舎が閉鎖されることもありませんでした」
「おうよ、橋は無事に掛かった。ソノンセカ宿舎の怪死事件なんて、関係者しか知らねぇだろうよ。箝口令が敷かれたしな。当時の関係者はほとんど死んじまってるだろうよ」
と、ボシェッタ爺さんが『あれ?』とラクティメシッスを見た。
「あんた、なんで知ってるんだ?」
「えっ? あ、いや。わたしの父、ローシェッタの歴史学者なんです」
苦しい言い訳だが、ボシェッタ爺さんは『そうかい、なるほどね』と頷いただけだった。
ピエッチェは、ここにクルテがいなくてよかったとホッとしている。いたら『魔物の仕業かもしれない』と言い出し、原因究明に乗り出しかねない。コゲゼリテ・デレドケ・ギュリュー・ジェンガテク湖なんかと同じパターンだ。
それらの魔物退治はフレヴァンス救出に繋がると言われたが、すでにフレヴァンスは救出済みだ。ソノンセカの件は別の噂を含めて気になるが、できれば今はザジリレンを優先したい。クルテの趣味に付き合ってはいられない。
クルテの趣味?――きっと違う。クルテに課せられた使命、そんな気がした。クルテは幾つもの約束を森の女神としていると言っていた。その中の一つなんじゃないのか? でも、もしそうだとしても、やっぱり今はザジリレン……で、いいはずだ。
クルテとマデルがクスクス笑いながら帰ってくると、店に甘い香りが立ち込めた。見ると手にした紙袋から何かを出しては口に放り込んでいる。
「はい、これはお爺ちゃんに。マデルの奢りだよ」
クルテが紙袋を一つボシェッタ爺さんに渡した。二袋持っていたのの小さいほうだ。
「おお! マリーマリーのシュークリームじゃねえか! 食いたいって思ってたところだよ」
大喜びのボシェッタ爺さん、クルテのヤツ、心を読んだんだ。しかし爺さん、そんなに甘いものを食って健康に問題はないのかい?
「あんたたちの分もあるよ。キャビンで食べよう」
マデルの機嫌も直ったようだ。カッチーとオッチンネルテに声を掛け、タラップを上っていく。
「わたしにもくれますかね?」
ラクティメシッスの呟やきに、
「どうだろうね?」
苦笑したピエッチェが御者台に向かった。




