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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
12章 王の恋人

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11

 やっと解散と言う事になり、それぞれの部屋に戻って行く。ラクティメシッスは(しょう)()りもなく『わたしの部屋に来ませんか?』とマデルを誘うが無視されて、愉快そうに笑っていた。


 二人きりになると、いきなり背中にクルテがしがみ付いてきた。

「カティ……怖かった」

弱よわしい声、泣き出すんじゃないかと焦るピエッチェ、

「ラクティメシッスに何か言われたか?」

この場合、言われたとしても『心の中で』と言う事だ。ピエッチェが、クルテをラクティメシッスと二人きりにするはずがない。


「ううん、なぁんにも。だから余計に怖い――でも、どうしてラクティメシッスのことだって判った?」

「おまえがマデルやカッチーや、ましてオッチンネルテを怖がるとは思えない」

「ソノンセカの幽霊かもしれないじゃん」

「ギュームの奥方の幽霊を、爪の先ほども怖がらなかったおまえだぞ?」

「幽霊が怖いのはね、その存在よりも込められた怨念とかだ」

怨念ねぇ……


「ソノンセカの幽霊は何かを恨んでる?」

「そんなの知らない。だいたい、あの村に幽霊がいるかどうかも確かじゃない」

そうだった。幽霊が必ずいるとは誰も言ってなかった。


「でも、あの村の住人は戦乱の時代から生きてるって」

「そんなの作り話だと思うけど? まぁ、行って村人と接触すれば判るよ」

おまえには判っちゃうんだな。


「ラクティメシッスが怖いのは、おまえの正体に気付いているから?」

ピエッチェが話を元に戻す。あぁ……とクルテがイヤそうな顔をする。


「アイツさ、はっきり言わないくせに『判ってるぞ』ってプレッシャー掛けてくる。それが物凄くイヤ」

その気持ち、よく判る。アイツは爽やかに見せかけて(いや)ったらしい。


「でもさ、怖いのはそんなところじゃない」

「うん? だったらどこが怖い?」

「ローシェッタの伝説を鵜呑みにしてるところ」

「どうしてそう思う?」

「連れて行く気か? だってさ」


 ローシェッタとザジリレンの間では、森の女神と女神の娘についての伝承が微妙に違う。


 どちらの国でも森の女神は守り神であり豊穣神だ。そして女神の娘は女神の化身だ。そのあたりは変わらない。


 森の恵みの象徴であり、森の生き物たちを統べる……そして森の生き物とは言えない人間に干渉することはない。もちろん、森に多大な損害を故意に与えんとすれば容赦ない。が、それ以外で女神が人間に何かするとしたら、それは女神の気紛れによるもので大抵は相手の人間にプラスになることだった。森で迷った者に道や泉水の場所を示したり、気に入れば祝福したりする。そしてごく(まれ)に、人間の男と恋に落ちる女神もいた。


 森の女神の恋はひとえに一途、けっしてほかに心を移すことがない。それは相手がこの世を去っても変わらない。永遠に生き続ける女神にとって一生に一度の恋となる。ここまではローシェッタの伝承もザジリレンの伝承も同じだ。違ってくるのはその先だ。


 ザジリレンでは『恋に落ちた女神の全ては男のため』と言われている。それはたとえ男が心変わりしても変わらない。森から出られない女神は、来てくれない男の無事と幸福を森の中で祈っている。


 だがローシェッタでは『恋に落ちた女神は男の全てを欲する』と言われる。女神は男の心変わりを決して許さない。それどころか、どんなに誘っても心を揺らすことがなかった男をも許さない。女神の片思いであっても相手を許しはしないのだ。


 恋する女神の報復は恐ろしい。森から出られない女神は、己の化身である女神の娘を狙う男のもとへと行かせる。もちろん女神の娘も通常は森から出られない。魔法の力で人間の姿を与えられ、森から出ることがやっと適う。


 そして人間の姿で男を誘惑する。女神の娘の企みが成功すれば男は森に連れて行かれ、二度と人間の住む場所へは帰れない。だが失敗した時は? 娘は(ため)らいいもなく男の魂を抜き取って森へ連れ帰る――


 ラクティメシッスがクルテに『連れて行く気か?』と言った。クルテはその言葉をローシェッタに伝わる森の女神に結び付けた。ピエッチェが考え込む。それをクルテが不安そうに見つめる。


「ラクティメシッスは『どこに』とは言わなかったのか? どこに連れて行くとは言わなかった?」

「……言わなかった」

「だったら気にするな」

「でも!」

「俺はザジリレンの人間だ。ローシェッタに伝わる話も知識としては知っている。だが、俺にとって森の女神はザジリレンのものだけだ。ローシェッタとザジリレンでは違う女神なのだろうよ。それに……俺にとっておまえは森の女神でも女神の娘でもない。俺のクルテだ」


 ピエッチェの顔を見詰めるクルテは不安そうだ。もっと何か言ってやりたい。だけどなんて言えばいいんだろう? クルテを見詰めながらピエッチェが考える。するとクルテが不思議そうに言った。

「今日はわたしのこと、魔物だって思わないんだね」

「あ……」

そうだ、コイツは魔物、()だった。


「んー、忘れてた。って言うか、それもどうでもいい。言っただろ、俺にとっておまえはクルテ以外の何者でもないってことだ」

「そっか」

やっとクルテの顔に笑顔が戻る。


 その笑顔にホッとしたピエッチェ、ふと思いついた疑問を口にした。

「そう言えば、秘魔の存在っておまえから聞いて知ったんだけど、おまえ以外にも秘魔っているのか?」

本当は()のことも訊いてみたい。だけど『唆魔』や『ゴルゼ』とは声にしたくなかった。クルテがイヤな顔をするんじゃないか、そう思った。


「そんなの、わたしが知るわけないじゃん」

(あく)しながらクルテが答える。

「秘魔には会ったことないし、唆魔はゴルゼしか知らない」

ピエッチェが遠慮して言わなかったのに、クルテは案外あっさり言った。


 ふらふらしながらクルテが立ち上がる。

「もう寝る……」

本当に眠そうだ。都合の悪い話ってわけじゃないのか? だけど……都合の悪い話になるとクルテは眠くなる、そんな疑念をふっしょくしきれなかった。


 翌朝食は各部屋に運ばれた。が、まずはカッチーがトレイをもって現れ、程なくマデルがやってきた。

「いつも四人一緒だからね、なんかさ、一人じゃ味気なくって」

マデルが言い訳しているところに、ラクティメシッスまでやってきた。すでに女装している。宿の従業員に見られるのを警戒してだ。


「マデルと一緒に食べようと思って部屋に行ったんだけど、居なかったんで」

きっとここだろうと思って来てみたら案の定だ、と笑う。

「わたしと二人で食べるって発想がなかったことが寂しいです」


 オッチンネルテは来なかった。王や王太子と一緒()()()()、一人の食事を堪能していることだろう。出立の時刻は言ってある。誰に遠慮することもなく、伸び伸び過ごせるのはその時刻までだ。


 同じ理由でカッチーだけは少々居心地が悪かったようだが、こちらはオッチンネルテと違ってピエッチェがカテロヘブとは知らないのだから気を遣う相手はラクティメシッスのみ、しかもラクティメシッスは気さく、ピエッチェ・クルテ・マデルと一緒なのと引き換えるほどではない。


 ラクティメシッスが怖いと言っていたクルテだが、もちろんそれを顔に出したりはしない。いつも通り食材をチェックしている。だがメニューがコーンポタージュに茹で卵、生野菜が数種類にブドウが五粒、それに丸パンではこれと言って疑問を持つこともなかったのだろう、チェックが済むといつも通りピエッチェを見上げ、

(から)()いて」

と言っただけだ。ピエッチェもいつも通り『自分で剥けるようにならなきゃ』とは言うものの、茹で卵の殻を剥いてやる。


 いつものことだから、マデルもカッチーも全く気にしない。けれどラクティメシッスは()()(あから)さまにニヤついた。

()しいか?」

ピエッチェがムッとする。


()しくなんかありませんよ」

ラクティメシッスがゆったりと微笑んだ。

(なか)むつましくって(うらや)ましいと思っただけです」

羨ましいとニヤつくのか?


「あんたにだって睦ましい相手が、すぐそばに居るじゃないか」

「居るには居るんですがね。お嬢さんとは考えかたが違うようです。同じ部屋ではイヤだと言われてしまいました――お休みになる時は同じベッドで?」

「ちょっと! なんてこと訊くのよ!?」

マデルが慌ててラクティメシッスを(たしな)めるが聞く耳を持たない。いいじゃないですかと笑んでいる。


 ピエッチェはチラッとラクティメシッスを見たが、すぐに視線を自分の皿に戻してブドウをクルテの皿に移した。クルテがピエッチェのブドウをじっと見ていたからだ。ピエッチェを見上げてクルテが嬉しそうな顔をする。


「なぜそんな事を?」

ピエッチェがラクティメシッスに訊き返す。視線はクルテに向けたままだ。


「いえね、どうしたらそんな関係になれるのかなぁと。この人ったらね」

ラクティメシッスがマデルに視線を向ける。

「そう言ったことには一切応じてくれないんですよ」


「ラクティ!」

マデルが悲鳴のような声をあげる。

「いい加減にして!」

だが、クスッと笑っただけで、ラクティメシッスに話題を変える気はなさそうだ。

「参考にしたいのですよ。どうしたら彼女に『うん』と言って貰えるのか――聞かせて貰えませんか? きっかけどんな? もちろん深い仲なのでしょう?」


 ピエッチェはクルテから目を離さない。クルテは生野菜の中からトマトだけを選んでは口に運んでいる。トマトが終わったらきっと次はキュウリだ……一口食べてはニンマリしてじっくり味わう。いつも通りのクルテだ。


「参考になるようなことは何もないよ。あんたが言ったようにマデルとこいつは違うんだ。思いを遂げたいなら、じっくり相手と話すしかないんじゃないのか?」

「ふぅん……深い仲を否定しない?」

コイツが知りたいのはそこか?


「そう言ったことは軽率に他人に話すことではないと思うし、気軽に訊くものでもないんじゃないかな?」

「話したくないし、訊かれるのも不愉快、ってことですか?」


「えぇ、そう言うことです」

と、これはカッチーだ。さっきからハラハラとピエッチェとラクティメシッスを見ていたのには気付いていた。

「王太子さまがそんな品のないことをお訊ねになるとは思いませんでした」

随分と抑えた言いかただが、怒りが滲み出ている。


「よせ、カッチー」

「でもピエッチェさん!」


「怒られてしまいました」

ラクティメシッスがマデルに向かって苦笑する。


「しかも下品だと――」

「当り前よっ!」

マデルも庇う気がないようだ。


「いったいどうしたって言うのよ? いつものあなたらしくない」

「わたしらしくない? そうですか?」

クスクス笑うラクティメシッス、

「わたしはただちょっと……」

横目でピエッチェの様子を窺いながら言った。

「彼を心配しただけです」


 クルテがキュウリにフォークを刺した。

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