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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
12章 王の恋人

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 夢見人に接触しないと約束してもジランチェニシスは信用しない。

「だったら……」

ドア枠とドアに渡して紙を貼ることを提案する。


「水で濡らして剥がし、乾かしてまた貼れば元通りだ。だから貼った後にサインしろ。サインしてあればインクが滲む。元通りには戻せない」

それでも考え込むジランチェニシスに実際やって見せさえした。


 やっとのことでジランチェニシスとカッチーを送り出す。するとクルテが溜息を吐いた。


(ろう)で封じればいいって、アイツが思いつかないか冷や冷やした」

「あれ? そのほうが簡単だったな」

「どうして? 蝋だと開ければ割れて元に戻せない。封蝋印を再現できる?」

「封蝋印は通常、模造禁止の魔法が掛けられている。アイツのもそうだかどうかは判らないけどな――まぁ、再現する必要はない。内側だけを熱して蝋を溶かせばいいだけだ。元に戻す時も同じこと」

「熱を扱えるんだ?」

「多少はね」


「そう言えば、『火起こし』してたもんね。でも火を使わないで熱するのは難しそう」

「おまえならザジリレン王家の魔法を熟知してそうだけど?」

「網羅してるわけじゃない――まずはお茶にしよう。気が変わったとかってアイツが戻ってくるかもしれない」


 ジランチェニシスの様子はカッチーの心を通じてクルテが監視している。カッチー本人にはもちろん言っていない。

「カッチーったら『ジランチェニシスがいなけりゃパン屋に寄るのに』って残念がってる」

クスリとクルテが笑う。


「どこの服屋に入るかは?」

「順調に、昨日の高級服店に向かってる。ジランチェニシスがカッチーに(おと)しく()()()()()()

「自分が知ってる店に行こうと言い出す様子は?」

「今のことろない。あ、服屋の前だ……うん?」

クルテが顔を曇らせる。


「どうした?」

心配するピエッチェ、

「ここは高級ですよって、ジランチェニシスが言った。知ってる店らしい」

クルテがピエッチェを見る。

「昔はこの店で服を(あつら)えた、知っている店員がいるかもって――あらら、店に入ったらすぐに店員が出てきてヤツに挨拶をした。(ひさ)かたぶりのお越しですね、だって」


「ふむ。その店員、昨日の店員か?」

「うん、昨日の店員……心を読めって? やってみるよ」

クルテがニヤリと笑った――


 暫く店での様子を(うかが)っていたが、ジランチェニシスの監視ばかりしているわけにもいかない。

「そろそろ始めよう」

ピエッチェが立ち上がる。


 ジランチェニシスの寝室のドアの封印紙にそっと触れるピエッチェ、後ろから覗き込んでいたクルテが

「魔法の痕跡は?」

と問うが、

「全くない」

ピエッチェが苦笑する。


「またジランチェニシスに同情した?」

「んー……アイツの魔法の偏りを再認識しただけだ。普通は知らないような知識はあるのに、生活に密着した魔法の知識は皆無らしいってな」


「ザジリレン王家の魔法もかなり偏ってるよね」

「あん? あれはローシェッタ王家への遠慮だよ。兄よりも強い魔力を持っているってことを、(ザジ)()()()()()(の王)は隠したかった」

「それで代々の王も自分の魔力を隠した?」

「まぁ、そう言うことだな」

「家族間の人間関係って、他人に対するものより複雑?」

「かもしれないね」


 ジランチェニシスの寝室に入る。偽カテロヘブは椅子に座らされ、虚ろな目で宙を見ていた。


「あれ?」

ピエッチェが偽カテロヘブを見て首を傾げる。

「どこかで見たことがあるような?」


「今、初めて顔を見たわけじゃない。それでじゃなくて?」

「いや、オデコの真ん中に(ほく)があるだろ? これに見覚えがある。どこで見たんだったかなぁ……この宿に着くまでは髪がぼうぼうで見えなかったけど、どうやらジランチェニシス、コイツの髪を切ったみたいだ」


「王との謁見に備えて整えた?」

クスッとクルテが笑ってから、マジマジと偽カテロヘブの顔を見た。

「そう多くはないけど、特別珍しいわけでもない。別人なんじゃ?」

「うーーん、なんか気になるけど、まぁ、考えたって仕方ない。起こしてみるか」


「強く揺すれば目覚めるんだったっけ?」

「イヤ、コイツには俺が魔法を上掛けしてる。馬車が大きく揺れた(ひょう)や、宿に運び込む途中で起きないようにした」

「どんな魔法を掛けたの?」

「俺が起こさなきゃ起きない魔法」

ニヤリと笑ってピエッチェが偽カテロヘブの肩に手を置いた。


 すとんと何かが落ちる気配、同時に偽カテロヘブがふわっと意識を取り戻す。虚ろだった目に生気が戻り、不思議そうな顔で周囲を見渡した。

「気分はどうだ?」

声を掛けると、椅子に腰かけたままピエッチェを見上げた。すると見る見る男の顔が蒼褪める。


「ひえっ!」

奇妙な叫びをあげて立ち上がり、さらに(あと)退ずさる。座っていた椅子がガタンと倒れた。


「怖がることはない。あんたを助けたいんだ」

ピエッチェの声は聞こえていないようだ。ガタガタと震えながら、さらに下がる。すると膝の後ろがベッドに当たり、今度はベッドに座り込んだ。が、すぐに降りて(ひれ)した。


「カ、カテロヘブさま……」

くぐもった声、だが確かにカテロヘブと言った。


 蒼褪めるのはピエッチェの番だ。コイツ、やっぱりどこかで会っている。俺の事を知っている。

「わ、わたしはグリムリュード卿ネネシリスさまの家臣オッチンネルテ」

ネネシリスの家臣? そいつがなぜカテロヘブを名乗った?


 ピエッチェが無意識に腰を探る。だが目的のものは見つからない。シャーレジアの剣は寝室に置き去りにしたままだ――


 服屋の店員が勧めるのは、どれもこれも最高級のものだった。

「ジランチェニシスさまのご紹介、ぐっとお安くしておきますよ」

店員が愛想笑いを浮かべるが、カッチーは笑うどころじゃない。安くすると言われて提示された価格はマデルと一緒に買い求めた服の、優は三倍のがくだ。自然と顔を(しか)めるカッチー、すると店員は

「お気に召しませんか……」

さらに高価なものを出してくる。


 ジランチェニシスはカッチーの横に貼りついて、黙ってニコニコと眺めている。口を挟んだのは()になった店員が、店で一番安価な服を出してきたときだ。マデルが選んでくれた服の半分の価格だった。


「それがいい。この少年に高価なものは勿体ない。それにしなさい」

「はぁ……?」

カッチーよりも先に店員が呆れた。


 もちろんカッチーもこれには少なからずムッとしている。だが、これに便乗しない手はない。そろそろ宿に戻る頃合いだ。

「俺に似合う服はここにはないってことですよね。手持ちの服で間に合わせます」


「手持ちの服ねぇ。まぁ、恥を掻くのはわたしじゃない。そうするといい。どうせこの店の服を買えるほど、持ち合わせもないのでしょう?」

ムカつくのは言っている内容もそうだがジランチェニシスに、相手を(おとし)めようとする意図が見えないことだ。思ったことを思ったとおり言っているだけ、厭味のつもりも皮肉のつもりもない、それが判るから余計に腹立たしい。


 またお越しくださいませ――店員の声に見送られて店を出る。もう二度と来るもんか、少なくともジランチェニシスとは来ない。そう思うカッチーだ。


 宿に向かってひたすら歩くカッチーにジランチェニシスが話しかける。

「どうせなら、どこかでお茶でもしていきませんか?」

あんたと二人なんかごめんだ、そう思うものの、そうも言えない。


「あまり遅くなるとピエッチェさんが心配するから」

「わたしが一緒なのです、心配なんかしませんよ」

「用が済んだらまっすぐ帰って来いと言われました」

「たまには(そむ)いてみるのもいいかもしれませんよ? 隠れて何かをするのも楽しいものです」

「ジランチェニシスさんも隠れて(いた)ずらしたりした?」

「したかったですねぇ……でも、まぁ、わたしはできなかった。今さらながら、しておけばよかったと思っています」

疑わしい……そう思ったが、やっぱり言わないカッチーだった――


 (ふれ)したままのオッチンネルテにピエッチェが、

「まぁ、座れ」

と椅子を起こして言った。それでもオッチンネルテは動かない。


 するとクルテがフフンと笑う。

「王の(めい)がきけないらしいね」

ギョッとしたオッチンネルテ、顔を上げ、

「そうではありません。わたしは身分が低い。こんなに王のおそばに居ることすら畏れ多いのです」

と訴える。


 ピエッチェが苦笑する。

「ではこうしよう。オッチンネルテ、わたしの側近となるを命じる。これからはわたしの近くに仕え、わたしの助けとなれ」


「そ、そんな、そんな……」

再び平伏したオッチンネルテ、クルテがクスクス笑い始め、ピエッチェがとうとう(ごう)を煮やす。

「いい加減にしろ! 時間がないんだ。話をよく聞け――いいからまず、椅子に座れ」

ピエッチェのイラつきをやっと察知したオッチンネルテが、恐る恐る椅子に腰を下ろした。


 腰に剣を探したピエッチェだったが、平伏したまま語り始めたオッチンネルテの話を聞いて剣が不要なのはすぐ判った。


 さてはネネシリスが寄越した刺客か? 緊張したピエッチェに、オッチンネルテが訴えたのは予想外の話だった。

「カテロヘブ王が行方不明になってからと言うもの、ネネシリスさまは人が変わってしまった……」


 情緒不安定なのは誰が見ても判る。死んだ王に何ができる? 平然と言い放ったかと思うと、さして時間が立たないうちに『王はどこに隠れているんだ?』とだれかれ構わず訊きまくる。


 当初は乱心したカテロヘブが、狩りに同道した自分の家臣とネネシリスの家臣を皆殺しにして激流に身を投げたと信じていた者どもも、()しいとネネシリスを疑い始めた。


「ネネシリスの家臣も皆殺し?」

「はい、ネネシリスさまはやっとのことでカテロヘブ王の手を逃れ、お屋敷に戻られたとのことでした」

口封じに自分の家臣を手に掛けたか?


(毒キノコを食べさせたのかも)

クルテの声が頭の中に聞こえた。なるほど、それなりの人数を相手にするならそのほうが早い。


 周囲がネネシリスを疑い始めた頃には主だった重臣は更迭されたあとだった。中でもカテロヘブ支持派だった者たちは身分剥奪、抵抗すれば牢に繋がれていた。残ったのはネネシリスに(へつら)うものばかりだ。


「牢に忍び込み、ダーロミダレムさまにお会いしました」

ダーロミダレムはネネシリス同様カテロヘブの友人――父親はサンザメスク卿ボルデナミム、ザジリレン国庫の管理を任されている重臣だ。


「ダーロンの罪状は?」

「カテロヘブ王の乱心を見ぬけなかったばかりか増長した罪です」

「滅茶苦茶だな」

「はい、みな驚いたものです。ですがクリオテナさまも合意なされたと聞いては誰も何も言えなかったようです」

「姉上が同意?」

「それも、今となってはグリムリュード卿がそう言っただけで、真偽のほどは」


「姉上はどうしている?」

「ご安心くださいませ。住まいを王宮に移し、昔馴染の召使を呼び戻されました。ネネシリスさまとご一緒なのが気掛かりと言えば気掛かりかと」

「ふむ……」

ピエッチェが低く唸った。

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