6
階段の踊り場でクルテが大声を出す。
「まだ見つからないの?」
窓から身を乗り出すように庭を見ている。庭では宿の従業員が三人、必死で植栽を漁っていた。小さな物を探しているのか、這い蹲っている者もいる。
クルテの隣ではマデルが庭を見ては心配そうな顔をし、廊下を見てはクスクス笑う。きっと庭からは、背中を向けたマデルが泣いているように見えるだろう。
シャーレジアの武具屋に行った翌日、朝食を終えて部屋に戻る途中のことだった。
「この窓から庭が見えるんだね」
踊り場で立ち止まったクルテ、
「本当だ。結構広い庭ね」
マデルが並んで立ち止まり、
「いい風が入ってくるわ」
髪に手をやり風に遊ばせた。窓は換気のためか、全開だ。
髪を触る手をマデルが降ろした時だ。
「あれ? マデル、何か落とさなかった?」
「えっ?」
「庭に何か、キラッと光るものが落ちてったよ」
「えっ?」
窓から身を乗り出してマデルが下を見るが、真下は花壇、花が咲いているのが見えるだけだ。
「キラッと光るものって何かしら?」
不思議そうにクルテを見るマデル、心当たりがないらしい。するとクルテがニヤッと笑った。
「あれ? マデル、指輪がないんじゃない? 高そうな指輪をしてたよね?」
「へっ?」
一瞬きょとんとするが、
「あーーーっ!」
とマデルが叫んだ。
「ママの形見の指輪がない! 庭に落としちゃった!」
既に階段を昇り切り、二階の廊下を曲がってしまっていたカッチーが戻ってきてマデルを見る。
「なんですか、今の叫び声?」
カッチーの後ろからピエッチェも顔を出した。
「マデルったらお母さんの形見の指輪を庭に落としちゃったんだって」
クルテが説明し、
「少し緩かったから気を付けてたんだけど、うっかり髪に引っ掛かけちゃって抜けたんだわ」
マデルが泣きそうな顔で補足する。
「そんな大事な指輪、すぐ探さなきゃ!」
カッチーが慌てて階段を降りて行こうとするが踊り場でクルテに止められた。二階の廊下からピエッチェが難しい顔で、
「庭には入るなって言われたんだよな? 受付に交渉して入れて貰うか?」
と言う。心の中でニヤッとしたくせに、顔は心配そうなクルテが言った。
「うん、そうだね――押しが強そうなところでピエッチェ、巧く交渉してよ」
と言うわけで、見事ピエッチェの交渉は失敗に終わる。その代り、宿の従業員がマデルの指輪を探してくれることになった。
その様子を見ているのはクルテとマデル、ピエッチェはクルテに『押しが強そうに見えるのは見かけだけかよ!』と罵られ、しかも頭の中では『この役立たず、能無し!』と連呼され、とうとうショボくれて部屋に戻ってしまった。
カッチーが心配してついていったが、何も言わずベッドに潜り込んだ。どう慰めていいか判らずカッチーは、自分の寝台に腰かけてピエッチェを見守っている。
宿の従業員の捜索は窓の下から始まって、
「丸いものだから転がってどこかに紛れ込んだのかも」
と言うクルテに従い、どんどん庭の奥へと広がっていく。
「本当に落としたんですか?」
草臥れた声で従業員が訴える。
「指輪なんか見つかりませんよ?」
「本当に? 結構な値打ちものなのよ? まさかネコババしようとしてるんじゃないでしょうね!?」
「そんなぁ……」
マデルに怖い顔で睨みつけられて、従業員は泣き出しそうだ。
庭中を探ったが、とうとう指輪は見つからない。従業員たちは困り果てている。
「勘弁して貰えませんか?」
と言い出した。
「形見の指輪だよ? あんただったら諦められるの? ここに落としたのは確かなのに?」
従業員を責めるクルテ、マデルが、
「せめて自分で探しても見つからないなら納得もできるし、諦めもつくのに……」
と涙で潤む瞳で呟く。その言葉に従業員たちが顔を見交わした。
ふて寝していたピエッチェ、何もあんなに責めなくてもいいじゃんかとクルテを恨んでいた。なんでアイツは俺にだけ冷たいんだろう?
すると突然クルテの声が頭の中に響く。
(大好きだからだよ)
「へっ!」
驚いて飛び起きたピエッチェだ。
「どうしたんですか?」
ボーっとしていたカッチーもそんなピエッチェに驚いて『目が覚めたような』顔をしている。ひょっとして転寝でもしていたか?
「いや、いや、いや……」
「ピエッチェさん、顔が真っ赤ですよ? 熱でもあるのかな?」
「いや、そうじゃないんだ……」
狼狽えるピエッチェの頭で、クルテがゲラゲラと笑った。
(冗談だ、本気にするな――庭を捜索する許可が出た。カッチーを連れてさっさと来いよ)
「はぁ? うぉ、いやいや……」
「どうしたんですか、ピエッチェさん。落ち着いてください、ヘンな夢でも見たんですか?」
「あー、いや、そうじゃなくって」
来いと言われたところで、クルテに呼ばれたとは言えない。
「いや、指輪、見つかったかな?」
「もうかなり時間が経ってますよね――でも戻って来ないところを見ると、まだなのかな?」
「見に行くか」
「そうですね」
ほっと息を吐き、胸を撫で下ろす。寝台の横に立てかけておいた剣を手に、ピエッチェが部屋を出た。
踊り場にクルテもマデルもいなかった。
(玄関の前)
クルテの指示に
「どこに行ったのかな?」
と、さらに階段を降りる。するとすぐに二人は見つかった。
「それじゃあ、探してみるよ、ありがとう」
クルテが宿の受付に笑顔を向け、マデルが会釈した。
「階段の正面のドアから庭に出られるって」
クルテの言葉に、目指す扉の一番近くにいたカッチーがドアノブに手を伸ばす。
「あれ?……ピエッチェさん、これって」
大きく扉を開き、カッチーがピエッチェのために場所を開ける。
「あぁ、カッチー。昨日の朝、俺たちが迷ったときに食堂の扉の向こうに見たのと同じ風景だ」
昨日と違い、躊躇うことなく庭に降りるピエッチェ、カッチーが続き、クルテ、マデルと庭に出ていった。
数歩進んでからグルリと周りを見渡したピエッチェ、
「なんの変哲もない……普通の庭に見えるな」
と呟く。
「随分と広いですよね」
と言ったのはカッチーだ。
「で、マデルが指輪を落っことしたのはあの窓なんだな?」
と、出てきた扉の上をピエッチェが見る。形見の指輪を落としたなんて、庭に出るための嘘だと気付いていないらしい。
可怪しいな、と呟いたのはクルテだ。
「窓から見た時、真下に階段なんかなかった」
「そうね、真下は花壇だった。まぁ、真下過ぎて扉は見えなくても仕方ないけど」
「宿の従業員はその扉じゃなくて、建物の奥、食堂の方から庭に出て来たよね?」
「ごめんクルテ、気にしてなかった。覚えてないわ」
二人の会話を聞いていたピエッチェが窓の下に視線を向ける。
「扉があって、階段が二段……上から見るとあれが花壇に見えるのか?」
「ピエッチェさん、上から見たって階段は階段のはずです。違って見えるからヘンなんですよね?」
遠慮がちなカッチーに、
「普通ならな――つまりなんらかのカラクリがあるってことだ。シャーレジアが言ってた魔法の痕跡ってこれかな?」
ムッとしたようだが、確かに自分の表現は判り難かったと思ってピエッチェもここは受け流した。
クルテはと言うと、
「扉、開けっ放しにしといてよ」
と、建物の中に戻ってしまった。すぐに戻ってきたが、
「さてさて、扉に仕掛けがあるのか、窓にあるのか?」
とニヤニヤ笑う。
「今さ、窓から庭を見たけど、だぁれもいなかった」
「え?」
「ピエッチェもカッチーもマデルもいない。名前を呼んでみたけど、聞こえた?」
「そんなの聞こえなかったわ。窓を見てたけど、クルテ、あんた、顔を出さなかったわよ」
「さっき、従業員が庭を探った時は見えたし、窓越しに話もできたよね――ピエッチェも踊り場の窓を確かめておいでよ」
言われたピエッチェが中に飛び込んで階段を駆け上る。踊り場から庭を見降ろすが、
「クルテ!」
呼んだところで返事もなければ姿も見えない。
「本当だ、クルテさんもマデルさんもいない!」
追いかけてきたカッチーがピエッチェの隣で声をあげる。
「居ないんじゃなくって、見えないんじゃ?」
なんとなく疑問を投げるピエッチェに、
「この庭って、下の扉から出た庭ですよね?」
別の疑問をカッチーが口にする。思わずもう一度、庭をマジマジとピエッチェが見た。
「あ?」
「えっ?」
「そこの、右側の木、あったっけ?」
「えっ?」
カッチーが窓の下を見ているうちにピエッチェが階段を駆けおりる。扉から飛び出すと、クルテがニッコリと笑いかけた。
「その顔は、何か気が付いた顔だね」
笑顔にドキッとしたピエッチェだがそれを隠して
「やっぱり……クルテ、この庭、窓から見える庭と違うぞ」
と言った。
ピエッチェに続いて庭に飛び込んできたカッチーも
「そうですね。窓から見たって広いと思ったけど、ここで見るともっと広くなってるし、植えてあるものが違います」
ピエッチェに同調する。
マデルが、
「えっと、食堂に入れなかった時に扉の向こうに見えた庭はこの庭だった?」
二人に確認すると、二人は顔を見交わし、
「多分そうだと思うんだけど」
自信がなさそうだ。扉の中から覗いただけだし、食堂じゃないと判るとすぐに閉じてしまっていた。こうと判っていればしっかり観察するだろうが今さらだ。
庭の探索の許可は明日も取ってあるとクルテが言った。
「ほら、もうすぐ日没、時間が足りないってゴネたんだよ――とりあえず、街に出よう。晩飯だ。判っているとは思うけど、この庭の話は他人に聞かれちゃまずいからね」
夕飯には昨日と別の店に行った。今回の店は昨日よりゴロツキが多い。それでも絡んでくる酔っ払いはいなかった。絡もうとするのはいたけれど、慌てた連れに止められて小さくなった。
『あいつらだよ、ほらゴルゾンをやっつけたっていう……』
昨夜のトラブルが街中に広がっているようだ。
店中からじろじろ見られている感覚に落ち着かないのはピエッチェだ。カッチーは食べ物を前にそちらに集中していて気にならないのか気が付かないのか、今日も食べることに専念している。
「酒が不味いな」
「あら、それじゃあ、わたしが代わりに飲んであげる」
「こら!」
グラスを持って行こうとするマデル、渡すものかとピエッチェが、グラスを持つ手を引っ込める。
「足りなかったらお替りしていいよ」
クルテが苦笑すれば、嬉しそうにマデルがニッコリとする。まったくなんでクルテはマデルに甘いんだ? ますますピエッチェの酒が不味くなる。
居心地がよくないのは確かだ。酒場なんてザワザワしているものだが、ピエッチェたちがいるせいか誰もがコソコソ話すだけで怒鳴り声は愚か、笑い声さえ聞こえない。飲むには少し早い時間だからってのもあるだろう。食べるだけ食べて、早々に宿に引き上げることにした。
途中、まだ開いている商店を見つけたマデルが、
「何か買ってって部屋で食べようよ」
とクルテに強請り、この時もクルテは笑って承知している。
「お菓子も置いてあるよ、カッチー」
商品棚の前でマデルがカッチーに話しかける。
「え、でも……」
「でもなんだい? お菓子は嫌いかい?」
「いや、お菓子ってあんまり食べたことないから、よく判らなくって」
「だったらなおさら食べてごらんよ。いいよね、クルテ?」
もちろんクルテは笑って頷く。
「ほら、クルテもいいって言ってる、どれを食べてみたい?」
「でも……」
カッチーは遠慮したが構わずマデルは買い入れた。買ったのは菓子が数種類、酒は二瓶、加えて果汁と水を数本ずつ、もちろん払いはクルテだ。荷物はピエッチェが持たされた。
宿ではやっぱりピエッチェたちの部屋、食事が済んだばかりだというのに酒盛りだ。と言っても酒を飲むのはピエッチェとマデル、カッチーは果汁、クルテに至っては果汁を水で割っている。
菓子は好きに食べていいと言われたカッチー、どれから手を付けたものか迷っていると、マデルが、
「全部開けちまいなよ」
と、テーブルに広げた。
「あんた、そんなに遠慮するもんじゃないよ。食事の時はガッツリ食べてるのに、可怪しな子だね」
「だってマデルさん。食事の時は出されたものは残したって代金を取られるし、残せば捨てられるだけだ。でも菓子は取って置ける。今日食べなくても明日食べればいいかなって」
「カッチー、あんた、若い割には苦労してる?――てか、クルテ! こんな子どもに遠慮させちゃダメじゃないか!」
「あれ? 僕が怒られてる……僕、怒られるようなことしたのかな、カッチー?」
「いえ! クルテさんも ピエッチェさんも、遠慮するなっていつも言ってくれてます!」
「クルテって狡賢いよね……でもさ、なんでか憎めない、なぜだろう?」
半ば呆れてマデルが苦笑した。
「でさ、あの庭? それとも窓か扉? クルテはどう考えてるんだい?」
本題を切り出したマデル、クルテがニヤッと笑い、ピエッチェとカッチーが緊張した――




