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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
11章 身を隠す

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17

 メインの居間に飛び込むと同時に、魔法で部屋を明るく照らした。


「えっ!?」

「あっ!?」

「なっ!?」


 それぞれにあげる小さな悲鳴、ダイニングの椅子に座っていた女がガタンと音を立てて立ち上がる。

「しっ! 寝ている人に気の毒だわ」

自分も悲鳴を上げ椅子をガタンと言わせたくせに、静かにしろと口元に人差し指を当てる。その仕草はなんとも優雅、この女性ほど『お姫さま』と呼ぶに(ふさ)しい人を他に見たことがない。


 (きら)めく黄金の髪はゆったりと波打って背中に流れ、動きに連れて光を放つ。見開かれた目は少し不安げだがぱっちりと大きく、深みのある青い瞳が美しい。遠目でも判る滑らかな肌は陽光を浴びたこともなさそうなほど白く透き通っている。


 ピエッチェが慌てて(ひざまず)く。手にしていた剣は床に置いた。

「ローシェッタ国王女フレヴァンスさまですね?」

すると女が不思議そうにピエッチェを見た。


「確かにわたしはフレヴァンス。それであなたは? 知らない人なのに、どこかで会ったことがあるように思えるのはなぜ?」

(ゆえ)あって、今は身分を明かせません。仮の名をピエッチェと申します」


「ピエッチェ?」

クスリとフレヴァンスが笑った。

「ヘンな名だこと。小鳥みたいね」

小鳥みたい? あれ? なにか今、頭のなかで(ひらめ)かなかった?


 が、ピエッチェに考え込む余裕を与える気はないらしい。フレヴァンスが

「それで、ここはどこ? わたしをどうするつもりなの?」

と重ねて訊いてきた。


「フレヴァンスさまをローシェッタ王宮にお返しするため探しておりました。ここでこうしてお会いでき、とても喜んでおります」

「で、ここはどこ?」

「ララティスチャングの宿の一室です」


「ララティスチャングの宿? なぜ、すぐに王宮に行かなかったのです? なんだか怪しいわ」

「いえ、けっして怪しい者ではありません」

「あら、何を根拠に怪しくないと? (ゆえ)あって身分を明かせないってだけでも充分怪しいのに? 言えない理由があるなんて、もンのすごっく怪しいわ」

「それは、フレヴァンスさまを王宮にお連れしてから明かしたいと」


「怪しいヤツって、たいてい自分を『怪しい者ではない』って言うよね。あのセリフ、自分で自分を怪しいヤツだって言ってるのと同じ」

黙って見ていたクルテがブブッと吹いた。笑いたきゃ、笑えよっ!


 クスクス笑うクルテをフレヴァンスが見た。

「あなたも見たことがある。どこでお会いしたのかしら?」


 笑いを引っ込めてクルテが答える。

「お初にお目にかかります。でも、お見かけしたことがございます。フレヴァンスさまは悲し気なお顔で窓辺に立ち『助けて』と呟いておいででした」

デレドケの迷宮で、閉じ込められた部屋の窓から脱出した時の話だ。

「だから、これなるピエッチェと協力してフレヴァンスさまをお助けするべく動いておりました」


「あら、そう……」

フレヴァンスがクルテを、足元から頭のてっぺんまで舐めるよう見た。

「どーでもいいけど、あなた、チビね」

危うく吹き出しそうになるピエッチェ、寸でのところで(こら)えるのに成功した。クルテは顔を歪めて悔しそうにフレヴァンスを見ている。


「言い分は判ったけど、だからってそれを()みにするわけないでしょ?」

二人を交互に見てフレヴァンスが言った。


「わたしね、怒ってる。なんであなたたちを信用しなきゃならないのよ? 変なクマが出てきたと思ったら、わけが判らなくなって、気が付いたら目の前に()(さん)(くさ)()()さん。どうしてこんな目に遭うの? 怖いし悲しいし、わたし、さんざん泣いたのよ?」


 胡散臭い小父さんってジランチェニシスだろう。それにしてもフレヴァンス、怒っていると言っているが、少しもそんなふうには見えない。可愛らしい声でまるで童女のような話しかた、(はに)むような表情は他愛のないお喋りをしているようだ。


「小父さんからやっとのことで逃げ出したのに……今度はあなたたちがわたしを酷い目に遭わせないって保証がどこにあるの?」

「決して酷い目になど……」

「本当に? だったら後ろに下がりなさい」

おっと、いきなりの命令口調、さすがに王女、板についていて違和感がない。(りん)と威厳に満ちていて、言われた相手は縮こまってしまいそうだ。


 だが相手はピエッチェ、こちらも曲がりなりにも一国の王、それくらいじゃあ委縮しない。世間話の続きのように、

「え、後ろ?」

困惑するだけだ。後ろに下がれなどと、命じたことはあっても命じられたことはない。

「そう、わたしから離れて!」


 この距離感じゃ近すぎるってことか? でもまぁ、それでフレヴァンスが安心するならいいか……立ち上がり、そのまま後ろを向こうとするがここは少し考えて、前屈みの姿勢で後ろに下がることにした。王女の命令に従うのならこのほうがよさそうだし、こうするのがレディーに接する騎士の(たしな)みだろう。目の端に、ドアのところに居たクルテが寝室の中に入って行くのが見えた。


「もっと後ろ! もっと、もっとよ!」

言われるままに下がるピエッチェ、フレヴァンスは距離を取りたいわけではなかったようだ。下がるにつれて前に出てくる。片方の足だけを前に出し、足場を確認するようにタンタンと踏み(なら)してから体重をかけ、もう片方の足を前に持ってきて揃える。見るからにおっかなびっくり、ピエッチェを怖がっているのがよく判る。


 それにしても……こんな状況じゃなかったら、フレヴァンスの滑稽な動きに笑い出していたことだろう。何しろこのお姫さまは可愛らしいと言うか、奇抜と言えばいいのか、飛んでるって感じか、本人はこれ以上もないほど緊張しているのだろうし大真面目、けれど見ているこっちは可笑(おか)しくて顔の力が抜けてしまう。見た目と声や話しかたは上品なのに、言うことや遣ることがそぐわない。その〝ちぐはぐ〟さが笑いを誘う。


 とうとう(でん)に何かが当たる。見るまでもない、玄関に通じるドアだ。

「王女さま、これ以上は下がれません」


「うるさい、(しゃべ)るな!」

はいはい、判りました、黙ってればいいのですね? でもせめて、笑うのをお許しいただけませんか? 柔らかな優しい声で乱暴な口調、必死さだけはしみじみ伝わり、どうしても笑いが込み上げてくる。


 ニヤニヤを消せないままフレヴァンスを盗み見ると、床に置いたシャーレジアの剣に気付いて拾い上げているところだった。

「姫ぎみ、それはわたしの大切な剣、お返しいただきたいのですが?」


「うるさいってば!」

ピエッチェの声に慌てるフレヴァンス、サッと立ち上がり剣の(つか)を持ったかと思うと、もう片方の手で(さや)を持って引き抜いた。


「お待ちください!」

これにはピエッチェも慌てる。さすがに斬りつけられれば無抵抗ではいられない。


「待てるか、くそったれっ!」

王女らしからぬ言葉を吐いて、フレヴァンスが急に突進する。剣をまともに扱ったことがないのは一目瞭然、ここは無礼と言われても押さえつけ、剣を取り上げるほかないだろう。が、それでもこっちからは行かないほうがいい。向こうがここに来るのを待とう。瞬時にピエッチェが判断を下す。


 ところがフレヴァンス、突進したのは僅かな距離、急に止まるといきなり(さや)を投げつけてきた。

「なにをなさいます!?」

投げられた(さや)を受け止めたピエッチェ、そして思わず叫ぶ!

「うわっ!?」

今度は剣本体が飛んできた。


 手にした(さや)で辛うじて切っ先を弾いている隙に、フレヴァンスはピエッチェたちの寝室に逃げ込んだ。そこにはクルテがいる。クルテが今度は襲われる? だが、もうフレヴァンスは〝凶器〟を持っていない。でもあの気性なら、手あたり次第に何かを投げつけるか? 


 でも、まぁ、クルテを心配する必要はない。案外クルテのほうが俺より巧くやるかもしれない――ピエッチェの苦笑い、剣を拾いあげ鞘に戻す。が、同時に感じた強い魔力、寝室で大きな魔法が使われた。使ったのはクルテか、それとも? 顔色を変えてピエッチェが寝室に飛び込んでいく。


 付属の居間には誰もいない。開けっ放しのベッドルームのドア、駆け寄るとクルテが立っているのが見えた。

「クルテ?」

クルテはチラッとピエッチェを見たが、すぐに視線を元に戻した。ベッドルームにフレヴァンスはいない。


 傍らに立ち、クルテが見ているものをピエッチェも見た。ジランチェニシスの屋敷から持ち出したフレヴァンスの肖像画だ。


「さっき、ダイニングに居たのは間違いなくフレヴァンス。で、いいんだよな?」

ピエッチェの問いにクルテがフフンと笑う。

「一目見ただけで、『お姫さまと呼ぶに(ふさ)しい』って、疑いもしなかったのは誰だ?」


「えっ、あ、いや……だって、肖像画のまんまだったし」

豪華な(がく)に入れられた絵の中で、フレヴァンスは優雅に微笑んでいる。


「いい匂いがして綺麗で優雅で美人で?」

「クルテ?」

「どうせわたしは森育ち、優雅さなんか(かけ)もないよ。土臭いだけだし」

土臭いって、なんだよ? てーか、おまえ、焼きもち?


「おまえだってすっごくいい匂いがしてるぞ?」

「優雅じゃないってのは否定しないんだね」

ごめん、おまえを優雅と思ったことはない。だけど、それをイヤだと思ったこともない。気取ってる女どもよりずっといい。


「それより、魔法が使われたよな? あれは?」

「見て判んないの? フレヴァンスが絵の中に戻ったんだ」

「戻った?」


「カティが『王女さま』の相手をしている間に、この絵を確認した。そしたら例のコテージの暖炉のある居間の絵だった」

ヤケに『王女さま』を強調するクルテ、ムッとしたがそこに突っかかっていては話が進まない。あえて無視する。


「フレヴァンスの肖像画ではなく?」

「よく見なよ。今だってフレヴァンスの後ろに見えてるのはあそこだ」

改めてよく見ると、なるほど、向かって右の肩の後ろに見えているのはあの暖炉のマントルピースだ。左の奥にはキャビネットもある。


「だけど……戻った?」

今度はクルテ、フンと小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「魔法を使ったのはフレヴァンス。絵の中に逃げ込んだ――ジランチェニシスには追っていけない、あるいは絵の中から引き戻せないと考えたんだろう」

「ふむ……ジランチェニシスだけじゃなく、他の誰にも引っ張り出せないし、追っても行けない」


「フレヴァンスの魔法の本質には気が付いた?」

クルテがピエッチェを見上げた。なんとなく不安そうだ。


 ピエッチェが答える。

「魔力は強いが異常なほどに偏っている。攻撃魔法の威力は無効と言っていいほど弱い。防御に特化して鍛錬を積んでいると思われる。特筆すべきは……」

「特筆すべきは?」


「魅了の魔力。おそらく生まれ持ってのもの。ラクティメシッスからも感じたが足下にも及ばない――ジランチェニシスもこれに囚われたんだと思う」

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