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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
11章 身を隠す

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 受付係がシラッと答える。

「当宿のお部屋はどれも豪華でございます。テーブルや椅子、ソファー、ベッドはもちろん、チェストやクッション、敷物にタオル、バスオイルにシャボン、全て最高級の品をご用意いたしております。お食事もご依頼いただければ、高級食材を一流のシェフが腕を振い、高価な食器に盛り付けてのご提供、もちろんお部屋までお運びいたします。ザジリレン国王さまにおかれましても、ご満足いただけると自負しております」


 これにはジランチェニシスも少し面食らったようだ。

「そ……そうなのか?」

動揺して(うろ)えるジランチェニシスをピエッチェが後ろに押しやった。

「ここは俺に任せて馬車で待っててくれないか?――カッチー、コイツを連れてってやれ」


「いや、しかし、支払いが……」

「ここは俺が持つからいい。頼むから(おと)しく待っててくれ」

ピエッチェは(いら)ついてるが、カッチーはいつになく()()()()にジランチェニシスを促した。

「ジランチェニシスさま、行きましょう」


「ジランチェニシス〝さま〟?」

カッチーから初めて『さま』付けされて呼ばれ、目を白黒させたが

「あぁ……まぁ、そうしますかな」

割と素直に従った。ジランチェニシスを先に行かせたカッチーが、途中でちょっと振り返り、ニヤッと笑って舌を出した。


 ほっと息を吐くのはピエッチェだ。受付係に

「すまないね。アイツ、ちょっと()しくなっててね。時どき変なことを言いだすんだ」

言い訳すると、

「ご心配なさいますな。カテロヘブさまがご一緒だなどと口外いたしません」

受付係は澄ましている。


 すっきりと背筋を伸ばし(あご)を引き、静かに前を向いている受付係、表情に笑みはあるが客の顔を見てはいない。貴族の客も多いと聞いた。きっと目が合えば失礼と考えているんだ。中にはそれだけで無礼と言い出す者もいるだろう。


 しかし困った。ジランチェニシスの言葉をどう誤魔化したものか? 受付係はピエッチェの言い訳など信じちゃいない。だが、思わぬ事実が隠されていた。


「もっとも今宵は、ザジリレン王カテロヘブさまは八人ほどお泊りですので、誰もお気になさらないでしょう。他の宿にもいらっしゃるようですし」

「えっ? カテロヘブが八人? 他の宿にも!? どういうことだ?」

驚くピエッチェ、受付係が表情を変えることはない。


「みなさん、王宮にて国王との対面を叶えるため、ララティスチャングにご滞在です」

「八人とも?」

「はい、全員です。他の宿のかたがたも。順番待ちですね――すでに十一人、王宮に呼ばれましたが、その中に本物のカテロヘブ王はいらっしゃいませんでした」


「そりゃそうだよ。本当に名がカテロヘブだとしても、ザジリレン王カテロヘブはたった一人だ」

偽カテロヘブはジランチェニシスが連れている男だけではないようだ。でも、目的はなんだ?

「で、王宮に行ったカテロヘブたちはどうなった?」


「偽者と言われたカテロヘブさまたちはスゴスゴと故郷にお帰りになりました。これに()りて(かた)りなどしないようにと、きつく叱られたそうです」

「牢に入れられたりとか、厳罰に処させる、なんて事はないんだね……よかった」


 目的はなんにせよ偽者たちは、ピエッチェが行方不明になっていなければカテロヘブ王だと言ってローシェッタ王家に近付こうとはしなかったはずだ。罪の一端は自分にもあると感じるピエッチェ、彼らが解放されていると知ってホッとする。


 それを受付係はどう取ったのか、ピエッチェを見ることなく()()()()な笑顔で言った。

(いつわ)りは一瞬で見抜かれるらしいですよ。なんだったらお泊りになるのはおやめになりますか?」


「イヤ、泊めて貰う……それにしても、なんでその人たちは自分がカテロヘブ王だなんて言い出したんだろう?」

すると笑顔で前を向いたまま、まともに顔を見ようともしなかった受付係がマジマジとピエッチェを見た。


「失礼いたしました。どうもお客さまは他のかたがたとは違うようですね。懸賞金を目当てに(かた)るようなおかたではない。カテロヘブ王と聞いて、ついうっかり先入観に(とら)われてしまいました」


「懸賞金って?」

「ご存じないのですか? ザジリレン国の誤解を解くためにと、国王がカテロヘブ王に賞金を()けたのです。無事に王宮に送り届けたら褒美をくださるそうです。ひょっとして、本物のカテロヘブ王とご一緒なのですか?」


「いいや、アイツはちょっと錯乱していてね。病人をカテロヘブ王だと思い込んでるんだ」

「病人と言いますと?」

「俺たちは全部で五人だ。で、そのうち一人が自分じゃなんにもできない、常にボーっとしていてどこを見てるか判らないし、まともに歩けもしない。馬車に引っ込ませた男は、ソイツをカテロヘブ王だって思い込んでる。で、相談なんだが……」


 受付係はピエッチェの話を信じてくれた。高級宿の受付だ。長年(つちか)ってきた〝人となり〟を見る目はピエッチェを卑しからぬ人物と見ていた。

「ただ、ご職業がよく判りません。騎士のようでもあり、違うようでもあり」

いつもなら、まずピンとくるのは職業なのにと首を傾げる。


「あぁ、元騎士だよ。怪我をして引退した。幸い暮らしに困らない蓄えがあったんで、次の仕事はゆっくり決めることにした。今はのんびり休養中ってとこだ……さっきの男とは最近知り合ったんだけど、なんだか気の毒だから病人ともども医者に診せようと思って王都に連れてきた。ついでだから弟と婚約者も一緒だ。旅行がてらさ」

もちろん受付係は疑わない。自分はこの宿の支配人だから、多少の無理は利く。困っことがあったらなんでも相談して欲しいと言ってくれた。


 無事に部屋を確保し、さらに夢見人を部屋に運んで貰えることにもなった。リュネの面倒も専任の(うまや)番がいるから任せてくれと言われた。ちょっとしたハプニングはあったものの、まずまず順調な滑り出しだ。何しろ、マデルが薦めてくれた宿に部屋が取れた。薦めるには薦めるだけの理由がある。その効果はこれから発揮されることになる。


 通された部屋は、なるほど豪華だ。ちょっとした玄関付き、二間続きの居間には洒落たローテーブルが置かれ、ソファーもゆったりしている。広々したダイニングには片隅にミニキッチン、小さなシンクがあるだけだが置いてあるケトルは水を入れれば湯が沸く魔法が掛けてあった。もちろん茶葉も美しい容器に入れて備え付けてある。キャビネットに並んだポットやカップ類は、誰でも名ぐらいは聞いたことがあるようなブランド品だ。


 寝室は三室、そのうち一室は中にも居間があり、ソファーセットと小さめのダイニングセットが置かれていた。別室に大きなベッドが二台と立派な鏡台、居間もベッドルームも広々していた。


 他の二室は入ればベッドルーム、二台のベッドと鏡台にダイニングセットがゆったりとした配置で置かれている。もちろん各寝室にはバスルームが付属していた。


「こんなに広い部屋でなくてもいいんだけどなぁ」

案内係が部屋を出て行くと、ピエッチェがポツンと愚痴った。これほどの部屋だ。夕食と明日の朝食込みとは言え、今まで利用してきた宿の五倍は支払った。要は物凄く高いと感じていた。あとで返すとは言え、できれば使い込みたくない。


「カテロヘブ王が安っぽい宿に泊まるわけにはいかない」

クルテがクスッと笑う。カッチーはジランチェニシスと一緒に偽カテロヘブに付き添っていて、まだ部屋に来ていない。


「聞いただろう? カテロヘブ王も安っぽくなったもんだ。すでに十一人、さらに八人以上いるらしい」

(まが)い物が安っぽいのは仕方ない。でも、ここに居るのは本物」

クルテがピエッチェを見詰める。


「だけど、誰にもそれを明かすつもりはないんだ。意味がないだろう?」

「何を言ってる? ローシェッタ国王に会えば嫌でもバレる」

「あ……」

そうだ、そう遠くないうちに、正体を明かさなくてはならなくなる。他の誰かはともなく、マデルやカッチーが知ったらどんな顔をするだろう? いいや、どんな顔をすればいい? まともに顔を合わせられるのか?


「大丈夫。驚くだろうけど、きっと納得する」

安請け合いするクルテ、それでもピエッチェは『ローシェッタ国王と面会するまでは身分を隠しているんだから、見栄を張る必要はない』だの、『マデルとカッチーだって簡単に納得しやしない』などと考えてしまって落ち込みそうだ。


 だが現実は、考えたり落ち込んだりする暇さえ与えてくれない。人の気配を廊下に感じた。ソアがノックされ、開かれる。お仕着せ姿の宿の従業員が深々とお辞儀してから告げた。

「ご同行者さまをお連れしました」


 居間のある寝室はピエッチェとクルテ、カッチーは一人で一室、ジランチェニシスと夢見人は二人で一室に割り振った。ピエッチェたちの部屋に居間があることに気付いたジランチェニシスは悔しそうな顔をしたが何も言わなかった。ここの支払いがピエッチェなのを思い出したのかもしれない。


「食事は寝室で摂りたいんだがいいかな?」

宿の従業員に申し出ると、教育が徹底しているんだろう、にこやかに

「畏まりました」

と返事が来た。きっと内心では『何のためのダイニングだよ?』くらいは思った事だろう。


 するとクルテがクスッと笑う。

(ダイニングも知らないのか、この田舎者、って思ってたよ)

脳内会話だ。さもありなん、ピエッチェもニヤッと笑う。


 案内の従業員が部屋を出る前に、クルテが頼んだお茶を寝室の居間で飲みながらカッチーが言った。

「何を二人でコソッと笑ってたんですか?」

さっきの脳内会話の件だ。ジランチェニシスは自分の寝室に籠ってしまって、ここにはいない。


「あぁ、ダイニングで食べてくれって言われるか言われないか賭けてたんだ」

「で、どっちが勝ったんですか?」

「訊かなきゃ判らないか?」

「いいえ、クルテさんですね。賭けに勝ったら菓子を食べてもいい、でしょう?」

袋からクッキーを出してはモグモグしているクルテを見てカッチーが笑う。ピエッチェはニッコリしただけで答えなかった。


 (とっ)についた嘘をカッチーは疑いもしない。それどころか信じ切って、嘘話を膨らませてくれた。後ろめたい。それに、そんな嘘がすんなりと言えるようになった自分に怖さを感じていた。


 計略には嘘がつきものだと判っている。だが判っているだけだ。王宮で暮らし、父親や家臣に守られて成人し、父の急死で即位した。即位してからも父が居なくなっただけでそれは変わらなかった。嘘を吐く必要なんかなかった。


 それなのに、親愛を感じるようになったカッチーやマデルに嘘を吐き続け、深く考えもせずに騙してしまう。


 宿の支配人は『卑しいかたではない』と言ってくれた。だけど俺は――いつの間にか卑劣な男になってしまった。

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