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ララティスチャングでマデルだけは別行動、自分の住処に戻って情報を集めることにしている。住処と言っても親の屋敷だ。
王室魔法使いのマデルだが、上位魔法使いの緊急招集に呼ばれなかったことも気になるし、なんのための緊急招集なのか、そもそも招集自体が本当なのか、そのあたりの確認もある。
街に流れる噂が事実か単なる噂なのかで、夢見人を王宮に連れ込む時の口上も変えなくてはならないと考えていた。ラクティメシッスとコンスタントに連絡が取れればあっという間に解決する案件だ。が、連絡が付かないのだから他の方法を考えるしかない。
そして重要なのはノホメのことだった。
「父にノホメのこと、訊いてみるよ。でも、あんまり期待しないで欲しい。本当にノホメが元王室魔法使いだったとしても、現役だったのは父が王室魔法使いになる前だと思う」
ノホメがデッセムの祖母なのは間違いない。そこから考えるとノホメの年齢は七十を少し過ぎるくらいか? マデルの父親は五十になったばかりと言っていた。ノホメがベスク村に来たのがいつかは不明だが、二十代なら魔法使いとしてマデルの父親と顔を合わせていない可能性が強い。
「それに、ノホメって改名してるかもしれないしね」
それも充分考えられる。王室魔法使いなら下級でも間違いなく貴族、ノホメと言う名はあり得ない。
やっとラジの正体が判ったと思ったら、今度はノホメを探さなくてはならない。しかし今度は、顔も現在の住処も判っている。だが、クサッティヤの娘の家には暫く帰らないだろう。清風の丘の屋敷から消えたジランチェニシスを探しているかもしれない。それとも……
「ノホメはジランチェニシスと連絡を取り合っているんだろうか?」
だとしたら、ピエッチェたちと行動を共にしていることも、王宮に行こうとしていることも知っているはずだ。
「もしそうなら、ララティスチャングに着いたらジランチェニシスから目を離せなくなるな」
「そうね、取り返そうとノホメが何か手を打ってくるかもしれない」
「王都にいるノホメの知り合いにも要注意だ。誰なのかが判ってないのが痛いね。せめて名が判ってたらなぁ」
「名が判ってたって顔が判らなきゃ、気をつけようがないんじゃない?」
「王都に住んでいる貴族なら王家が把握してるだろう? だったら、名さえ判れば住処も判る。なにも向こうが来るのを待ってやしない。こっちから行く」
「頼もしいこと言ってくれるじゃないの」
マデルがクスッと笑う。
「でもピエッチェさん。ノホメさんはどこに居るか判らないのでしょう? ジランチェニシスは俺たちと一緒に移動してるし……どうやって連絡を取るんですか?」
疑問を口にしたのはカッチーだ。するとマデルが答えた。
「魔法使いにはいろいろな連絡手段があるのよ」
「いろいろなって、どんな方法があるんですか?」
「相手の居場所が判っていれば、鳥に手紙を持って行かせるとか、あらかじめ決められた相手となら鏡を使って話をすることもできるわ。他にもいろいろよ」
「そっかぁ……マデルさんもラクティメシッスさまとそうやって連絡を?」
「カッチー、大人を揶揄うもんじゃないわ」
モグモグとクッキーを食べていたクルテがクシャっと紙袋の口を閉じた。そしてレモン水を飲んでから言った。
「お腹いっぱい」
そりゃそうだろう。カッチーでさえも『もう充分です』と食べるのをやめたのに、一人でたらたら食べ続けていた。
「雨、止んだよ」
窓の外を見て呟く。
空はまだ雲に覆われているが、朝と比べると随分と明るい。
「雷、鳴らない?」
不安そうにピエッチェを見上げる。
「あぁ、朝から一度も鳴ってないだろ。心配するな」
「そっか……でも、雷には注意だね。もしも鳴ったら守ってくれる?」
雷から守るって、どうすればいいんだろう? でもここは
「あぁ、必ず守るよ」
と答えるしかない。マデルとカッチーのニヤニヤ笑いが気になるがそろそろ慣れてきた。これって開き直りだろうか?
「それじゃ、ここから先は御者台に行く。少しでも近くに居る――ジランチェニシス、そろそろ戻るよ」
「雨が止んだからダメとは言えないな。でも、拭いてからじゃなきゃ座れない。待ってろ、荷台に雑巾がある――うん、そろそろ約束の時刻だ。出立の準備を始めるか」
ピエッチェがキャビンから降りるとクルテも降りてきた。するとマデルとカッチーも降りた。ピエッチェは雑巾を取り出すと、さっさと御者台に向かった。リュネがブヒヒンと身体を震わせ、水滴が飛び散った。まともに浴びてしまい、
「コイツ、わざとだな?」
苦笑いするピエッチェ、他の三人は降りたところでそれを見て笑ったが、そのあとはその場で立ち話を始めた。
「奥に座って貰わなくちゃね。そのためには降りてたほうがいいわ」
ジランチェニシスのことだ。
「王都に着いたら、キャビンで二人きりになるのかぁ……」
カッチーが嘆く。
「俺も御者台がいいなぁ。でなきゃ荷台でもいいや」
「御者台は御者席と助手席しかないし、荷台に人が乗ってたら変に目立っていけない。街に着いたらすぐに宿を探すからそれまでの我慢」
「クルテさん、最近、俺に冷たくないですか?」
「カッチーに優しくしたらピエッチェが心配する」
「へっ? そうなんですか? ピエッチェさんが焼きもち?」
御者台の座席を拭いているピエッチェには聞こえない。
「焼きもちなのかな? 違うのかな? どっちにしろ不安。自分に自信がない」
チラッとピエッチェを見るクルテに、マデルが肩を抱くように寄り添った。
「普段は堂々としてる。そんな男ほど女に対しては弱気になるのよ」
クスッと笑う。
「マデルの恋人も?」
ラクティメシッスのことなのは言うまでもない。
「そうね、すぐに弱気になるわね」
「そんな時、マデルはどうしてる?」
「んー、まぁ、叱ったり励ましたり? でも一番効果があるのは『好きよ』って言ってあげることかな」
すると急にクルテがマデルを振り払った。何かが癇に障ったのか?
「ジランチェニシスが戻ってきた。御者台に行く――マデルはいいよ。好きって言えるから」
「えっ? クルテ?」
マデルが呼び止めるが、ツンとクルテは行ってしまう。どうも急激に機嫌が悪くなったらしい。それでもピエッチェには笑顔を向けているクルテを見て、マデルは追及するのをやめた。
カテール街道口の門をくぐった途端、空気が一変した。降り注ぐ日差しまで明るく感じる。とは言え、もう陽は傾いてすぐに日没だ。
「これが都会、なんですねぇ」
カッチーがシミジミと独り言を言った。
門をくぐってすぐのところで馬車を停め、ピエッチェが御者席を降りる。マデルが使うタラップを用意するためだ。
「じゃあね、カッチー。またね」
「マデルさん、お気をつけて」
「ピエッチェ、いろいろありがとう」
「こっちこそ、世話になった」
カッチーに挨拶しキャビンを降りるとピエッチェに声を掛けてから、マデルは御者台の方に言ってクルテと何か声を潜めて話し始めた。
「マデルさんはどこに行くのですか?」
タラップを片付けようとしているピエッチェにジランチェニシスが問う。
「あぁ、アイツ、ここの住人なんだよ。ララティスチャングに行くなら乗せてって欲しいって頼まれたんだ」
あらかじめ用意しておいた返答だ。
「なるほど、それで垢抜けてるんですね」
「王都に来るのは初めてか?」
「いいえ、今までも何度か来てます。一時期、住んでいたこともあります――ピエッチェさんは?」
「俺は初めてだよ。デカい街とは知ってたけど、デカいだけじゃなく華やかだね」
こちらのことはできるだけ訊かれたくない。キャビンのドアを閉めて、タラップを荷台に積んだ。
御者台に行くとクルテが降りてきていて、なぜかマデルに抱き着いている。
「ピエッチェ、ちょっと! クルテをどうにかしてよ」
「なんだ、どうした?」
「クルテったら、寂しいって泣き出しちゃったの」
なんだよ、それ? 気が付くと、行き交う人がクルテを見てクスクスと笑っている。
「おい、こら。他人が見て笑ってるぞ」
ピエッチェがクルテの肩に両手を添えて、マデルから引き離そうとする。
「すぐにまた会えるから、そんなに泣くな」
「そうよ、手紙をくれるって約束したじゃないの」
「そうだったっけ?」
なんでそこ、忘れられるんだ?
「そうよ、あて先はさっきピエッチェに教えたわ。忘れちゃったの?」
マデルの父親の屋敷の場所を教わったのは本当だ。もっとも、大貴族のお屋敷だ。教えられてなくっても、街で誰かに訊けばすぐ判る。
宿が決まったらマデルに連絡する約束だ。手段は手紙、差出人の名は『シャルスチャテーレ』と決めた。マデルの家人の手前、男名ではまずいだろうし、貴族名でなきゃやっぱりまずい。この名を決めたのはカッチーだ。
『シャルスチャテーレ? どこかで聞いた名だな』
訝るピエッチェに、
『リュネの名を決めたときの候補の一つです。読んでいた物語に出てきた女神の娘の名ですよ』
カッチーが笑う。
『リュネの名はリスから貰ったんだっけ?』
マデルがクスッと笑うと、
『はい、本当はリュネシア、でもクルテさんが省略しちゃったんです』
ちょっと不満そうなカッチーだった。
「手紙を出したらお返事くれる?」
マデルを見詰めるクルテ、目に一杯涙をためている。
「なによぉ、クルテ。あんた、今日は随分としおらしくって可愛いじゃないの――必ず返事は出すわ。ずっと友達よ」
「友達もいいけど、お姉さんのほうがもっといい」
「そうね、クルテ。可愛い妹……」
ほっといたらマデルまで泣き出しそうだ。ピエッチェが慌てて咳払いする。
「マデル、俺たち、宿を探さなきゃならないんだ」
「あ、そうよね。うん、そろそろ行くわ。クルテ、もう泣かないでね。ピエッチェを困らせちゃダメよ」
これにはクルテが頬を膨らませる。そしてやっとマデルから離れ、
「困らせたりしない。マデル、時どき意地悪」
ニヤッと笑った。
まずはマデルに薦められた宿に向かった。貴族がよく利用する宿で、金持ちの街人が好んで使う宿だという。ピエッチェたちの目的にはお誂え向きだ。
宿に着くころにはすっかり日も沈んでいたがいつの間にか街灯が点灯していて、陽が沈んだことにすら気が付かなかった。周囲の明るさに合わせて街灯の光度を調整しているようだ。さすが魔法使いの国ローシェッタの王都、街灯にさえ高度な魔法が使われている。
見るからに高級そうな宿でピエッチェが受付係に部屋の希望を説明していると、横からジランチェニシスが口を出した。
「一番いい部屋は空いているか?――ザジリレン王カテロヘブさまに相応しい部屋が必要だ」
ちょっと待て! そんなこと、ここで言って貰っちゃ困る!――蒼褪めるピエッチェ、しかし宿の受付係は眉一つ動かさない。




