5
食事を終えて、一旦部屋に戻る。ピエッチェが思っていた通り、払いはクルテだった。マデルは上機嫌で、『ごちそうさま――それじゃ、あとでね』と自分の部屋に戻っていった。
不機嫌なのはピエッチェだ。どうせならマデルとは関わらないほうがいいと思っている。それを言うと、
「乗り掛かった舟の一部と思えばいい」
とクルテが言った。
「マデルは何かを隠している。でもそれがなんなのか判らない。判るまでは近くに置いとく」
秘魔のおまえがマデルの秘密が判らない? そう訊きたいがカッチーの手前、言えないピエッチェ、ふと思いついたのは『マデルの秘密は美味なんだろう』ってことだった。秘密を食うためにクルテはマデルを遠ざけずにいる、そう考えれば納得できなくもない。
「それより二度も中を覗いておいて、なんですぐに食堂に入って来なかった?」
「えっ?」
クルテの質問にピエッチェと一緒にカッチーが驚いて声をあげる。
「クルテさんからは俺たちが見えたんですか?」
「ここだよ、って呼んでも知らんふり……何してたんだい?」
「それが……」
カッチーの説明を聞いてクルテが
「ふぅん……」
と考え込む。どうせ心を読んで判っているだろうにとピエッチェは、白けてクルテを見ていた。
「壁にぶつかったって言ってたけど、二人とも怪我はないよね?」
「あぁ、俺はないけど、カッチーは?」
「俺も大丈夫。尻餅搗いた時は痛かったけど、もう治った」
「なら、よかった」
微笑むクルテに、『なんだコイツ、今日は随分と機嫌がよさそうだな』と思うピエッチェだ。
そんなピエッチェに
「ピエッチェ、どう思う?」
とクルテが意見を求めた。
「どう思うって言われてもカッチーの言った通りだし……二人揃って夢でも見てた気分だよ」
「夢か……そうなのかな?」
「そうなのかな、って現実には有り得ないだろう、あんなこと」
「本当に?」
そんな風に問い詰められると、自信が無くなるのが人情だ。
「違うのかな?」
ピエッチェも言い切っていいものか迷い、考える。
「そう言えばゴゼリュスもターゲットに夢を見させて操ってたよな? 起きているのに夢を見せる魔物がいるってことか?」
「魔物ですか……?」
カッチーが怖がって、部屋を見渡しピエッチェのなるべく近くに居ようと椅子を寄せる。
するとクルテが
「なんでカッチーを怖がらせるようなこと言うんだよ?」
ピエッチェを睨みつけた。
「だって、だって……」
抗議しようとするピエッチェ、巧い言葉が思いつかない。
「だって、なんなんだよ? 不用意に魔物なんて言うな。だいたい宿に魔物がいるなら、もっと被害者が出たっていいはずじゃないか」
「でもクルテ、魔物の仕業だと考えたら、ゴルゾンに若くて見栄えのいいのを連れて来いって言うのも、生贄を求めてるって考えれば辻褄が合うぞ?」
「生贄? 若くて見栄えがいい……なるほど、生贄の条件にありそうだけど、それじゃあピエッチェは、この宿の持ち主を魔物だと考えているわけ? 魔物が金儲け企むってのは違和感あり過ぎ」
ここでカッチーが
「そうですよね、カード賭博をする魔物ってなんかヘンですよね。それに魔物って人に化けられるんですか?」
と言って、ピエッチェとクルテが思わず顔を見合わせる。
「ん、まぁ、広い世の中にはそんな魔物も居るかもしれないじゃないか」
目の前に居るぞとも言えずピエッチェが苦し紛れを言った。
「それでクルテ、おまえはどう考えているんだ?」
話を逸らす意味も含めてピエッチェがクルテに問い返した。
「僕? 僕はここの持ち主は人間だと思ってるし、連れて行かれた人たちは生きてるって感じる。生贄をどう考えるかにもよるけれど、少なくとも食われちまったってことはないんじゃないかな?」
「それじゃあ、今回、魔物は関係ないと? よかったなカッチー、魔物を怖がることはないぞ」
「はい、ピエッチェさん!」
椅子を元通りにするカッチーを眺めてクルテが申し訳なさそうな顔をした。
「いや、宿の主人は魔物じゃないって言っただけだ」
「えっ?」
ギョッとして動きが止まったカッチーに
「そんなに魔物が怖い?」
クルテが苦笑する。
「いや、だって……」
「カッチーを虐めるなよ、クルテ。カッチーは魔物に遭遇したことなんかないんだ。未知のものを怖がるのは普通のことだし、魔物に襲われて命を落とす人も多い」
「虐めてなんかないさ。ただ、ピエッチェと僕がいるのにって思っただけ」
「クルテさん……」
泣きそうなカッチーにクルテが微笑み、ピエッチェが面白くなさそうに口を閉ざした。
「カッチーだってそのうち一人ででも魔物に立ち向かえるようになるさ。そのためにピエッチェに弟子入りしたんだろ?」
「はい、頑張ります!」
「それに、魔物って言ったって必ずしも人を襲うとは限らないしね」
「人を襲わない魔物なんているんですか?」
「人と共存してる魔物もいるよ。そのうちカッチーも遭遇するかもしれないね」
よく言うよと思うが、黙っているしかないピエッチェだ。
マデルが三人を連れて行った武具屋は年老いた男が一人で店番していた。
「なんだ、あんた、まだ街にいたのか? さっさと出てった方がいいって言っただろうが」
マデルを見るなり怒ったようにそう言った。
「今日はお客を連れて来たんだ、歓迎しておくれよ」
マデルはまったく気にしない。
「客?」
店番がピエッチェ・クルテ・カッチーを舐め回すように見た。そして、フン! と鼻を鳴らすと
「何が欲しい?」
と訊いてきた。
狭い店には様々な武器や防具が乱雑に置かれている。入ってすぐにカウンターがあって、男はその向こうに座っていた。
「こっちの二人には胴当てと脛当て、なるべく軽いのを。それと――」
「おまえは要らないのか?」
クルテを遮る店番、
「要らないよ」
と答えたクルテに、再び絡みつくような視線を向ける。
「なるほど、おまえには必要ないな。で?」
「あ……えっと、コイツに剣、頑丈なものを。僕には細身の剣、それと弓が欲しい。矢は要らない」
「ふむ……」
再び店番が三人をじろじろ見てから、立ち上がった。でたらめに置かれた武器と武具の中を歩き回って目当てのものを取り出してはカウンターに置いていく。
「こんなところだろう。どうだ? 試してみろ」
クルテのリクエスト通りのものがカウンターに並べられている。試着してみると胴当ても脛当てもジャストサイズだ。
「ジイさん凄いな。ぴったりだ。それに軽い」
ピエッチェの言葉に男が鷹揚に頷く。カッチーも
「俺のもです!」
と嬉しそうだ。
「おまえはすぐに小さくなる。マメに買い替えろ」
「えっ? 俺、小さくなっちゃうの?」
「馬鹿ね、カッチーが大きくなって防具がきつくなるってこと」
マデルが呆れて溜息を吐いた。
「剣のほうはどうだ?」
剣を手にしていたピエッチェが
「なかなかのものだな。言っちゃあ悪いがこの店でここまでの剣に出会えるとは思わなかった」
と呟くと、
「あんたはその剣じゃ納まらないはずだ。だが、うちにあるのじゃそれが一番上等だ。我慢して貰うしかないな。ま、今、腰にある物よりは随分マシなはずだ」
と言ってから男がクルテを見た。
「で、そっちは? まぁ、あんたはどんなものでも使い熟す。そのあたりでいいと思ったが?」
「うん、充分だよ――全部貰っていく。お代は幾らほど?」
「代金か……」
クルテを見ていた男がピエッチェを見、カッチーを見、そしてクルテを見る。
「あんたからも、そっちからも貰えない。あんたらは魔物退治の一行……いいや、それ以上のことをするつもりだ。そしてそこのボウズはその従者、代金は要らない」
「いや、ちょっと待ってよ!?」
慌てるクルテ、だが、
「わしの目が節穴だとでも? 正体を言ってもいいのか?」
と、男がニヤリと笑いクルテが黙った。
反応したのはカッチーだ。
「ヤイ! 俺たちを盗賊とでも思ってるのか? ふざけんな!」
「ボウズ、そうカッカするな。俺がくれてやるんだ。盗まれたなんて騒いだりしないから安心しろ」
「はぁ? そう言う意味じゃない!」
「あぁ、わかった、わかった。おまえたちは盗賊でも物乞いでもない、これでいいか?」
「も……物乞い!? 金を払うって言ってるんだぞ!?」
「カッチー、そんなに怒っちゃダメだよ」
男に軽くあしらわれたカッチーがますます憤り、それをクルテが宥める。
男に尋ねたのはピエッチェだ。
「しかし、ジイさん、店の商品を勝手に他人にやったりしていいのか? この街の店は宿の主人のものなんだろう?」
「いや、うちはあんなヤツに騙されちゃいない。店も商品も全部わしのものだ。わしのものを幾らで売ろうが誰かにやろうが、たとえ捨てたってわしの勝手だ」
「へぇ……さながら生き残りって感じだな。他にもそんな店があるのか?」
「さぁな。他の店がどうなってるかなんて興味がない。老いぼれの戯言と、わしの警告を無視した連中なんか知るもんか」
「思い出した!」
急に声を上げたのはクルテだ。
「ローシェッタ国の騎士シャーレジアさんだね? 歴戦の英雄、魔法も扱える、むしろ得意。騎士を引退してからしばらくは魔物退治をしていたが、故郷に戻って武具屋を始めた」
チッと男が舌打ちをする。
「大昔の話を持ち出すな」
クルテは男の機嫌を損ねたようだ。男が顔を顰めた。
「その反応、正解だってことだね、シャーレジアさん」
反面クルテは嬉しそうに、急に態度が馴れ馴れしくなる。
「ねぇねぇ、教えてよ。シャーレジアさんはあの宿の主人を何者だと思う?」
「それをわしに訊くか?」
「僕は魔法使いじゃないかと思ってるんだ。シャーレジアさんは?」
「あぁあぁ、煩いヤツだ。おまえの言うとおり、あの男は魔法使いだ。だが、ただの魔法使いじゃない。質の悪い魔法使いだ」
「うん、質が悪いのはよく判る。魔法を自分のためにしか使う気がない。でもさ、それだけじゃないよね? そこが判らないんだ。何か隠していそうだ」
「おまえに判らないものが、わしに判るか」
「そっかぁ……まぁ、そうだよね」
ふたりの会話に呆気にとられるピエッチェ、意識でクルテに説明を求めるが無視され続けている。カッチーも驚いているがこちらは口の挟みようもなく、オロオロと見守るだけだ。ニヤニヤしているのはマデル、明らかに面白がっている。
「それじゃ、あと二つ答えて。ヤツがどこに隠れているか知ってる? それとカジノの場所。答えてくれたら、この武具は貰って帰るよ」
シャーレジアがジロリとクルテを見る。
「おまえらが泊まっている宿の庭を探れ。魔法の痕跡があるはずだ。それが見つかれば、ヤツの居所もカジノの場所も判る」
「そっかぁ、宿の庭か。ありがとう……あ、ごめん、もう一つ。シャーレジアさんは挑まなかったの?」
フン! と鼻を鳴らし、それから少し考え込んでからシャーレジアが俯いた。
「わしでは勝てないと思った。おまえも感じているようだがヤツはただの魔法使いじゃない。何かが違う。こんな年になってもな、死ぬのが怖かった……おまえさんには判らんかもしれんがな」
「おや、僕だって死への恐怖は理解してる。生きてるヤツは押しなべて、自分の持ってるものを失うのを怖がるもんさ。中でも命ってもんを失くすのが怖いんだ。みんなそうだよ。それじゃあね、シャーレジアさん。長生きしてね」
話しは終わりだとばかりに『行くよ』とクルテがピエッチェたちを促して店を出ようとする。すると、
「待て、おまえ!」
シャーレジアが引き留めた。
「おまえ、その男とボウズを守れるのか?」
クルテがクスッと笑う。
「任せておいて。ちゃんと守り切る。そしてこの街も救って見せるさ」
茫然とクルテを見詰めるシャーレジアに背を向けてクルテが店を出た。
納まらないのはピエッチェだ。クルテに訊こうとするが例によって『黙ってろ』が頭に響く。けれど聞きたがっているのはカッチーも同じ、
「クルテさん、今の話ってどういうことですか?」
とクルテに尋ねた。
「うん? 街の中じゃ、他人の耳が怖いよね」
と、カッチーには優しいクルテだ。
「それじゃあ、このまま宿に戻りますか?」
「そうだね、夕飯にはまだ早いしね。宿で防具を外して、休憩してから食事に行こうかな」
「わたしも勿論一緒よね?」
ダメとは言わせないとばかりにマデルが言った。
「もちろん……僕たちの部屋に一緒においで」
クルテもこの時はマデルに優しかった。なんで俺だけ無視なんだ? ピエッチェの機嫌は悪くなる一方だ。
宿の玄関で『喉が渇いたわ』とマデルに言われ、受付に寄ったクルテが
「部屋にお茶のサービスは頼めるのかな?」
と訊いているのを横目に、ピエッチェはさっさと階段を昇っていく。どっちについていればいいのか迷ったカッチーはピエッチェについて行った。
大して間を置かずクルテがポット、マデルがカップを乗せたトレイを持って部屋に入ってきた。クルテは少し不機嫌だ。それでもマデルがカップにお茶を注いで配ると『ありがとう』と受け取った。
明らかに不機嫌なのはピエッチェ、さすがにカップは素直に受け取ったが、ニコリともしなければ会釈さえしない。イライラとクルテを盗み見ている。それに気づいてマデルがクスッと笑ったものだから、余計に機嫌が悪くなった。
ピエッチェもクルテも話しを始めない。焦れたカッチーがとうとうクルテに訊いた。
「それで、さっきの話はなんだったんですか?」
「あぁ、あのおジイさん、昔は有名な騎士だったんだよ。雷のシャーレジア、しょっちゅう怒鳴るんでそう呼ばれてた」
「なんかそれ、不名誉な感じがする……」
「もちろん剣の腕前は相当なもの、向かうところ敵なしだった。加えて魔法使いでもあって、特に魔物の気配を察知するのに長けていたって話だよ。まぁ、観察眼は大したものだったよね。ピエッチェのもカッチーのもぴったりの防具を出してくれた」
クルテの話にピエッチェが不機嫌を忘れてギョッとする。つまりあのジイさん、クルテが魔物だと気が付いていた? 正体を言ってもいいのかと、クルテを脅していたのはそういう事か?
「たぶん、ピエッチェにくれた剣は自分が使っていた物……だと思う」
それを聞いてピエッチェが改めて剣を見る。古いがよく手入れされた剣は柄にも鞘にも程よい装飾が施され、特に柄は手馴染がよく、使い込まれているのが判る。両刃の剣はバランスも良く、錆は勿論のこと、刃零れもない。
「あっ……」
小さなピエッチェの叫び
「考えてみるとあのジイさん、きっと若い頃って俺と同じような体格だったんじゃないか?」
とクルテを見る。
「なんだ、やっと気づいた?」
クスッと笑うクルテ、
「それにきっと、見ただけで腕の良しあしも見抜いてるよね」
と呟くように言った。
「ま、そんな感じで、洞察力が優れてるジイさんが言うには、謎を解くカギはここの庭……なんだけど、お茶を貰うついでに、『庭を散歩したい』って宿の受付に言ったら、ご遠慮くださいって言われちゃった」
何が面白いのかクスクス笑うクルテ、マデルは例によってニヤニヤしている。
「しかし、そうなると、ますます庭が怪しい……ってことだな?」
「ピエッチェ、たまに察しが良くなるよね。だけど、遠慮しろと言われた手前、堂々と庭の探索はできない。さて、どうするかな?」
楽しそうなクルテに呆れるピエッチェだった。




