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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
序章

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荒天の星

 言われた意味がすぐには飲み込めず、カテロヘブがきょとんとする。まだ目覚めておらず、夢を見ているのかと疑う。目を閉じるとそのまま眠ってしまいそうだ。と言う事は、()()眠っていない。夢ではないのだと判断した。


 目を開けると空ではなくごつごつした岩が見えた。周囲は見える限り岩だ。

「洞窟?」

カテロヘブの呟きに、得体のしれないソイツが答えた。

「あぁ、おまえが落ちた流れの先には滝がある。その滝に隠された洞窟だ。ここならネネシリスに見付からないから安心しろ」


「まだ俺を探している?」

「おまえの死体を五日間探して諦めた。でもグレナムの剣は未だ探しているぞ。おまえより、玩具のほうが重要らしい」

「グレナムの剣っ! あ、(いた)たた……」

いきなり起きようとするカテロヘブ、肩の痛みに顔を(しか)めるのを見てソイツが笑った。


「まだ動くなって。肩に刺さった矢は結構深かった――たかが剣(ひと)()り、なぜ騒ぐかな?」

「ただの剣じゃない! 建国の王から代々継承された王位を示す剣だ」

「確かに普通の剣じゃないな。精霊が宿っている」

「なんだって?」

「知らなかったのか?」

「グレナムの剣には秘密があることは誰もが知っている。だが、その秘密が何かは王しか知らない。王位を継ぐとき前王から聞かされることになっていた」

「おまえの父親は急な毒殺で、おまえに語る余裕がなかった、ってことか――重要なのは精霊の正体だな。必要となれば現れるらしいぞ」


「なんでおまえにそんなことが判る?」

「わたしは秘魔(ひま)だと言っただろう? 秘密についちゃあ人間は勿論、魔物の中でもエキスパートさ」

「魔物? おまえが?」

「人間じゃないって言ったのを忘れたのか?」


「冗談かと思った……人間にしか見えないぞ?」

「人間じゃない姿で(しゃべ)ってみろ。おまえの心臓に悪そうだ……魔物と聞いて恐ろしくないのか?」

「おまえのどこを恐ろしがればいいのか判らない。どう見ても人間だからな。もし本当に魔物なら、魔力で人の姿になっているのか?」

「そんなとこだ。わたしには実体がない。いわゆる精神体ってやつだ。おまえの看病をするには身体ってモンが必要だから作ってみた」

「作れるものなのか?」

「ヘンなことを訊くやつだ。今、目の前にいるじゃないか。まぁ、人の心の中に入り込むこともできないわけじゃあないがね」


「あ……ネネシリスに()いたって?」

「うん、あの男(ネネシリス)には唆魔(さま)のゴルゼが憑いてる。せっかく(うま)い秘密を夜ごとに吸い取っていたのに邪魔しやがった」

「唆魔?」

「人間の悪巧みを食らう魔物さ。アイツもわたしと同じ精神体で人の心に入り込むことも、こんなふうに何かに化けることもできる」


「つまりおまえ、獲物の取り合いに負けたってことか?」

「ふん! ほかの魔物が狙いを定めた獲物は横取りしないのが暗黙の了解。それをゴルゼが破ったんだ」

「そう言えば、おまえにも名があるのか?」

「わたしの個体名はクルテ――わたしがネネシリスの秘密を食ってきたからこそ、今まであいつは王家に従順でいたんだ。それなのにゴルゼなんぞに()りつかれちまって……(そそのか)されての悪巧みさ」

「うん?」


「呑み込みが悪いなぁ……ネネシリスは随分前から王に仕える身分に不満を持っていた。不満を持っていると言うのがアイツの秘密の最たるものだ。わたしが秘密を食らう事である程度不満は解消されていた」

「ある程度なのか? 大したもんじゃないな」

「全部食らっちまったら秘密が無くなっちまう。少し根っこを残しとけばまた()えてくる。そしてまたそれを食らう。ネネシリスはいい培養土だってことだ」


「食われた秘密はどうなるんだ?」

「人や秘密の種類に依るぞ。おまえのナリセーヌへの思いなんかは――」

「うわっ!! って、いててて」

「だから動くなって。想像の中で好きな女をいいようにしたことくらいの秘密、大したもんじゃないだろう?――そんな些細な秘密は食っちまってもなんの変化もない。味わって終りだ。たいして旨くもないが、ま、オヤツみたいなもんだ。だがネネシリスのように大それた秘密は実行不能になったり暴かれてしまったり、ってとこだ」


「それじゃあ、今まではおまえに食われたせいで、ネネシリスは実行できなかったってことか? で、おまえが食わなくなってとうとう実行した?」

「そうそう、しかも唆魔が入れ知恵をしている。悪巧みは大成功さ」

「おまえ、クルテ。その唆魔からネネシリスを取り返せないのか?」

「ゴルゼはネネシリスに入り込んじまった。追い出さない限り無理だ」


「なんでおまえ、ネネシリスに()りつかなかったんだ?」

「憑りついちまうとソイツが死ぬまで自分じゃ出てこれない。つまみ食いができなくなる。だから通ってたんだ」

「つまみ食い?」

「そ、例えばナリセーヌの乳房を――」

「やめろっ!」


 真っ赤になるカテロヘブ、人間って面白いな、とクルテが笑う。

「そんなに恥じることでもないだろう? 生殖器があって正常に稼働しているのだから、性欲がないほうが可怪(おか)しい。よかったな、健康で」

「おまえにはないのか? そう言えばおまえ、男? それとも女?」

「どっちでもないよ……魔物の中には性別があるのも多いけど、わたしら精神体にはないものの方が多い。ある日、ポッと生まれてくる。えて言うなら男にも女にも(ばけ)けられる。女になって慰めてやろうか?」


「こ……断る」

「そうか? ま、必要になったら言え。想像してるだけじゃ我慢できなくなるぞ」

「う、(うるさ)いっ!」

「まぁ、どっちにしても今はまだ無理そうだな。しっかり養生できるまで無駄に体力は使わないほうがいい――話はこれくらいにして眠ったらどうだ? 朝になったら起こしてやる」


「朝? ってことは今は夜なのか?」

「そうだな、空には星が(きら)めいている」

「星か……晴れていると言う事だな」

「いいや、(すさ)まじい嵐だ」

「嵐? 星が煌めいているんだろう?」


 するとクルテがクスリとした。

「夜になれば星は煌めくものさ……どんな荒天だろうが空にはいつでも星がある。昼間だって 太陽の光で見えないだけだ。状況に惑わされず、星を目指せカテロヘブ。それが願いを叶える秘訣だ――さぁ、もう眠れ」

クルテの手が目を覆ったと思った途端、カテロヘブは意識が遠のくのを感じた。


 三日もすれば――と言ってもクルテが朝だと言うのが嘘でないとすればだが、カテロヘブは抱き起されれば自分で座っていられるようになった。矢傷を負った左肩は思うように動かないが持たせられれば椀くらいは持てる。それでもクルテが出してくれるのは粥のように煮潰した物ばかりだった。


「そろそろ肉が食いたい」

「贅沢なヤツだ。だ、まぁいいだろう、夜には魚を焼いてやる」

「そう言えばここは、滝の裏側だったな。川で魚を釣るのか?」

「釣りなんて悠長なことをするのは人間ぐらいだ。捕まえるのさ」

「どうやって?」

「わたしの場合は、そうだな。水に化けて(から)めとるか」

「水では擦り抜けられるだろう?」

「水そのものになんかなるか、透明な膜にでもなるさ」


「姿が変えられるのは便利だな」

「そうでもないぞ? 時どき自分の実体が判らなくなる」

「実体はないんだろう?」

「ヘンなところで鋭いヤツだな。実体があったと錯覚するんだ」

「なるほどね――水に潜るならグレナムの剣を見つけられないか?」

「なんのために?」

「先祖から受け付いた大事な剣だと言っただろう? そんな人間の気持ちは理解できないか?」


「いいや、理解できる。が、あの剣ならわたしが保管している。時が来たら返してやる」

「なっ? 今すぐ返せ!」

「興奮するな。飯を零すぞ――おまえが王位を奪還できるようになったら返してやるって。それまでわたしが持っていたほうが安全だ。ネネシリスに取られたくないだろう?」

「そりゃあそうだが」

「心配するな。あんな剣が無くてもおまえはおまえだ。それに、わたしには不要、盗ったりしない」


 約束通り夕食には魚が用意された。串に刺しては焚火の脇に立てていくクルテに

「食材は森で見つけるのか?」

とカテロヘブが問う。


「身体ってもんがあると何かしらいのちを食わなきゃ維持できない。おまえらは不便だな……冬場はともかく、森は生き物の宝庫だ。よほどの間抜けじゃない限り、おまえたちに食いっぱぐれはない」

「おまえの食い物は? 俺の秘密などさしたるものではないだろう?」

「秘密を持つのは人間だけじゃない。獣にも鳥にも食料を隠すやつがいるが、ヤツらが時どき隠し場所を忘れるのはわたしが食っちまうからだ」

「そうだったのか?」


「あとは浮気とかな」

「浮気?」

「鳥は一夫一婦制で(ひな)を協力して育てるのが多数派だ。が、ヤツらの中には浮気性なのもいる。パートナーの目を盗んで別のヤツと(つが)る。メスなんか酷いもんさ。違うオスの雛を知らん顔でパートナーに育てさせてる」


「その秘密をおまえが食らってバレないようにしている?」

「夫婦喧嘩でヒナが放棄されたってのを聞いたことがないだろう? あと、巣の持ち主に隠れてこっそり卵を産み落としていくヤツとか。自分とは似ても似つかないヒナを育ててる鳥を見たことないか? あの秘密も食ってやってる。でなきゃ産み落としたほうの鳥が絶滅するからな」


「なんだかおまえがいい人間……魔物か、に見えて来たぞ」

「人間そのものを食らう魔物じゃないってだけの話だ」

「悪さすることもあるのか?」

「あるぞ。例えば人殺しの秘密。殺そうと思ってるヤツの秘密を放置して殺人者になってからその秘密を食らう。最高に旨いんだ……じゅるっ!」


「悪さって言ってもその程度か。それはその人間の罪をのがしたってだけだな」

「罪を見逃すのは罪じゃないのか? ま、わたしのは罪じゃなく習性だ。それを悪い事とは思っちゃいない。〝悪さ〟って表現したのは人間の考え方に寄せただけ」

「俺はおまえに、いい味がする秘密を提供できそうもないぞ?」

「ご冗談を? おまえは目的を果たすまで自分を偽って生きていく。王の身分を隠し名を変えて別人を装うんだ。極上のご馳走さ」

「極上なのか?」


「自分の周囲にいる人間すべてを騙すんだ。自分を含めてな……これ以上の秘密はないだろう?」

「でも、おまえに食われたら俺の秘密は消えてしまうのでは?」

「そこはさじ加減だな。消すんじゃなくって、おまえが後ろめたさを感じないようにしたり、秘密を守れるよう助言してやる。わたしの目的はネネシリスと一緒にいるゴルゼだ。おまえがネネシリスを討つのに最大限、協力するさ」


 カテロヘブがクルテの手を借りて立てるまで六日、支えて貰ってなんとか歩けるようになるにはさらに五日かかった。自力で歩けるようになるにはそこから十日掛かっている。


「明日は出口まで行ってみるか?」

「外はどうなっているんだ?」

「出入口は一つだ。滝が隠してくれている――出るにも入るにも落水をブチ破るしかない」

「……どれくらいの高さの滝で、この洞窟は滝のどこら辺にある? って、確実に下は滝壺だよな? 無事に外に出られると思えない」

「わたしが魔物だという事を忘れたか? 無事に出してやるから心配ない……ま、外に出るのはまだまだ先だ。長旅ができる体力が戻ってからだ」

「うーーん……滝越しに外を見たって水しか見えそうもないぞ?」

「おまえら生き物には陽の光も必要だろう? 滝越しに日光浴ができればいい」


「太陽か、眩しそうだな」

「出入口で日の出を待てばいい。だんだん明るくなる……水の落ちる音に混じって(かす)かに鳥の鳴き声が聞こえるかも」

「鳥か……」


 朝の光に小鳥の(さえず)りか……生きていると実感できそうだ。朝が待ち遠しいと感じていた。

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