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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
11章 身を隠す

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10

 まるで雨を待ち望んでいるようだ。


「雨が好きかい?」

ピエッチェが訊くと、

「そう言うわけではありませんよ」

意味深な目つきをした。(いや)な予感に空を見上げる。


 初夏の空は雲一つなく、青く輝いている。風もない。どうして明日は雨だなどと思うのだろう?


 夢見人がキャビンに運び込まれ、ジランチェニシスが乗り込み、マデルとカッチーが続く。タラップを貨物台に乗せ、クルテが(ぎょ)しゃ台に乗り込むのに手を貸してから、ピエッチェも御者席に落ち着いた。

「暑くなりそうだな」

ピエッチェの呟きに、リュネがヒヒンと笑った――


 カテール街道は王都ララティスチャングと地方を結ぶ街道の中で最古のものだ。ギュリューから遷都する際に新設された道で、王都となる前のララティスチャングがまるきり未開の地であったことを考え合わせれば当然とも言いえる。


 ララティスチャングはぐるりと山に囲まれた盆地、王都となるまでは交通の便の悪さから住む者もいなかった。だが広々とした平地でもあり、遷都を考えていた当時のローシェッタ国王の()がねに適った。

『ララティスチャングを開拓し、王都とするに相応しい地に変えよ』

命じられたのは第二王子カテルクルストだ。


 (カテ)()(クル)(スト)は苦労の末、都となるべき街を建造し、古都となるギュリューへの道を開いた。経緯を考えれば、カテール街道沿線は繁華になっていくはずだった。だが現実は違った。カテール街道はグリュンパまでで頓挫し、遷都直後に工事が開始されたモフッサ街道に主役の座を奪われた――


 モリモステの街を出るとクルテがさっそくパンの袋をサックから出した。他の荷物に潰されたのか紙袋はペシャンコだ。さらに袋の上からクルテが叩く。


 乾燥させた上にそんな扱いじゃ、パンは原形をとどめそうにない。撒きづらくなるからやめておけと言うか迷ったが、今さら言っても手遅れだ。


「あは、粉ごなだ」

袋の中を覗いてクルテが言った。そりゃそうだろうとピエッチェが呆れる。が、どうやらそれで良かったらしい。満足そうにニッコリして袋の口を閉じた。なんだ、撒くんじゃなかったのか?


 と、急にクルテが立ち上がる。

「おいっ!」

慌てるピエッチェ、咄嗟にクルテに手を伸ばして支えようとするが、クルテは左側、痛い思いをしただけで腕は上がってくれない。


「くそっ!」

右手だけで手綱を引いてリュネを停めようとするが、ピエッチェが手綱を捌く前に速度を落としていたリュネは停まってくれない。ヒヒンと笑っただけだ。俺には何も言わなかったがクルテのヤツ、リュネには脳内会話で何か指示を出したな? なんで俺には何も言わないんだよっ?


「大丈夫、心配ない」

クルテはキャビンの屋根、荷物を乗せるためのラックに掴まっている。

「なにやってるんだよっ!? 危ないだろうが!」


「大声出すとキャビンの中に聞こえちゃうよ――屋根にパン粉を撒く。でも、キャビンをフライにしたりしない」

あー、そうかい! そりゃよかったよ。キャビンをフライにできるほど、でっかい鍋を発注しなくて済むってもんだ!


「それよりさ」

やっと席に腰を降ろしてクルテが言った。

「次の街に着いたら(ぎょ)しゃ台に(ほろ)をつける」


「雨除けか?」

やっぱり明日は雨なんだろうか?


「雨? 雨……(ぎょ)しゃ台の幌って横からの雨も避けられる?」

「えっ? どうなんだろう?」

「雨が降ったら(ぎょ)しゃさんは雨用の(コー)着てない?」

そうだった? 気にしたことがないからよく判らない。でも、確かに多少の雨ならともかく、土砂降りだとぐるりと取り巻くような幌じゃなきゃ意味がなさそうだ。そんなんじゃ、周囲が見えなくなって巧く馬を御せなくなる。


「んじゃ、どんな幌をつけるんだ?」

「日除け。だから上にあるだけでいい」

「つけられそうか?」

「馬具屋か道具屋で訊いてみよう」

「あぁ、見つけたら停まるよ」

あれ? またクルテに騙された? (ぎょ)しゃ台で立ち上がったことを叱ろうと思っていたのに、すっかり忘れちまってた。まぁ、いいか……左の腕に絡みついて肩を撫でるクルテを、ピエッチェがそっと盗み見る。さっき感じた痛みが癒されていくのを感じていた。


 小鳥たちが、キャビンの屋根に撒いたパン粉を食いつくすのにいくらも時間はかからなかった。クルテが座った後も暫く来なかったが、勇気ある一羽がキャビンの屋根に止まってからは次から次へとやってきた。


「なんであんなに細かくしたんだ?」

ピエッチェの問いにクルテがムフフと笑う。

「あの大きさなら、一切れを取り合ったりしない」

なるほどね、小鳥の(ひと)くちサイズか。


 鳥たちに反応したのはマデルだ。覗き窓から恐怖に引き()った顔を見せた。

「なに? 何事? なんかボツボツ音がするんだけど?」


「クルテが屋根にパン粉を撒いたんで、小鳥が集まったんだ……ごめんよ。しばらく我慢してくれ」

「なによ、これ、小鳥の足音?」

怖がった自分を恥じたのか、怒った顔でマデルはパタンと窓を閉めてしまった。


「マデル、なんだか怒ってた?」

クルテが不安そうにピエッチェに訊いた。


「んー、怒ってるって言うか、怖がる必要のないものを怖がった自分が恥ずかしかったんじゃないかな?」

「それじゃ、怒ってない?」

「多分ね」

「だから! 多分って言うな!」

なんで『多分』って言っちゃいけないんだろう?


「それよりおまえ、なんで小鳥を呼び寄せたんだ?」

「あ、話しを変えた。逃げた。でも、まぁ、いい――この辺りがどんな感じか、訊こうと思って」

「何か聞けたのか?」


「この馬車は荷馬車じゃないね、だって。荷物の代わりに人間を運んでる。群れに帰るってわけでもなさそうだ」

群れって言うのは集落を指しているんだろう。


「タスケッテって街のことも訊いてみた」

タスケッテは次の宿泊予定地だ。


「荷馬車はいつもあそこまで行って引き返す。だからたまに遊びに行く。荷台に乗って行って、乗って帰ってくる。タスケッテは森の中だけど、人間たちは森の恵みを少ししか手に入れられない。自分が食べるより多くの獣を殺す人間を、森の女神は嫌っているから」

「自分が食べる以上の獲物は他の人に分けているって、女神は知らないのか?」

するとクルテが鼻で笑った。


「森の女神の存在を忘れたのは人間が先。女神が人間を忘れるのを(とが)めるのはお(かど)(ちが)い」

「咎めてなんかいないぞ? 知らないのかって訊いただけだ」

「そう? なんか非難の匂いがした――タスケッテには聖堂もないから、余計なのかもって小鳥が言ってる」


「コゲゼリテにはあったっけ?」

「大浴場の近く、小さいけど。温泉を授けてくれたのは森の女神だって信仰があるから大事にされてる」

なるほど。


「ほかに何か訊いとく?」

そう言われても、小鳥に何を訊けばいいの思い浮かばない。だいたい、小鳥って何を知っているんだろう?


「なさそうだね」

クルテが軽く手をあげる。すると屋根の小鳥が一斉に飛び立った――


 道具屋を見つけたのはタスケッテに着いてからだった。途中の村落はどこも小規模で、民家が十軒あるかないか、商店らしきものは皆無だった。休憩で馬車を停めた村では数人に囲まれ不審がられる始末、王都への旅の途中と言うと納得はしてくれたものの、水さえ貰えなかった。


「グリュンパから? 誰でもいったんセレンヂュゲに出てモフッサ街道を行く。遠回りでもそのほうが便利だからな。カテール街道は、道幅は広いが何もない。見捨てられた道さ」

半ば自嘲気味に道具屋が言う。

「俺もな、この街に生まれて親父が道具屋をしていなかったら、別の街に行ってたかもしれん。だけどよ、俺が店を畳んじまったら、タスケッテだけじゃねえ、近隣の村人が困る。だからここから動けなかった」

息子はセレンヂュゲに行っちまったがよ、と笑った。


 日除けの幌が欲しいと言うと『古くていいならある』と倉庫から引っ張り出して来て取り付けてくれた。

(べっ)ぴんの嫁さんに日焼けさせたくないってか」

道具屋はぶっきら棒にそう言ったが目は穏やかに笑んでいた。人付き合いは苦手、だけど根は優しい。そんな不器用な(たち)なのだろう。


「この人にあう雨よけの(コー)はないかしら?」

「あぁ、明日は雨だ。嫁さんは嫁さんで、旦那が濡れる心配か」

怒ったような口ぶりだが、すぐに棚から箱を出す。

「ちょっと羽織ってみな。うちにあるのはこれが一番デカいサイズだ。これが着れなきゃ明日は濡れとくんだな。あとで嫁さんに温めて貰えば風邪もひかないだろうさ」

埃っぽい箱には、虫食いもなく綺麗な(コー)が丁寧に畳まれて入れてあった。袖を通してみたら、ちょうどよかった。それにしても明日は雨? ジランチェニシスにしても、道具屋にしても、どうして判ったんだろう?


「この辺りに飯屋はあるかい?」

クルテが代金を支払う横で訊いてみた。街の感じではありそうもない。宿で食事が出なければ食いっぱぐれだ。

「宿で食うしかない。頼めば朝夕出してくれる。もちろん()じゃあ無理だ」

怒ったような返事があった。


 宿は街に二軒、最初に行った宿では二人部屋が一つしかないと言われてしまう。もう一軒に空きがなければ今夜はキャビンで休むことになる。だから、ジランチェニシスと偽カテロヘブのためにその部屋を確保した。例によって宿に頼んで偽カテロヘブを運んで貰う。


「それじゃあ、明日の朝、迎えに来るから。朝食は済ませておけよ」

もちろん宿賃を支払うことはしなかった。夕食代も朝食代もだ。


 次の宿に行く途中でクルテが言った。

「宿に空きがなかったら、飢え死に?」

ついピエッチェが笑う。

「一・二食抜いたところで死にゃあしない。水もあるし、確かジュースも買い込んである。まぁ、飢えはするけどそれだけだ」


「カッチーが死ぬかもって考えてる。昨日食べ終わったお菓子、取っとけばよかったって」

「うーーん……パン屋くらいないのかなぁ?――あ、そこだな、宿が見えてきた」


 空きがあるか尋ねると、三人分あると言われる。

「一人部屋が三部屋だ――どうする?」

「馬は預けられる?」

「裏手に納屋があるからそこに入れてもいい。馬車? 納屋の前の空いてるところに置いとけば?」


「でさ、全部で四人なんだよ。二人だけ一つの部屋に泊めて貰うわけにはいかないかな? 料金は二人分支払うから」

すると宿の受付がジロリとピエッチェを睨み、その腕に絡みついているクルテを見た。ハッとクルテがピエッチェの腕を放したが遅かったらしい。


「うちはね、連れ込みじゃないんだよ。でもってベッドは古くてボロボロ、『いいこと』なんかされてみろ、壊れるのがオチだ」

かなりの誤解だが、言い繕ったところで聞く耳は持たないだろう。それにしても、それくらいで壊れるベッド? よくも今まで怪我人を出さずに済んでいるもんだ。


(嫉妬してるだけ)

クルテの苦笑いが頭の中で聞こえた――

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